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騎士養成学校時代の屋内演習場ほどに広い集会所。幾つもの木製ベンチが並んだ大きな空間を挟んだ入口の正面に三人の女性が等間隔に座ったカウンターがあり、片方の壁に討伐依頼書が貼られている。
「はぁ、まだ決まらないのかー?」
十人近い勇士達と共に依頼書とにらめっこしている仲間を横目に、ベンチの背もたれに体を預けたハルトは溜め息混じりに尋ねる。
声を掛ける相手は幼馴染みのキルシェ。ロマノ王国に仕える騎士である彼女は、壁に貼られた三十枚ほどの討伐依頼のビラから視線を外し振り返ると、
「まだって、お前の注文に沿った任務なんてそんな簡単に見つかるか」
面倒くさそうに頭を掻きながらハルトを睨み付けた。
「別にそれぐらいは良いだろ。こっちはやりたくもない討伐依頼をやらされるんだから少しぐらいの注文程度」
「少しぐらいだと? 手間が掛からず報酬が高く、ここから近い場所という三点に一番合った任務なんてそう簡単に見つけられるか。お前の要望なんだから自分で選んだ方が早く見つかるだろ」
キルシェは怒りで声を荒げないまでも、不機嫌さを隠さずハルトにぶつけた。
「そこまで言うなら討伐依頼なんて受けずに行けるとこまで行けば良いじゃないか。まだ金には充分に余裕があるんだし」
「だからー、大切な金を無闇に使えるか。ハルトが王国の駐留施設に泊まっても良いんならこんなことをしなくても済むんだがな」
「いや、あそこにだけは勘弁してくれ」
数日前にバネッサとの賭けに勝ち、黒いローブとその下にはこれまでとほとんど変わらないデザインながらもしっかりと耐魔加工されたシャツやニッカポッカを合わせたハルト。防具は一流の物を手に入れたので、これでもう討伐依頼を受けなくても良くなるはずだった。
しかし、国王が出した偽勇者一行討伐の御触れは、ハルトには予想していなかった弊害を生み出していた。
ただで泊まれるということで、王国の駐留施設に泊まることに対して何の文句もなかった初日の夜からその問題は起こった。
狭い一人部屋のベッドでウトウトしていたハルトは、突然の階下の騒ぎで眠気が一気に飛んだ。耳を澄まさずとも聞こえた話によると、バーで若者達が暴れているという。駐留騎士達は自警団の代わりでもあるので止めてもらいに来た訳だ。
ハルトはその事実を頭の隅に追いやりすぐに寝ようとするのだが、やっぱりそれは叶わなかった。
各地方から挙って討伐に名乗りを上げた血気盛んな若者達が集まり酒も入れば当然諍いは起こる訳で、その夜だけで五度も騎士達は騒ぎに駆け付けた。そして、その度にハルトは嫌でも起こされたのだ。
キルシェは慣れているということですぐにまた眠ることが出来たようだが、ハルトはそうすることが出来ない。起こされる度にストレスが溜まり、最終的に眠ることを放棄し朝を迎えた。この一夜だけで駐留施設に泊まることを忌避したくなったのは仕方ないことだろう。
王国から支給されたお金はほとんど使っていないので、平時であれば宿屋に泊まり続けてもお金が尽きることはない。だが、今は決して平時ではない。多くの勇士達により町には活気が溢れ、高まった需要に呼応し物価も上がっている。
中でも武器や防具などの値上がりは異常だが、ただの衣料品や食料品や雑貨、飲食店や宿屋なども二倍程度には値上がりしている。
昨夕この町に到着し、それを痛感した心配性のキルシェが討伐依頼を受けることにしたのもまた仕方ないことだろう。
「うーん、これなんかが良いんじゃないか。さすがにハルトの注文全てに合致はしてないがここから近いし報酬も結構良いぞ。まあ、他の勇士達が選んでないとあって、それなりに強敵だが」
物価が上がればハルト達以外も困る訳で、資金稼ぎで討伐依頼を受けるのは当然の流れ。簡単で報酬が良い任務なんかは軒並みなくなっている。残っているのは遠かったり、報酬が割に合わなかったり強敵なものばかりだ。
