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第一章[4]


「似合わん名前で悪かったの」

 開口一番、そう言ってのけたゲルク老人に、まだ何も言っていないラウルと三人組はぎょっとして、お互いの顔を見合わせた。

 その様子にふん、と鼻を鳴らしながら、ゲルクは書簡の封を切る。

「どうせ、『貴族ったらしい名前』だの『あの顔でフェルディナンドはサギだ』だの言っておったのじゃろうが」

「うっ……」

 あまりにも鋭いゲルクの指摘に、思わず視線を彼方に彷徨わせるラウル達。

 フェルディナンド。それは神聖語で「幸福」と「勇気」を意味する。大抵の人間は名前負けしてしまいそうな、大仰な名前をつけるものといえば、おのずと人種が限られてくるというものだ。

(そういや爺さん、貴族の出だって言ってたっけか)

 影の神殿との戦いについて詳しく尋ねた折、そんなことを聞かされた覚えのあるラウルは、なるほど、と今更ながらに納得した。高貴な身分の人間というのは、大層な名前を子供につけたがるものだ。

 その幸福と勇気を冠した名を持つ頑固じじいは、そんな彼らをぎろっと一睨みしてから、おもむろに手紙を広げた。

 そうして、しばし手紙を顔にくっつけんばかりにして読んでいたゲルクだったが、ふと顔を上げて、

「あのちびすけはどうした? 連れてきていないのか」

 と尋ねてくる。

「ああ、レオーナんとこでまだ遊んでる……なんでだ?」

 首を傾げるラウルに、ゲルクはいや、と手を振った。

「それならいい。後でお前から話してやるんじゃな。ほれ」

 そう言って、書状をラウルに差し出すゲルク。

「あ? なんだ、俺にも関係あるのか?」

「いいから読め」

 ユーク神の意匠が透かしに使われていたことから、恐らくはどこかのユーク神殿から送られてきた書簡だとは見当がついていたが、まさか自分に回ってくるとは思っていなかった。

 ともあれ、読まないわけには行かない。差し出された書面を受け取り、それが思っていたより上質な紙であることに少々驚きを覚える。紙は貴重品だ。ただの連絡なら、もっと安くてごわごわした紙を使うはずなのだが。

「なになに……」

 一枚目は通達だった。先日の事件について更に詳細な報告を求める、というものだ。

 問題は二枚目だった。

 流暢な文字で綴られた文章に目を通すうちに、みるみるラウルの表情が変わっていく。

「……は?」

 短い文章だったが、ラウルはそれを何度も確かめるように読み返した。そして、そこに書かれている文章が自分の目の錯覚ではないとようやく納得できたのか、珍しく素直に驚いた顔をしてゲルクを見る。

「これ……ホントかよ?」

「ああ。事件の報告ついでに申請しておいたんじゃ」

 ラウルの驚いた顔に、してやったり、とにんまり笑うゲルク。ラウルはといえば、まだ信じられないかのように書面を見つめている。一方、すっかり蚊帳の外に置かれた三人組は、

