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「おおー、ようやく見えてきたぞ」
陽の下でも変わらず涼しい気候とあって白い幕を外した馬車の荷台。椅子などがなく平らなその側面から身を乗り出したシルヴァは元気な声を上げた。
トレノを出てから五日ほど。平坦な道を抜け、山を一つ越えた所で視界の奥に見えてきた大きな都市。魔国との国境近くであるが故に高い外壁に囲まれたその名前はヴァレーゼ。偽勇者一行が正体を明かした町であり、国中の若者が挙って目指す町だ。
「偽勇者達は本当にあそこにいるんですよね?」
着替えなどの入ったトランクや食料があることで手狭ながらも、男一人と女二人では少しばかり余裕のある縦に長い荷台。前後に座るシルヴァとハルトに挟まれたアルティアは疑問を口にした。
「んー、あそこで正体を明かしたことだけは伝わっているが、それ以外の情報は全く出てないからな。もしかしたら魔国に逃げている可能性だってあり得るな」
答えたのは二頭並んだ馬の手綱を握ったキルシェ。赤を基調とした装いにメイルを纏った王国騎士は肩越しに振り返り、真っ白の修道服を纏ったシスターの目を見つめた。
「詳しいことはあそこで情報収集しないといけない訳だね」
二人の視線が向けられる先はシルヴァ。一種の旅芸人である彼女が纏っているのは胸元を強調した、ミドル丈でノースリーブの青いタイトドレス。同じようなものを数日前にも着ていたが、それとは違いこれは耐魔加工されたもの。浮いた違約金で手に入れた装備品。動き易いようにとわざわざスリットを入れて貰っている。
キマイラを三体倒したことで追加収入を得たパーティの生活はずいぶんと楽になった。
途中の町に寄っても宿代は充分にあり、討伐依頼を受けることは一度もない。結果的にバネッサの悪巧み様々。無駄な時間を過ごすこともなくなり、一週間は掛かる道を最短で到着することが出来た。
「ああ、まだ陽も高いし、今日の内に良い情報を得たい。王国騎士である私になら話してくれるだろう。ただ、必ずしも住民の言葉を鵜呑みには出来ないな」
「と言うと?」
「もしかしたらこの偽勇者騒動自体が町の自作自演かも知れないということだ」
訝しげなシルヴァの問い掛けに、キルシェはこの旅で初めてそんな衝撃的な考えを口にした。
「え、それでは、偽勇者一行は本当は偽者ではなかったということですか?」
「うーん、確かにその可能性もあり得るのか。魔国に近いと旅人も訪れないからな、今回の騒動で町興しを図ったとも考えられるな」
驚くアルティアに対しシルヴァに驚きはない。よく旅をしている彼女だからこそ、ヴァレーゼみたいな魔国との国境付近の町には近付かないようにしていたのだろう。
「…………」
荷台の後ろに背中を預け、三人の女性陣によるかしましいとは決して思えない会話を黙って見つめるハルトにも驚きはない。若者達で賑わい消費が増えている訪れた町々。王国に忠誠を誓っていないだけに、ヴァレーゼだけでなく王国が裏で手を引いた新たな景気対策のように感じたのだ。
三人で会話を繰り広げる構図も一様に慣れたもので、蚊帳の外のハルトを誰も気にすることがなければ話を振ることもない。娘達を見守る父親とまでは言えないものの、相手にしなくてもハルトなら大丈夫だという絶対的な安心感が彼女達の中に宿っていた。
「念の為に住民の話も疑いを持って聞いた方が良いだろう。何が事実で何が事実じゃないのか。誰が嘘を吐いてて誰が嘘を吐いていないのか。そもそも嘘はあるのかないのか。全てを私達の目や耳や心で感じ取ろう」
キルシェのまとめによって区切られた会話。話はヴァレーゼがどんなところなのかというものに変わり、結局ハルトが一度も口を開くことなく当初の目的地へと到着した。