「ふーん、で、どんな奴を相手にするんだ?」
動き易いようにと中央のボタンを外したローブを纏うハルトは立ち上がると、のろのろとキルシェの隣へ向かう。だが、依頼書の内容を確認することは出来なかった。キルシェが視線で示すそれを見ようした瞬間、ハルトの視界から消えて行ったのだ。
「あ……」
驚いたキルシェの視線をさらに追えば、修道士のような白いローブを纏った小柄な少女の後ろ姿。どうやら――棍棒のように頭の部分が大きく丸くなった――杖を手にした彼女がそれを先に取り、早速と任務を受けにカウンターに向かっているようだ。
「他のにするしかないな」
ハルトは平静に呟くと、ベンチに座り脱力した。
少女の行為は少しマナー違反でもあるが、カウンターで申請するまでは誰のものでもない。内容を確認してもいないハルトはいちいち腹を立てたりはしない。
「…………」
ハルトの言葉に無反応のキルシェは少女から視線を外そうとしない。若い事務員の女性とカウンターで話す様子をじっくりと眺めている。
「そんなに良い任務だったのか?」
「いや、そうじゃない」
内容を厳選していただけに未練があるのかと思いきや、キルシェはあっさりと否定した。
「それなりに訓練を受けた私達なら二人でも討伐可能な任務だが、あれを一人で受けるということはかなりの力量を持ってるんだと思ってな」
「他に仲間が居るんじゃないのか?」
「そうかも知れないが、私達がここに来た時からあの子もずっと一人で依頼書とにらめっこしてたからな、本当に単独で行動しているのかも知れない」
真っ白いローブを纏った少女は申請を済ませ踵を返すと、左右に体を揺らした危なっかしい小さな歩幅で集会所から出て行こうとする。
耳が見えるほどに短い銀髪の彼女の年齢は十二、三歳だろうか。少し垂れ気味の瞳、自信のなさそうな可愛らしい無垢な顔立ち、小柄な体格からはそれぐらいに見える。
「あ……」
途中でハルト達の視線に気付いた彼女は小さく漏らすと、視線を逸らすように赤らめた顔を伏せ足早に出て行った。横取りしたことに対して何かしらの罪悪感を抱いているのか。それとも人見知りなだけか。
「あの子を尾行し、仲間が居るのか確認しよう」
「……は? え、お、おいっ」
言うが早いか、驚くハルトを余所にキルシェはその腕を取ると、
「もし本当に一人でやってるならあの子を是非仲間に欲しい。格好的に彼女はヒーラーだろう。治癒魔法に長けた魔法士は絶対に必要だからな」
楽しそうな笑みを浮かべ少女の後を追った。
二十秒ほど遅れてハルト達も退出したが、その間に彼女が姿を眩ますことはなかった。あっさりと見つけることが出来た。
いや、見つけたという言葉は適切ではない。左右に延びる石畳の敷かれた馬車が擦れ違える程度の通り。彼女は集会所から出たそこでうずくまっていた。
「どうかしたのか?」
ハルトから手を放したキルシェは隣へとしゃがみ込み背中に手を置いた。
「え……? あ、ああ、い、いや……ちょ、ちょっと……」
少女は最初こそキルシェの顔を見たが、すぐにまた俯き言葉にならない声を呟いた。
「体調でも悪いのか? どこか休める所にでも連れて行こうか?」
「あ、いや……それは……」
キルシェが優しく話し掛けているが、彼女はオドオドと俯いたまま。顔を見ようとはせず、ちゃんとした返答もしていない。熱っぽく見つめていたキルシェを恐れているのかも知れないが、人見知りなのは間違いないのだろう。
傍から見守るハルトにも分かったのだから、コミュ力の高いキルシェも当然すぐに分かった。
「近くに喫茶店があるからそこに行こうか。もちろん私が奢るから」
少女を介抱する為でもあるが、明らかに彼女の性格を利用し、強引に圧し切ろうとしている。
他人との関わり合いを好まないハルトからしたら少女に同情してしまうが、彼女はキルシェを拒絶しなかった。出来なかった訳じゃない。
