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「お、お前等は……?」


 集まったハルト達の中心に居るキルシェは眉間に皺を寄せた。


「私達はこの森に古くから住んでいる精霊です」


 キルシェと対峙し宙に浮かんでいるのは、淡い水色で半透明の小人。生まれたばかりの赤子ほどの大きさでありながらもスレンダーな麗しい容姿、青白い光を纏った姿はとても神秘的だ。


「精霊? それって、精霊魔法の精霊か?」

「ええ、そうです。私達の一部の者が人間に与え広がったのが精霊魔法です。私、オルトは水の精霊ですので、この森を包む霧も全ては私の力です」


 彼女達の体を表現するのは陰影だけで色を持たない。長い髪の毛もロングスカートのドレスも顔や体などと変わらぬ淡い水色の半透明。まさしく水が具現化した姿だ。

 溢れんばかりの高貴さからも分かるようにオルトは偉い立場にあるのだろうか。ワンピースやフリフリのドレスなどを纏った幼い印象の他の三人は背後に控えている。


「あなた達だけでなくこの森に侵入した人間達を複製した力も、水面に映った姿のように特別な霧で包み細部まで構成することの出来る私のものです」


 ハルト達の心をも包むような綺麗な笑みを浮かべたままのオルト。教会の信奉対象であり伝説上の存在とも言われる精霊にハルト達が驚いているのも関係なく、彼女は説明を続ける。


「ハルトさんの推理は素晴らしかったです。物理的な戦いを一切起こさせず、こんなにもあっさりと私の力を破った者はあなたが初めてです。ただ、最後の杖を斬るゲームですが、私があなたに化けていたならあんな結果にはなりませんでしたよ。私の力は持っている物も内部から完全に複製出来ますから」

「は、はぁ、そうですか……」


 柔らかな笑みのまま真っ直ぐに見つめてくる彼女に、ハルトは胸が妙に高鳴り緊張していた。精霊と会うことが初めてだということもあるが、それ以上に彼女の美しい姿は人を魅了するものを持っている。

 神様を信仰している者が頭に思い浮かべているイメージそのままの美しく荘厳な姿は、神の遣いではなく彼女が女神様本人だと強く思わせる。彼女がそのまま大きくなり色を持った人間になれれば、笑顔だけで多くの者が虜になることだろう。


「ああ……精霊様……」


 隣のシルヴァの陰に隠れていたアルティアはもう既に彼女の虜のようで、杖を地面に置くと、両膝を突き胸の前で手を合わせている。


「ふふ……」


 彼女を見守るシルヴァは楽しそうな笑みを浮かべた。幽霊幽霊とアルティアが昨晩からずっと怖がっていただけに、消息不明事件の犯人が教会の信奉対象と知り丸っきり態度を変えたのが面白いのだ。


「私達に願いを託すというのはどういうことなんだ?」


 オルトを崇めているアルティアに対し、キルシェはいつもの調子を崩さない。人間の扱う魔法の生みの親である精霊が相手であったとしても敬語すら使っていない。あくまでフランクに接している。


「ああ、そのことでしたね」


 精霊にとっては人間という下等生物であるキルシェの言葉遣いもオルトは全く気にしていない。


「私達はかねてより、この森に争いが持ち込まれることを懸念しておりました。最初こそ人間が入植し城を建てたことも黙認していましたが、その城へと他の人間達が攻め入ったことで、この森から人間を追い出すことを始めました。先ほどのように森に出た人間をコピーし、彷徨わせ疑心暗鬼に陥らせたんです。

 人間達が森を後にするのは早かったです。森へと出る度にそんな目に遭っていれば森で狩りをすることもなくなり、全ての人間が森から去りました」


 オルトの口から淡々と語られる事実。それは昨日ハルト達の間で話していたこととほとんど合致していた。


「それからは私達も安穏とした生活を送れていたのですが、魔国がこの付近まで領土を広げたことで私達の生活はまた変化しました。

 始まりは一ヶ月ほど前のことです。魔国の者達が城へと移り住みだしたのです。好戦的な彼等はいずれはそこから災禍を広げていくはずだと、私達はすぐに排除するにしました。しかし、私達の力は通用しませんでした。精神の脆弱な人間に対しては効果的な姿の複製も害にならないのであればと無視され、多くの者達に城へと移動されました」

「一ヵ月前ということは、やっぱり偽勇者一行がその契機となった訳か」

「まあ、時期は合うな」


 ゆっくりと頷いたキルシェの言葉にハルトは小さく頷いた。


「ん、偽勇者一行?」


 ハルトの部屋での話し合いに参加していなかったシルヴァは首を傾げ、


「ああ、精霊様……」


 アルティアは目を閉じ未だに祈り続けていた。


「ええ、あなた達が言われるその偽勇者一行と言うのが災いの根源だと思います」


 三人の部下に見守られオルトは話を続ける。この場にこそ四人しか居ないが、多くの精霊がこの森に住んでいるのだろう。


「大量の武具を手にした四人がこの森に入ったことを契機に魔国から多くの者が城へと移りました。その為に彼等を追ってこの森に入って来た多くの若者達を私達は利用することに致しました」

