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第四章[8]


「本当に来やがったか」

 尻上がりの口笛でも吹きそうな、そんな軽い口調のナジードに、ヒューゴもまた信じられないものを見るような顔で丘の裾を見る。

 誰かの名を呼びながら街道を辿る二人連れ。一見してごく普通の旅人に見えるが、彼らはまさに、ヒューゴ達が捜し求めていた人物。

 二人とも、王城の廊下で遭遇した時とは随分様子が変わっているが、少なくとも王女の顔だけは見間違えようもない。目に鮮やかな紅い髪、清廉な水晶の如き紫の瞳。薄汚れた旅装束に身を包んでいても、どことなく滲み出る高貴な雰囲気。

「ローラ様――!!」

 あの時、王城の廊下で相見えた怪盗と王女が、今まさに目と鼻の先にいる。それだけで、全身が震えるようだった。

 それなのに、傍らの大隊長ときたら、緊張感の欠片もなく煙草などくわえて、眼下の二人組を物珍しそうに眺めているだけだ。

 どうして今すぐに王女を保護しないのか。そう尋ねてしまわない程度には、ヒューゴも大隊長の人となりについて理解しているつもりだった。何か考えがあってのことだろう――きっと。そう自身に言い聞かせて、あえて違う話題を振ってみる。

「それにしても、あのネシウスという男――。一体、何者なんでしょうか」

 不思議な力を使い、彼らの居場所を突き止めてみせた男。そんな彼が突然ナジードの前に現われ、協力を申し出たのは三日ほど前のことだ。

「あんな力が使えるなら、自分ひとりであの子を取り戻すことだって出来たでしょうに」

 街道を北上していた警備隊の前に現われた彼は、不本意極まりない、と書いてあるような顔で、ただ一言のたまった。

『少女は私が保護する。あとは好きにすればいい』

 あくまでも少女を優先するその言葉に憤る隊員もいたが、ナジードがそれを制した。そして男の言葉に従い、セイシェルの森を抜けてやってきた一行をここで待ち伏せしていたわけだが、正直なところナジードも、斥候が彼らの姿を視認したとの報告を受けるまでは半信半疑だった。

「大体、あの森の中は魔法も効かないんでしょう? どうしてあの男は、彼らの居場所をあんなにも正確に言い当てることが出来たんでしょうか」

「さあな。ま、手段はどうあれ、あの御仁が連中の位置を特定してくれたからこそ、我々はこうして待ち伏せることが出来たんだ。そこは感謝しとこうや」

「感謝してますよ! してますけど! どうしてあの金髪の女の子を探してたのか、どういう関係なのか、そこら辺も結局話してくれなかったじゃないですか」

 疑問は募るばかりだが、唯一その答えを知る者――ネシウスは、先行して街道を走ってきた少女を無事保護した後、それこそ魔法でも使ったかのように、忽然と姿を消した、との報告が入っている。

「そこはそれ、話せない理由ってのがあったんだろ。人間、長く生きてりゃそういうもんも多くなるさ」

 しかしまあ、とナジードは苦笑いを浮かべる。

「別れの挨拶もなしとは、つれないヤツだね、まったく」

 さあて、と煙草を懐にしまい込み、ひょいと歩き出す。その、あまりにも気軽な足取りに、どこへ行くんですか? と尋ねかけて、ヒューゴは慌ててナジードの後を追い、緩やかに下る道を駆け出した。



「よお、お二人さん」

 親しい友人にでも話しかけるような口調に毒気を抜かれて、ラウルは開きかけた口で大きく息を飲み込む羽目になった。慌ててなんでもない風を取り繕い、気さくに返事を投げかける。

「やあ、どうも。……なんだか物々しいけど、大捕り物でもあるのか?」

「いや、ただの演習なんだが、びびらしちまって悪いなあ。ほらほら、お前らは離れてろ。怖がってるじゃないか。そっちの――妹さんかい? かわいいねえ」

 配下の兵を犬でも追い払うように遠ざけて、おじさんこわくないよー、などと猫なで声を出してくる男に、弾かれたように小さく飛び上がってますます背中に張り付いてくる王女。

(こら、余計に怪しまれるだろうが!)