ロマノ王国に併合される以前より多くの戦禍を被っていたヴァレーゼ。赤いレンガの積まれた高い外壁はその為のものであり、建物もまたレンガ造りのものばかり。舗装された道も全てレンガが敷き詰められている。これまで見て来た町とは全く違う光景に、新鮮な印象をハルト達に与えていた。
いつもの流れで王国の駐留施設に馬車を預け、早速と始めた住民への聞き込み。
それに対するキルシェの考えは実に正しかった。
トレノには劣るものの人口三万人は超えるというヴァレーゼ。意外にも勇士達の姿の少ない町での聞き込みは順調そのもの。ハルト達を引き連れたキルシェが自分の身分を明かし、偽勇者一行について知ってる情報の全てを求めると、ひと月ほど前にあった出来事を包み隠さず皆が教えてくれた。
一時間ほどの聞き込みを終えたハルト達が移動したのはこじんまりとした喫茶店。アルティアと初めて訪れた所とは違ってこれまたレンガ造りの店だ。
ほとんど同じ大きさの店内では内装は似かようのだろうか。カウンターこそレンガ積みだが、さすがに尖った天井の内側や並んだテーブル席は椅子も全部木製。偶然にもカウンターに二人しかお客さんが居ないことも同じだった。
「とりあえず話を整理しようか」
一番奥のテーブル席に座ったキルシェは仲間達を見回す。彼女の横にアルティア、正面にハルト、その隣にはシルヴァといういつもの座り位置である。それぞれの前にはコーヒーとケーキが置かれている。時刻は三時頃とあって、ティータイムも兼ねている訳だ。
「私が抱いた感じだと誰も嘘を言っているようには思えなかったな。王国騎士である私を前にしても特に緊張した様子もなかったしな」
「うーん、そうだな、偽勇者一行が暴れて破壊したという店の壊され方も凄かったからな、私も今の所は住民の言葉は信じても良いと思う。不審な言動をしてる人も居なかったし」
「私もそうですね、皆さんのお言葉に嘘はないと思います。しっかりと芯が通ったお言葉でした」
女性陣三人が意見を言い終えると、その視線は一気にハルトに集まった。
「んー、俺も嘘はないと思うよ。ここに住んでる奴等が皆王国から派遣された劇団員でもない限りはな」
「ハルトの言わんとしていることは分かるが、さすがに陛下はそんなことを企んではおられないよ。確かにこの騒動でヴァレーゼ以外も盛り上がっているが、税金を偽勇者一行に短絡的に渡したと陛下自身も批判されていらっしゃる」
「そうは言うが、名君であればこそ自分が批判されてでも国の為になることを考えるだろ。それに最初は批判していた者達も、騒動の恩恵を受ければ考えを改めるだろう」
「あくまでハルトは懐疑的だな」
自らが仕える国王陛下に対するハルトの辛辣な言葉。キルシェは怒りこそ抱かないまでも決して頷くことは出来ない。
確かに多くの者が恩恵を受けられるのであれば一時的に非難されようとも素晴らしい政策だろう。だが、国中の勇士達を巻き込み徒労に終わらせることを国王陛下がするはずがない。穏やかな笑みで送り出してくれた陛下を見ていただけに、キルシェには信じられない。
「別に懐疑的な訳ではない。今は全ての可能性を考慮しているだけだ。それよりも今はその偽勇者一行が居るという霧の森について考えるべきなんじゃないか」
「そうだな。キルもそれで良いか?」
「ああ、構わない」
話が逸れると感じ本題を進めたハルトにシルヴァが受け、キルシェが応じてくれたことでハルトは彼女達に話を委ねることにした。ハルトもしっかりと自分の考えを持っているが、面倒なので喋るのは聞かれた時だけ。話を広げる役回りは自分には相応しくない。自分の考えを口にすればこうやって面倒なことにもなる。
「住民達の話によれば、ここまで辿り着いた勇士達はその森で迷い帰って来てないということじゃないか」
「ああ、魔国領との間に広がる霧の森が迷いやすいからこそ魔国も攻めて来ず王国としても助かっていた訳だが、それを偽勇者一行に利用された訳だな。森の奥には霧の城なる廃城もあるみたいだし、奴等も迷っていなければそこを根城にしてるんだろう」
