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最果ての塔と、女王の言い分  作者: 日野うお
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塔の二人と、冬の言い分

前中後編となってしまいました。申し訳ありません。

雪は、降り続けているわけではありませんでした。

数刻降ったと思えばまた止み、けれども、決して大地の色が見えきらないうちにまた降り始めるのです。

その内に、雪原を進む騎士たちも、そろそろ雪が降るだろうとか、昼には止むだろうとか、予想が出来るようになりました。

「なんというか、驚くほどに几帳面な雪だな」

「性格が表れてるよ」

片方の短髪の男が、仲間を見て片側の眉を上げました。

「現職の冬の女王には、会ったことがないな」

お前も知らないだろうに、と言外に言われた訳ですが、言われた方は全く悪びれた様子もなく言いました。

「秋の女王の話じゃ、十代前半から十年以上も勤めている最古参の女王だろ。三〇近くでまだ独身、使う魔法は氷と雪。きっと髪の毛をひっつめて頭の中までかっちかちになったぎすぎすの堅物女だ」

この国では、大抵の女性が20代の前半には家庭に入るのです。王宮で働く女性などには、仕事に人生を捧げて独身のまま通すものもいますが、それは稀な例でした。ですから、このような見方は品も思いやりもないとはいえ、この国の男性には珍しいものではありませんでした。

「…そうかな」

高く立てた外套の襟の中で、わずかに首をかしげた気配に、相手は振り返りました。

「なんだ、どうした」

「いや。几帳面なのは確かだろうが、頭の堅いぎすぎすした人間が、こんなことをするかな」

「それは、世の中への不満とか」

「それなら、冬の間にもっと大雪や大嵐を起こせばよかった」

「春の女王への個人的な恨みとか」

「その春の女王が現れないがな」

長目の前髪を指で弄りながら、肩をすくめます。

「さあね。けどまぁ、それももうすぐ分かるさ」

ちらほらと舞う雪の向こうに、巨大な塔の入り口が見えます。

とうとう二人は、その扉が見えるほどの距離まで近づいたのでした。



塔の入り口にあたる銀色の扉は、凍りついて動かないかに見えました。しかし、困った騎士達がノックを繰り返していると、音もなく開きました。

周囲を警戒しつつ、二人は中に入りました。塔の中は、冷えきっていましたが、風の無い分、ほんの少し暖かく感じられました。

塔の内部は、壁づたいにいくつかの明かりとりの窓があき、そこに張り付くようにぐるりと階段が螺旋を描いています。

そのかなり上の方に、天井が見えました。それが二階の床ということになるのでしょうが、果たしてこの建物が何階建てなのか、騎士達には見当もつきませんでした。

「これを上るのか?」

げっそりとした顔で長髪の男が階段を見上げました。

「仕方ないだろう。女王達も、毎年上っているのだから」

塔の内部のことを、王は教えてくれていませんでした。

果たして、うっかりいい忘れたからなのか、それとも国王が何代も代替わりをするうちに忘れ去られていったからなのか、そもそもなぜこんなに高くする必要があるのか、と二人は階段を上りながら話し合いました。

結論が出ないうちに、幸いなことに、天井にあいた穴が見え始めました。階段はそこに吸い込まれるように続いており、そこから仄かな明かりと人の気配がしていました。

二人は顔を見合わせ、頷きあいました。

大人が十人はたてそうな踊場の先に、4枚の扉がありました。明かりはその中の一つから漏れており、ぱちぱちと火が燃えるような音がしてきます。

トントントン、とノックをしましたが、返事はありません。仕方なく、騎士達は扉を押し開けました。

「失礼致します」

「…本当に、失礼なことよね」

返事は部屋の奥から返ってきました。

「了承もなく女性の部屋へ入るだなんて」

騎士達は、そこに一人の小柄な女性が座っているのを見ました。

不愉快そうにきつく二人の侵入者を睨み付ける、黒髪の女性。

そうです、それこそが、冬の女王でした。

「王立騎士団から参りました。冬の女王様には、ご機嫌麗しゅう」

きらきらしい笑顔を振り撒いて、一人が優雅に貴公子の礼をとりました。

しかし、冬の女王は死んだ魚を見るような目でそれを見ました。

「ご機嫌は残念ながら麗しくないの。だから帰ってくださる」

冷たい視線にもため息にもめげずに、男はほほえみます。

この人好きする笑顔こそが、国王から、最も困難な冬の女王への使者として選ばれた理由でもありました。彼自身も、どんな幼い子どもも、腰の曲がった老婆も虜にしてきた己の容姿を理解しています。