「利用? 私達みたいにコピーされ、疑心暗鬼に陥らせ殺し合いをさせたんじゃないのか?」

「さすがの私達でも精霊や森に害を与える意志のない者達を殺す気はありませんよ」


 キルシェだけでなくハルトやシルヴァの頭の隅にあった考えをオルトは笑顔で否定した。


「バラバラにこの森に入った彼等が手を合わせないことには決して魔国やその偽勇者一行と言う者達に敵いません。私達は彼等が同じタイミングで城へと辿り着くように迷わせたんです。私達があなた達に頼らないといけなくなったことがその結果を現しています」


 オルトの顔から一転して笑みが消える。


「城に居るのは五十人ほどで、人間の数は百人近くも居りましたのでもしかしたらと思ったのですが、私の考えは余りにも浅はかでした。二倍の兵も指揮する者が居なければ効果的に動けず、多くの人間が殺され残った者達は捕らえられたのです」

「だからヴァレーゼを発った勇士達は皆帰って来ない訳か」


 キルシェもまた渋い表情を浮かべ呟いた。


「しかし、そんな回りくどいことはせずに、精霊達が直接的に城を攻めれば良いんじゃないのか。オルト以外も人間をほぼ丸ごと複製出来るほどの力を有してるんだし、楽に勝てるんじゃないか?」

「それが可能なら良いのですが、神精霊ミューテルにより生物に直接的に害を与えたり、力を貸し与えたりすることは禁止されております。不用意に加担して世界の調和を乱してはいけませんし、生活を豊かにすると与えた力を人間が戦争に利用したことが戒めとして残っているのです」

「まあ、そうか、そうだよな。それは仕方ないか」


 当たり前過ぎる言葉を返され、キルシェは言い淀んだ。人間代表として責められている訳ではないが、人間がどういう生き物なのか、貴族間の醜悪なやり取りを見たことがあるだけに上手く咀嚼出来ない。


「で、今度は俺達に城を攻めて貰い、魔国の奴等を追い出して欲しいと?」


 キルシェに代わり、ずっと黙っていたハルトは口を挟んだ。


「はい、私達が新たな争いを求めるのは本末転倒ではありますが、あのような者達に私達の森を支配されるのは看過出来ません。どうか私達の為に力を貸して頂けないでしょうか? 

 私達の正体をあっさりと見破り、他の若者達とは比べられないほどの力を持ったあなた達にしか頼めません。規律を破らない程度になら私達も協力しますので、是非お願い致します」


 ハルトに向けられたオルトや他の精霊達の視線は横へと移動し、シルヴァや膝を突いたままのアルティアを経由した後でキルシェへと定められた。一時間ほどの同行でキルシェがリーダーだと彼女達もよく理解しているのだ。


「うーん、私達の力だけではさすがに戦力差があり過ぎるな。だからと言って、いつまでも放っておけばいずれはヴァレーゼへと侵攻して来るだろうし、囚われた奴等がまだ生かされてるなら助けないといけない」

「もちろんあなた達だけではなく、一度町に戻り協力してくれる方達をお呼びして頂いても構いません。あなた達がお呼びされる方達なら私達も信頼出来ますので」

「まあ、そういうことならやっても良いのかな。ヴァレーゼに残った勇士はそこまで多くはないが、王国の駐留兵も居るしな」


 王国騎士の立場から悩んでいたキルシェは、オルトの補足にようやくと首を縦に振った。大金を夢見た勇士は期待出来ないが、訓練を受け連携の取れた兵士が居るならば、騒動の元凶である偽勇者一行との戦いにこの四人で専念出来るだろう。


「ハルト達もそれで良いか?」


 自分の考えを既に伝えた上でキルシェは仲間達を見る。


「どうせ断っても無駄だろうし俺はどうでも良いよ」

「敵の数が増えたのは予想外だけど、元よりその覚悟を持って仲間になったんだから私もキルの決断に従うよ。アルちゃんはどう――」


 特に表情を変えずに答えたハルトに対し、笑顔で答えたシルヴァの視線は隣へと向けられる。そのままどうするのかと聞くつもりだったのだろうが、最後まで口にする必要はなかった。


「もちろん私は構いません! 精霊様のお願いでしたら、身を粉にしてでも叶えてみせます!」


 膝を突いたままのアルティアは組んでいた手を崩し、胸の前で硬く握った二つの拳を上下させている。シスターである彼女はもう骨の髄までオルト達精霊への信仰心で満たされているようだ。


「皆さんありがとうございます」


 オルトはハルト達の決定に笑みを浮かべた。


「あ、ああ、精霊様……」


 穏やかな笑みで直視されたアルティアは余りにも恐れ多いようで、再び手を合わせ目を閉じると、俯き祈り始めた。

 その姿や一連の行動により、オルトに死ねと言われれば本当に身を捧げるのではないかとさえハルトは思い始めていた。


「早速なんですけど、皆さんにお願いしたいことがあります」

「お願い?」

「はい。この近くに魔国が建造中の砦がありますので、今から落としに向かって下さいませんか? 私達の仲間の情報によると、いつも立ち会い指揮している偽勇者達が不在ということで今が一番のチャンスです」

