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最果ての塔と、女王の言い分  作者: 日野うお
1/3

王と、夏と秋の言い分

前後編になります。一週間以内に後編も掲載したいと思います。

王の言い分


西のはて、魔法の息づくとある国がありました。その国では、四人の魔女が、季節を司る役目についておりました。魔女たちは、その力を讃えて、それぞれ、春の女王、夏の女王、秋の女王、そして冬の女王と呼ばれておりました。

女王たちは、季節を滞りなく巡らせるために、一年のちょうど四分の一ずつ、塔にこもるのでした。


ある年のことです。

長い冬が終わり、春を迎える日がやって来ました。人々は、手袋やコートをしまい、春の帽子を出そうとしておりました。

ところが、朝が来て、皆は驚きました。なんということでしょう。街は真っ白い雪に覆われていたのです。

「冬は昨日までで終わったはずなのに、これは一体どういうことだ?」


国民は、不安そうに、塔のそびえ立つ方角を見つめました。

何か、良くないことが起こっている、皆がそんな予感に襲われていました。

昼前には、何人かの有力者が、城に直訴に行きました。

「これではせっかく今日に合わせて用意した春物の商品が売れません」

「今日蒔く予定の種はどうすればいいのですか」

商人も、農民も、口々に王様に訴えます。

王様は言いました。

「私は女王を信頼している。何、明日には春がくるに違いない。もうしばらく、様子を見てみよう」


ところが、王様の願いに反して、雪は次の日も、その次の日も、さらには10日が経っても降り続けたのです。

とうとう、王様は言いました。

「冬の女王がいつまでも塔にこもって出てこん。これでは皆が死に絶えてしまう。誰か、女王を交代させることができたものには褒美を出そう」

こうして、この日から、学者、役人、騎士など、何人もの人間が王の遣いとして、はるか西の果ての塔を目指して旅だったのです。



夏の女王の言い分

「私は知らないわよ。そもそも、あの人とは仲良くないの。なんか暗くて、きちんきちんとしすぎてて、合わないのよね、分かるでしょ?」

訪ねてきた王の遣いである学者に、彼女はそう言って鼻を鳴らしました。

これには、学者も頷かないわけにはいきません。何しろ、もともと夏の女王と冬の女王の仲の悪さは有名でしたから。

今も夏の女王は分厚い毛布のような服を何枚も着こんで、部屋中湯気がたつほど暖かくして、なおガタガタ震えているのです。基本的に夏の女王の座は、火や熱の魔力に馴染みやすい体質で、その扱いに長けた者が就きます。ですから、夏の女王は寒気には人一倍弱いのだろうと、学者は考えました。

「あの人のことを聞くなら、春か秋のところに行きなさいよ。ま、もう誰か行っているんでしょうけど」

苛烈なことで有名な夏の女王にもういいでしょうと話を畳まれると、王の遣いといえども無理に居座ることはできません。学者はすごすごと、凍てついた道を引き返していきました。

これ以上夏の女王の機嫌を悪化させないためにも、早くこの冬をおわらせなければと強く思いながら。



秋の女王の言い分

「さあ…私には何も分かりませんねぇ。ええ、それなりに親しくさせていただいていたつもりですよ」

秋の女王は深いため息をついて言いました。

「ですから、冬の方のお人柄は、よく存じ上げています。ええ、あの方は、それはそれは真面目な方です。毎年、秋の終わる数日前には必ず先触れを下さるんです。おかしいでしょう?」

くすりと秋の女王は笑いました。この国では季節が変わる日は暦で定められていますから、先触れなどなくとも、何日に交代するかなど、分かりきったことなのです。

「彼女はね、そういう礼儀を大切になさるんですよ。そして、これまで10年間女王のお役目をご一緒させていただいていますけれど、一度も遅れていらしたことはありません。私がまだ2年目の秋など、制御を間違えてその日にひどい嵐をおこしてしまったけれど、それでも時間通りいらっしゃいましたよ」

秋の女王の顔は、誇らしげにさえ見えました。それから、彼女はまたふっと思案に沈みました。

「ですから、心配なんですよ。あの方が、理由もなくこんなに長い冬を作り出すはずがありませんから。貴方方もお分かりでしょう?ここ10年以上、冬の気候が大きく荒れた年などないことは」

