第三話 僕の女神様
どこで次話にするか、悩みどころです。
ザザッ…ザッザザッザザザザッ
下草を踏み鳴らし、駆け出す。標的に向け一路。
「アルっ!そっちに行ったぞ!」
ダムズさんの呼びかけに、僕は襲い来る【オーク】と相対する。
「Buuuuu,Shuuuuuu」
奴は手にした棍棒を僕の頭上から振り下ろした。
振りが、でかすぎて隙だらけだ!
僕は2歩前進し、棍棒を左半身にかわしざま、守るものの無い奴の首元へ刀を滑らせた。
確かな手ごたえと頚骨を断ち切る感触を感じながら、刀を一振りして血を飛ばし鞘に納める。
オークの群れがいる方向を気配で察して、ひた走る。
スキル【気配察知】の導くままに。
……………………………………………………………………………
僕達のパーティーが、王都近郊の森に着いたのは正午少し前。
今日は紅の4月24日。明日は僕の誕生日。
この季節になると、寒さが和らぎ、春特有の穏やかな日が続いている。
依頼の為、王都近郊に広がる【食べ歩きの森】に来た。
オーク(猪や豚を直立歩行させたような奴)の群れ討伐が依頼内容である。
【食べ歩きの森】は名前が示すように、植生が豊かで様々な果実や山菜類が豊富に実っている。
王都近郊は騎士団が、訓練を兼ねて定期的に魔物討伐を行っている。
そういうところから、普段は王都から街の人や近くの農民、猟師が安心して採取や猟ができる森だった。
しかし、数日前のこと。森に入った猟師が多数のオークを見かけた、と近隣の村に駆け込んできた。
事態を重く見た、村の長が討伐をギルドに依頼した。
オークは悪食で大抵のものは食べつくす。畑の農作物や家畜の動物被害も深刻だ。
それより問題なのが、繁殖の為に人間の女性を攫う、ということ。
仮に攫われた女性達が、助け出されても余りの体験と【絶倫】スキル持ちのオーク達に、朝晩と休む間を与えられず酷使され、大抵の女性は精神が先に壊れる。
正気を保てていても、被害女性の多くが所属集落へ帰れない。
古い因習を良しとする村において処女性を失った、というよりも魔物を孕んでいる可能性がある女性を、受け入れられない集落は少なくない。
そういう理由もあり、オークは発見次第、即殲滅の対象だ。
しかしながら、Lvが低い猟師や普通の村人にオーク討伐は、荷が重過ぎる。
1体ならFクラス冒険者(中堅冒険者)が倒せるレベル。Gクラス(初心者冒険者)なら5人は必要。
複数になればなるほど連携をとるので、6人パーティーで事に当たるの常識で注意が必要である。
倒したオークの左耳を切り取り、ギルドに提出すれば1体あたり大銀貨1枚5000ガルになる。
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王都で内側に鍵付きの部屋がある安宿の最低価格は、一人一泊4000ガル。
鍵無しでもいいなら1000ガルからあるそうで、それ以下だと厩の藁をベッドにする手がある。
しかし、お薦めしない。馬糞は匂うし、鼻がいい獣人には耐えられない。
しかも女性冒険者にとっては、貞操の危機もある。
安くてもいいなら自己責任で。ってのが王都の常識だ。何事も安全には金がかかるのだ。
僕達の場合、6人パーティーで、内男4人女2人。部屋が選べるなら、男4人部屋女2人部屋の2つを借りたい。
となると、相部屋割引で大銅貨1枚500ガルが割引されるので、最低一人頭3500ガル。6人で2万1千ガル。
オークを5体倒せばお釣りがくる計算だが、食費は含まれていない。
それなりの食事を頼むなら1000ガルが必要だ。
とはいえ、今の僕らは一人頭、1泊2食付8000ガルの中級に部類に入る宿を定宿にして、1月分前払いしている。
お得意さん価格で食事そのまま、一人6000ガルで契約した。
この前払いで持ち金が少なくなった僕達は、割のいい【オーク討伐】の依頼を受けた。
普通の冒険者達が魔物討伐する場合、【討伐証明部位】………殆どは左耳を切り取りギルドに提出し、依頼料を受け取る。
食材となりうる本体は、成人男性一人で運ぶには重く、よしんば荷車を用意できたとしても討伐場所が遠ければ、鮮度に問題がある。
魔術師がいれば凍らせて運ぶ手があるが、実入りは少ない。普通の冒険者は【アイテムBOX】持ちが殆どいない。