「一体、何なんですか?」

「僕達にも教えてくださいよ」

「どうした」

 と口々に言い募る。ゲルクはなぁに、と笑って、

「都への召喚状じゃよ。事件の詳細な報告と、ついでに、こやつの昇格認定もな」

「昇格?」

 三人の声が見事に揃った。そして、彼らの中では一番神殿の事情に詳しいカイトが、ぱぁっと顔を輝かせ、ラウルの背中を叩く。

「良かったじゃないですか、ラウルさん!! これで侍祭になれるんですねっ!」

「い、いや……そうじゃない」

「え?」

 どこか上の空なラウルの受け答えに、首を傾げるカイト。その間にアイシャがつつつ、とラウルに歩み寄り、その手から書状を奪い取ると、おもむろにそれを読み上げる。

「『ローラ国エスト村ユーク分神殿所属、ラウル=エバスト正神官。上記の者、司祭への昇格を認める』」

「司祭!?」

 カイトの声が裏返った。

「一足飛びで、神官から司祭にですか!? 凄いですよ、ラウルさんっ!!」

「それって、滅多にないことなんだろ? やっぱり去年のあの事件があったからかな」

 浮かれるカイトの横で、呟くエスタス。ゲルクはその通り、と頷いた。

「まあ、そういうことじゃな。あとはほれ、ワシの後継としてこの分神殿を任せるには、最低でも司祭の資格はもっとらんと――」

「なあ爺さん、これって本当なんだよな? 誰かが俺を騙そうとしてるんじゃないよな」

 ゲルクの言葉を遮って、いきなりラウルがそんなことを言ってくる。その勢いに目を白黒させつつ、ゲルクは頷いてみせた。

「あ、ああ。本当じゃ。……なんじゃお主、ワシまで疑うか」

「いや、その……なんか、信じられなくって、さ」

 バツの悪そうな顔で頭をかくラウル。その表情は、嬉しいような、それでいて怒っているような、なんとも複雑極まりないものだった。

嬉しいのだが、素直に喜んでいいのか分からない。そんな感じだ。

「そういえばそうですよね。ラウルさんなら、とっくに昇格してておかしくないのに」

 カイトはラウルと同じ神官の位を頂いているが、修行年数や実力は遥かにラウルの方が上だ。それなのに何故神官の位に甘んじているのか不思議には思っていたが、尋ねる機会をこれまで逸していた。

 なんで? と言いたげなカイトの瞳に、ラウルは肩をすくめて答える。

「ああ……」

 本神殿にいた頃から、ラウルは抜きん出た才能を持っていた。それは周知の事実でもあったが、才能以前に人格と品性がなっとらん、と何度も昇格を逃していた。

 勿論、ただそれだけではない。昇格には上級者からの推挙が必要不可欠となる。その手順や人数なども厳密に決められていて、これに内部の派閥闘争などが加わるとまた複雑になり、実力はあるのに推挙者を確保できず、結果いつまで経っても位が上がらない人間というのが、特に本神殿内には数多く存在するのだ。

 ラウルの場合、養父であるエバスト大司祭が革新派に属することで、現在神殿内部を占めている保守派との悶着があり、それが原因で昇格の声がかからなかったというのもあった。

 しかしそんなことはラウルにとってどうでもいいことだったから、あえてそれを説明したりはしなかった。

「まあ、養子とはいえ神殿長の息子って肩書きがあるから、そう易々と昇格させてくれなくってな」

 そうとだけ答えたラウルに、カイトが首を傾げる。

「えー? そんなの逆じゃないですか? 神殿長の息子がいつまでも神官のままじゃ示しがつかないでしょう?」

「馬鹿者が。ほいほいと位を上げては、それこそ身贔屓だと言われるに決まっとるじゃろ」

 それに、とゲルクは胡乱な目でラウルをじろじろと眺め、そして盛大にため息をついた。

「……その神殿長の息子が、コレではな」

「おい、どういう意味だよジジイっ!」

 途端にいつもの調子を取り戻すラウルに、横では三人組が、

「なるほど……やっぱ、スケベじゃ駄目か」

「女ったらしの遊び人を、そう簡単に昇格させるわけにはいきませんね、確かに」

「そうそう」

 などと囁き合っているので、ラウルは固めた拳を振るわせつつも、喉元まで出掛かった罵声をどうにか飲み込み、代わりに、

「……お前ら、ちょっとレオーナさんのとこ行って、チビを小屋まで連れてってくれないか」

 と頼み込んだ。

「え? なんで――」

「分かりました。じゃあオレ達も小屋にいますから」

 カイトの言葉を遮って、エスタスがそう答える。そしてアイシャと共に、カイトを引き摺るようにして部屋を出て行きかけたエスタスだったが、扉に手をかける前にひょい、と首だけ振り返って、

「首都までの旅、オレ達もご一緒しますよ!」

 と言ってきた。

「ああ、そうしてくれると助かる」

 アイシャが読まなかった文章の続きをしっかり読んでいたらしいエスタスの言葉に、照れくさそうに頷きを返すラウル。

「それじゃ、早いとこ準備しないとな。ほらカイト」

「わわ、待ってくださいよぉ~」

「楽しみだ」

 賑やかに喋りつつ出て行く三人。そして、ようやく静かになった部屋で、ラウルは再びゲルクに向き直った。

「その……推挙してくれて、ありがとうございます」

 久しぶりにゲルクに対して使う敬語は、自分でも違和感のあるものだった。それはゲルクもそう感じたようで、顔をしかめて言ってくる。

「なんじゃ気持ちの悪い。ワシは後継者対策の一環で、仕方なしに推挙してやっただけじゃ。礼を言われるようなことではない」

「うっ」

 後継者、の一言にどーんと落ち込むラウル。そういえばさっき、そんなことをゲルクが言っていた気がする。

(……このまま北の僻地で年老いていくなんざ、死んでもごめんだぞっ!!)

