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 ヴァレーゼから徒歩で魔国方面へと向かうこと三十分余り。燦々と輝く太陽をも隠す霧が白い壁となって空高くまで眼前に広がっている。

 緑が露わになったのは端のほんの一部だけ。霧の森という名に違わず、年中真っ白い霧が蔓延しているという。奥にそびえるという現在では廃城の霧の城すらここからでは見ることは叶わない。


「やっぱりちょっと肌寒いな」


 まだ霧の中に入ってないにも関わらず肌をしんと冷やす空気。ポニーテールを揺らし先頭を行くキルシェは赤い袖で覆われた腕を摩っている。


「シルヴァさんは大丈夫ですか?」


 その後ろを並んで歩くアルティアは隣のシルヴァを見上げた。


「まあ、ちょっとは寒いけど大丈夫かな。自分を保温する程度の補助魔法なら踊る必要もなく唱えられるからね」


 露出の多いノースリーブの青いタイトドレスを纏ったシルヴァは笑顔で答える。その顔にはいつも通りの活力で溢れている。無理はしていなく、言葉通り本当に大丈夫そうだ。

 ダイヤ型の陣形の後ろには霧の発生理由に全く興味のないハルト。


「…………」


 例の如く一切口を開かない。馬車を使わずここまで来たことで、既に心の中の面倒くさいゲージは相当に溜まっている。

 何故馬車でここまで来なかったのかは言わずもがな、見通しの利かない霧の中では危ないから。その上、霧の城を建造した国は他国からの侵攻を恐れ道を一切舗装していないと、数年前の騎士団の調査で分かっていたからだ。

 質量を持たないながらも肌に纏わり付いた冷たい霧。深い霧は近い距離に居るはずの仲間達をもぼんやりと包み隠している。これだけでも多くの勇士達が消息不明となっていることが頷ける。太陽の明かりがあるおかげでまだ大丈夫だが、闇夜ともなれば伸ばした指先すら見ることは叶わないだろう。


「一応は真っ直ぐに行けば良いはずなんだが、本当に真っ直ぐに行けてるかすら分からないな」


 キルシェは肩越しに振り返り苦笑いを浮かべる。仲間達を見る黒い瞳には陰りが一つもない。昨晩ハルトの話を聞いた彼女は偽勇者一行の正体を暴くことで頭がいっぱいであり、朝起きてからのやる気をずっと保っている。

 一方で、霞んで見える幼馴染みと視線の重なったハルトは思わず逸らしていた。別にキルシェを避けている訳でも特別な感情を胸に抱いている訳でもない。

 風呂上がりで露出の多いキルシェの姿を見ることなど年頃になってからは初めてのことで、不覚にも彼女も成長した女性だと認識したから。決して恋心を抱いた訳ではない。単純にそれを意識して顔が熱くなっていることが恥ずかしいだけだ。

 前後を歩く二人の変化に間を歩く二人に気付いた様子はない。

 霧に溶け込む純白の修道服を纏ったアルティアは小刻みに震えている。幽霊がこの森に潜んでいるはずだと、やっぱり恐れが消えていないのだ。目と鼻の先しか見えていないのに関係なくしきりに周囲を見回している。

 杖を持っていない方の手で握られたシルヴァのドレスへと伝わる震え。


「大丈夫だよ。私達が居るからな」


 シルヴァは余裕に溢れた笑みでアルティアを支える。キルシェやハルトと同様に幽霊が原因でないと思っているので、彼女が恐れることはない。警戒するのは大型の野獣や魔国から放たれたモンスターだ。

 ただ心の中では幽霊が出て来ることを期待している。昨晩あんなにも自分のことをか弱く攻撃の役に立たないと大きなフラグを立てていたアルティアが、我を忘れ幽霊を粉砕する姿をこの目で見たい。アルティアの昨晩の一人コントにも勝るほどにそのシーンは面白いことだろう。