うちのザックは特異な例だ。こちら側に来る【新魔族】は必ずといっていいほど、【アイテムBOX】持ちが多い。
彼らの多くが、嫉妬・妬み・羨み・憎悪等の負の感情を司る【暗黒神クゥィニス】の信徒であることが、理由ではない。
【アイテムBOX】は神からの恩恵ではなく、国民の義務として体内に、埋め込まれる魔道具が関係している。
魔国民には生誕時に【冒険者の証】と同じような効果を持つ魔道具を体内へ、魔術的に埋め込む事が行政より指示されているらしい。
それを埋め込むことで加重された大地で居住することを許されるのだ。
いくら新魔族が頑強とはいえ産まれたときの赤子には加重地域は致命的らしい。
だったら、何故危険なほどの加重がされているのか?というと、僕ら人族対策のひとつという側面と新魔族強化策の二本柱であったらしい。
加重に耐えられる肉体を有し、加重されない大地で育った人族と相対したとき………その格差は歴然となるだろう、という思惑だったらしい。
その魔道具にアイテムBOX機能が付与されていて、迷宮探索などで得た物品などを、より多く持ち帰る為の措置らしい。実に羨ましい。
しかし、この魔道具には人口管理の為【はっしんき】という機能も付与されているので、新魔族国民の動向は上空の【えいせい】によって逐一記録されている。
魔物の死体をアンデッド化防止の為、穴を掘って焼却の上埋めるか、仲間の【神官職】が追悼の祝詞を唱え浄化処理する。
でも僕らにはアイテムBOX持ちのザックがいるので大助かりだ。
獲物の討伐部位+魔物本体の素材+魔物が所持していた物を全て利益に変えられるんだから、ホクホクである。
例》【オーク】……1体あたり、討伐部位5000ガル、本体の素材と食肉部材合わせて3000ガル。
装備品…身に着けている皮鎧・腰布はイカ臭いのだが、川で洗い乾かせば革製品問屋で最低500ガル売れる。
武器は状態の良いものなら、10000ガルから。悪い粗悪品でも屑価格500ガルにはなる。
後、余り知られていないことだが、魔法を使う魔物の体内にはマナの結晶体である、【魔血晶】が稀に見つかる。
魔道具につける魔法の発動体として、高く魔術師ギルドが買い取ってくれる。普通のオークからは見つかっていない。
もし、魔術師タイプの魔物がいれば探してみてもいいだろう。質の良い親指の先ぐらいの大きさなら10000ガルで買い取ってもらえる。
魔血晶の加工技術は【魔術師ギルド】の秘術とされていて、いわば独占状態で市場で莫大な富の収入源となっているらしい。
だから、悪いときで9000ガル。良いときで1万8000ガルにもなるのだ。
たまに群れを率いる【オーク長】【オーク将軍】【オーク王】【オーク女王】【オーク司祭】なんかに当たると、倒すのに時間はかかっても実入りがいい。
こいつら、ユニークモンスターとか呼ばれる奴らは、貴重な魔法武器を持ってることがある。
パーティーの強さに応じて挑めば、多くの実入りと経験値が手に入る。
ただし、注意が必要でこいつらがいる群れは、【リーダー】で20体、【ジェネラル】は50体。
【キング】100体、【クィーン】80体。【ビショップ】40体、とそれぞれの個体に多くのオーク(シャレじゃないよ)がついてくる。
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だから、今回僕らが遭遇した群れは………群れどころじゃなくて軍隊規模だった。
小高い丘から見える森が開けた場所をオークが隊列を組んで、進軍中だ。
この規模だと、公国騎士団が討伐に出動+ギルドで強制依頼が出されるレベルだ。
とてもじゃないけど、僕らの手に負えない。整列して向かってきている大軍の後方に、5種のユニークモンスターも確認できる。
少なく見積もっても、総数300体。でも見る分ではその倍はいそうだ。
今から王都まで駆け出して応援を呼ぶにしても時間が足らず、かといってこちらの匂いから街の場所を特定されるのは避けたい。
さて、ダムズさんはどう対処するだろう。頼れるリーダーに目を向けると後ろからシスが、ハンマーを巨大化して駆け出した。
うぉぉぉぉーい。シス、お前何やってるんだぁーーーーーー?
