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「ん、あそこに偽勇者一行が居るのか?」


 舗装されていない山道を二日掛けて抜け、並んだ二頭の馬に引かれることもう一日。

 ようやくと視界の奥に見えてきた町へとキルシェが向かうと口にしたので、ハルトは思わず尋ねていた。


「いやいや、さすがにこんな近くに偽勇者一行が居るはずはない。単なる補給だよ。ハルトの防具や次の町までの食料を買わないといけないからな」


 太陽が燦々と輝く昼間とあって荷台を囲う白い幕を外し畳んでいるので、手綱を握るキルシェの振り返る顔がよく見える。ずっと荷台で楽にしていたハルトに負けないぐらいに、綺麗整った顔には覇気がある。二年間の騎士生活でそれなりに揉まれているのだろう。


「ああ、この普段着は耐魔加工もされてないからな」


 気持ち良い風に短い黒髪を揺らすハルトが纏うのは、麻で出来た質素な白いシャツと青のニッカポッカ。それにブラウンのデザートブーツを履いている。

 眠らされて来たので、他の荷物はキルシェの父親に貰った杖だけ。荷台にある他の荷物にしても、村で貰った果実や干し肉などが入った小箱が二つしかない。最初から補給するつもりの旅だったようだ。


「御触れのせいで変に高騰してなければ良いんだがな……」

「偽勇者討伐狙いの連中か」


 左右に綺麗に実った小麦畑の広がる――馬車が擦れ違うことの出来るほどに――大きな道には多くの者が歩いている。単なる旅の行商や近くに住む者は少なく、剣や杖、弓などを持った若者が多い。おおかた偽勇者一行討伐の褒賞を狙っている勇士達なのだろう。


「ああ、一応は王国から旅費は支給されてはいるんだが銀貨二十枚だからな、武具ばかりにお金を掛ける訳にもいかない」


 この国は金貨、銀貨、銅貨が流通しており、銅貨一枚の価値がだいたいニワトリの卵十個ほど。銀貨の価値は銅貨に対して五十倍で、金貨は銀貨の十倍の価値がある。

 銀貨一枚あれば安い防具なら一通り揃うので、偽勇者一行の討伐で貰える金貨百枚の褒賞は、若者からしたら普通に働くのがバカだと思うぐらいに魅力的なものだ。友人達と勇んで討伐に出るのも何ら不思議ではない。


「俺は後衛で魔法を放つだけだし、ちゃんとしたローブが一着でもあれば良いよ。走り回ら訳でもないし、武器もこの杖で充分だからな」

「はあ、またいつもの面倒くさがりか。学校でもそうだったよな。剣の腕も一級品なんだから前衛としても戦えるぐらいの準備はしておいてくれよ」

「一級品って、それはお前達親子のせいだろ。クラウスさんとお前が嫌がる俺を連れ出して魔法や剣の特訓に付き合わせたり、逃げたら逃げたでクラウスさんが遠距離から魔法を放ってきたり、お前が剣を持って襲ってきたり、毎日命の危険を感じてたらそりゃあ少しは成長するわ」


 二人ともに悪気があってそんなことをしていた訳ではないので非難こそしないが、結果として今のハルトが形成されたのはそれが大きな要因。魔法や剣の腕はもちろんのこと、こんなにも無気力症であるのもその反動故だ。


「無理矢理やらされていたとはいえ、本気を出せば魔法と剣のどちらでも私よりも上なんだからハルトはやっぱりセンスがあるんだよ。父さんはそういうところを見抜いて鍛えてたんだと思うよ。まあ、単に息子が欲しかったからハルトにちょっかいを出してただけかも知れないが」


 肩越しに振り返っていたキルシェは苦笑いが浮かべ前方に視線を戻す。つまらない会話をしている間にも、石造りの高い外壁で囲われた町へと着々と近付いている。


「良い防具が少なくとも適正価格で買えれば良いんだがな……」


 キルシェが話を区切ったことでハルトはそれ以上無駄口を叩くことなく、黙って馬車に揺られることにした。



 キルシェの言葉が杞憂に終わることはなかった。

 王都の足元にも及ばないまでも、ハルト達の育った村とは比べられないほどに大きく立派な町。馬車が擦れ違うことも出来るほど広い大通りには際限なく店が並び、行き交う多くの人々で賑わっている。