「ふふ、ふふふ……」


 幽霊など居ないだろうが、想像するだけでも今から笑い声が溢れ出る。

 四者四葉、それぞれが別の考えを持ちながらも同じ目的を持ったどこまでも続く四方霧中の歩み。

 視界にあるのは曇った緑の木々と柔らかい大地、そして仲間の存在だけ。

 これが一時間、いや、数十分も続けば精神に異常を来すのではないかとハルトだけでなく皆が思い始めた、その時だった。


「ん……雨か?」


 ぽつりと顔に感じた一滴の雫に、キルシェはいち早く足を止め空を見上げた。


「え、雨ですか?」


 先頭のキルシェに合わせ後ろのハルト達の足も止まり、掌を上に向けたりして真っ白な空を見上げる。


「あれ、私は感じないが……」


 アルティアやシルヴァが口にしたように、剥き出しの肌に水滴を感じることはない。


「ただの気のせいなんじゃ……」


 言いながらにハルトは視線をキルシェと戻そうとする。その刹那、戻そうとした視界の端に捉えた異変。

 それに気付いたのはハルトだけではない。


「避けろっ!」


 キルシェの叫びが森の中にこだまし、霧の広がる四方へと一斉に飛び退いた。

 ほんの一拍置いて今までハルト達が居た地面へと落下したのは大量の水塊。大浴場の湯船をひっくり返したほどの冷水は地面で弾け、それぞれが意志を持っているかのように避けたハルト達を襲う。

 何者かの放った魔法なのか。ただ落とされただけの巨大な水弾の残骸を防ぐことは容易いこと。ハルトやキルシェだけでなく、まだ目覚めていないアルティアやシルヴァも小さい障壁を生み出すことで楽々と防いだ。


「辺りに注意を払え!」

「皆気を付けろ!」


 四方に別れたことで仲間達が霧に隠れた中、二つの声が戦場と化そうとする森に響いた。


「……え?」


 その瞬間、思わず声を漏らしたハルトだけでなく誰もが耳を疑った。

 二つの声は全く同じもの。その声音の主はキルシェのもので間違いない。小人数だからこそ間違いようがない。

 ただ、一聴するだけではっきりと分かる問題がそこにはあった。二つの声は続けて出されたのではなく、一言目を半分まで言ったところで二言目と重なったのだ。当然、二つの別の言葉を同時に口に出来るだけの芸当をキルシェは身に付けていはいない。

 周囲を警戒し敵の気配を一切感じなかったことで、


「大丈夫そうだな」

「敵は居ないようだな」


 再び重なった二つのキルシェの言葉が緊張を取り除こうとする。

 しかしながら、緊張がなくなることはない。言った本人であるキルシェもさらに緊張と疑問を抱えたまま、水たまりを避けハルト達は集合する。

 その疑問の意味はすぐに明らかとなった。


「え……な、何だお前は……?」

「え、は……何で、私が……?」


 別れた四方の一辺から二人並んで現れた同じ顔。そして同じ姿。二人のキルシェは隣の〝自分〟を見るなりまさに幽霊でも見たかのように目を大きく見開いた。

 ドッペルゲンガーに出会った驚きを抱えたのはキルシェだけに留まらない。


「え……」

「わ、私が……」


 また別の一辺から現れた二人のアルティアも驚きを隠さず言葉を失っている。


「はは、そう言うことだったのか」

「おお、私も増えてるんだな」


 驚いている他の女性陣とは違い、心からの笑みを浮かべ状況を楽しんでいるシルヴァ達。

 残された二人のハルトと言えば、


「はぁ……」

「はぁ……」


 また面倒事に巻き込まれたと言わんばかりに顔を顰め、溜め息をシンクロさせた。

 あからさまに敵対するキルシェ。互いに相手を恐れているアルティア。一緒に楽しんでいるシルヴァ。変わらずの面倒くさがりで意外と気の合いそうなハルト達。それぞれの考え同様、四者四葉というか今回は八者四葉と言うべきか、それぞれで特徴的な反応を見せている。