「え、ご馳走して下さるんですか!?」
やっぱりキルシェを直視出来ないまでも、泳いだ目は見開かれ輝いている。ふらふらした足取りとうずくまっていたことは、単に空腹だったからなのかも知れない。
「あ、うん、君と色々と話をしたいからね、何でもご馳走するよ」
勢いで気圧されながらも妹を見るような笑顔でキルシェは答えると、頷いた少女の肩に腕を回し、近くの喫茶店へと並んで向かった。
一度も視線を送られなかったハルトは行く必要はないのかと思ったが、素直にその後に続く。討伐依頼を受けてから今日最初の食事である昼食――食費削減の為に朝食はキルシェに却下された――を取ることにしていたので、今は丁度良いぐらいにお腹が空いている。
財布をキルシェに握られているハルトは、彼女達に続かなければ腹を満たすことが出来ないのだ。
集会所から歩いて三分ほどの所にあるこじんまりとした喫茶店。歴史を感じさせる焦げ茶色の木造建築の店内には空席が多く、一番奥のテーブル席に座ったキルシェ達以外はカウンターに座る男性が二人居るだけだった。
若い勇士達はもっと派手な店を好むのだろう。老紳士の営むこの店のウリはコーヒーやタマゴ料理であり、ガッツリとしたメニューはない。
そんな落ち着いた店であっても、修道服を纏った少女――アルティアの食べっぷりは凄かった。
注文したのは挽き肉やタマネギの入ったオムレツとタマゴサンド。量はそれほど食べないまでも、テーブルに届けられるなり会話することも忘れ一気に平らげた。それほどまでにお腹が減っていたようだ。同じメニューを頼んだハルト達のオムレツやサンドイッチは半分以上も残っているが、彼女の目の前にはホットのコーヒーしか残っていない。
「つまり、両親を病気で失い独りきりとなった自分を育ててくれた教会が資金面の問題を抱えてるから偽勇者一行の討伐に出たと」
「は、はい。魔国の台頭により教会への煽りも大きくなりまして、寄進して下さる方も減ったんです……」
長い話をまとめたキルシェ。その正面に座るアルティアは並んで座るハルト達には視線を合わさず、カップを見下ろし答える。
「私が魔法などに一番秀でているので、書き置きを残してこの討伐に参加したんです。他の方々に相談すれば絶対に反対されますので」
幼い外見に反して十五歳だという彼女は責任感が強く、お金もほとんど持たずに旅に出たという。
ようやく到着したこの町で食料を恵んで貰おうと家々を訪ね、偽勇者討伐に出ていることを説明したようだが、その結果は言わずもがな。全く信用されず、他の勇士達の会話から討伐依頼を受ければお金が手に入ると聞いて、難しい任務にも参加しようとしたみたいだ。
ただ、初めての経験でどれが自分に合っているのか分からず、悪いと感じながらもキルシェの言葉を耳にして横取りしてしまったと。
さすがのキルシェもそれを読めるはずもなく、実力者であると思い仲間に欲した訳だ。
「得意な魔法は何なのかな?」
オムレツを飲み込んだキルシェは柔らかな笑みで簡単な面接を始める。彼女の事情を聞いておいて今さら勘違いでしたと突き放すことなど、良心を持った人間なら出来るはずがない。
「教会で主に習っていたのは治癒魔法ですが、近くにモンスターが出ることもありましたので攻撃魔法も少しは使えます。物理的な戦い方は全く出来ませんが……」
これが面接だと知ってか知らずか、アルティアは正直に答える。カップを両手で包み込んだその視線はやっぱりキルシェとは合わず、首元辺りを見つめている。
ハルトの面倒くさがり屋な性格がそう簡単に治らないように、アルティアの人見知りがこの短時間で解消されることは望めないだろう。
「どれぐらいの治癒魔法が使えるのかは気になるが、とりあえずは私の希望には合っているな」
「はぁ、希望ですか?」
「ああ、アルティアさえ良ければ私達の仲間にならないかと思ってな」
「……え、わ、私と一緒に行動して下さるんですか!?」