「住民の方々もそう仰ってましたが、本当に廃城なんですか?」
「ああ、ヴァレーゼがまだロマノ王国領になる前、この地に魔王が君臨する前でもあるな、霧の森自体が一国でありその中に立派な城もあったらしい」
アルティアの疑問に、キルシェは自分の知識を語り始めた。
「その当時は霧が深いだけで迷うこともそんなになかったそうなんだが、ある時期から状況が一変し、国民すらも迷い消息不明者が続出したという。それが原因で狩りも出来ず国は傾き、国民は城を離れ散り散りになったらしい。数年前に王国の騎士団が調査したらやっぱり廃城だったそうだ」
「曰く付きの森と城ですか……」
キルシェの説明を聞いたアルティアの血色が一瞬で寒々としたものに変わる。ちゃんとした仲間となったことで最近は臆病な性格は隠れていたが、ホラー染みた話はその性格通り苦手なようだ。
「ある時期から一変か……何があったんだろうか……」
キルシェが話してる間にもチョコケーキを口に運んでいたシルヴァは首を傾げハルトを見る。何か知らないかと目で尋ねているのだろう。
コーヒーのカップから口を外したハルトは首を軽く二回横に振るだけで答える。
このキルシェの知識は騎士養成学校で教わったもの。学校ではロマノ王国の歴史や地理の授業もあった。ただ、座学ではひたすら眠っていたハルトが覚えていることは皆無。当然、シルヴァやアルティアに答えられる知識は持ち合わせていない。霧の城のことすら初耳だった。
「帰って来ない勇士の安否も気になるし調べない訳にはいかないな。本当に偽勇者一行が存在しているのかも確かめなければならない」
キルシェの言葉でこれからの予定が決まると、ケーキに全く手を付けていなかったキルシェとアルティアも三時のおやつの時間となった。
◇
長い旅路を経てヴァレーゼに到着したその日の夜のこと。明日の探索に備えもうそろそろ寝ようかという頃にハルトの部屋に来客があった。
勇士達が霧の森で消息不明になっているとあって、意外にもあまり値上がりのしていないヴァレーゼの宿。女性陣が泊まるシングルベッドとダブルベッドが一つずつあるファミリールームとは違い、シングルベッドが一つあるだけのハルトのシングルルーム。
「実際のところ、ハルトはこの騒動は国家ぐるみの企みだと思うか?」
窓際のベッドの端に座るなり曇った表情の幼馴染みは口を開いた。
「喫茶店で話をした時からずっとそのことが気になっていたんだよな。陛下が関知していらっしゃらない所で貴族が画策したんじゃないかってな」
風呂上りだろうか、入室する際に擦れ違い香った良い匂い。わずかに上気したキルシェの顔と解かれ湿った長い黒髪。室内とあってメイルはなく、シルヴァに及ばないまでも大きな胸の膨らみ強調するタイトな赤いシャツ。合わせた黒の短パンからは細くも筋肉の付いた綺麗な脚が伸びている。
「ふーん、そうなのか」
ドアに近いレンガの壁に背を預けたハルトはキルシェを正面に見据え呑気な声を漏らす。自分が語ったことにこんなにも悩んでいるとは思ってもいなかった。
喫茶店を出てすぐに三階建てのこの宿を取ると、ハルトは一人別れ部屋で休んでいた。階の違う女性陣がどうしたのかは知らない。晩ご飯で事前に決めていた店に集まった時にはキルシェだけ遅れて来たので別行動を取っていたのだろう。アルティアとシルヴァは意外と馬が合っているらしく、一緒に行動していることが多い。
「そうなのかって、お前が言い出した考えだろ?」
「まあ、そうだが、そこまで思い悩む必要はないだろ。もし企みが事実だとしても末端の騎士であるお前には関係ないことだ」
ジトっとした瞳で睨み付けるキルシェにもハルトは一切動じない。
「それに俺達の目的は偽勇者一行を討伐することだけだ。その為に集まったメンバーだろ?」
「いや、だから、その偽勇者一行が実在するかどうかが問題なんだろ」
「偽勇者一行は間違いなく存在するよ」
「…………は、な、なんて?」