「偽者めっ!」

「何者だっ!」


 ハルトから一番距離の離れた所に位置する二人のキルシェは怒りを露わに同時に声を荒げると、切っ先が触れないぎりぎりの距離で剣を構えた。

 両者共にその身に纏うのはミドル丈の赤い長袖ワンピース、メイルプレート、メイルブーツ。服装だけでなく揺れるポニーテールの結んだ位置まで外見は全く同じ。一触即発の二人の姿は鏡に映したようで、幼馴染みのハルトにすらどちらが本物なのか分からない。

 むしろ靄の掛かった二人のどちらが本物かと見極めようとすればどっちも偽者のように思えてしまいそうで、考えることをとうに放棄している。単純に面倒なだけでもあるが。

 ただ、幼馴染みが争おうとしていることを面倒だからと放置する訳にはいかない。


「今やり合ってもどっちも不幸になるだけなんだし」

「真偽を確かめることなく城を目指せば良いんじゃないか」

「俺達が争うことこそ偽者の思う壺だ」

「別にこのまま向かっても何の問題もないんだからな」

「偽者が綻びを出すのを待てば良いだろ」

「その時にこそ真偽を確かめれば良い」


 ハルト(A)からハルト(B)に渡った言葉のバトンパスは続き、最後にはBが話を締めた。お互いに考えてることが同じで、どちらのハルトもエネルギーの節約を助け合っている。言い終わって目を合わせ口元を緩める様は、初めて自分の理解者に出会えたと喜んでいるようにも見える。


「まあ、確かにハルトの言う通りだな」

「無駄な戦いで命を削るのは得策ではないな」


 二人の幼馴染みの説得を受け、二人の幼馴染みは素直に剣を収めた。バチバチとした視線で牽制し合っているが当面は大丈夫だろう。


「幽霊……幽霊……」

「幽霊……幽霊……」


 互いに同じ言葉を繰り返す二人のアルティアは、ハルト達と初めて会った時のようにビクビクと震えている。自分のドッペルゲンガーと距離を置き他の仲間をも不審な目で警戒している姿は、誰もが偽者もとい幽霊なのではないかと恐れているようだ。


「おお、服の生地まで全く一緒なんだなー」

「はは、胸の大きさや弾力までも同じだな」

「ふふ、くすぐったいな。こっちもお返しだ」

「あはは、ほら、触り心地も同じだろ?」

「うん、ホントだ、完全に同じだ」


 もっとも過ぎるキルシェとアルティアの反応を余所にシルヴァ達は精神的、肉体的触れ合いを心から楽しんでいる。二人のシーンを切り取れば、仲の良い双子がペアルック姿で盛り上がっているだけのように見える。


「踊りも一緒なのかな?」


 一人はそう言うと、笑みを湛えたままにその場で舞を始めた。そのキレと華麗さはいつも見慣れたもの。こっちが本物だろうか。しかし、もう一人も黙ってはいない。


「やるねー。私も負けないよ」


 後から舞い始めた彼女はそっくりそのまま遅れずに同じ舞を踊っている。向かい合い完全にシンクロした二人はデュオとして成立している。どうやら偽者は能力までをもコピー出来るようだ。


