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第三章[5]


 昼下がりの街道は、にわかに活気づいていた。

 否。確かに人の往来は激しいが、彼らは一様に肩を落とし、何やらぶつぶつと呟きながら来た道を引き返していく。

 そんな中、街道の脇に立ち、行き交う旅人の様子を険しい表情で眺める青年がいた。立ち木にもたれかかり、誰かを待っているその様子は取り立てて人目を惹くこともなく、人々は青年の前を足早に通り過ぎていく。

 旅人達の話題は、もっぱら昨日までの雨についてだった。西から流れてきた黒雲は大粒の雨をもたらし、大勢の旅人が何日も足止めを食っていたのだ。

「……しかしまあ、踏んだり蹴ったりだよな」

「あの雨でえらく予定が狂っちまった上に、川があれじゃねえ」

「なんでも、上流の方はかなりの被害を被っているそうですよ」

 ちょうど目の前を通りかかった旅人達の会話に、青年の眉が動く。しかし旅人達はそんな彼に気づくことなく、荒れ狂うソブリズの話題で盛り上がっていた。いや、それはもう愚痴と言ってもいいだろう。何しろ、彼らはとんだ無駄足を踏まされたのだから。

「この季節に氾濫するなんて、滅多にないのになあ」

「ほら、あれだよ。今年は雪解けが遅かったから」

「それにしたって、あの様子はただごとじゃありませんよ。何か悪い兆しでなければいいのですが……」

「水竜の怒りに触れたってか? おいおい、考えすぎだろう」

「その通りだよ。しかし、そんな御伽噺を引き合いに出すだなんて、お前さんも古臭いねえ」

 そう言って仲間の肩を叩いた男の目に、ふと色鮮やかな何かが飛び込んできた。目を細めて、それがすぐ近くに佇んでいた青年の、その頭に巻かれた布の色だということに気付く。

 出で立ちからして、旅の剣士だろうか。派手な頭布は立ち木の陰にあっても目を惹いたが、それ以外は取り立てて変わった様子もない。

 恐らくは連れを待っているのだろう青年は、至極手持ち無沙汰な様子で街道の先を見つめていた。

「ん、どうしたね?」

 仲間の一人にそう問いかけられて、男はいいや、と首を横に振るが、ほどなく青年に気付いたもう一人は不躾に指を差し、

「あそこにいる若いのがどうかし――」

 不意に向けられた鋭い瞳に射竦められて、途端に口をつぐむ旅人。しかし、青年の視線は彼らを素通りして、街道の向こうから走ってくる二人の少女に注がれていた。

「らう~!」

「待たせたな、用心棒!」

 手を振りながら駆けてくる少女達。どちらもまだ年若く、青年と同じように簡素な旅装束に身を包んでいた。しかしまあ、渡り戦士風の男に少女二人とは、随分と珍妙な取り合わせである。

 しかし、彼らの素性について、あれこれと詮索している暇はなかった。こうしている間にも日は傾き、長く伸びた影は旅人の足を鈍くする。

「さ、先を急ぐとするか」

「なんとしても、今日中に川向こうまで進まないとねえ」

 賑やかにはしゃぐ少女達を背に、男達は再び歩き出した。


「橋が流されたらしい」

「おふねも、いーっぱい、ながされた、って」

 息を弾ませて報告する二人に、ラウルは苦々しい顔で頷いてみせた。

「予想はしてたが、やっぱりか」

 先ほどの旅人達の会話を聞くまでもなく、最寄の村からここまでの道中ですでにある程度の察しはついていたが、まさか橋が流されているとは思わなかった。せいぜい、増水して渡れない程度だと思っていたのだ。

「復旧の目処は?」

 駄目だろうと思いつつも一応聞いてみるが、案の定二人はぶんぶんと首を横に振る。

「立っていないそうだ」

「おみず、ひくまで、なんにも、できないの」

 橋が流されたのは二日前。数日前から増水していた川は、西からやってきた雨雲の増援を得て一気に勢いを増し、あっという間に橋を飲み込んで下流へと押し流していったという。

 仕方ない、とラウルは足元の荷物を取り上げた。

「迂回するしかないな」

 ただでさえ昨日までの雨で予定を狂わされている。迂回すれば余計に時間がかかってしまうが、橋が架かるのを待っていたらとても間に合わない。

「ちがうみち、おしえてもらった」

 少女の言葉に頷いて、王女は地図を取り出した。

「ちょっと遠回りにはなるが、こっちの道をしばらく行くともう一つ橋があるそうだ。そっちは頑丈な造りの石橋だから、恐らく大丈夫だろうと……」

 細い街道をなぞっていた王女の指が、ある一点でぴたり、と止まる。

「ん、どうした?」

「いや……この村がな。ザランというんだが」

 彼女が示していたのは、街道を少し外れたところに記された丸印だった。どこか哀切を帯びた王女の呟きに、傍らの少女が目を瞬かせる。

「ざらん?」

「小さな村だ。私も名前しか知らない」

 そこで言葉を切って、王女はしばし考えるような素振りを見せた。

「……用心棒。寄り道をしてもいいか」

「寄り道だ? そんな余裕がどこにある」

 思わずそう切り返してから、王女の顔がいつになく真剣なことに気付いて、小さく息を吐く。

「何があるんだ?」

 先を急いでいるのは、誰であろう彼女自身だ。それを押して寄り道をしたいと言うのだから、何が理由があるに違いない。

 単刀直入な問いかけに、王女の答えは意外なものだった。

「墓だ」

「はか?」

 予想外の答えに目を丸くするラウルに、王女はぐい、と空を仰ぎ、呟くように答えた。

「オーグ……母に仕えていた魔術士が、そこに眠っている」


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