眉間に大きな皺を作ったキルシェの頭上に浮かんだ大きなクエスチョンマーク。聞き間違いではないかと耳を疑っている。
「だからー、偽勇者一行は実在し霧の森周辺に潜んでいるはずだ」
「は、はあ……い、いや、喫茶店では全く別のことを言ってたじゃないか!?」
「それは霧の森や城についての話を聞いてないからだよ。話を聞く前は森に潜んだ王国関係者が捕らえどこかに移動してる可能性を考えたが、魔国の脅威がある状況下で重要な戦力である勇士をそんな――魔国が存在する前から行方不明者が続出している――森に王国が差し向けるはずがない。やるなら魔国からもっと離れた所でやるはずだろう」
「ハルト、お前……そこまで考えていたのか」
その考えを聞いたキルシェの顔からは怒りが消え感心すらしている。キルシェはただ悩んでいたばかりで、集めた情報や知識に目を向けていなかった。
「まあな、普通に考えたらこんなところだろ。実際に森を調査しないことにははっきりとは断言出来ないが、魔国がこの騒動に関わっていることは確実だろう」
「え、魔国がか?」
一度は落ち着いたキルシェは再び驚き目を丸くした。
「ああ、以前お前から聞いた――偽勇者一行が寄った町全てで良い武器や防具を値下げさせ何品も買っていたことや、この町では武具店を襲い商品を軒並み奪った――ことを考えれば導き出せることは一つだけだ」
「偽勇者一行は魔国の者であり、その武器でこの国を攻める算段という訳か」
ハルトの言いたいことが伝わったようで、キルシェはゆっくりと俯いた。
「魔国の中枢に居る奴等は人型ということだし、偽勇者一行が魔国の手先であるという可能性もあり得るだろうな」
「それか、魔王に従う人間が手先となっているか……。ふふ、魔国との繋がりを全く考慮していなかったが、そう考えると意外と筋が通るのか」
顔を上げハルトを見上げるキルシェの表情は来た時とは一変。笑みを浮かべた顔は晴れ渡っている。どうやらいつものキルシェに戻ったようだ。
「ありがと。ハルトと話して心の整理がついたよ。まだ魔国と偽勇者一行との関わりは分からないが、明日からの調査でそれを明らかにすれば良いんだよな。王国が悪巧みをしているかどうかも含めてね」
立ち上がったキルシェはハルトに感謝を告げると、
「明日も早いから夜ふかしはするなよ。いちいちお前を起こしに来るのは面倒なんだからな」
ハルトが寝ようとしていたのを自分が妨げたことも知らず、軽い足取りで部屋から出て行った。
「はぁ……疲れた……」
大きく息を吐いたハルトは気怠そうに頭を掻いた。
溜め息の理由、疲れた理由は決してキルシェに予定を変えられたからだけではない。
――あいつも女だったんだよな……。
男兄弟のように育ち、キルシェの女性らしい面を見ることが全くなかっただけに、上気した弱った表情や胸を強調するタイトなシャツ、短パンから露出した脚を見て思わずドキッとしてしまった。
相手がシルヴァなら胸をガン見しても大丈夫なのだが、相手がキルシェなら駄目だ。幼馴染みのなまめかしい姿を凝視しないよう目を見つめ返していた。
悩んでいたり話に夢中だったことでキルシェは気付いていないだろうが、これからも変わらずキルシェと接せられるのだろうか。
ランプが吊るされた木の天井を仰ぐよう、柔らかなベッドにどっぷりと体を預けたハルトの脳裏に蘇るキルシェの胸や脚。そして、狭い部屋に残った彼女の香り。
「はぁ……面倒だな……」
再び溜め息を漏らしたハルトが眠れたのはそれからずいぶんと後のこと。ハルトには似合わない早寝早起きはやっぱり出来ないのだった。
◇
キルシェがハルトの部屋を訪れたのとほぼ同時刻。三人の女性陣が泊まる三階のファミリールームのことである。
「幽霊……絶対に幽霊ですよ……」
一階にある大浴場から戻って来て以来ずっと物思いに耽っていたアルティア。ダブルベッドの端に座る彼女は突然とそんな呟きを漏らした。
「ん、幽霊?」