 やっぱりここでも目立つのは武器を手にした勇士達。大きな町とあって幾つもある武器屋や防具屋、それに雑貨屋や飲食店などに活気を与えている。


「はぁ、どの店も相場の五倍以上に跳ね上がってるな……」


 その内の一つ、白い石造りの防具屋から出て来たキルシェは外で待っていたハルトに盛大な溜め息を漏らした。


「構わず買えば良いんじゃないか。ローブを買うぐらいならまだ余裕はあるんだろ?」


 どの通りも馬車が通れるほどに広いとはいえ通行人に迷惑になるので、ハルト達は互いの武器だけを持ち徒歩で移動している。

 人里離れた小さな町や村は例外だが、国内の町には必ず王国の駐留施設があるので馬車を預かってもらっている。偽勇者一行の討伐を任された騎士を援助するよう通達されているらしく、泊まることも出来るとのことだ。


「旅を始めたばかりなのにいきなり無駄遣いは出来ない。途中でどんな問題が振り掛かるか分からないからな」

「それじゃあこれからどうするつもりだ? 少しでも安い店を探して歩き回るとか言わないよな?」


 早速と歩き出した幼馴染みの背中をトボトボと追うハルトは眉間に皺を寄せる。もしそうなら、買い物は任せてどこかで休んでいたい。


「いや、どうせどこも大して変わらないだろうし、集会所に魔物の良い討伐依頼が出てればそれで少しでも良いから資金を稼ごう」

「はあ、まじか!?」


 肩越しに振り返り淡々と呟いたキルシェの言葉にハルトは珍しく驚きを見せる。


「そんな面倒なことは金に困った時で良いだろ?」

「駄目だ。そんな後先考えないで大事な資金を使えるか。使った後で良い討伐依頼がなければやばいだろ」


 堅実なキルシェはハルトの言葉を一蹴。


「お前の防具を買うんだからしっかりと手伝ってもらうからな」


 その場に座り込みそうなほど面倒くさそうなハルトの腕を取ると、ぐいぐいと引っ張って行く。

 こんなことまでさせられるとは聞いていなかったハルトは、早速と騙された気持ちでいっぱいだった。


 ――どうにかキルシェの魔手から逃れる手段はないだろうか……。


 ハルトがそんなことを考え始めた時だった。


「――あら、あなたはキルシェさんじゃありませんこと?」


 突然と声を掛けられキルシェは足を止め、ハルトの腕を放した。


「ん? バネッサか……」

「ええ、バネッサ・ガリバルディですわ。一緒に居らっしゃるのはハルトさんですわね、お久し振りですわ」


 大通りから少し外れた路地。正面から現れた彼女はキルシェの後ろに立つハルトを見つけると、見下すようなニヤリとした笑みを浮かべた。

 ウェーブの掛かった長い金髪。白く細い輪郭に大きな瞳が魅力的な顔立ち。溢れんばかりの気品を纏う彼女は膝に掛かる黒い長袖ワンピースに、キルシェと同じようなメイルを合わせている。

 高慢なお嬢様然とした姿に似合わないが、彼女もまた騎士なのだろう。その背後には兜こそ被っていないものの、剣を携えしっかりとした鎧を纏った長身の優男を連れている。


「ええっと……誰だっけ?」


 自分のことを知っているバネッサという彼女の言葉にハルトは首を傾げた。


「はぁ……惚けた所は相変わらずですわね。覚えていらっしゃると考えていたわたくしがバカでしたわ」


 呆れたバネッサは大きな溜め息を吐くものの怒ったりはしない。

 ハルトがこういう人間だということは、少しでも関わった者は嫌でも痛感させられる。ハルトは自分の無気力症を隠したりはしない。


「私は王都の騎士養成学校でお二人とご学友でしたのよ。現在はキルシェさんと同じ騎士団に所属していますわ」

「で、そのバネッサがなんでこんな所に居るんだ? 何かしらの任務でも受けたのか?」


 バネッサと付き人の服装からプライベートではないと察したキルシェは、真面目なトーンで話を戻した。


「いえ、私もキルシェさんと同じ任務ですわ」

「同じって……偽勇者一行の討伐か?」

「ええ、そうですわ。私に仕えるブラウリオと共に討伐に向かっている途中ですわ」


 訝しむようなキルシェとは対照的に、バネッサはいやらしい笑みを浮かべ弾むようなトーンで答えた。

 ブラウリオという――二十代前半らしき、肩に掛かる金髪の――青年は主人の紹介に応じ、きざな笑みで小さく頷く。溢れ出る高貴さも相まって、二人ともにいかにも貴族という感じである。ブラウリオも代々ガリバルディ家に仕える家系なのだろう。