「砦って、奴等は霧の城以外にも拠点を作っているのか?」


 オルトから明かされた事実に、キルシェは眉間に皺を寄せた。


「いえ、霧の城以外の拠点はこれが初めてです。東西に広い森の南寄りのほぼ中央、ヴァレーゼという町の真北に城は位置しているのですが、魔国領の一番近い城から霧の城は距離があり過ぎ、ロマノ王国へ侵攻するにも遠回りになるので、中継地点であり第二の拠点を作っているようです」

「完成した暁には霧の城だけでなく、その砦との二方から攻めて来るつもりか」

「霧の森から攻めて来るなら霧の城を拠点にしていると普通は考え、そっちを注視するだろうから、もう一方から現れて一気に叩くつもりなんだろうね」

「ああ、そうだな。霧の森付近まで侵略しておきながら本土まで攻めて来ないのは、ロマノ王国との戦を避け他国に侵攻しているというのが貴族達の考えだ。霧を利用してこんなことをしてるとは思ってもないだろうし、かくいう私も魔国が既に森へと侵攻しているとは思ってもいなかったからな」


 オルトとの会話に加わったシルヴァへと視線を移しキルシェは説明すると、


「四人ではきついが、砦を完成させる訳にもいかないし、確かに指揮している偽勇者が居ないのはチャンスだ。ヴァレーゼに戻り仲間を集めてる暇はない。敵にとっても霧は厄介だろうしここは隠密で一人ずつ倒していこう。

 もちろん協力してくれるんだろ?」


 ハルト、シルヴァ、アルティアへと巡らした視線はオルトへと固定される。


「ええ、規律に反してない限りでは全力で協力させて頂きます。水の精霊である私達なら霧に関係なく対象を透視することが出来ますので」

「ふふ、それは助かる。丸裸になった敵を倒すことほど容易なものはない。奴等にとって私達は、急に現れたらやられ再び姿を消す、さながら幽霊のように思えるだろうな」


 笑顔のオルトを真似るように、キルシェもまた笑みを浮かべた。



 城攻めと言う点で既に意志を伝えていたハルト達は抵抗することなく、建造中の砦へとすぐに向かうことになった。

 オルト達精霊の先導の下で向かった、いわゆる〝霧の砦〟は本当に近かった。徒歩十分の道のりで楽々と到着した。もしかしたらオルト達は最初からここへ向かわせようと画策し惑わせていたのかも知れない。


「やっぱりめちゃくちゃ油断しているな」

「ふふ、霧が薄らいだのも全然気にも留めてないね」


 完全には消えてないものの、砦の全容や敵の陣容を知る為にと一時的に薄らいだこの辺りの霧。シルヴァの言う通り、まだ腰の高さまでしかない石の壁の奥に見える三十体ほどのゴブリンやオーク達に変化はない。

 ゴブリンよりも二回りも体が大きく禿げ上がった頭、白目の大きい鋭い瞳、イノシシのように平たい鼻、天へと伸びる二本の鋭い牙を持ったオーク。土色の体に布のパンツを履いた筋骨隆々の魔物を中心に、森のどこかから切り出し運んで来た石を積み重ねている。


「まだ全然出来てないな。これなら特に気を遣うことなく倒せそうだ」


 近くの木々の陰から見える敵の砦は形を成していない。拓かれた広い大地の四方に延びた外郭とその内郭に積まれた石は、見取り図をそのまま表現しているだけ。作っているのが人間であれば、巨大な石造りの屋敷を作っている程度にしか思えない。


「霧を濃くしても大丈夫ですか?」


 誰に向けるでもないキルシェの呟きを受け、背後に控えていたオルトは彼女に語り掛ける。

 ハルトやアルティアがただ黙って指示を待っているように、オルトのさらに後ろには、姿を現して以来置物と化した三体の精霊がいる。彼女達はそれぞれがハルト達一人一人につき、敵の位置を教えてくれることになっている。


「ああ、もう大丈夫だ」

「分かりました」


 オルトの頷きで静かに流れた風は再び奴等を霧で包み、その視界を一気に狭めた。


「行くぞ。準備は良いか?」

「ああ、いつでも良いぞ」

「私も良いよ」

「はい、私もです」


 ハルトに続き、シルヴァ、アルティアと答える。

 魔物を眼前にしてもアルティアはまだ目覚めていない。精霊が関わった隠密作戦を壊せないという自制心が知らず知らずの内に働いているのだろうか。


「それじゃあ、シルヴァ頼む」

「りょーかい」


 気軽に返答したシルヴァは、敵に見られる心配のなくなった霧の中でゆっくりと舞い始めた。それぞれの手に握った扇の先にまで神経を通しているかのように優雅に。ここまで来た疲れなど一つも見せないほどに全くぶれない芯で見せるステップは華麗で大胆に。彼女の舞を見ているだけで高揚する気持ちはそのままハルト達の肉体を強化し、薄い光の幕で全身を覆った。