「ハルトもそう言ってることだし、とりあえずは城を目指すか」


 シルヴァ達が踊るのを止め笑顔で讃え合っているのを横目に、キルシェの一人は早速と号令を出す。


「何でお前が指揮を取ってるんだっ!? ほらこっちが城への道だ、行くぞ!」


 もう一人のキルシェは偽者にイニチアチブを握らせる訳にはいかないと、先導の立場を買って出ようとする。

 当然、もう一人も偽者には任せられないと、


「そっちは違う方向だろ。こっちが正しい道だ!」


 四十五度の角度をずらした道を指差した。


「はぁ!? そっちは違うだろ!」

「いや、こっちこそ正しい道だ!」


 考えの違いでまたしても口論を始めた二人。


 ――そういうことか……。


 本物のハルトは偽者の目的や、何故多くの者達がこの森で消息不明となっていたかを理解した。

 ハルト達に化けた偽者はこうやって仲間の輪を乱すことで争いを起こさせたり、道を惑わせたりすることで結果的にその命を奪っているのだろう。単純過ぎる何者かのこの作戦は敵ながらあっぱれと評せるほどにしっかりとしている。それも全てはあの大きな水塊がキーだ。

 剣を手にしないまでも激しく意見をぶつけ合うキルシェ達。本物のハルトを含めその誰もがどちらの道が正しいのか、どの道を行けば良いのか口を挟むことが出来ない。水塊を避けようと咄嗟に飛び退いたことで方向感覚にズレが生じたのだ。誰もがどの道を進めば良いのか絶対的自信を持たない。

 視野の閉ざされた深い霧の森。目印となるものはなく、ハルトは来た道を振り返るが、偽者の手によってかやっぱり足跡は残っていない。

 ハルト達はもう完全に敵の術中に落ちていた。

 少しでも角度の間違った道を行けば決して城に着くことは出来ない。目と鼻の先である城の横を通り過ぎようとも、霧のせいで気が付かないだろう。


「どっちが正しいか分かんないんだし、二人が示した真ん中を行けば良いんじゃないか」

「偽者に好き勝手させないようにするにはそれしかないだろう」


 そんな現状でハルトが出せる言葉と言えばそんなもの。偽者もまた意見を同じにした。


「うーん、ハルトがそう言うならそれしかないのか……」

「まあ、そうだな、偽者の言う通りに動かないんであれば私もそれで良いよ」


 怯えたアルティアの手前これ以上争うことも大人気なく、キルシェ達は渋々と互いが指差した真ん中の道へと進み始めた。

 陣形は変わらずダイヤ型だが、形はかなり歪なものとなっている。先頭のキルシェ達の間には目には見えないほどの距離があり、その後ろには楽しく会話するシルヴァ達。その左右には自らとの間に二人のシルヴァを挟んでアルティア。確実に偽者であると分かっている自分とは離れたいと考えているからだろう。

 最後尾の本物のハルトはキルシェほどとは言えないが、一人分の空間を空けて並んで歩く偽者を警戒している。

 確実に偽者であるもう一人の自分。面倒くさがり屋な性格で好感を持てるが、結局はそれも偽りでしかないまがい物。奴を信用する気はない。



 八人で歩みを初めて一時間ほど。最初の選択で両者の中間を選んだだけに、道中で何回もキルシェの片側が『やっぱりこっちの道の方が正しい』と道を指し示し、その度に口論が起こり中間の道を選び続けていた。

 ハルト達が城に辿り着けたのかは言うまでもない。そろそろ着いて良い頃合いのはずなのにさらに五分、十分歩いても景色に変化はない。どこまでも深い霧や木々、柔らかな大地があるだけ。同じ道をループしているような錯覚をも抱いていた。


「お前のせいで完全に迷ってるな」


 目的地までどれほど掛かるか分からないだけに誰もが疲労困憊で取った休憩時間。出会った時と同じように四方に別れた一辺のキルシェは、憚ることなくその責任を隣の自分にぶつけた。


「それはこっちのセリフだ! 私の言う通りに行っていれば城に到着していたはずだ!」


 一時間余りの時間でもう何十度目かの言い争い。キルシェはもっとクールな性格であるはずなのだが、完全に冷静さを失いもう一人の自分への怒りで溢れている。ハルトを中心に他のメンバーが仲間割れを起こさないことで、偽者のキルシェがそうなるように仕向けているのだろう。


