人と妖怪の恋の道-五-
お互いに自己紹介を終えると菖蒲は早速、薫子に雛菊のデート服を上から下まで見繕うように頼んだ。
薫子は雛菊と稔に恋の進展があったことに大層喜んでいた。
「一歩前進どころかかなり進んだじゃない! アタシ、あれから雛菊ちゃんの恋の様子がもうず〜っと気になっていたのよぉ。でも、アタシはお店もあるし、お休みの日は人間に紛れてファッションの研究をしてるから中々会いにも行けなかったのよね」
薫子の言葉に真司は一つ気になることがあり、薫子に「人間に紛れて、ですか?」と言った。
「そうなのよぉ。ファッション業界って流れがとても早いでしょう? だから、お休みの日は人間に化けて梅田や心斎橋にあるアメリカ村とかに行くの。東京にもよく行くわよぉ。渋谷、原宿、新宿とかね」
「薫子は、ファッションデザイナーも兼ねているからのぉ。この店にある物はもちろん、他の店にある服も薫子と機尋という妖怪が作っているんじゃ。後は、その助手として薫子の血縁者である一反木綿達が手伝っておる。言わば薫子は有名なデザイナーということやの」
薫子が商店街の有名デザイナー的存在と知り、真司は「え!?」と驚きの声を上げながら薫子を見た。薫子は照れるように体をクネクネさせる。
「あらやだ、菖蒲様ったら♪ 恥ずかしいじゃないの〜。それで、今回は雛菊ちゃんのデート服を見繕ってほしいってことだけど、アタシに任せて♪」
「あぁ、そうそう。私も真司と一緒に雛菊のデートに着いて行くから、今回は私の分も頼むえ」
菖蒲の言葉に薫子が「あら、まさかのダブルデートなの!?」と言いながら驚く。
真司はそんな薫子に慌てて手を横に振った。
「ちっ、違います違います! 雛菊さんが不安みたいなんで僕と菖蒲さんはコッソリと着いて行って見守るだけです」
「はい。私が菖蒲様と宮前さんにお願いしたんです」
キョトンとした顔で薫子が「あら、そうなの?」と言うと今度は不貞腐れたような顔で「つまんないわねぇ」と言った。
「まぁ、いいわ。菖蒲様の服も雛菊ちゃんの服も私に任せてちょうだい! さぁ、二人のファッションコーディネート開始よ!」
薫子が気合を入れるように言うと薫子の言葉に続いて「おー!」とお雪が元気よく言った。
やる気を見せた薫子は菖蒲と雛菊を試着室に入れ薫子が選んで取ってきた服を二人に手渡した。
「先ずは、これを着てちょうだい♡」
「は、はい!」
「うむ」
菖蒲達が返事をすると、二人は試着室のカーテンを閉めた。
「どんな服なのか楽しみですねぇ」
「はい」
微笑みながら真司に言う白雪。
真司は菖蒲の初めての洋服姿に内心ワクワクしていた。
「ねぇねぇ、白雪お姉ちゃんにはコレがいいー♪」
そう言ってお雪が服を持って白雪の方に走って来た。お雪は「はい、どうぞ♪」とニコリと可愛らしい笑みを浮かべながら取ってきた服を白雪に手渡す。
お雪が取ってきた服……それは、透け感のあるロングワンピースだった。袖口にはシャーリングデザインが施され、月と星座の刺繍が女性らしさはもちろん華やかさをアップしていた。
「あら〜、お雪ちゃん中々いいセンスしてるじゃない!」
「えへへ〜」
薫子に褒められ嬉しそうにするお雪。
「雪芽、ありがとう。折角、雪芽が選んでくれたのだから買わないと損かしら?」
「それなら、友割りとして今なら25%オフにしてあげるわよん♪」
「まぁ、ほんとに? ふふっ、それは買わないと損ね」
真司はお雪が持って来た服を着た白雪の姿を想像する。髪形をアレンジすれば、きっと今風のお嬢様のように見えるだろう。儚げだけれど華やかさがあり、優しく吹く風と白雪のいつもの柔らかな微笑みを一緒に受ければ男は必ず魅力されるに違いない。
そんな事を思っていると菖蒲達が入っている試着室のカーテンが開いた。
「ど、どうでしょうか……?」
「うーむ。やはり、洋服はどうも慣れへんねぇ」
カーテンを開くと恥ずかしそうにモジモジと手を弄る雛菊と眉を寄せ服を少し引っ張る菖蒲が出てきた。
雛菊が着ている服は、ミモレ又のピンクベージュのプリーツスカートに白の七分袖のカットソー、アウターとしてジーンズのジャケットを着ていた。雛菊が体を動かすとそれに合わせてプリーツスカートもユラリと波のように揺れている。