そう言われて訪れた者たちは、記憶を辿ろうとしました。ですが、思い出せずに曖昧に頷くばかりでした。

冬はそれだけで寒く、実りのない季節です。暦に定められているから皆が我慢してやり過ごしていますが、冬なんてなければいいのにというのが皆の本音なのです。そのため、荒れたかどうかと言われても、冬が荒れなくて良かったなどと、考えたこともなかったのです。

そんな内心を読みとった秋の女王は、再び大きなため息をつきました。

「貴方がたは、それなりに皆学も才もある人間でしょうに、あの方の恩恵にも気づいていなかったのですか」

申し訳なさそうに小さく固まる使者たちに、秋の女王の嘆かわしいものを見るような冷たい視線が向けられます。

「そんな人々のために10年以上も心を砕いてきたなんて。ああ、でもあの方は、仕方のないことだと言われるのかしら。いいですか?天候の制御は本当に難しい技なのです。あの高い塔の上から私達がしているのは、大気に満ちた魔力の流れをとらえて上手く物質に変換すること。秋には溢れた風の魔力が勝手にどこかで爆発しないよう、適度に風を起こします。冬には氷の魔力を、夏には火と光の魔力、春には、緑の魔力を。それぞれに秀でた魔女が選ばれて、女王として国中の魔力の制御をするのです」

それは、一般にはあまり知られていない事実でした。

女王は季節を巡らせる─それだけが、人々のなかの認識でした。

「女王を必要とするのは、この国の地形的な欠陥のせいらしいですけれど。王は、あまり知らせたくないのでしょうね。自然界の魔力が暴発するなど、他国に知られたら貿易に支障が出ますから」

そのとき、使者の一人が手を挙げました。

騎士の制服を着た若者でした。

「何か?」

秋の女王に発言を許され、彼は真顔で言いました。自然界に増える魔力の制御のために雪や風が起こされているならば、例年の長さを越えて雪や寒さを起こし続けることには、限界があるのではないか、と。

秋の女王のため息はとても深いものでした。

「その通りです。今年の冬の冷気がいくら小出しにされていても、もうそろそろ限界のはず」

ならばと使者たちが顔色を明るくしたところに、女王が言いました。

「─私はこの雪が、冬の女王の魔力を削って出来たものではないかということが一番心配なのです」

春の大気に満ちてくる緑の魔力を抑えるためには、寒さが必要なのだといいます。

「この寒さのお陰で、まだどこでも植物の大発生や奇形は報告されていないようですが」

先程質問をした若者は、冬の女王のもとへ向かった仲間に、これらのことを伝えるための手紙を送りました。




「それはつまり、春が来ないから冬を続けているということか?」

手紙を読んだ男が、呟きました。彼は秋の女王のもとへ向かった騎士の上官でした。

一緒にいたもう一人も、やはり同じ制服を着ています。彼は手紙を運んできた鷹に褒美をやっていたのですが、同僚の呟きを聞いて首をすくめて言いました。

「さあ。どちらにせよ、俺たちはその辺りの事情を氷の女王に聞きに行くってことだろ」

氷の女王とは、無慈悲に思える冷たい冬を作り出す冬の女王を揶揄した渾名です。

彼らはそんな冬の寒さの中を、もう何日も旅しており、うんざりしていたところだったのです。

実際、彼らと同じころに公、民問わず数多くの人間が、冬の女王の居る塔を目指して旅立ったのですが、冬の野営に音をあげて帰ってしまい、既に二人だけになっていました。

最初の男が言いました。

「氷の女王と思って交渉に望むべきと考えていたが、少し考え直した方が良いのかもしれない」

そうして、なかなか近づかない塔を見上げました。大分前から大きく見えているのに、未だにたどり着かないのは、思っている以上に塔が巨大で、そして遠く離れて立っているからでした。

そんな世間から隔絶された場所に、一年の4分の1をほぼ一人で住んでいる女王を想像しながら、彼は雪道にまたひとつ馬の足跡を残しました。

しかしそれはまたすぐに、あらたな雪によって埋められていきました。

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