破天荒な女神現る-十-
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周りに人が居ないことを確認すると多治速比売命が教えてくれた電柱を見る。電柱と壁との隙間は一見普通に見える――が、真司の目から見ると、風景が少しだけ歪んでいるように見えた。
それは、度の合っていない眼鏡を掛けているみたいだった。
(うん。何となくだけど……僕にもわかる)
真司は去年の冬のことを思い出す。
あの黒猫に会うために高槻市に向かった。あの時、あやかし商店街から高槻市に行くのに一分もかからなかった。
あの時菖蒲は真司にこう言った。
『空間と空間には必ず歪みがある。その歪みが、ここに繋がる道となり他に続く道ともなるんやえ。己が願えばどこにでも繋がる……ということやの』
(って、言ってたっけ。自分が願えば、か。よしっ!)
真司は再び辺りに人がいないかを確認すると、電柱にある狭い隙間を通り始めた。
すると、辺りは薄暗い霧に包まれ大きな朱色の鳥居が現れた。
真司は、心の中で自分が求める場所を念じながら鳥居の中を歩く。途端に霧は一気に晴れ、変わりに賑やかな声が耳に入ってきた。
「らっしゃい! らっしゃーい!」
「あら、いやだわ〜、あははっ」
「お母さん、待ってよ〜!」
「そこの旦那ぁ、これ安いよ!」
色々な声が聞こえ賑わうこの町は、妖怪の町である"あやかし商店街"である。自分が願った場所へ無事に着くと、真司はホッと安堵の息を洩らす。
いつもの真司なら、迷わず人気成らぬ妖怪気が無い細い裏通りを歩くのだが、今日は表通りを歩くことにした。
すると、案の定、色々な妖怪から視線を浴び声を掛けられた。
「おー! 真司やないか! 今日も菖蒲姐さんのところか?」
「は、はい」
山童に呼び止められ、真司は足を止めると山童がおもむろに真司に野菜が入った袋を手渡した。
「ほな、これ持って行け!!」
「これ、大根? ありがとうございます」
「産地直送品や!」
山童がそう言うと、隣の木魚達磨が真司の肩をポンと叩いた。
「これも、持っでいぐべ〜」
「え? あ、どうも……って、これ、鯛ですか!? え、いいんですかっ!?」
木魚達磨が真司に手渡した物は、鯛のお刺身が沢山入った物だった。鯛といえば真司にとっては高級な魚の部類に入る。それを中くらいの発泡スチロールのトレー二つ分が袋の中に入っていたのだ。
「んだ。気にするごどないべ」
「あ、ありがとうございます」
真司は山童と木魚達磨に礼を言うと、再び表通りを歩き出す。表通りを歩くと、いつも通りと言うほど色々な物を妖怪から貰う真司。
それは、野菜だったり魚だったり揚げ物だったり。はたまたは、一家のご飯のおかずだったり。
それだけ、この商店街にとって菖蒲はかけがえのない、周りから信頼されている存在だということを真司は改めて実感した。
すると「真司さーん!」と、遠くの方で呼ぶ声が聞こえ、真司は振り返った。
「あれ? 小豆ちゃん?」
頭に椿の髪飾りを挿している女の子は、和菓子屋を営む小豆洗いの小豆だ。
小豆は手を振りながら真司に走り寄ってくる。真司の側まで来ると小豆は可愛い笑みを浮かべ真司に話しかけた。
「真司さん、お久しぶりですね!」
「うん、そうだね。豆麻くんとは上手くいってる?」
「はい! と言っても、普段と変わらないですけど」
あはは、と苦笑する小豆。
「新しいお菓子に対して言い合いをしたり……でも、それでも、あの頃よりかは凄く楽しいですっ!」
「そっか」
小豆が笑うと、真司も心なし嬉しく思い笑顔になる。小豆は思い出したかのように「あ! そうやった、真司さん。これ、どうぞ!」と、言いながら手に持っている紙袋を真司に差し出した。
真司は首を傾げながらも、それを受け取る。
「これは?」
「豆腐のドーナツです! あ、ちゃんと低カロリーにしてあるんで大丈夫ですよ! もう一つは、バレンタインで余ったチョコレートです!」
「へぇ~、豆腐のドーナツにチョコかぁ。ありがとうね、小豆ちゃん」
「えへへ。丁度、皆に配ってる途中なんで会えて良かったです。それじゃ、ウチはこれで」
ペコッと元気よく頭を下げ、小豆は妖怪の並へと消えていった。
真司は貰った紙袋の中身を改めて見る。袋を開けると甘い匂いが鼻腔を掠めた。
「これ、お雪ちゃんや星くんが喜びそうだなぁ」
頬張るお雪と黙々と食べる星を想像して、思わず真司はクスリと笑ってしまった。
そして袋を閉じ、真司は再び歩みを進めた。