「先手必勝!おおぅ神よ!私に力を!殲滅、殲滅、殲滅!!匹敵滅殺!!」
シスの突貫に、呆然と立ち尽くした。やっぱ【狂戦士】化してるじゃん。
普段は無表情な顔をこの時ばかりは、極上の笑顔に変えて突撃するシス。
シスの体に黄色い燐光が纏わり付く。スキル【身体強化】だろう。駆け出すスピードが3倍増しになり、早くも接敵。
巨大なハンマーを縦横無尽振り回し、オークを次々に跳ね飛ばす。
混乱に落ちるかに見えたオーク兵だが、アリ型の魔物【ジャイ・アント】に跨り、魔力を帯びた大剣を振るう、一回り体が大きいオークの鳴き声で平静を取り戻し、陣形を立て直す。
シスを囲むように円陣を組み決して近づかず、6メドはある長槍でチクチクとシスを刺していく作戦のようだ。
これにはシスも攻めあぐね、長槍の攻撃をいなしては、前進して突破口を探すが、進んだ分だけ敵も下がり、を繰り返す。
このまま、ほっとくと体力の消耗を少なくする【タフネス】と、傷を負いにくくなる【頑強】のスキル持ちのオークに体力面で押し切られる。
ああ見えてシスは生命力は大目だけど、体力は低い。
心なしかオーク達が下卑た笑いを上げている声が聞こえる。
「Buhihihihi---gyuuuiuiiuuu」「Dhguiiiio」「Zuuuuuui----OGUUUUN」
何言ってるのかは分からないが、シスの美貌に舌鼓を打って、凌辱する算段でもしているのだろう。
奴らは魔物でしかないんだ。同じ神が創造したのに何でこうも………違うんだろう。
「お主も頭が痛いでござるな。しょうがないでござる。某も、ちと向かうでござる」
僕が動き出すよりも早く、ザックが身をかがめる。
膝を曲げタメをつけて3秒、勢いよく前方に身を投げ出す。
ザックは一気に100メド先の地面に着地すると、同じ動作を繰り返し3回目でオークの集団に後ろから切りつけた。
見える範囲の地までの距離を一気に縮める【縮地】というスキルだ。
発動までに3秒のタメがいる以外は便利なスキルだ、が習得は難しい。
僕もザックに教わり練習しているが、まだ取得できていない。
取得できてもレベルを上げて精度を上げないと、思ったところに足を運べない。奥が深い技術だ。
そしてザックの傍には、いつの間にかシャルがいた。
愛用の鉄扇ならぬミスリル扇を閉じては殴打、広げては斬撃、と使い分けて敵の懐に入り、長槍持ちオークを打ち倒していく。
シャルはザックの背中に張り付いて移動したようだ。
僕も戦場に向かおうとしたらダムズさんに止められた。
「おいおい、アル。俺達パーティーの砲台までが前衛に行ってどうする?」
そうだった。僕はパーティーでザックに並んで魔術が使える【砲台役】をもらっている。
エルは弓を取り出し、シャルの援護に駆け出した。僕は呪文詠唱に入る。
狙うはオーク将軍の後ろで高みの見物をしている王達。
『吹きすさべ切り裂く風!燃えつくせ焦焔。バーニング・インフェルノ!!』
僕が唱えた呪文の効果が、王達の傍に顕現する。距離にしてざっと600メド程か。
高さ10メド直径20メドの炎の竜巻は、周囲を焦土と化しながら王達に進み、周囲のオーク兵を纏めて炎の渦に退きこむ。