彼女の言葉に尋ねたのは一緒に部屋へと戻り、シングルベッドで横になっていたシルヴァ。長い赤髪をタオルで包み気持ち良く微睡んでいた彼女の顔には二十歳という年齢を疑うほど艶っぽい魅力がある。紫のキャミソールに青のショートパンツを履いた露出の多い格好も彼女をより輝かせている要因だろう。
「はい……幽霊が犯人ですよ……」
一方でシルヴァに向いて座るアルティアには魅力どころか、風呂上がりでありながら血の気の引いた青白い顔には生気がない。両腕から両足の先までを覆った、露出の全くない白いロングワンピースの寝間着が隠した肌には鳥肌が立っているのだろうか。
「犯人って何の?」
惚けているのではなく、シルヴァには本当にそれは分からない。
大皿を囲んだ晩ご飯でから揚げが異様に早く無くなったことを言っているのだろうか。
それなら彼女の推理は間違っている。その犯人はシルヴァ本人である。三人が他の料理などに意識を向けている際に連続で何個も口に運んだのだ。
しかし、間違っていたのはシルヴァの考えのようだった。
「霧の森で行方不明者が続出していることですよ……」
俯き両膝の上に重ねた指を見下ろすアルティアの言葉は弱々しい。その姿や言葉は強風が吹き荒れる中に立つ一本のロウソクのようだ。
「行方不明? ああ、偽勇者一行の討伐に出た勇士や、霧の城に住んでいたという国民が何人も消えたというやつか」
「はい、原因不明ってことは絶対に幽霊が居るんですよ!」
体を震わせ顔を上げたアルティアの顔はまさに幽霊でも見た後かのように鬼気迫っている。喫茶店でキルシェからこの話を聞いてからそれほどまでに考え、行き付いた自分なりの答に自ら恐れているのだ。
「幽霊って、はは、そんな非現実的な」
幽霊犯人説を信じて疑わないアルティアに対し、片腕を枕に仲間を見つめるシルヴァはバカなことをと一笑に付した。
「年中昼夜問わず霧が掛かって居るせいで正体を見極められないだけで、どうせ野獣か何かが襲って食ってるとかそんな感じだよ。それか、全員が偽勇者一行に殺されてしまったか」
「いや、まだ分かりませんよ。最初に迷って死んだ人が化けて出てるんですよ。
〝お前も私のようにここで迷って死ね〟って。
そうでもないと、偽勇者一行が居ない頃に多くの人々が消えたのは説明出来ませんよ。それに多くの勇士が一人も戻って来てないというのもおかしいです。死者が増える度に幽霊も増えて、今ではあの森全体に何十人もの幽霊が居るんです。だから、勇士も皆亡くなったんですよ」
シルヴァの言葉や態度にも全く動じずアルティアはまた俯くと、
「私みたいな攻撃魔法で劣った人間はすぐに幽霊に取り憑かれて殺されてしまいます……」
弱音を漏らし、
「やっぱり私みたいにか弱く、攻撃面では全く役に立てないような者は明日の調査に参加しない方が良いのでは……」
終いにはそんなことまで言い出した。
もう完全に一人コントである。
「ぷっ、ぷふ、ふふっ……、あ、アルちゃんがか、か弱く……、や、役に、た、立たないか……」
シルヴァはすぐさま顔を伏せ枕に押し付ける。真剣な顔から繰り出された言葉に思わず吹き出しそうになってしまった。
「はい、私如きでは幽霊にすぐにとり殺され、私もまた地縛霊にされてしまいます。そうなって自我を失い誰かを傷付けるなんて、想像しただけでも怖くて恐ろしくて……」
「じ、自我をう、失う……」
悟られないようにと笑いを押し殺すことに成功し顔を上げたシルヴァはしかし、頭突きをするように即座に顔を伏せた。
想像するも何も、アルティアは常に自我を失い多くのモンスターを傷付けている。それこそパーティの攻撃源。モンスターの方がアルティアを恐れているだろう。
「ぷっ、ぷふっ……」
声には出さずとも頭の中でツッコむだけでどんどんと溢れ吹き出す笑み。