 ここはいい村だ。それは分かっている。

 人の良い村人達と雄大な自然。穏やかな時が流れるエストの村は、彼にとって今や第二の故郷とも呼べる場所となっている。

 しかし、この地に骨を埋めろと言われたら、それは断固拒否をしたいラウルだった。

「まだ若いんだぜ? こんなところで人生の楽しみも味わい尽くさないうちに枯れ果てていくなんて……」

 悲嘆に暮れるラウルを、ゲルクは何を言うか、と叱咤する。

「ワシがここにやってきたのは二十四の頃じゃぞ? それ以来この地を守り続けとるんじゃ!」

 仲間と訪れた北大陸の村。そして『影の神殿』との戦いを経て、彼はこの地へ骨を埋めることを選んだ。村人と仲間の墓を守り、この村で一生を終える道を、若き神官は選び取ったのだ。村の娘を娶り、子供にも恵まれ、更には可愛い孫娘まで拝むことが出来た。穏やかな日々。それはゲルクにとって幸福な毎日であって、それを苦痛に感じることなど決してなかった。

 しかし、ラウルは違う。彼が辺境の神殿にいつまでも収まっているような人物ではないことを、勿論ゲルクは理解していた。

(なに、どうせ老い先短いんじゃ、せめてワシを見取るまでは……そのくらいの我侭は、許されるじゃろう……?)

 などとゲルクが考えていることなど知る由もなく、ラウルは烈火のごとく怒鳴っている。

「あんたはあんた、俺は俺だっ! ここでチビの世話して人生終わるなんてことになったらどうしてくれるんだ! 俺の青春を何だと思ってる!」

「まあ、それはさておき、じゃ」

 怒声をさらり、と受け流して、ゲルクは一つ咳払いをすると、厳かな声で告げた。

「ラウル=エバスト正神官。お主は、司祭たる資格を充分に有しておる。その力、そしてその魂、ユークの御遣いとして存分に高められたお主を推挙することに、何を躊躇う必要があろうか」

「爺さん……」

 それを聞くラウルもまた、自然と姿勢を正し、表情を引き締めていた。

「それ故に、ワシはお主を推挙した。知っておろうが、司祭位への昇格には司祭以上の人間二人の推挙が必要じゃ。よって、首都にあるユーク分神殿の長にそれを依頼した。その結果がこの召喚状じゃ」

 アイシャが読み上げた文章。その全文を、ゲルクはゆっくりと、子供に読み聞かせるように朗読した。

「『ローラ国エスト村ユーク分神殿所属、ラウル=エバスト正神官。上記の者、司祭への昇格を正式に認定する。同分神殿長フェルディナンド・ウィル・アルデロイ=ラグラス司祭、ローレング市ユーク分神殿長レオニード=ハルマン高司祭両名の推挙によりこの昇格を認定し、正式な認定儀式を執り行うため、首都ローレングへと召喚す』……これこそは、都の分神殿長がお主を認めたということに他ならない。お前の力を認めるものはワシだけではないのだと、心するが良い」

「……はい」

 ゲルクの言葉を深く胸に刻み込んで、ラウルはそうとだけ答えた。

「さて、召喚状によれば、これを読み次第早急に首都の分神殿へ出向けとある。急いで取り掛かるんじゃな」

 首都までは馬車を使っても二十日以上かかる。そして、ようやく冬が終わって街道が使えるようになったとはいえ、その道程は長く厳しいものとなるだろう。それを見越したのが、先ほどのエスタスの発言だった。

 ラウル一人では色々と難儀するだろうと読んで、同行を申し出てくれた気のいい三人組に、ラウルは心の中で感謝の言葉を呟く。

「ああ、今日はもう無理として、明日の朝一番にでも発つことにする」

 旅支度を整えて、路銀が心もとないから村長辺りに頼み込んで、最低でも一月以上は留守にする家のことをマリオに頼んで……やるべきことはたくさんある。そして。

「あのチビは……留守番しろって行ってもついて来るんだろうな、きっと」

 一日、それどころかたったの一刻でもラウルと離れることを嫌がるあのルフィーリが、お前は留守番だと言ったところで素直に聞く訳がない。たとえ無理矢理ここに残していったとしても、何が何でも追いかけてくるに違いない。

「連れて行った方が無難じゃろうて。ちびすけのためにも、お主のためにもな」

 苦笑しつつ頷くゲルク。エスタス達もそれを分かっていたから、同行を申し出てくれたのだろう。

「ちびすけにとっては初めて見る外の世界じゃ、重々気をつけるんじゃぞ」

「ああ、分かってる」

 誕生から今までの間、彼女は村の外に出たことがない。故に、村人以外の人間を見たこともない。そんな彼女が都までの道中、大人しくしていられるなどとは思えなかった。少なくとも一度や二度は何かやらかしてくれるに決まっている。

(やれやれ……)

 今から道中が思いやられるが、昇格出来るというのなら、そんな苦労などどうということはない。

 少なくとも、この時のラウルはそう思っていた。


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