焼き尽くされ灰となって消えていくオーク兵達の、阿鼻叫喚の叫びがここまで聞こえる。
しかし、持続時間が30秒と短い竜巻が消えた後には、オーク王達5体と奴らの乗魔が無傷のまま残っていた。
【乗魔】は、人族が移動の手段として馬に乗馬するように、ユニークモンスターが移動手段に持ちいるのが使役した魔獣である。
一口に魔物といっても人間が分類した区分けなので、単純に二足歩行型を魔物。より動物や昆虫に近い生体のものを魔獣と呼んでいるにすぎない。
で、奴らの【乗魔】は高さ4メド全長5メドの蟷螂系魔獣キラーマンティスだ。
奴の腕の鎌は、鋼の鎧でさえも切り裂く威力がある。
それでなくとも、昆虫系の魔獣は甲殻が固すぎて、刃が通りにくいというのに。
それが5体もいる。部が悪すぎる。
そして、今の魔術を凌いだのは【オーク司祭】の防御魔法だろう。
あちらは雑魚とはいえ、オーク兵数百体にオーク長数体。
防御魔法が使えるクラスが1体いるだけで、これだけ攻めにくいとは………
僕は今の魔法で範囲拡大と発動距離拡張にMPを使いすぎたので、しばらく砲台役はお休みだ。
なら回復するまで物理攻撃といきますか。
「ダムズさん行きます。…オブッッ!?」
駆け出そうとした僕に負ぶさるダムズさん。
「まぁ、そう急くなよ。やっこさんアルの魔法を警戒して動きを止めたぜ。俺を負ぶっていけや」
まぁ確かにダムズさんの遅い足じゃあ、戦場に付いたときは疲労困憊だろうけど、僕も疲れるんですよ?
「お前は体力だけは勇者並だし、回復量はピカイチだろ?」
まぁ………そうなんですけどね。僕はダムズさんをおろすのを諦め、戦場に向かう。
さぁ、僕らの戦いはこれからだ!
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話は今朝に遡る。生活するためには、金が必要で金は稼がねば手に入らない。これ鉄則。
僕達は朝食を定宿でとると、装備を点検し必要なものを装備。
貴重品をザックのアイテムBOXに掘り込むと、宿を出て冒険者ギルドに向かった。
ギルドに向かった僕達は、さっそく依頼書が貼られた掲示板に向かう。
王都には様々なギルド………異世界【日本国】に照らし合わせば【職安】や【商工会館】が近いらしいけど。
僕達が所属する【冒険者ギルド】、商人が所属する【商業ギルド】、鍛冶職人の組合【鍛冶ギルド】。
僕らのパーティーに不足している火力である、魔術師が所属している【魔術師ギルド】。
ここは魔術書や魔石の販売、魔術の講義、錬金術関連の書籍・道具の販売とそれらの買取、魔血晶の即時買い取りをしている。
その他にも色々あるけど、まぁ紹介は後ほどということで。
僕ら冒険者は、冒険者ギルドで身分保障されてる。
そのかわりに街やそれ以外の地域からの依頼を受けなければならない義務が生じる。
とはいえ、パーティーレベルに応じて受けられる依頼は決まっているのだけど。
パーティーレベルは、所属している冒険者のクラスで決まる。
クラスはアルファベットと呼ばれる異世界の言語が元になっていて、下からG、F、E、D、C、B、A、S、SS、SSSと現状10段階に分かれている。
