桜の下で-二-
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入学式も終え、遥に海、そして真司は一階の渡り廊下を歩き二階に続く階段を上る。
「よっしゃー! 何か気合い入るなー!」
「気合い入るか? 階が下がったぐらいで」
「上がるちゅーの! だって、二年やぞ?! 二年のクラス楽しみやな~。な、真司!」
「うん、そうだね。確かに、階は下がっただけだけど……ほら、僕達一年生は上級生の階段使っちゃダメだったでしょう? 僕も少しドキドキするんだ」
普通は三階と言えば三年生のイメージがあるが、この宮山台中学校では三階は一年生・二階は二年生となり、一階は生徒会室や会議室・被服室・作業室といった他の教室になる。
なら、三年生は?と思う者もいるだろう。
三年生は二階と三階に分かれ、一・二年とは少し離れた端の教室になる。
下級生は上級生の階に立ち入ってはいけない。という不思議な暗黙ルールがあるが、三年の階段は一年も二年もあまり使うことはない。
よく使うと言えば、校内の中心にある階段だろうか。
一年の頃はそこを通らず、三年生とは真反対の職員室側の階段を使用し三階まで上がった。移動教室の時もその階段を使う。
少々面倒なのが難だが、そのルールも放課後になれば使用可能らしい。
少し不思議なルールだ。
しかし、二年になれば中央階段も使え一階に下りるのも遠回りしなくてもいいのだ。
まぁ、真司にとってはそれは些細な事なのでどうでいいのだが、やはり、学年が上がるということが嬉しくてワクワクするらしい。その感情が面にも出ているのだろうか?遥が珍しく笑みをこぼした。
「ふっ。お前が言うなら、たまにはそういうのいいかもな」
「おいっ!それ、どういうことや?!俺が言うとあかんのかっ?!」
真司に向かって笑っていた遥が、急に冷めた表情になり海を見る。
「お前が言うと、ただ煩いだけや」
「冷たっ!!俺に対して冷たいやんけっ!」
「そりゃ、日頃の行いのせいやろ?自業自得」
「ま、まぁまぁ。二人共落ち着いてよ」
『ーーー』
「え?」
誰か呼ぶ声が聞こえたので後ろを振り返る真司。
しかし、後ろには誰もいなかった。というより、自分のことを呼ぶ人間がいなかった。
遥と海は「どしたー?」「宮前?」と、真司が急に立ち止まったので真司の名前を呼ぶ。真司は慌てて前を向き苦笑した。
「なんか、呼ばれたような気がしたんだけど……気のせいだったみたい。あはは」
「ふ〜ん」
海は頭の上で手を組み、如何にも興味無さそうに適当な返事をする。反対に遥は顎に手をやり少し考えた後に「そうか」と言っただけだった。
遥の行動に、ふと疑問を感じたが気にしないことにした。
(呼ばれたのって気のせい、だよね?)
「うーん……」
気のせいと思いつつも、内心どこかで"気のせいじゃない"という自分もいるので少し気になり考える。すると、真司の頭をコツッと遥が軽く叩いた。
「おい。そんな所で突っ立ってたら危ないぞ」
「あ、うん。ごめん」
遥に一言謝ると、三人は再び階段を上った。
真司達のクラスは階段を上って直ぐ左手の所にある。海は教室のドアを勢いよく開けた。
「おぉー! ここが新しいクラス! ん〜、新鮮だなぁ〜」
「阿呆。入学式前にも鞄置きに来たやろうが。しかも、階が変わっただけで見た目は同じやし」
「でも、何かこういうのも良いよね。外の景色も変わったし」
「まぁ、な」
「おいおいー?! 俺と真司の扱い違くね?!」
「知るかボケ」
「あ、あはは……」
「ちょっと、そんなところで話さんといてくれる? 邪魔なんやけど」
その声に、ふと後ろを振り返ると背の小さな黒髪の女生徒が立っていた。
背の小ささは小学生並だが、凛とした顔立ちからは意思の強さが感じられた。
「ご、ごめん」
「…………」
真司は端に寄り道を開け女生徒がその間を歩く。
真司は、その女生徒のスッと伸びた背筋に、意思の強さを持っている彼女の目に思わず見惚れていた。いや、自然と吸い寄せられるように魅入っていたのだ。
女生徒は真司の横を通ると、一瞬だけ横目で真司を見た。
「……ありがとう」
「あ、うん」
女生徒は自分の席に座ると鞄の中から小さな本を取り出し読み始めた。
少し近寄り難い雰囲気を持っている不思議な女生徒だ。
「もうちょい、オブラートに言うてもええと思うんやけどなぁ」
「でも、入り口を塞いでたのは確かだから」
「だな。にしても、大神水鈴も同じクラスか……」
「やよなー」
「ん? どういうこと?」
廊下の隅に寄り、三人は改めて立ち話を開始する。女生徒こと大神水鈴は、神代に続く学年で優秀の一人である。学年別テストでは、神代と常に上位を競っているとか。
勿論、本人達には興味がないことなので勝手に周りが騒いでいるだけである。
それに加え、あの容姿。
菖蒲に似て、黒く真っ直ぐな髪はセミロングまでの長さがあり、ちりめんで出来た赤いリボンを後ろで留めている。ハーフテールというやつだ。
一見鋭そうな目は力強い意思を感じ、右目には小さな泣き黒子がある。真っ黒な髪にほんのりとピンク色に染まっている頬、血色の良いプックリとした唇……まるで、お伽話の白雪姫やかぐや姫みたいだった。
「そんな子が同じクラスなんだ」
「あぁ、そっか。宮前は途中で引っ越して来たからわからんかったな」
「う、うん」
「でも、あぁいう性格っつーか。人を寄せ付けない感じで、常に一人行動なんやで」
「そっかぁ……」
(以前の僕と同じだ……)
不思議と親近感が湧く真司。けれど、自分から声をかけることは何故だか出来なかった。
(別に、緊張してるとかそういうのじゃないんだよね。……何なんだろう?)
――何かある。
そう、真司は直感した。
"大神水鈴"彼女のことは覚えておこうと真司は思ったのだった。