「誰が本物なのか、ハッキリする時が来たのかな……」


 このままだとキルシェが本気で殺し合いを始めかねないと、本物のハルトは面倒くさそうに頭を掻き口を開いた。

 もう一人のハルト――偽者はただ黙ってハルトを見ているだけ。今回は同調しようとはしない。


「え、お前には分かるのか?」

「私達を騙すつもりじゃないだろうな?」


 ハルトの言葉に片方は驚き、もう片方は疑っているキルシェ。


「おおー、さすがハルだな。まあ、本物のハルかどうかは分からないが」

「はは、真偽が分かるようなイベントもなかったのに本当に分かってるなら凄いな」


 シルヴァは共に満面の笑みを浮かべたまま、ハルトの考えを是非聞こうというスタンス。


「…………」

「…………」


 一方で、皆と距離を置いた二人のアルティアは口を開かず、訝しんでハルトを見ている。誰も信用出来ないという気持ちは変わっていないようだ。


「別に俺が偽者は誰か分かった訳じゃないよ。ただ、あることがしたいと思っただけだ」

「あること?」

「実際に戦い、どちらが本物の能力を持っているか見極めるとかじゃないよな?」

「いや、シルヴァの舞を見た以上、それをやっても無意味なだけだ」


 キルシェ達の問いに間発入れずに答える。


「俺がやりたいのは、この中で自分が本物だと一番自信のある奴を指差そうというものだよ。このままキルシェ達が言い争ってても迷うだけだし、これから先はそいつに先導して貰おうと思ってな」