「これで三分は持つはずだから、その間に一気に終わらせよっか」


 自らもまた光に覆われたシルヴァは舞を終えると、呼吸を乱さず笑みを浮かべた。


「ああ、これだけの力があればあっさりと終わらすことが出来るはずだ」


 キルシェもまた戦う前でありながら手応えを感じる自信に溢れた笑みを見せると、


「私とハルトで一気に叩いて行くから、二人は一撃だけでは倒れなかった奴、私達が見逃した奴、私達の気配に気付いた奴をやってくれ。

 ハルト行くぞ!」

「……え、あ、おい!」


 言い終えるが早いか、オルトを伴ったキルシェは早速と駆け出し剣を抜いた。

 その作戦は初耳であり、ハルトは当然の如く了承していない。だが、決して行かない訳にはいかない。一番の火力である狂戦士が消え、補助魔法士が二人となった途端にバランスの悪くなったパーティ。幼馴染みを援助するのはハルトの役目だ。


「はぁ、面倒だ……」


 そんな言葉とは対照的に、既に見えなくなったキルシェに遅れ、弧を描くように違う方面から砦へと攻め入る。面倒だからと大切な仲間を失うことだけは出来ない。


『そのまま真っ直ぐです』


 脳内へと直接語り掛けられる精霊の言葉。オルトとは違って無機質な女性の声に導かれ、眼前に現れた油断しきったオークの後頭部を強化された杖で殴打。


『すぐに右です』


 倒れることを見ることもなくハルトはさらに導かれ、どんどんと魔物を殴り倒していく。

 ハルト達の急襲に奴等が気付くことはない。視界の隅のぼやけた仲間の変化に気付いた時には、ドミノ倒しのように自らも攻撃を受け連鎖的に倒れてしまっている。

 その繰り返しにより敵は為す術がない。敵襲を受けていることなど知る由もなく、


『――これで終わりです』


 穏やかな感情の籠ったオルトの声が脳内に響いた時には、全ての魔物達が地に伏していた。

 三分も続くことなく、一分ほどで終わった急襲戦。流されるままに始まってしまった戦いだったが、ハルトにとっては実に時間効率の良い一戦だった。霧の城での偽勇者達との戦いも、こんな感じですぐに終われば良いと願わずにはいられない。

 ハルトやキルシェ達だけでなく、精霊すらも望んでいる願望はしかし、早速と裏切られることになる。


「ふぅ、とりあえずはこれで一旦帰ろうか。城の方がどうなっているか気になるし、砦が落とされたことを知ったらどんな危険な行動を取るとも分からない。早い内に部隊を編成しておいた方が良いだろう」


 多くの魔物が倒れた建造中の砦の奥の大地の上。先陣切ってほとんどの敵を倒したキルシェは仲間達が集まるなりこれからのことを口にした。


「うん、ここまで来るのに結構疲れたし、今日はもう休みたいかな」

「あ、いえ、私は全然活躍出来てないのでまだ大丈夫ですが、そうですね、これ以上戦うのは厳しいですね」


 シルヴァに視線を向けられたアルティアは真剣に答え、


「ああ、早く帰ろう帰ろう」


 ハルトは適当に返した。


「オルトも今日はそれで良い――」


 仲間達の考えをまとめたキルシェが、笑顔で見守っていたオルトの考えをも聞こうとしたその時だった。


「くっぅ!」


 キルシェは振り向くや否や抜き取った剣を素早く振り上げた。

 剣に斬られざっと地上に刺さったのは一本の矢。何者かが霧の奥から弓で狙っているのだ。


「敵襲だっ!」


 キルシェの言葉ですぐさまハルト達へと走る緊張感。何があったのかと頭に浮かんだ疑念は一瞬で消えた。


「オルト、奴等はど――ぐっ!」


 仲間達を守るように一歩進み出たキルシェの、敵の居場所を尋ねようとした言葉はやっぱり最後まで口にすることは出来なかった。

 瞬間移動するかのように突然と霧の中から現れた男は、枝割れのない鋭く尖った槍をしならせキルシェへと薙ぎ払った。

 剣で攻撃を防がれた男はすぐさま眼前から霧の中へと消える。その代わりに飛んできたのは三本の矢。横並びのそれをハルトは一筋の風の刃を生み出すことで無効化した。

 団子状態となったハルト達を攻める敵はこの霧を利用している。敵のスピードは余りにも速く、上空へと舞い上がった精霊達からもたらされる情報は、敵が弓術士と槍術士の二人ということだけ。遠くから放たれる矢も際限ない為、そのタイミングすら掴めない。


