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 どこまでも高く、四角に切り取られた青い空。流れ行く白い雲は真っ白い霧の中へと消えては、その後を追うように風上からまた幾つも現れている。

 四方を囲む霧のおかげもあり、裾や袖の長いローブを羽織っても涼やかでとても過ごし易い霧の城。オルトの力により一ヵ月前と同様に城内だけは晴れており、その仮初の主であった魔法士を倒した城館の上にハルトは横たわっている。


「はぁ……暇だ……」


 青空を見上げるハルトの口から洩れるのはそんな言葉。しかし、その顔は充実という言葉に満ちている。面倒くさがり屋のハルトにとって暇というのはいつまでも望むものであり、決してマイナスなものではない。この環境と相まって最高に快適な日々を送れている。

 だが、いつまでも理想的な日々が続くことはない。


「おーい、ハルトー」


 ハルト一人きりの大きな箱庭の静寂を壊したのは幼馴染みの叫び声。


「もう終わったぞ」


 視界の奥に現れた大きな鳥から舞い下りたキルシェは着地するや否や早速とそんな報告をした。


「ああ、で、褒賞はどうなんだ?」

「バネッサの交渉のおかげもあり、参加した勇士全員に金貨三枚ずつが支給されたよ」


 横たわったまま空をただ見上げているハルトに対し、白いレンガ造りの塔に背を預けたキルシェは先ほどあったことを教える。

 一ヵ月前に偽勇者一行や魔国軍に勝ったことをキルシェとバネッサが王都に報告しに行ったことにより、今日はヴァレーゼでその式典が執り行われていた。もちろん面倒だという理由でハルトだけは参加していない。


「褒賞金が膨らんだことで私達への褒賞は減らされ、出身地への分も全て合わせて金貨三十枚だってさ。ただ、私達の村やアルティアの教会やシルヴァが働いていた酒場のことを広く公表してくれるんだとさ。あと、魔国により身寄りを失った孤児を育てる孤児院や教会の支援もな」

「ふーん、それじゃあ、皆に良かったのかもな。結局は偽勇者一行騒動の追及逃れの為に貴族が裏で色々と暗躍した感じもするが」

「ああ、まあ、実際にそうだろうが、生き残った弓術士の証言などからユエを滅ぼした貴族はさすがに処分されることになるそうだし、私達のこれからの頑張りで腐敗した貴族を罰していくしかないな」

「そうか、それはキルシェやバネッサが頑張れよ。俺は面倒事には関わらずのんびりした生活を送らせて貰うから」


 キルシェや村長の頼み事も済まし、これで晴れて堕落した生活を送れると満足な笑みを浮かべたハルト。その願いはやっぱり現実になることはなかった。


「悪いがそんな生活を送らせてやることはまだ出来ない」

「はぁ? どういうことだ?」


 苦笑いを浮かべ済まなそうにしているキルシェの言葉に、ハルトは思わず上半身を起こした。


「魔国が近い内にもまた攻めて来る可能性が高いということで、バネッサや私達をヴァレーゼに駐留させることにしたんだよ。希望する勇士は騎士として雇ったりもしてね」

「単にキルシェが騎士として残るだけだろ? 俺やシルヴァやアルティアには関係ないだろ?」


 心配して損したとハルトは安堵の息を吐くのだが、キルシェの渋い表情は変わらない。


「いやーそれがな、勇士達への褒賞や孤児への支援、ユエを滅ぼした貴族の処分などを全て聞き入れて貰う代わりに偽勇者一行を倒した私、アルティア、シルヴァ、ハルトがここに残る条件になっててな……」

「は、はぁ? それじゃあ俺がヴァレーゼに残らなきゃその褒賞とかは全て没収されるのか?」


 ハルトは声を荒げるのだが、


「いや、もうその式典も済んだから今さら没収も何もない。ハルトがここに残るのは義務だよ。もしそれを破れば指名手配され、今度は私だけでなく国中の騎士から追われることになる」

「結局、俺がのんびり暮らすことは出来ないのかよ……」


 怒りを通り越して足と肩に力の入らなくなったハルトは、一ヵ月前の戦いの後のように石レンガの屋根に背中から倒れた。

 旅を始める前に危惧していたように、偽勇者一行を倒した自分達が新たな勇者にされるという結果になってしまった。


「悪いが、そういうことだな。ただ、騎士である私を含めた四人はいわゆる〝ヴァレーゼ軍〟とは別の扱いになるから訓練などには参加せず、普段は自由に行動しても良いということだ。魔国と戦う際にはもちろん活躍しないといけない訳だが」

「うーん、全く以って不本意だが、それは不幸中の幸いということか」


 魔国が今どうしてるのかは知らないが、攻めて来なければこんな風に過ごすことも可能な訳だ。


「オルトも私達四人だけならここに暮らしても良いってさ」

「――ええ、キルシェさん達でしたらいつまでも大歓迎です」


 ずっと話を聞いていたのか、空気中の気体が固まるように突然とキルシェの隣に現れたこの森を守る精霊の長は柔らかな笑みを浮かべた。


「まあ、少しばかりは有名になった村に帰ったところでこれまでのような生活を送れる保障がないならそれでも良いのか。ここなら霧があるおかげで邪魔者が辿り着くこともないしな」


 面倒くささでいっぱいになっていたハルトの顔に少しずつ活力が戻っている。


「でも、シルヴァとアルティアはそれで良いのか? アルティアは教会に戻りたいんじゃないのか?」

「本人は教会や孤児達への支援が決まるならと構わないみたいだが、それが本心じゃないか気になるなら本人に直接聞けば良いんじゃないか? ちょうどシルヴァと一緒に到着したようだ」

「え?」


 広場を見下ろすキルシェの視線を追って上半身を再び起こしてみれば、半透明の水色の馬に跨ったシルヴァとアルティアがそこには居た。アルティアが高い所が苦手だということで、他の精霊が化けた馬に乗って霧の中を駆けて来たようだ。


「ああ、いや、聞かなくても分かったから大丈夫だよ」


 シルヴァの腰に手を回し後ろに乗っているアルティアの顔には、幼い顔立ちをさらに強調する満面の笑みが浮かべている。年の離れた姉のようなシルヴァと楽しく話している様子からも、無理しているのではないと充分に伝わって来る。

 シルヴァも同様だ。心から楽しそうにアルティアと接している。面白そうだからと仲間に加わった彼女はこれからの生活も面白そうだと思っているのだろう。


「はぁ、結局この四人での生活はまだまだ続くことになるんだな……」


 ハルトはふとそんな言葉を口にする。


「嫌なのか?」

「いや、別にそうではない」


 キルシェの言葉を面倒くさそうに頭を掻き否定すると、


「やっぱり一人が一番だが、この三人との生活もそんなに悪くはないよ」


 二人の和気藹々とした様子を目にしたハルトもまた心からの笑みを浮かべた。


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