「はぁ、指差しね……」

「一番自信のある奴か……」

「はは、そう言うことね」

「面白そうだな」

「…………」

「…………」


 アルティアこそやっぱり口を開かず皆の顔をオドオドと順に見回しているが、視線を向けられたキルシェとシルヴァは率直な反応を見せている。


「…………」


 無口なのは偽者のハルトも同じで、話はお前に任せるとあくびしている。その姿は本物のハルトからしても実に自分らしい。

 そう思ったのは本物ハルトだけでなかった。


「しかし、面倒くさがり屋なハルトがそんな提案をするとは怪しいな」


 何にしても常に先に口を開いていた方のキルシェは、黙って居る方のハルトの方が自然だと本物のハルトを疑っている。


「お前と考えを同じするのは不本意だが、確かに怪しいな」


 もう一人のキルシェもそう感じたようで、初めて二人のキルシェが意見を同じにした。


「本当にハルにしては珍しいね。たまに口を開いた時の鋭さは本物っぽいけど」

「はは、皆ずいぶんな良いようだな。まあ、日頃の行いを考えれば仕方ないのかもね」


 シルヴァはキルシェとは違い、どちらとも断言出来ないという考えであり、


「うーん……」

「はぁ……」


 息を漏らしたアルティアは小首を傾げ困っている。

 表層的な状況だけを見れば、本物のハルトにとっては誤算とも言える流れとなっている。


「それじゃあ、指差しゲームでも一応やってみようか」

「ただ、あくまで一番票を集めた奴が一時的なリーダーになるだけで、結果によって選ばれてない方を虐げるのは止めよう」


 二人のキルシェによって話は進み、そのままの位置を元にハルト達は正方形を描くように仲間達と向き合った。靄の掛かるぎりぎりの位置だ。


「最後に改めて言わせて貰う」


 本物のハルトは偽者の自分も含め一人ずつの顔を順番に見て行く。


「絶対に本物だと自信のある奴を選ぶんだ。それを念頭に置いて八人から好きに指差してくれ。それじゃあ行くぞ。せーの――」


 ハルトは間を与えることなく言い切ると、最初に説明した〝一番自信のある奴〟ではなく、最後に説明した〝絶対に本物だと自信のある奴〟を迷いなく指差した。

 一瞬の内に終わった指差しゲーム。

 その結果は本物のハルト以外の七人にとってはあまりにも想像していなかったものだった。


「え、どういうことだ……」


 結果にまず口を開いたのは、偽者のハルトから指を差されたキルシェだった。


「何でって、ふん、ハルトの最後の言葉で何を言いたいのか私達はちゃんと理解出来たからな」


 自分で自分を指差しているもう一人のキルシェは可笑しそうに鼻で笑う。


「間違った選択を恐れている普通の人間なら、絶対に自信のある奴と突然話を変えられ考える時間も与えられなければ、咄嗟に自分を差すのが当たり前だ。考えずとも絶対に本物だと自分が一番分かってるんだからな」

「まあ、そうだよね。キルほど頭は良くないから私はそこまで考えてなかったけど、絶対と言われればね」

「は、はい、わ、私も……」


 キルシェだけでなく、自分を指差したシルヴァもアルティアも頷いた。

 ずっと怯え挙動不審めいていたアルティアはハルトの言葉がなくとも、最初から自分を指差すつもりだったのだろう。自らを指差した者達に繋がりを感じ、アルティアの顔には少しだが活力が戻っている。


「そう言うことだから、と言いたいとこだが、お前等は納得してないだろ?」


 自分を指差した最後の一人である本物のハルトは、そうではない者達を見回した。


「そりゃそうだ。一番票を集めたのはお前ではなくこっちのハルトだからな」


 本物の隣に立つ偽者のハルトを指差すキルシェは真っ向から反論する。


「確かに自分を差そうかとも考えたけど、私はこっちのハルの方がいつものハルだと思っただけだからね」

「わ、私も……そうです……」


 キルシェに続いたのは、同じく偽者のハルトを指差したシルヴァとアルティア。この状況はあくまでたまたまと言いたいようだ。


「まあ、本物は俺の方だし、仲間割れを誘うそいつらの言うことを聞く必要なんかはないよ。実際に俺の方が支持されてる訳だしね」


 ここに来て口を開いた偽者のハルトは一人ひとりの顔を見つめ、最後に隣のハルトで視線を止めた。


「はぁ、ここで二手に別れても良いんだが不安な者も居るだろうし、ここは俺が本物であると証明するしかないか。面倒だが、俺だけは絶対に本物だと証明出来るしな」

「はあ? そんなことが出来るのか?」

「まあな、お前のおかげでな」


 キルシェA――本物のハルトに付いた方をA、偽者に付いた方をBと表すことにしよう。指差しゲームにより初めてそれぞれに違いが現れた――の驚きにハルトはあっさりと頷く。

 最初からその手段を分かっていたが、まずは自分以外の偽者の炙り出しをする必要があったのでこんなプロセスを踏んだのだ。確かにハルトにしては非常に珍しい行動だが、こうする他に方法はなかった。


「私のおかげ?」

「ああ、お前が騎士養成学校に俺を入れさせようとしたことでこの杖が貰えたからな」


 ハルトは手にした杖を少し高く掲げた。


「父さんに貰った杖か」

「ここでまたあるゲームでもしてみようか」


 キルシェとのやり取りもそこそこにハルトは偽者達を見る。


「ゲーム?」

「ああ、そっちのシルヴァがそっちのキルシェを強化し、本気で俺の杖に斬り掛かってくれ。こっちも逆の形でそっちの俺の杖を斬るから」

「ああ、そういうことか」


 シルヴァBに答えた言葉に、キルシェAも察したようだ。


「まあ、良いだろ。それでこっちのハルトが本物だと証明出来るんならな」


 対するキルシェBは分かっていないようで、奴にとっては自らの首を絞めることとなる道へと話を進めた。

 こうして再び始まるゲーム。進み出た二人のハルトは向き合うように立ち、先が触れない距離で杖を正面に突き出した。

 杖に剣を振り下ろせるそれぞれの脇、剣の間合いには支持しない側のキルシェが立ち、その後ろにも支持しない側のシルヴァが立った。


「それじゃあ始めよっか」

「うん、楽しもう」


 シルヴァAの笑顔に、Bもまた笑みを浮かべる。こんな状況でもいつものシルヴァのように余裕は崩れていない。ハルトの示した流れの通り自分を指差した者達全員が本物であるなら、偽者の彼女は相当な役者だ。