「くそっ、霧のせいで……」


 現れては消える槍術士の攻撃をただひたすらに防ぎ続けているキルシェ。

 矢を防ぐのはハルトの役目であり、感覚を研ぎ澄ませ魔法で様々な障壁を生み出している。

 後衛であるシルヴァと目覚めていないアルティアはまだ標的になっていないものの、周囲からの脅威に目を凝らし、すぐにでも魔法を唱えられる準備をしている。


『霧を払います』


 敵にイニシアチブを握られたこの状況はまずいと思ったのか、苦戦を強いられる中で脳内に響いたオルトの言葉。風が吹かせることもなく、間髪入れずにこの一帯の霧を一気に払った。

 完全に晴れた視界。先ほど見た完成にほど遠い砦の内側には全身白銀の鎧を纏った槍術士。奥にある外壁を盾にするような位置には、緑を基調としたシャツに軽そうなメイルを合わせた弓術士が居た。


「はは、この霧はやっぱり精霊の仕業だったか」


 戦場の変化に攻撃を止めた、ハルト達と全く変わらない人型の敵。足を止めた槍術士は一気に仲間の下へと退いた。


「お前は……偽勇者一行の一人か」

「はは、偽勇者一行ね。お前等も俺等を狩って金儲けしたい連中か」


 外見ではシルヴァとさほど変わらない、二十代半ばほどの黒髪短髪の男はただでさえ鋭い目を吊り上げいやらしく口角を上げた。

 人間らしさの溢れた奴の笑みに、一目で仲良くなれないタイプだと女性陣は認識した。当然、ハルトは最初から奴と関わりたい意志など微塵も持っていない。


「ふん、お前達討伐の褒賞金は二の次だ。私は王国の騎士として、魔国の者をこの手で葬りたいだけだ」

「魔国の者ね……確かに今の俺等は本気でお前等を滅ぼそうと考えているが、お前等と同じロマノ王国で生まれ育った人間だ。決して魔国に忠誠を誓ってる訳ではない」


 キルシェに対して答えるのは槍術士の方だけ。長い茶髪を後ろで結んだ、童顔蒼白で中性的な顔立ちの弓術士は無感情に見ている。


「はぁ? 何故王国の人間が魔国なんかに?」

「何故って、そんなの王国が嫌いに決まってるからだろ。お前等は〝ユエの戦い〟を覚えているか?」

「ユエの戦い? 二十年前に西のゴース王国が攻めてきた戦いか。それがどうかしたのか?」


 学校の授業で習っているキルシェはその内容まで深く知っている。その戦いは国境沿いのユエという地方の町をゴース王国が闇討ちにしたというものだ。隣の領主がすぐに駆け付け領土は奪われなかったものの、ほぼ全ての民が死んでしまい、町はもう消えてしまっている。


「ゴース王国が攻めてきただと? ふふ、ふはははははははは、お前等はやっぱりその戦いを知らないようだな」


 歴史書にも載っているキルシェの回答を奴は一笑に付した。


「ゴース王国は攻めて来てなどいない。救援に来たことになっている領主の軍に虐殺されたんだよ。貴族間の争いだ。うちのリーダーの父親であった領主が気に入らないようでね、奴は俺等の家族もろとも虐殺したんだよ。全てをゴース王国の仕業にする為にな」


 キルシェが王国騎士と知ってか、素直に自分達の目的を話した槍術士。それは少しでもキルシェ達の戦意を削ぐ為でもあるのか。その作戦は効果的だった。


「それは……」


 奴からもたらされた事実かも分からぬ歴史にキルシェは驚きを隠さない。


「酷いな……」

「はい……」


 その戦いを全く知らないシルヴァやアルティアでさえ、渋い表情を浮かべている。

 隙を見せれば襲って来るだろうとポーカーフェイスで警戒を怠らないハルトと、上空から奴等を見下ろす精霊達だけが平静を保てている。


「数少ない生き残りである俺等は復讐の為に王国を滅ぼすことにした。貴族に好き放題にやらせている腐った大国など要らない。魔国と手を組んだ俺等の力で弄り潰してやる。その為にすぐに国王を殺さず勇者なんて便利な特権を貰い、魔国に加われる土産を手に入れたんだからな」

「で、目的を叶える為に今度はお前達が王国の民を虐殺すると?」


 キルシェの代わりにハルトが尋ねる。奴の話が真実であれば、キルシェ自身も貴族を嫌っているので複雑な気持ちになっていることだろう。


「ふふ、俺等のような犠牲者をまた生み出す連鎖を引き起こすだけだと説得するつもりか?」


 昔話を語る際も感情を乱さなかった槍術士は、ハルトを見下すようにいやらしく笑った。


「いや、別に説得するつもりはないよ。どんな言葉をぶつけた所で、お前達の痛みを知らない俺達の言葉が届くことはないだろ。だったら、そんな面倒な説得なんてしない。お前達がどうするのかは自由だよ。

 その代わり、俺達も本気でお前達を倒させて貰うよ。お前達の正義が腐った貴族を野放しにしている王国を滅ぼす為のものなら、こっちの正義はこのままの王国を維持することだよ。俺はただ安穏と暮らしたいだけだからな」

