表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/54

第四章[3]


 薄暗い室内に、ぽわんぽわんと白い輪が踊る。

 ぎい、ぎいと揺り椅子を漕ぎながら、さも美味そうにパイプを吹かす老人。今度は器用にも三連続で丸い輪っかを吐き出してみせ、少女らから羨望の眼差しを向けられて、にこにこと笑っている。

 ささやかな夕食を終えての一時。板戸の向こうでは風と雨が情熱的な二重奏を奏でているが、朽ちかけた小屋の中はまるで別世界のように、穏やかな時間が流れていた。

 きゃいきゃいと喜びの声を上げる少女二人に気を良くして、今度はどうやったのか四角い煙を吐き出した老人を横目に、ラウルは香ばしい茶をゆっくりと飲み干した。本当は酒の一杯でもひっかけたいところだが、生憎と手持ちが底をついている。

「生憎ここには酒などというものがなくてのー。その代わり茶なら腐るほどある。それで我慢しておくれ」

 まるで心を読んだかのような老人の言葉に、ラウルは慌てて首を横に振った。

「とんでもない。屋根と床があって、暖かい飯を食わせてもらっただけで十分だ。ありがとな、じいさん」

 この礼は、と言いかけるラウルをすいと手で制し、老人はまた煙の輪を一つ吐き出した。

「なに、こちらこそ久しく人の声など聞いておらんかったからのー。話し相手が出来て嬉しいわい。急ぎの旅でないのなら、しばし逗留を、と願うところなんじゃがのー」

「すまないが、それは出来ない」

 きっぱりと、しかし心底申し訳なさそうに答える王女。

「我々は一刻も早く、この森を抜けて北の村に辿り着かなければならないんだ」

「なに、老人の戯言じゃよ。気にせんでよい。まー、そうじゃな。いつか近くを通ることがあったなら、また寄っておくれ」

「ああ、必ず」

 節くれだった手をぎゅっと握りしめ、王女が頷く。その真剣な眼差しに目を細めて、老人はさて、とパイプを掲げてみせた。

「そろそろ夜の帳も降りたころじゃ。昔話をするには良い頃加減じゃな」

 まるでその言葉を待っていたかのように、木々のざわめきが小屋を包む。さわさわ、ざわざわと、さながら舞台の幕開けを待つ観客のように。

「なんの、おはなし?」

「しー、静かに」

 はしゃぐ少女の口をそっと塞ぐ王女。小屋の外を吹き荒れる嵐もわずかに声を潜めて、彼が話し出すのを待っているようだった。

「茶はもうよいかね? では始めようか」

 ラウルが茶を継ぎ足すのを待って、そうして老人は語り始めた。時の流れに埋もれし物語を。

「……それは、復讐の焔に身を焦がし、力に溺れた娘の物語――」


 その村は、深き森の中にあった

 森と共に生きる彼らは、一族に伝わる秘宝を守りながら、ひっそりと暮らしていた

 森の外には平原人の街があったが、彼らは深き森を畏れ、決して奥深くまで踏み入ろうとはしなかった

 そうして何百年も続いた平和は、唐突に打ち砕かれた


 ある日――

 噂を伝え聞いた街の領主が、その宝を我が物にせんと森を切り開き、村を襲った

 秘宝は奪われ、一族は全滅した

 ただ一人、遠くの街へ使いに行っていた娘を除いて――


「……その名はエリンディル。黄金の薔薇と謳われし乙女。彼女は長き時を、ただ復讐のために生きた――」

 訥々と語られる昔語りは、旅人達を眠りの国へと誘う。

 吹き荒ぶ風も打ちつける雨音も、疲れ果てた少女らにとっては極上の子守歌だ。

 早くも轟沈した二人を横目に、何とか最後まで聞こうと頑張っていたラウルだったが、やはり疲れていたのだろう。老人の、どこか独特な節回しに聞き入っているうちに、いつの間にか眠っていたらしい。


 そして、夢を見た。

 青白い月が照らす、清かな夢を。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