破天荒な女神現る‐七‐
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結局、真司はこの女神様に逆らえず、コッソリと学校を抜け出すことになってしまった。
幸い、財布は常にポケットに入っているので特に問題は無かったのだが……問題はそこじゃなかった。
「童子よ! 我は、次はアレが欲しいぞっ! お、おぉっ!、 この長細いものはなんぞ? うーむ……よしっ! 童子よ、アレもじゃっ!」
「うぅ、僕の財布の中身が……」
学校を出た真司と多治速比売命は最寄り駅の泉ヶ丘にいる。そして、真司はこの己の道を真っ直ぐ進む神様に逆らえないので、嘆きつつも仕方なく神様が所望するケーキやアイスクリーム、ファストフード等を買う破目になっていた。
財布の中身は着々と空に近づいていた。
「むっ!? これは美味っ!! これが、あの丸い芋とは!? ふむふむ、ふらいどぽてとと言うのか。はむっ……むぐむぐ……おーっ!! これも美味じゃっ!!」
テンション上げ上げで、ファストフードの食べ物を咀嚼する多治速比売命。
普通の人には見えていないので、真司は人目が隠れる場所でコッソリと買ったものを渡す。
「これ、どうぞ。お茶ですけど」
「うむっ。……むむ? これは、どうやって飲むのじゃ?」
350mlのペットボトルを色々な角度から見て頭を傾げる。傾げる度に、一房の髪を結ってある紐と銀の鈴が揺れチリリンと音が鳴った。
「え? あ、そっか。えっと、これはこうやって……」
自分のお茶のキャップをカチッと音を鳴らしながら開ける真司。
多治速比売命は、開け方を理解すると自分も真司みたいに開けようとするが——。
「ふぬぬ〜っ」
「…………」
「ふぬぬぬぬ〜っ!!」
「えーと……開けましょうか?」
見かねた真司は多治速比売命に言葉をかけたが、小さな神はそれを拒否した。
「不要じゃっ! ふぬぬぬぬぬ〜っ……かっ、神に出来ぬことなど〜っ……なっ、無いのだ〜っ!」
カチと、お茶の蓋が開いた。
「おぉーっ! やったぞっ! やはり、我に出来ぬことなどないのだっ! 見たか童子よっ! あっはっはっはっ!」
「は、はい、凄いですね……あははは……」
苦笑しながら隣に座る真司は、隣でお茶を飲んでいる幼い神様を見る。
(……神様、かぁ。本当にいるんだ)
視線を感じた多治速比売命は、ニヤリと笑った。
「なんじゃ? 神が本当に存在して驚いたか?」
「うっ!」
早くも心の中を当てられ、慌てて目線を逸らす。
「えーと……ま、まぁ……」
「ふふっ。昔のお主なら、我を見ることもなかろうて」
「え?」
『それはどういうことなのか?』とそう聞こうとしたが、多治速比売命が先に口を開いた。
「お主の力は増しておる。それは、お主自身もわかっておるじゃろ? まぁ、理由は言うまでもない」
「……菖蒲さん、ですか?」
「ふふふっ」
何とも意地悪な笑い方をする神様に少しだけムッとなる。だが、その気持ちも直ぐに無くなり、真司は自然と俯いた。
「僕のこの力は、消えないんですか……?」
「ほぉ!」
意外な質問をしたのか、多治速比売命は目を大きく見開いた。
そして、真司の目をジッと見つめる。
「お主は、その力を嫌うか? 消し去りたいか?」
突然真面目な顔になった多治速比売命に真司は少し驚いたが、その質問の返答として首を横に振った。
勿論、周りの人には怪しまれない程度に。
「いいえ。思っていません。昔は、そう思いましたけど……今は違います。菖蒲さんと会って、白雪さんやお雪ちゃん、勇さんに星くん。……皆と出会って、少しだけわかってきたんです。人も妖怪も同じ心を持っている。変わらないってことを。泣いたり笑ったり、楽しいことが大好きで……だから、その……何ていうか。僕は、この力があって初めて"良かった"って思えるんです。妖怪達に有り難うって言われると気恥しいですけど嬉しいですし……」
「なるほどな」
「あ! それと、こうやって神様に会えて話しが出来るのも嬉しいです!」
またもや意外な言葉に、多治速比売命は再び驚いた。
そして、今度は真面目な顔ではなく、愛しい者でも見るかのように目を細めて優しく微笑んだ。
「そうか、ふふっ」
「僕、神様ってどんな姿なんだろう? って、昔から思っていたんですけど……まさか、こんな小さい子供だったとは思わなかっ―――」
――ポカッ。
「いたっ!!」
「少しは、お主を見直したが、やはり失礼極まりないのっ!!」
「す、すみません……」
「全く、呆れたものじゃ」
コホンッと嘘くさい空咳を一回すると、多治速比売命は真司と向き合う。
「よいか? 我のこの姿は、本来の姿ではない」
「え!?」
「本来の姿は、そりゃぁもう、美しい姿ぞっ! 今は力が薄れておるから、このような幼子の姿なのじゃ」
「力が薄れてる?」
「うむ。妖怪は人の想いや作り手、若しくは伝承から生まれる。しかし、神は神の一肉若しくは人の想いから生まれるのじゃ。そして、生まれた神は人の信仰無しに生きてはいけぬ」
「それって、まさか……」
"死"を意味することを、真司は口には出来なかった。
そして、どうやらその答えはどうやら正解らしい。多治速比売命は幼い女の子とは思えぬ程、何処か悲しく、また、どこか優しそうに微笑んだ。
それは、どことなく菖蒲にも似ていた。
「お主の思っとることは真実じゃ」
(やっぱり……)
「ま、半分はな」
「……へ?」
先程の表情は何処に行ったのか、多治速比売命は何も無かったかのようにコロッと表情を変え「確かに死を意味するが、完全に消えるわけではない」と言った。
何だか一瞬辛くなった自分が馬鹿馬鹿しく思えるぐらいだ。
しかし、そんなことは言える立場ではなく言ったところで物凄く怒りそうだ。そもそも、そんな勇気は最初から無い。の・で、真司は気持ちを切り替えて話しを続けることにした。
「えっと……どういうことですか?」
「高天原へと返るだけじゃ。"帰る"とも言うの。しかし、神のいない土地は荒れ果て死ぬじゃろうな」
「高天原……それって確か、神様が住んでいるっていう?」
真司の言葉に多治速比売命はコクリと頷いた。
「うむ。とても、清らかで綺麗な所じゃ。人でいう天国に近いかもしれぬな。じゃが、普通の人間が高天原へ行くと逆に命を落とすかもしれぬ」
「ど、どうしてですか?」
真司が少し多治速比売命の言葉に驚くと、どうして命を落としてしまうのか多治速比売命に尋ねる。多治速比売命は「うむ」と小さく呟く。
「清浄すぎるからじゃ。神の住まう土地は、魔は無く――所謂、霊山に値する。そんな所に人間が行くと、まるで夢のような心地になり離れ難くなる。正に、心ここに在らずじゃ」
「な、何だか、麻薬みたいですね……」
「おぉ、その例えはよいの」
否定しないところを見て、思わず恐くなり口の中の唾液をゴクリと飲み込んだ。
(か、神様の住む所って……恐い)
すると、多治速比売命が手を軽く叩いた。
まるで『話しはここまで』と言われているみたいだった。
「さて、と。そろそろ、ここを離れるかの」
もしや、帰ってしまうのか?と、少し思った真司だが、どうやら違うらしい。多治速比売命は、親指をビシッ!と立て「次にゆくぞっ!!」と、カッコよくキメて言った。
(ですよね……)