「ふん、ずいぶんと自分勝手な考えだな」

「お互い様だろ。例えお前達の話が事実だとしても、俺達がやることは変わらない。お前達を倒せればそれで良い。王国を変えるなんて面倒なことは、それを知ったキルシェが確かめ、長年掛けてすれば良い。血の流れない革命は時間の掛かるものだからな」

「ハルト……」


 キルシェの視線を受けたハルトは真っ直ぐに槍術士を見据えたまま。奴等への警戒を怠らない。


「ふん、それなりに自分の考えを持っているのか。面白いな。すぐにでもお前と戦いたいが、霧も晴れてこっちは数的不利だしここらで退かせて貰う。近い内にまた楽しもうじゃないか」


 そう言った奴は黙って見ているだけだった弓術士と退散しようとするのだが、キルシェがそれを許さない。


「誰がお前達を返すかっ!」


 ハルトの言葉で今自分が出来ることをやるべきだと、剣を構え奴等へと強い意志を向けている。命を懸けた勝負に公平という騎士道は存在しない。この数的優位のチャンスを逃すつもりはないのだ。


「ふん、雑魚がいきりやがって。お前みたいな剣の軽い奴が何かを為せるとでも本気で思っているのか?」

「私の剣が軽いだと!?」


 奴の挑発にキルシェは怒りを露わに声を荒げた。


「ああ、覚悟のない剣ほど軽いものはないね。そうだな、それなら一撃勝負でもするか?互いの槍と剣を一度だけぶつからせるだけだ。それでお前の剣がどんなに軽いものか教えてやるよ。下手に殺すとフルメンバーでの戦いでバランスが悪くなるからな、殺さない程度に手加減してやるから安心しろ」

「ふん、あくまで私をバカにするつもりか。良いだろう、勝負してやる。いつまでも減らず口が叩けると思うなよ」


 一転して怒りを鎮め、淡々と挑発に乗ったように見えるキルシェ。

 進み出た幼馴染みの後ろ姿しかハルトには見えないが、ゆっくりと一歩一歩踏みしめる足取りからは、煮えたくった怒りが真夏の熱風のようにじわじわっと伝わって来る。剣が軽いと言われたことに心から腹が立っているようだ。

 ハルトにとっては別に気にならない言葉でも、剣で生きているキルシェの怒りは当然。騎士である彼女の全人格を否定されたと言っても良いほどの言葉だったのだ。


「キル、勝てよー」

「頑張って下さい!」

「ああ、任せろ」


 シルヴァとアルティアは仲間に声援を送り、キルシェも剣をまだ握っていない左手を軽く上げて答えた。


「…………」


 彼女と最も付き合いの長いハルトはただ黙って見ているだけ。声を掛けたりはしない。平静を取り繕っている今のキルシェに掛けられる言葉はなかった。そして、彼女が負けることも火を見るよりも明らかだった。


「身の程を教えてやる」


 余裕に溢れた足取りで進み出て、キルシェと対峙した槍術士。

 互いに構え、睨み合い、そして始まり終わった刹那の衝突。

 デジャヴを見るかのように、ハルトの頭で描かれていたものと結果は同じだった。

 軽いと言われたキルシェの剣、その刃は粉々に砕け散った。


「これがお前の覚悟の軽さだよ」


 膝を突き項垂れるキルシェを嘲笑うように放ち奴が踵を返したことで、偽勇者一行メンバーとの初めての戦いは終わりとなった。


     ◇


 霧の森でのごたごたも過ぎ去り、ヴァレーゼに戻って来たハルト達一行。

 暗い空気の中での夕食も終え解散。風呂を上がったハルトは部屋で一人ゆっくりとしたいのだが、決してそうすることは出来ない。

 男一人が泊まるに相応しい、昨晩と同じ簡素なシングルルーム。一つしかないベッドは、脚を露出させた部屋着姿の幼馴染みがうつ伏せに倒れ占有している。


「…………」


 幼少期からの仲であるキルシェは何をするでもなく、槍術士に敗れたショックそのままに陰気な雰囲気を纏っている。こんな状態ではシルヴァやアルティアに気を遣わせると、昨晩と同じようにこの部屋を訪れたのだ。


「はぁ、俺も疲れてて休みたいんだが……」


 狭い部屋のドアに近い壁に背を預けたハルトは、溜め息混じりにこの部屋の支配者を見る。同じ風呂上がりであった昨日は女性として初めて意識し今朝まで尾を引いていたのだが、もうだいぶいつもの調子が戻って来た。


「少しは慰めの言葉を掛けてくれないのか?」


 顔をハルトの方に向けながらも目は合わさず、覇気のない眼差しで足下を見ているキルシェ。


「幼馴染みがこんなにも落ち込んでるというのに……」

「慰めの言葉って、お前はそんなキャラじゃないだろ」

「うーん、確かにそうだが……こんなにも心を折られたのは初めてだから、な……」

「お前はいつも誰よりも結果を出してたし、常に勝って来てたからな。初めての挫折みたいなものか」


 王国の若手騎士対抗トーナメントでも優勝し、順風満帆だとハルトからは思える騎士生活。それだけにあんなにも圧倒されたショックはハルトが想像出来ないほどに大きいのだろう。