「はぁ、なんでだ? バネッサはこの任務を受けてないだろ。一つの騎士団から一人しか派遣しないということで私が選ばれたはずだ。確かにお前も昨年の若手騎士対抗トーナメントで上位に入っていたが、私に敗れてベスト8止まりだろ」

「ふん、そんな昔話を持ち出さないでくれますか。今の私はあなたには決して劣りませんわ」


 非難にも似たキルシェの追及にも、バネッサの傲慢な態度は消えない。むしろ、その言葉で火に油を注いでしまったようで、


「学生時代はあなた方に辛酸を舐めさせられましたが、この任務でどちらが優れているか証明して見せますわ!」


 路地に居るおかげで少ない通行人達に響き渡るよう、キルシェとハルトを睨み付け大きな声で宣言した。

 しかし、彼女の言葉がハルトはもちろんのこと、キルシェにも届くことはない。


「はぁ、そんなつまらないことの為にまた家の力を使った訳か……」


 キルシェに対してハルトがそうするように、面倒くさそうに頭を掻いた。


「つまらないことですってっ!?」


 怒りの沸点が低いバネッサは声を荒げると、キルシェを睨み付ける視線に力を込めた。

 ブラウリオは全く主人を止めようとせず、キルシェも今回ばかりは同僚の好き勝手を見逃すつもりはないと言い合いを始めた。


「はぁ、もうそんなことはどうでも良いからさ」


 このままではいつまで経っても話は終わらないと、ハルトは仕方なく横槍を入れる。その行為自体面倒なことだが、より面倒なことに巻き込まれない為にはハルトも自発的に動くことがある。基本的に他人と関わらないので極稀なことだが。


「どうでもい――」

「勇士が増えたせいで物価が上がって困ってるんだよね。だからさ、金を貸してくれないかな? キルシェがいずれは返すということで」

「私があなた方にお金をですか?」


 ハルトの前置きによって矛先を変えたバネッサだが、それを制して最後まで口にしたハルトの頼みによって一瞬にして怒りが消えた。


「はあ、どういうつもりだハルト!?」


 一方でキルシェは当然の如く怒りを露わにする。


「なんでバネッサに資金援助なんかを! 私に相談なしにそんな重要なことを勝手に頼むな!」

「そう言われても、俺はお前に色々と面倒事を勝手に決められた訳だが」


 キルシェが怒ったところで恐くもなんともないハルトは、ジトっとした目でキルシェを見つめ返す。


「いや、まあ、確かにそれはそうだから申し訳ないと思うが、さすがにバネッサにお金を借りるのは駄目だ。それをネタに調子に乗って何か要求されてしまう。コイツなら絶対にやりかねない」

「随分な良いようですわね」


 口喧嘩にも似たハルト達のやり取りを黙って見ていたバネッサは、口元を綻ばせながらも眉間に皺を作った不気味な笑みを浮かべる。だが、その皺もすぐになくなり、企むようなニヤッとした笑みへと変えると、


「私に借りを作りたくないのであれば、私からも面白い提案をさせて頂きますわ」

「提案だと?」

「ええ。ハルトさんとこのブラウリオとで模擬戦を行いませんか? ハルトさんが万が一にでも勝つようなことがあれば、あなた方の望む武器や防具をプレゼント致しますわ。

 もちろん後から代金を請求しませんし、これを借りだと思う必要もありません。騎士とならずに故郷に帰ってしまわれたハルトさんの今の実力が気になりますので、私にとっても意義のある賭けですわ」