個人の冒険者クラスは、僕とシスがEクラス。ダムズさんとザックがB、シャルとエルがCだから、パーティークラスDからCの間なのだが、安全圏としてDとなる。
今のDクラスでは、王都近郊及び近隣の町までが活動範囲が認められれ、魔物・魔獣討伐が主な仕事になる。
冒険者レベルが高くても、ギルドに対する貢献度や探索や護衛の経験など、様々な要素を満たすことで冒険者クラスは決まる。
とにかく、多く依頼をこなし僕らの冒険者クラスを引き上げる。
そうすれば、より報酬の高い依頼を受けられる。クエストを達成することで名誉と金が手に入る、システムだ。
冒険者登録仕立ての頃は、それなりに経験豊富なパーティーに所属して下積みを1年はするそうだ。
が、僕らは転生者という特殊性から割りと単独行動者が多いそうだ。
扉を開けて中に入ると正面にギルドカウンターがあり、各種手続き、相談、討伐部位買取など行っている。
魔物の素材が大きければ、裏に解体場があるのでそこに出向く。
左側の壁には掲示板があり、依頼書がパーティークラス順に貼られている。
特別枠で王宮からのクラス選別無しの依頼もたまに貼ってある。後は【王宮通信】などの新聞とかかな。
右側は酒場になっていて、仕事の無い連中や依頼達成の酒盛りが常に行われているが、早朝ということもあり閑散としていた。
「やぁ、リーリンおはよう」
どのカウンターでも良かったが、顔なじみの職員がいたので声をかけた。
「おはようございます。活躍は聞いてるよ。アル君」
リーリンは僕が始めてココに来たときに、登録手続きをしてくれた、ハーフエルフの美人さんだ。
併設された酒場の冒険者が、僕を心配をして、引き返すようにワザと悪ぶってきたのを僕が気付けなかった。
加減を忘れて、殺しかけたのを止めてくれたのがリーリンだった。
彼女は元冒険者で僕の実力を身のこなしと脚運びで見抜き、仲裁してくれたのだ。
酒場の冒険者の人たちも話してみるといい人ばかりで、冒険者の豆知識を教えてくれて助かっている。
以来、彼女はもう一人のお姉さんのように僕を助けてくれている。
シャルは僕のおば………………………何でもありません。
「今日は、どうしたの?ああっ依頼ね。そうね………これなんかどうかしら」
彼女が差し出してきた依頼書を見る。この王都近郊にある森にオークの群れがいるらしく、近くの村からの討伐依頼だった。
値段も手頃だし、ザックがいるから僕達にはいい儲け話だ。
ダムズさんにも見せて了承をもらい、引き受けた。
皆それぞれ、【冒険者の証】の腕輪を依頼登録確認機に翳していく。
これで腕輪に僕らが依頼を受諾した事が、登録された。
と、同時に討伐魔物カウンターがリセットされゼロ表記になる。
累計数は【これまでの軌跡】のデーターで分かる。
明日は僕の誕生日を皆が祝ってくれる。だから、短期間で終る仕事が欲しかったので都合が良かった。なのに………………
……………………………………………………………………………
さすがにおかしい、と感じ始めてきた。
僕達はシスの突貫から延べ1時間以上戦い、一人頭20体近く倒しているはず。
なのに、雑魚オークが減らないばかりか増えている。
皆と散り散りにされ、今は森の木々を盾にゲリラ戦の体を擁してきている。
後詰の軍が温存されていたのだろうか?