何を言われているのか一瞬分からなかったアルティアの瞳はどんどんと開かれ、言い切った時には強い眼差しでキルシェを見つめ返していた。
「ああ、私が前衛で戦い、ハルトが今の所は後衛で戦う攻撃魔法士だからね、ちょうど治癒魔法士を求めてたんだよ」
「あ、い、いや、でも……私がキルシェさんやハルトさんのご期待に添えるだけの力を備えているでしょうか……」
事情を聞いたアルティアの顔からは一転して時間を遡るように覇気が消え、最後には自信なく縮こまり俯いた。
――人見知りと同じぐらいにオドオドしたのも彼女の特徴か。
隣で黙々と食事を済ませたハルトは彼女を自分なりに分析した。
「それじゃあ、今さっきアルティアが申請した討伐依頼を簡単な試験にしようか。私達の期待通りならこのまま仲間になって、期待外れなら討伐依頼は私達に任せ、アルティアは教会に戻るということで。独りで旅を続けて無駄死にするぐらいなら今の内に現実を知った方が良い。私達が任務を果たせた時には教会の支援をすることは約束するからさ」
キルシェは敢えて強い言葉を口にする。短い会話でそれだけアルティアが気に入った証だ。村に居た時から面倒見の良かったキルシェは彼女のことを放って置けないのだろう。
彼女を放って置けないことに関しては意外にもハルトも同じだった。
「それが誰にとっても一番良いんじゃないか。どうせ俺達が任務に成功したところで、褒賞の金貨の使い道はない訳だし」
ハルトが自分の意見を口にしたのは、キルシェとは違いアルティアの境遇にある。小さい頃に両親を流行り病で亡くしたということがシンパシーを抱かせたのだ。
「……分かりました」
キルシェ達の厳しくも優しくもある言葉を咀嚼したアルティアはゆっくりと口を開くと、
「その試験に合格して、私もお二人のお役に立てるよう頑張ります」
強い意思の籠った目の焦点はハルト達に合わず宙を彷徨いながらも、しっかりと自分の意見を言葉にした。不合格を告げられた際には諦める覚悟も決めたのだろう。
食事を済ませたハルト達の目的地はここから一番近い山の麓。馬車で一時間以上掛かる場所だ。その車中では御者であるキルシェも交えて討伐の簡単な作戦会議を行った。
旅を続けるにあたって確かにヒーラーは必要不可欠。キルシェもハルトもアルティアには仲間になって欲しいと望んでいる。
しかし、二人ともに期待はしていなかった。
騎士養成学校を――実技だけなら共に――優秀な成績で卒業した二人のパーティに入れるにはそれなりの実力を求めている。後衛のヒーラーであっても、実力のない者を強敵の前には立たせられない。アルティアのことを想うからこそ、贔屓目に見る気は一切なかったのだ。
そう、そんな考えを抱いてたからこそ、戦場で目にしたアルティアの実力は衝撃的だった。あっという間に食事を平らげた時の驚きの比ではない。それほどまでにアルティアの力は、二人の想像の斜め遥か上を行っていた。
「え、こ、これは……」
「ああ、決して治癒魔法士の戦い方ではないな」
目の前で繰り広げられる戦いを見据え呟いたキルシェに、表情を変えないまでもハルトも大いに驚いていた。
「散れっ!」
大量の木々が生い茂った山の麓にこだまする叫び声。ゴブリンを目にするや否や自らぶつかって行ったアルティアの右手には棍棒のように頭の部分が大きく膨らんだ杖。アルティアはそれを白い光の魔法で包み、どんどんとゴブリン達を殴り倒している。
討伐依頼の内容はこの山に棲み付いたゴブリンの群れの討伐。魔国から放たれたモンスターはこのロマノ王国中に棲息し、着々と勢力を広げている。町に攻め込んだり、畑を荒らしたり、旅人を襲ったりすることもあるので、討伐依頼はこういうモンスターを相手にすることが多い。
人間よりも一回り小さい黄緑色の体に尖った耳。腰に麻布を巻いただけのゴブリンは一体だけでも騎士志望の学生が苦戦するほどの強敵。
しかし、今のアルティアには関係ない。
「散れっ! 散れっ! 散れー!」