 キルシェとハルトを順に見つめ、バネッサは一気に説明した。気品あるその姿は自信で満ちており、言葉通り絶対に負けないと確信しているようだ。

 果たしてこの賭けにキルシェが乗るかどうか、バネッサは一刻も待つ必要はなかった。


「そういうことならありがたく受けよう。ハルトも討伐依頼に出るよりかはマシだろ?」


 キルシェもまた自信に満ちた表情で頷くと、その視線をハルトへと向けた。


「どっちも面倒だが、確かにそっちの方が楽に済みそうだな」


 あまりにもすぐにキルシェが返答したことで考える間もなかったハルトの頭の中の天秤は、ゆっくりとだが一度も止まることなく賭けに乗る方に傾いた。

 初対面の相手だからこそ負ける可能性も低くないとは言え、この一戦に勝てばこの旅で討伐依頼を受ける必要性はなくなるだろう。面倒くさがり屋のハルトにとってもそれは魅力的過ぎたのだ。


「ハルトもそう言ってることだし早速始めようじゃないか」

「ふん、勝つ気満々ですわね」

「それはお前も同じだろ」


 互いに笑みを浮かべた女性同士の殺伐としたやり取り。

 ハルトは自分には関係ないとあくびをするのだが、ブラウリオの表情に穏やかなものはない。イノシシを捉えるオオカミのように、獲物であるハルトをじっくりと見つめている。睨み付けるほどではないが、学生時代の主人を上回っていたハルトの実力に興味津々という感じだ。

 重い空気が流れる中、バネッサの先導で移動した円形の大広場。東西南北に延びる四つの大通りの集合地ではバネッサの言葉で多くの者達が場所を開け、集まって来た五十人近いギャラリーは好奇な目でハルト達を見つめている。


「全力を出せば勝てるとは思うが、くれぐれも油断はするなよ。名門ガリバルディ家に仕える騎士が相手だからな、どんな実力を隠しているのか分からない」


 距離を隔て対峙する二人にチラッと視線を移したキルシェは神妙にアドバイスする。ブラウリオと面識のある彼女でも奴の実力を把握してないようだ。

 この態度の変わりようはキルシェの真意もバネッサと同じで、単純にハルトの今の実力を知りたかっただけかも知れない。


「ん、ああ、分かったよ」


 そんなことを考えながらもハルトは呑気に頷く。幼馴染みの思惑が何であれ、この賭けの結果がぶれることはない。ハルトが勝てばこの旅は楽なものに変わり、負ければ酷く面倒なものになるというだけだ。


「それじゃあ頑張ってくれ」


 ブラウリオがバネッサから離れこちらに歩いて来るのに気付いたキルシェは離れて行った。

 腰に下げた鞘からゆっくりと剣を引き抜いたブラウリオは剣士同士が戦う間合いで足を止めると、


「ハルトさんのことは噂に聞いて興味があったんですよ。天才と呼ばれるキルシェさんにも素質で勝るというその力、是非僕に披露して頂きましょうか」


 柔らかなオーラを振り払い眼光鋭く両手で剣を構えた。


「さあ、いつでも掛かって――」


 自らの実力を見極める気満々の相手を見据えていたハルトは、ブラウリオが言い終える前に右手に持った杖を軽く振るった。

 それで終わりだった。

 力なく振るわれた杖に反して具現化したのは猛烈な突風。


「来て下さっ……え」


 驚いたブラウリオはいきなりのことに全く反応することが出来ない。剣を構えたままに突風に呑まれ吹き飛ばされた。

 噴き出た間欠泉のように真っ直ぐに伸びた突風によりブラウリオが運ばれたのは、大広場の端にある赤レンガ造りの女性用衣料品店。距離があったおかげで避けられたギャラリーの歓声をも上回り、幾つもの女性の悲鳴が辺りに響き渡った。

 ほどなくして現れたブラウリオの頭や剣に引っ掛かった女性物の下着。顔にはハルトの魔法が原因ではないだろうひっかき傷や平手打ちの痕なんかもある。

 高貴さなど一つもなく、ふらふらになった姿はもう立つのもやっと。決して戦える状態ではない。それでもギャラリーの失笑が漏れる中でどうにか広場の中央まで戻って来ると、最後に何故だか穏やかな笑みを浮かべ倒れた。

 果たして、倒れる前にどんなイメージが脳内にあったのだろうか。

 当然そんなことなどどうでも良いバネッサは従者を無視してキルシェの下まで移動。キルシェに手招きされたハルトと三人で防具屋へとすぐさま向かった。

 買い物をする中でバネッサがブラウリオや賭けに触れることは一度もない。ただキルシェには信じられないほど終始笑顔で気前良く代金を払うと、いつの間にその姿は消えていた。


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