 ハルトのキルシェに対するそんな考えはしかし正しくはなかった。


「ふん、挫折なんて毎日のように経験してたさ」


 キルシェはハルトの言葉を鼻で笑う。


「私は父のような立派な人間になりたいと努力して何もかもを成し遂げて来たが、剣も魔法もお前を超えることは出来なかった」

「いや、授業では常にお前の方が上だったし、いつも俺の方が負けてただろ」

「それはお前が全力を出してなかったからだろ」


 事実は違うと否定したハルトへと、キルシェは睨み付けるように視線を向けた。


「八割、いや、五割程度か。いつもお前は手を抜いていた。私はそんなお前には絶対に負けたくないと常に全力を出して勝ってきた。だが、胸にはいつもお前に対する劣等感があったよ。全力でやってもギリギリでの勝利ばかり。結局、卒業を機に、才能には絶対に勝てないとお前と張り合うのを諦めたよ。父さんに鍛えて貰った者同士、お前以外に負けなければ良いってね」

「………………」


 初めて明かされるキルシェがずっと抱えていたコンプレックス。ハルトは何も言い返すことが出来ない。

 興味のないことにやる気を出すという才能を持ってないハルトは、一度もキルシェに勝っているという優越感を持ったことはなかった。剣や魔法にしても、キルシェ父娘に無理矢理付き合わされ、少しでも逃れようと奮闘していたらいつの間に上達していただけ。むしろ、何事にも常に向き合い全力で取り組むキルシェを尊敬していた。


「しかし、私はお前以外の奴に完膚なきまでにやられてしまった。剣だけでなく、心までも粉々に砕かれてしまった」

「まあ、相手の強さが分かるのが本番じゃなく、模擬戦みたいな今日の内に分かったのは不幸中の幸いじゃないか。対策をして、本番で奴に勝てば良いじゃないか」


 いくら今日圧倒したところで、本番で勝てなければ意味がない。


「それが出来るならこんなにも悩んでいない」


 キルシェはまた項垂れるように真っ白い枕に顔を伏せた。


「今の私がアイツに勝てるとは思えない。私の剣は軽いからな……」

「はぁ、軽いって、そんなのアイツに比べたらの話だろ」


 こんなにも落ち込んだ幼馴染みを慰めるのは正直面倒で仕方ないのだが、そうしない訳にはいかない。何だかんだといつもキルシェにフォローされてきているし、こんな時ぐらいはハルトが助ける番だ。キルシェを退かせないことにはベッドでも休めないし。


「お前だって覚悟の差でアイツに負けてるのは分かってるだろ? 親父さんのようになりたいのと、故郷を滅ぼされた復讐では悪いが重さが全然違う。剣の重さでアイツに勝てないのは仕方ないだろ」

「そんなこと、分かってはいるが……そう簡単に納得は出来ない。ハルトには気持ちでだけなら勝てていたが、アイツにはそれすらも負けていた……」

「バネッサとまでは言わないが、お前もアイツぐらいお気楽な性格なら良かったのにな」


 ハルトはわざとらしく声のヴォリュームを上げると、自分達の同級生だった貴族の名前を唐突に挙げた。


「バネッサ?」


 再び顔をハルトへと向けたキルシェは目を細めた。


「ああ、キルシェや俺に幾らやられるようが、全く諦めることなくがむしゃらに何度も全力でぶつかって来るアイツは凄いと思うよ。貴族としてのプライドなのかも知れないが、アイツのプライドは他の貴族とはまるで違う。負ける可能性が少しでもあると分かっているなら挑まなければプライドを保てるのに、アイツは怖がらずに敢えて火中の栗を拾いに行くことが出来る。それはキルシェにも勝るアイツの凄いとこだと思うよ」

「ああ……ふふ、そうだな。確かにアイツは凄いよな」


 ハルトの言葉にキルシェは自然と穏やかな笑みを浮かべた。笑顔なんて何度も見て来たのに、こんなにも落ち込んでいただけに久し振りに見たような感覚を抱いてしまう。


「アイツが私の立場にあるならウジウジと悩むことなくどうやったら勝てるか、少しでも勝率の上がる作戦を考え、すぐに新しい剣を手に入れリベンジしに行くんだろうな」


 しみじみと呟いたキルシェの言葉は、彼女もまたバネッサのその性格を凄いと認めている。それほどまでに二人ともバネッサをある意味では尊敬しているのだ。


「まあ、単純にバカなだけで相手との力量差が分かってないだけかも知れないが」


 そう言って、今度はキルシェが心から楽しそうに笑った時だった。


「ちょっとバカとはどういうことですのっ!?」


 話題の主である本人が勢い良くドアを開けずかずかと室内へと足を踏み入れた。まるでこれまでの話を聞いていたかのようなタイミングの良さ。そう、実際にバネッサはハルト達の会話を全て立ち聞きしていたのだ。