 内心で舌打ちをしつつ、せいぜい愛想よく問いかけてみる。

「ところで隊長さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけどよ」

「なんだ?」

「こっちに金髪のチビがすっ飛んで来なかったか? 連れなんだが、この陽気に浮かれて駆け出していっちまってな」

 その言葉に、男はうーむと顎を掴み、どこかわざとらしく「こりゃ参ったな」などと呟いた。

「ひょっとしたらそっちの線もあるかと思ったんだが、やっぱ失敗したか?」

「? なんのことだ?」

 眉根を寄せるラウルに、男は大げさな身振りで嘆いてみせる。

「なあに、うまい話には裏があったかな、っつー話さ」

「……どういうことだ」

「ま、簡単に言うと――こういうことだ!」

 瞬間、噴き出した殺気にその場を飛びのけば、鋭い音を立てて空を切る切っ先。

 いつの間に抜いたのか、異国風の剣を構えて、大隊長ナジードはおやまあ、と呟いてみせた。

「かわすか、流石だねえ」

「流石だねえ、じゃねえ!」

「ナジード! いきなり何をするんだ!」

 二人分の抗議を柳に風と受け流し、しらっとした顔で言葉を続ける。

「とりあえず、聞かれたことには答えておくか。金髪のおちびさんは、縁者だという男が保護して連れ去った。この目で確認したわけじゃないが、無事なはずだ」

「縁者……?」

 そんなはずが、と呟くラウルに、ナジードも少しだけ困ったような顔をして、こちらを睨んでくる少女へと弁明するように手を振った。

「目先の利益につられて、その辺の確認をしなかった俺にも落ち度はある。ただまあ、得体の知れない人物だったが少女を保護したいという熱意は本物だったからな」

 まあ大丈夫だろうと踏んだんだが、と頬を掻くナジードに、もしかして、と問いかける。

「そいつ……赤い髪だったか?」

「いや? 濃紺の……うねるような長髪の男だった。ネシウスと名乗っていたが、知り合いじゃないのか?」

 その名前には聞き覚えがあった。大急ぎで記憶を辿り、誰であろうルフィーリの口から聞いた名前だ、と思い出す。

(……呼ばれた、とかなんとか言ってたな。だが、なんでそいつが……?)

 答えないラウルに、ナジードは抜き身の剣をぶら下げたまま、それでよお、と笑いかける。

「長話もなんだから、単刀直入に言うぞ。お前の目的はなんだ。なぜ国王陛下を襲った」

 その言葉に、まずラウルが凍りついた。

「な……んだって?」

「ナジード、どういうことだ? 父上が、襲われた?」

 ラウルを押しのけるようにしてナジードの前に出た王女。その言葉に、ナジードもまた表情を強張らせる。

「……やはり、ご存じなかったのか」

「知るわけないだろう! どういうことだ!? 父上は無事なのか!? 誰に襲われた!」

 掴みかからんばかりの勢いに、ナジードは大仰に肩をすくめてみせる。

「怪盗《月夜の貴公子》――では、ないわけだ。さて、また一つ、面倒なことになった」

 はあ、と深い溜息をつくナジード。そして、先ほど追い払った配下の兵をちらりと見てから、更に溜息をつく。

「とりあえず、こっちも形振り構ってられないんでね。ちょいと乱暴なことになるかもしれないぞ」

「はあ?」

「どういう、ことだ?」

 呆気に取られる二人を尻目に、ナジードは剣を構え直し、それはもうわざとらしく声を張り上げた。

「怪盗《月夜の貴公子》! いざ神妙にお縄につきやがれぇ」

 ぶん、と振り上げた剣がいかにも芝居がかかっていて、吹き出しそうになるのをぐっと堪える。

 そしてラウルは、心からの溜息と共に、目の前に立つ王女をぐい、と引き寄せた。

「打ち合わせ通りにやれよ」

「分かった!」


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