反対に菖蒲は、ボートネックカットソーにライトベージュのトレンチAラインスカート・頭には黒のキャスケットが被っている。前腰にある大きなベルトリボンとスカートにある六つのボタン、そして頭のキャスケットが可愛さとシックな雰囲気が出ていた。
真司は菖蒲の初めての洋服姿に言葉を失って菖蒲を見つめたまま呆然と立ち尽くす。すると、菖蒲が真司の視線に気づき苦笑いをこぼした。
「やはり、私には洋服は似合わんかの?」
真司は菖蒲の言葉にハッと我に返り慌てて首を横に振った。
「いいえ! すごく似合ってます! 可愛いです!」
「……そ、そうかえ? う、うむ……」
真司が褒めてくれたことに菖蒲が珍しく目線を逸らして照れる。そんな菖蒲の様子に白雪達が微笑ましそうに見ていると、薫子は雛菊の方を見た。
「雛菊ちゃんも似合っているわね♪ ん〜、さすがアタシ♪」
「二人ともすごく可愛いー!」
「そうね、ふふっ」
白雪とお雪がそう言うと菖蒲は薫子の名前を呼んだ。
「しかし、薫子。私は目立ってはいかんから、もう少し暗い色でもええかもしれん。この帽子は気に入ったから、これは買おうかの」
「あら、そうなの? わかったわ、アタシ任せてちょうだい♪」
薫子は、またフワーっと飛びながら服を持ってくる。
「じゃぁ、菖蒲様はこれ。雛菊ちゃんは、今度はこれを着てみてちょうだい」
「え? この服じゃ駄目なんですか?」
首を傾げる雛菊に薫子が「ん、ん〜。ノンノン、よ」と首を横に振りながら言った。
「それでもいいけれど、女の子にはもっとも〜っと似合う服が沢山あるの。その中から最も雛菊ちゃんに似合う服を選ばなきゃ♪」
「は、はい!」
服を受け取った雛菊は返事をすると再び試着室へと戻りカーテンを閉めた。菖蒲は試着室から出て帽子を取ると、真司の方に行き帽子を被せる。
「わわっ、菖蒲さん!?」
おもむろに被せられた真司は驚きの声をあげると菖蒲がニコリと微笑んだ。
「うむ。やはり、この帽子は真司にも似合うの。探偵みたいじゃ。薫子、この帽子を真司にも頼んだえ」
「はいは〜い♪」
「では、私も試着室へと戻ろうかの」
真司は慌てて帽子を取り「菖蒲さん、帽子は?」と菖蒲に尋ねる。菖蒲は薫子から服を受け取ると真司の方を向いた。
「お前さんが持っていておくれ。ではな」
そう言うと菖蒲はカーテンを閉めた。
真司は閉まったカーテンを見たあと、菖蒲から渡された帽子を見る。
(いつもの菖蒲さんなのに……いつもと違うように見えた……)
どんな服を着ようと菖蒲は菖蒲だ。けれど、真司の目から見た菖蒲はキラキラと輝き眩しかった。
先程の菖蒲の姿を思い出し、真司の胸がキュッと痛くなる。もどかしいようなくすぐったい気持ちに真司が内心戸惑っていると、ふいにお雪が真司の名前を呼んだ。
「真司お兄ちゃん、大丈夫?」
お雪の心配そうに見つめてくる表情に真司は「え?」と呟く。
「お顔、赤いよ? 風邪?」
「あ、えっと……どうなんだろう? 確かに少し熱いかも」
「お家、帰る?」
「ううん、大丈夫。心配してくれてありがとうね」
真司とお雪の会話を聞いていた白雪と薫子は互いに顔を合わせコソコソと真司達には聞こえないように話をする。
「あら、なぁに? あの子、自分の気持ちに気づいていない感じなの?」
「えぇ。可愛らしいお方でしょう?」
「初心ねぇ〜。初々しいわぁ」
「ですね、ふふっ」
そんなことを話していると、又もや二人のカーテンが開いた。
「どうでしょうか?」
「どうじゃ?」
今度のコーディネートは、フェミニンなレースのブラウスにデニムパンツという派手過ぎないラフな服装だった。
続いて菖蒲は、黒のボイルスカートにグレーのカットソー、カーキ色のジャケットを着ている。先程とは違い、シンプルでカジュアルな服装だ。
「あら〜、雛菊ちゃんはパンツも似合うわねぇ。菖蒲様もさっきのも良かったけれど、こっちも中々だわ♪」
「どっちも可愛いー!」
「ねー」
「ねー♪」
薫子とお雪が顔を合わせ頷き合うと白雪が「これじゃぁ、悩みますね」とにこやかに微笑みながら言った。