僕の【気配察知】スキルは、オーク長クラスの気配をたくさん拾ってきているが、あきらかにおかしい。
早めに皆と合流して、出直すべきだ。
僕は【隠形】スキルで周囲の気配に溶け込む。
そして【冒険者の証】のチャットとマップを機能させた。
その時に、少し気になったので自分のステータス欄を表示させる。
僕の目の前に他人には不可視に作用するステータス表が浮かぶ。
………………………………………………………………………………
名前:アルフレッド・ノルディ・ミレニア
種族:人間
性別:♂
年齢:13歳
Lv.20
職業:【戦士】(ATK+)Lv.5【剣士】(ATK+)Lv.6【武士】(ATK+)Lv.8
【王族】(DEX+)Lv.5【魔術師】(MATK+)Lv.7 【冒険者】(各能力値+)Lv.10
HP:65(76)
MP:32(70)
ATK:10+1099
DEF:5+135
MATK:12+94
MDEF:10+85
AGI:10+80
DEX:9+84
EVA:10+105
ユニークスキル:【 】【 】【 】
技能スキル:【気配察知】(EVA+)Lv.5【隠形】(EVA+)Lv.5【烈風斬】【唐竹割り】
魔術スキル:5元素(MATK+5・MDEF+5)【光】Lv.4【火】Lv.4【風】Lv.4【水】Lv.4【土】Lv.4
称号:【 】各能力値+50【亡命王子】EVA+5【主人公】各能力値+10
賞罰:無
装備:【備前黒龍定正】ATK+1000【レーザー・アーマープレート】DEF+60【王家の紋章】EVA+10
【冒険者の証】
クエスト討伐モンスター:オーク×24、オークリーダー×10、オークジェネラル×1、オークゾンビ(フレッシュ)×5
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年齢の次のレベル表示は、生物としてのレベル。
普通に生活していれば大体Lv.3前後。
公国の一般兵士なんかだとLv.5ぐらいで生涯を終える。
次に【職業】だが、取得するごとに各能力値にレベル分加味され、Lv.1なら+1されLv.5なら+5される。
HP・MP及び各能力値の最初の数字は初期値である。
人は皆、生まれたときに初期値が割り振られている。
僕は普通の人たちに比較するとHPは3倍以上、他の数値も高いものは2倍以上らしい。
これに種族別に初期値に違いが見られる。ダムズさん達ドワーフ族は人族よりATKとDEXが高い。
エル所属のエルフ族は一族よりMATとMDE、AGIが高く、小猫族のシャルはAGIとDEX、EVAが人族より高い。
次に異常なのが【新魔族】のザック。
初期値は始祖種族に左右され、ザックのオークが起源の【オーグ属】は、ATK、DEF、DEXが人族より高い。
しかし、彼らが居住する【魔王の壁】の向こう側【魔国】が、常に10Gの加重された環境故か、こちら側で彼らの能力は人族の5倍ぐらいに跳ね上がる。
10Gの重力魔法という【枷】から解き放たれた彼らは人族の能力値を優に越える。
ただし、【新魔族】は2種存在し【大崩壊】以後に生まれた世代と、【第1次魔法王国奪還作戦】以降の世代では、能力値に格段の違いが見える。
魔王封印後、【冒険者の証】と同じような魔道具によって10Gの重力を結界に守られて育った初期世代。
教育方針の転換により、魔道具でLV.10まで迷宮で鍛えられ、10G重力に普通に耐性がつくと、魔道具の結界無しに生活しなければならなくなった世代。
ザックは後者にあたり、ダムズさんのパーティーに加わったときから、高いレベルだったらしい。
【新魔族】と【魔族】は別種の生物と考えなければならない。伝説上の純粋【魔族】の初期能力値は、人族の10倍以上だったらしい。
ただ、種族自体の繁殖能力が人族より劣るのか、エルフ同様の長命種故なのか…彼らの総数は少ない。
これが人族並に繁殖旺盛なら、今の世は【魔族】の天下だったに違いない。
ただ、ザックに言わせるとかの【魔族】にも脳筋の馬鹿【戦士種】と、知略に長けた【魔術師種】では考え方が違っていたらしい。
殊戦いに対する意識が顕著で、【戦士種】が力押しタイプなのに対し【魔術師種】は知略・戦略でことにあたろうとしたらしい。
当時の魔族社会はまさに【弱肉強食】だった。【戦士種】 が主で【魔術師種】が従。
なので、種族の絶対数の多さと【勇者】の能力で、知略が生かしきれず纏まりに欠けた【魔族】は、【エンフィート】全盛時に押しのけられたのだろう。
話がそれた。僕の能力値が普通の人より高いのは、未だ判別しない固定スキルが関係しているのではないか、と思われる。
魔術スキルの素養が多い、言い方を変えれば属性が多いほどレベル分MATKとMDEFに反映される。
称号も各能力値に影響を与えている。僕はミレニアから出奔して【亡命王子】がついた。
詳細不明の称号による補正値が高く、意味不明な【主人公】も地味に高い。
装備は単純に良いものを身に付ければ、ATK、DEF、MATK、MDEFの能力値の向上が見込めるが、高い技能を併せ持たなければ宝の持ち腐れ。
ダムズさんが外界の旅に出る餞別に師匠から貰ったのものを、譲り受け使っている。
未だ修行の途上で十全に使いこなせている、とは言いがたい。精進あるのみだ。
相変わらず、体力面の回復は早いが、MPは半分か。回復に温存しておくか…
そのままステータスを閉じようとしたとき、違和感を覚えよく見直した。一番下を凝視した。
【冒険者の証】の腕輪の便利機能の一つ。討伐モンスターカウンターだ。
ギルドで【冒険者の証】に依頼登録すると、それまでの討伐数をリセットされる。
後は目的地でクエスト内容の魔物を討伐すれば、魔物の種類と数をカウントしてくれる。
そこに見逃せない表記があった。オークゾンビ(フレッシュ)?そんな奴、倒したっけ?