「なんとつれない。とりあえず、我々の話を聞いてくださいませんか」

哀れみを誘うように騎士は眉を下げました。しかし、この美しい騎士の言葉に、冬の女王の心は全く動かされないようでした。

「必要無いでしょう?誰が来ようと、私はここから出ないわ。帰って。私は忙しいの」

彼女はぴしゃりとそう言い放ちました。

しかしここで、それまで黙っていたもう一人の騎士がゆらりと前へ出ました。

背の高い、短髪のこちらの男は、目付きも鋭く威圧感があります。

冬の女王は少し肩をいからせ、攻撃に備えるように椅子の背をつかみました。

「力づくでこようと言うなら、舌を噛むわ。聞いているでしょうけど、正式な引き継ぎ無しに女王が死ねば、一年は天変地異を抑えられないわよ」

それは、使者たちが王から聞かされていた話でした。季節を司る魔法は、塔にある魔法の装置で高められ、全土へ作用するのですが、それは悪用を避けるために女王にしか使えないようになっているのです。その女王の引き継ぎ無しに新しい女王を据えようとするならば、魔力が装置に自然に馴染むまでの一年以上を季節の女王の守り無しに過ごさねばなりません。

短髪の騎士は首を左右に振りました。

「私は騎士ですが、力づくで貴女を動かそうなどとは思っていません」

女王の肩から、僅かに力が抜けました。

「そう。では、もう帰って」

「あなたがここに居続けるのは」

また、彼女の肩に少し力が入りました。

「春の女王が来ないからですか?」

「…さあ。なんのこと」

女王の声はかすれていました。

男はにやりと笑いました。

「貴女は嘘が下手なようだ。それに、装備も尽きた我々をそのまま追い返せないお人好しでもあるらしい」

この塔の入り口を開けたのは彼女だと、騎士は指摘したのです。寒空の下であれ以上立ち往生していれば、いかに鍛えられた騎士といえども確実に体力を奪われて危険な事態に陥っていたでしょう。女王が最初は閉ざしていたあの扉を開いたのは、彼らの危険を見過ごせなくなったから。そして、そんな彼女が魔法で無理矢理自分達を追い出すことはできないだろうということも、言外に匂わせました。

女王の冷たい夜色の目が、じっとりと目の前の男を睨みます。男はその視線を真っ向から受け止めました。

はあ、と女王は瞑目して息を吐き出しました。

長い、大きなため息でした。

それから再び目を開き、二人の男を順々に見つめました。

「座りたければその辺に勝手に座って。余裕がないから、お茶までは勧めないわよ」




冬の女王の言い分


春の女王は、どうしても来られないの。

事情があるの。でも、そういうことだってあって当然じゃない、人間なんだから。

何よ、その顔。

皆、私達が一人の人間だということを忘れているのよね。問答無用で女王に任命しておいて、平気で年の4分の1もの時間をこうして過ごすように強いておきながら。

恋をしてもそれが実っても、年に3ヶ月は会えない。何年間も、ずっとね。結婚すれば引退していいなんていうけれど、それ以前に結婚相手に逃げられるわよ。3ヶ月って、付き合いはじめの時期には長いわ。

でもね、この冬、そんな困難を乗り越えて、春の女王がようやく好きな人と上手くいったの。しかも、赤ちゃんもできたの。すごくおめでたいことでしょ?応援したっていいじゃない。

結婚したなんて聞いてないって?それはそうよ。していないし、婚約発表だってまだなんだから。

結婚式だけ急いで挙げてしまえば、あとは後継者候補に引き継げるから子どものためにも急ぎなさいって、私、言ったのよ。教会は婚前の妊娠出産を認めてくれないから、今のままだとあの子の赤ちゃんは何処かの夫婦の子どもとして届け出て、後から養子にするしかない。それでは、あの子は春の女王を辞められない。だからあの子も、大急ぎで結婚するって言っていたわ。急いで彼に話をするって。

ただ…出来なかったの。

相手が、消えちゃったのよ。

分からないの。怖じ気づいて逃げたのかもしれないけど、どこかで事故に会ったのかもしれない。

どちらにしても、春の女王は今、雪の中を塔まで来ることは出来ないわ。一番大事な時期だもの、無理なんてさせられない。

だから、私が塔を出ることも出来ない。春の女王が来れないから、春は来ない。冬を終わらせれば、春の魔力が抑えられない。ね?

これで分かったかしら?

貴方の言いたいことは分かるわ。春の女王一人のために、他の国民全てを巻き込むのかって、言うのよね。

でも考えてみて。今、あの子の味方になってくれる人間が、私の他に誰かいる?赤ちゃんを守ってくれる人が、いる?国中みんなが、春の女王に春を求めているでしょう。その上任期中親兄弟の縁を捨てさせられた四季の女王は、肉親との連絡すらまともにとれないのよ。

大体、冬が多少長かろうが、そう簡単に人は死なないはずよ。春の魔力が暴発して天変地異が起こるより、確実に被害は少ない。王が城に貯めている備蓄用の食糧を吐き出せばね。こういう時のための備蓄でしょう?どうせこのまま溜め込んでも、外国に攻め込むための資金にしようなんて、馬鹿なことを考え出すだけだから、さっさと使えって伝えなさい。

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