「真司はどっちがいいと思う?」
「え、僕ですか!? そ、そうですね……うーん……」
考える真司にドキドキしながら答えを待つ雛菊。
真司はコーディネートのことはわからないにしても、お雪と同じく今のもさっきの服装も可愛いと思っていた。
「そうですね……僕もお雪ちゃんと一緒でどちらも似合うと思います。けど、雛菊さんっぽいなって思ったのはさっきの服でしょうか? ふんわりとしているスカートが雛菊さんっぽいなって思いました」
「私っぽい、ですか?」
菖蒲と同じく着物ばかり着ている雛菊には、真司の言っていることによくわからないでいた。けれど、雛菊にも何となく自分に合う服や好みの服というのが少しだけあった。
「……確かに、私、スカートが好きかもしれません。花弁のように揺れてフワリと舞うのが好きです」
口に出してようやく『好き』とわかった雛菊。雛菊は薫子を見ると「私、あの服にします」と笑みを浮かべながら言った。
すると菖蒲が「私はどっちがいいと思う?」と真司に尋ねた。真司はまた唸りながら考える。
「うーん……僕は、前の服が可愛いなって思いましたけど、先生に見つからないようにしないといけないし……色合い的には今のがいいかもしれません。ほら、水族館って中は暗いですし」
「なるほどねぇ。……では薫子、私はこれにしようかの」
意外と早く決まったことに薫子が残念そうな顔をした。
「もう決めちゃうの? ざーんねん。まだまだ二人には着て欲しい服が沢山あるのにぃ。……まぁ、二人が決めちゃったのなら仕方がないわね。なら、また着替えて服をアタシにちょうだいな♪」
「はい!」
「うむ、すまぬな」
菖蒲達が返事をすると再びカーテンは閉まり、暫くして元の和装に戻った菖蒲達がカーテンの中から出てきた。
菖蒲と雛菊は服を薫子が持っているカゴの中へと入れるとレジへと向かった。
薫子は、レジ横にある棚から靴を持ってくる。一つは黒のショートブーツで一つは黒のスニーカーだ。
「こっちのブーツは雛菊ちゃんね。スニーカーの方は菖蒲様よ」
「うむ、おおきに」
「ありがとうございます」
菖蒲達が礼を言うと薫子は白雪の服と一緒に菖蒲達の服をレジに打ち袋詰めしながら話を続ける。
「バッグだけど、バッグは三軒隣にある【アイビー】っていうお店に行ってこの紙をオーナーに渡してちょうだい」
薫子はいつの間に書いたであろうメモを雛菊に手渡した。
「これでバッグも揃えば完璧よ。後は、雛菊ちゃんのヘアメイクだけね♪ アタシのお勧めは【Honey】っていうお店よん♪」
「何から何までありがとうございます」
「あら、いいのよそんなこと〜。全力で雛菊ちゃんの恋を応援するわね♡」
レジでお会計を済ませた後、真司は買った服が入った袋を薫子から手渡される。
「乙女の荷物は、男の子が持つお仕事よ♡」
「は、はい!」
「ん〜、真司君また来てねぇ〜。そして、このアタシに真司君をモデルにした服を作らせてちょうだい♡」
最初の時のようにグルグルと包帯のように薫子が真司の体に巻き付き頬擦りすると、すかさず菖蒲が薫子を真司から引き剥がした。
「これ薫子、やめんしゃい。そんなんやから星にも嫌われるのじゃぞ?」
「失礼しちゃうわ〜。これがアタシの愛情表現な・の♡」
「あはは……」
こうして菖蒲達は薫子のお店を出た後、薫子が紹介した鞄屋さんに行ってバッグを買い、雛菊の上から下までのコーディネートは無事に終えたのだった。
「今日のお買い物楽しかったー!」
「そうだね」
お雪と手を繋ぎ歩く真司。
真司は、ふと、薫子のことを思い出した。声だけはイケメンなのに話し方がオネェという独特な妖怪――一反木綿。
薫子が言うには人間に化けて休日には人間の街に訪れるらしいが、真司は薫子が人間に化けた時の姿が気になっていた。
「薫子さんの人間の姿って、どんな感じなんだろう?」
「んっとねぇ〜、美人だよ! 後ね後ね、足が舐めたいぐらい綺麗ってオジサン妖怪が言ってた!」
「そ、その妖怪の発言は危ない気がするんだけど……」
苦笑する真司にお雪は「んー?」と言いながら何が危ないのかわからず、そのつぶらな瞳で真司をジッと見ながら首を傾げていたのだった。