 アルティア達が離れた所から見守る中で始まったシルヴァの舞。先ほどは向き合っていた二人並んでのまさにオンステージ。事前に話し合った訳でもなく、鏡合わせのように左右が全く逆の振り付けで踊っている。

 偽者の正体は未だに予想出来ないが、ただのモンスターではなさそうだ。本物の姿や能力だけでなく、体に染みついた技までコビー出来ている。

 全身を用いて華麗な舞を見せるシルヴァ達の補助魔法士により白く輝き出したキルシェ。二人は合図をすることはなく、互いを意識しながら両腕で強く握った剣をゆっくりと振り上げた。

 キルシェだけに掛けられた魔法は洗練され、切っ先までをも薄白い光が包んでいる。普通の木の杖ならば木っ端微塵。絶対に無傷ではいられないだろう。鉄で作られていたとしても強化していなければ砕かれることだろう。

 本物のハルトがそうしないように、偽者のハルトも杖を強化したりはしない。生身のままで耐えられるかのゲーム。強化したのは杖を握る両腕だけだ。

 ゲームなど関係なく本当に心から楽しんでいる二人のシルヴァ。その舞が最高潮に達したタイミングでキルシェ達は静かに、それでも力強く剣を振り下ろした。

 本物のハルトとキルシェ以外には衝撃的な結果に一瞬固まる空気。


「ふぅ、これで証明出来たかな」


 凪とも言える状態を破ったのは安堵の息を吐いた本物のハルト。その言葉の通り、結果は言うまでもなく明らかだった。

 シルヴァAとキルシェAの力により真っ二つに折れた偽ハルトの杖。

 本物のハルトの杖はと言えば、木製でありながら鋼の刃に耐えていた。


「な、なぜだ……」


 隠すことなく驚きの声を漏らしたキルシェB。


「大魔法士である私の父が長年使い込んだ杖だ。何かしらの魔法で複製しようが、杖自体に染み込んだ父の魔力までは真似出来ずに折れたんだろう。その杖は言わば、狙わずに出来た最高に頑丈な木の杖みたいなものだからな」


 既に察していたキルシェAもまたその言葉に反し安堵している。蓋を開けて見るまではやっぱり不安で仕方なかったのだ。


「はぁ……そう言うことですか。私達の力ではやっぱりあなた達には敵いそうにないですね。あなた達であれば、私達の願いを託せそうです」


 もう観念したと、キルシェとは信じられないほどにキルシェBは柔らかな口調へと変わり、和やかな笑みを浮かべた。

 長く続いた彼女達のお遊びはこれで終わりのようだ。

 キルシェBの体は突然と歪み色を失った。その変化はキルシェだけに留まらない。ハルトの目の前に立つ偽ハルト。つい先ほどまで踊っていたシルヴァB。そして奴等側に居ながらも距離を取っていたアルティアBも色や形を失い、手足をも失った。


「え、な、何が……」

「はは、何が起こるのかな」

「ゆ、ゆ、ゆ、幽霊……」

「…………」


 偽者達の変化に驚き、喜び、怯え、警戒する本物のハルト達一行。ただ、偽キルシェの最後の言葉から、さらに敵対することはないだろうと――シルヴァの下へと駆け寄り背後に隠れた――アルティア以外の三人は感じていた。

 最初にハルト達を襲った水塊のような四つの半透明の液体。ほどなくしてそれは型に流し込まれるように四つ共に人型へと戻った。

 しかし、彼女達は決してハルト達とは同じ〝人〟ではなかった。


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