森の奥から際限なく現れる剣や槍を手にしたゴブリン達を明確な殺意と不気味な笑い声と共に一蹴。全く寄せ付けていない。教会が傾いているのは魔国の台頭であることが一番の理由。潜在的な部分に抱えていた怒りが爆発しているのだろう。
たまに見える無双する彼女の瞳は決して笑ってなく、声に反して無表情を貫いている。目の錯覚か、黒いオーラを纏っているように感じるその姿は治癒魔法士ではなく狂戦士。完全に我を忘れ、眼前の敵をただ破壊するだけのバーサーカーだ。
アルティア一人で十体ほどのゴブリンを圧倒しても止まらない敵の増援。
「私も前衛で戦う。ハルトは敵の後衛を倒してくれ!」
「ああ、分かった」
アルティアの戦いをフリーズして見守っていたキルシェが駆け出したことで、ハルトも戦いに参加する。
キルシェはアルティアを邪魔しないよう距離を取り、剣でばったばったと倒していく。
ほぼ一撃だけで敵を無効化している二人のサポートは要らないと、ハルトは指示通りに敵の後衛へと大量の氷の刃を放つ。魔法を放つ者は居ないまでも弓を手にする者が居るので、ピンポイントにその頭や胸を貫いた。
村での生活において狩りをしているハルトにとって、モンスターを殺す抵抗はない。キルシェもそうだ。学校の実技でモンスター討伐依頼を受けることも多くあり、奴等が自分達とは違う明確な敵だと頭に刻まれている。
小さな集落をも築いていた五十体をゆうに超えるゴブリンの群れ。前方だけでなく八方から囲まれピンチに陥ることもあったが、三人共に無事に任務を遂行することが出来た。
そして、アルティアもまた目を覚ますようにバーサーク状態から我を取り戻した。
「あ、あの、戦いに夢中で戦ってた時の記憶が全然ないんですけど……私はお二人のお役に立てたでしょうか?」
陽が傾き始めた山の麓から脱出し、ようやくと落ち着くことの出来た馬車の前。
オドオドと上目遣いでアルティアはハルト達を見上げる。鈍器と化した杖も魔法で覆われ痕跡が残っていないことから、言葉通り自分の大活躍を覚えていないようだ。
「うーん、事前に予想していたのとは違ったけど、期待以上の活躍だったよ。まあ、問題は大いにあるんだけど……」
最後に小声で付け加えたキルシェの寸評に、ハルトはうんうんと小さく頷く。
ハルト達がアルティアに求めたのは治癒魔法なのだが、戦闘中に使われることはなかった。その為にハルトの拙い治癒魔法では足りず、回復出来たのは戦いが終わった後。アルティアが素に戻った後だった。
「え……問題ですか?」
しっかりとキルシェの言葉を聞きとっていたアルティアの顔に不安が広がる。
「それじゃあ、私は……不合格、でしょうか?」
「あ、いや、アルティアは充分に合格だよ。問題と言っても些末なことだし、私達に掛けてくれた治癒魔法も素晴らしかったからね」
「うん、俺もそれで良いと思うよ。この戦いで一番活躍したのはアルティアだからね」
ハルトはまた小さく頷く。求めていた力とは違うが、ハルト達と肩を並べられるほどに彼女は強い。ヒーラーではないが、ここで手放すには惜し過ぎる戦力だ。
「ほ、本当ですか!? あ、ありがとうございます!」
二人の言葉にアルティアは顔を上げ、幼いながらもとても可愛らしい笑みを浮かべた。自分の力が認めて貰えたことが心から嬉しいのだ。自分を育ててくれた教会の為に頑張れることが。
「それじゃあ、これからよろしく頼むね」
「はい! よろしくお願いします!」
キルシェに元気良く答えたアルティアは帰りの馬車ではずっと眠っていた。緊張から解放され、蓄積していた疲れに襲われたのだろう。
ハルトにとっては今日だけで何度も予想外なことがあったが、こうして新たに仲間を加えた偽勇者一行討伐の旅は続く。
「結局、治癒魔法士はまた別に探す必要があるな……」
ただ、アルティアが寝ているからとキルシェが呟いたその一言に、また面倒なことに巻き込まれるのではないかとハルトは一人思うのだった。