「うぉっ! え、な、なんで、お前が……?」


 反射的に腕を突き上半身を起こしたキルシェは身を引いている。


「何でって、コイツは夕食の時から同じ店に居たぞ」


 キルシェの疑問に、壁に背を預けたままのハルトが答える。


「お前が神妙な面持ちで悩んでいるのを見てか、突っ掛かって来るのを途中で止めていたが、夕食後もずっと尾けて来ていたぞ。もちろん、お前がここを訪れた後にこの部屋の前で誰かが足を止めた気配もあったからな」


 バネッサの話題になったところでハルトが声を大きくしたのはやっぱりわざと。気配の主はバネッサだろうと、廊下までハッキリ聞こえるように演出したのだ。


「ふん、全てはハルトの思い通りに運んだ訳か……」


 キルシェは完全に身を起こすと、ベッドの端に腰を下ろした。


「そんなことはどうでも良いですわ。私がバカとはどういうことですの?」


 フリルが大量に付いた薄ピンク色のミディアムドレスに身を通したバネッサ・ガリバルディ。今ばかりはブラウリオを連れていない彼女はキルシェ達を追い、この宿に泊まることにしたのだ。


「別にこのバカという言葉はお前を侮辱している訳ではない。良い意味でのバカだよ。今の私の方がずっと悪い意味でのバカだよ」

「あら、そうですの?」


 常に高圧的な態度で当っていたバネッサはキルシェの言葉にすぐ矛を収めた。


「だったら、ここは聞かなかったことにして上げますわ」

「そうか、助かるよ」


 ふふっとさらに笑みを浮かべるキルシェ。バネッサは本当に単純で扱い易い奴だと表情で語っているが、当の本人が気付くことはない。


「もう悩みは良いんですの?」


 夕食時に見掛けた時から声を掛けるのも憚るほどに落ち込んでいたことを気遣っている。キルシェのコンプレックスの話を盗み聞きしたことに対して悪いと思っているのだろう。


「ああ、まあ、少しはな。お前のことを考えていたら少しはやる気が出たよ。何も考えず諦めずに何度もぶつかって行くのも良いものかとね」

「そこまで言われると癪に障りますが、今日は大目に見ますわ。それよりも、私は別に何も考えてない訳ではありませんわ」


 部屋の中央に位置するバネッサは余裕に溢れた笑みを浮かべる。キルシェを前にすればいつも突っ掛かっていたのでその姿は新鮮だ。


「私はあなた方と違い、常に壁にぶつかって来ましたわ。その度に乗り越え、今の私を築いています。だからこそ、キルシェさんという大きな壁を前にしても私は決してその壁を避けて通ることは出来ません。絶対に乗り越えるという努力をしないことは、今までの私を否定することになりますから」

「壁を乗り越える、か……」

「ええ、何度でも挑んで糸口を見つけ出すのですわ。挑み続けないことには何の成果も得られませんし、負けることに臆していればいずれは挑む勇気すらなくなってしまいます。それ以上に怖いことはありませんわ」

「挑む勇気か……ふふ」


 バネッサの考えを聞いたキルシェはしばらく咀嚼した後でまた笑みを漏らした。


「なんですの? また私を嘲笑うのですか?」

「いや、そうじゃないよ」


 キルシェはすぐさま否定する。


「お前にアドバイスされる日が来るなんて思ってもいなかったからな」

「ふふ、私もあなたにアドバイスする機会があるとは思ってもいませんでしたわ」


 騎士養成学校の同級生でありながら常に対立していた二人を包む柔らかな空気。これで

友人関係を築けた訳ではないが、互いに歳を取れば良い友人となることだろう。


「少しは元気を取り戻せたようですわね」

「おかげ様でね。ここで幾ら考えた所で奴等との戦いは避けられないからな、お前のようにただ目の前の壁を全力で壊すことだけを考えることにするよ。やっぱり奴に負けたままというのは認められない。

 故郷や家族を滅ぼされた復讐を行う奴等の覚悟に勝るのは無理だが、私だって王国騎士として命を賭してでも民を守る覚悟は持っている。仲間達と協力し今度こそぶっ倒して見せる!」


 ハルトやバネッサを見据え強く宣言したキルシェ。その表情には強い意志が籠り翳った感情はない。ハルト達の言葉を受け完全に自分を取り戻した。いや、一回り成長したと言った方が良いだろう。


「その為にもバネッサの協力が必要不可欠だ」


 これまでの関係性など関係なく、早速と同僚に自分達が置かれている状況、何故悩んでいたかなどの理由を全て明かした。

 偽勇者一行が加わった魔国との対決には、バネッサの助けが絶対的に必要なのだ。

 キルシェが立ち直ることで始まったハルトの部屋での作戦会議はこうして夜遅くまで続いた。

 途中でハルトが寝ることはもちろん出来ない。二人がベッドに並んで話していることから、黙って見ているだけのハルトもその会議に参加せざるを得なかった。


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