アルティアに不審に思われようともこの状態で会話することも出来ず、シルヴァが枕から顔を上げたのは五分ほど経った後のこと。鍛えてるおかげで腹筋こそ大丈夫だが、両の頬が痛いほどに張っている。こんなに笑ったのは人生初と言っても過言ではない。
シルヴァが涙を流すほどに笑っていることなど知る由もなく、真剣に悩んでいたアルティアが作り出していた妙な静けさ。
「いやぁー、アルちゃんも私達の大切な仲間で重要な戦力なんだから、明日の調査には絶対に必要だよ」
沈黙を打ち破ったシルヴァは笑みを浮かべ、ヒーラーもといバーサーカーを説得する。この笑みは面白いからではなく、いつものニュートラルな状態での笑み。五つ年下の仲間と話す時は優しく穏やかな雰囲気を纏っていることが多い。
「ですが、幽霊が相手なら私達では何も出来ないですよ」
鬱蒼としたオーラに包まれたままのアルティア。霧の森に棲まうのは幽霊以外に有り得ないと確信している。
「いや、まだ幽霊だって決まった訳じゃないから。明日の調査はそれを確かめる為に行くんだよ。それに、もし本当に幽霊が居るとしたらアルちゃんが祓えば良いんだよ。神父ではないが、神に仕えるシスターなんだから」
「そんな魔法は教わってないですよ。そもそも人の心にではなく肉体を持った悪魔が魔国に実在しているので、エクソシズムを行ってるところなど見たことありませんし、行ったという話も聞いたことがありませんよ」
シルヴァの目をしっかりと見つめて答える彼女の顔には少しだが活力が戻っている。
「ということは、アルちゃんが初めてエクソシズムを試みるシスターになるのか」
「方法を知ってたとしても私なんかが出来る訳ありません」
「そうか、だったら魔法で倒すしかないのか」
相手の態度にも関係なくシルヴァはさばさばした調子を保っている。自らのペースに持っていけばアルティアも元気を出すだろうと考えたからだ。
「そんなことが簡単に出来るならこんなにも悩んでませんよ」
その甲斐もあって、否定続きだった彼女の言葉を上手いように自らの狙い通りに導けた。
「はは、それじゃあ、本当に魔法で倒せるか試したら良いじゃないか。受肉した悪魔――モンスターには物理攻撃も通じるんだし、特別な魔法ではなくても肉体を持たない幽霊相手になら魔法は通じるんじゃないか? 人間が使う魔法だって元々は肉体を持たない精霊から授けられた精霊魔法ということだしね」
伝承などによると、かつてこの世界に溢れていたという精霊が人間に魔法を与えたことで、その子孫の人間達も魔法が使えることになったという。ただ、これはあくまで伝承に過ぎなく、作り話の可能性が高いらしい。精霊を見たことがある人間など皆無だからだ。
ただ、シルヴァの狙いはアルティアにとっては充分に効いていた。
「確かに、そうですね……エクソシズムも含め人間の使う魔法が全て精霊魔法であるということを考えれば、シルヴァさんの言葉は正しそうですね」
アルティアは深くゆっくりと頷いた。素直に信じたのはシスターであるからだろう。人間が魔法と言う超自然的な能力を使えることに対し、教会の教えでは精霊を神の遣いとして天使のように捉えている。
「そういうことだし、アルちゃんも明日の調査に行こうよ。何かあった時には私やハルキルコンビで助けるからさ」
「うーん、そうですね……」
トーンダウンしたアルティアは今日だけで十回以上も俯き悩んでいる。
これだけではやっぱり圧しが弱いのか。
そう思いシルヴァが口を開こうとしていると、
「やっぱり幽霊は怖いですけど、皆さんが一緒であれば何とか頑張れそうな気がします」
年齢以上に幼いとても可愛らしい笑みを浮かべた。目尻と口元を少し引き攣らせている姿は無理していることが容易に分かる。
「私がいつも付いてるから安心して良いよ。ふっ、ふふ、ふふふ、攻撃魔法が不得意なか弱いアルちゃんは私達が守るから」
妹のようなアルティアの決意が嬉しいシルヴァは純粋な笑みを浮かべていたのだが、途中からは面白さが理由の笑い声をまた吹き出するのだった。