そういえば、首ちょんぱしたのに出血が少ない奴いたなぁ……
マップ機能で周辺をサーチすると、自分を中心として敵性オーク種×25、敵性オークゾンビ×13と表示された。
【気配察知】スキルが拾う気配より多く、オークがいる。とゆうことは……
ゾンビを作り出す【死霊術師】と【召喚術師】がいる。
マップの機能には、自分達の仲間の現在地を知らせる青点と敵性を現す赤点。
現状どちらにも属さない黄点を表示することができる。
僕達6人は見事に散り散りにされたというか、うん?シャルとシスは同じ場所にいるようだ。
彼女達を囲む敵性を示す赤点が、纏った円状なのが気にかかる。
敵性を示す赤点が全て入るようにマップの倍率を下げるよう調節する。
「マジかよ………」
僕は絶句するほか無かった。森全体に敵性を示す赤点が表示され、マップが知らせる総数は2000体を越えていた。
術師は必ずいる。絶望的な数だ。僕らをなぶり殺しにするつもりなのか?
当初のように王都に進軍せず森に留まるように僕らを探すように行動している。
仲間と合流する為にチャット機能で僕の場所から近いダムズさんに呼びかける。
「ダムズさん。アルです。そちらへ合流するので少し時間ください」
『………んっ!?アルか?無事だったか。しかし、便利だな。手放しで遠くの者と会話できる、このチャット機能は』
ダムズさんの声は戦闘中なのか、武器の打撃音が混じりながら明瞭に聞こえる。
ダムズさんたち転生者達に言わせると、この【冒険者の証】に備えられた機能は、この世界の現技術にそぐわない。
どういう構造なのか分からないが、元世界にあった【すまほ】という機器よりも高機能だと言っていた。
魔法があるこの世界で【機械】も存在する状況に気付いたとき、大いに驚いたらしい。
僕が生まれる前から世界中の冒険者ギルド内で使用されていたので、僕は不思議に思わなかった
さしずめ【魔工学】というのではないか、とのこと。
【越後のちりめん問屋】という商店は、極東の列島諸国【倭の国】から来たらしい。
かの地は高度な工業が発展しているのだろう、とも言っていったけ。とにかく便利だ。
僕は【隠形】スキルが解除されるのも構わず、ダムズさんがいる方向に駆け出した。
邪魔なオークを蹴散らす。シス、シャル待っていろ。すぐに行くからな。
……………………………………………………………………………
まずいよ、まずい、まずすぎるニャン。
私達を十重に二重にオークが囲んでいる。
皆一様に下卑た笑みを浮かべて私達を文字通り舐めまわすような視線だニャン。
シスを援護する位置にいたのは幸いだった。
でも、敵の策略にハマリ仲間と散り散りにされたあげく、私達だけ隔離されたような、この状況。
間違いない。こいつらは私達を嬲り凌辱するつもりだ。
シスも私も既に体力は回復しきれず、息があがっている。
シスはMP切れで疲労困憊状態だ。
【断罪の~】何だったけ?ハンマーは燃料消費が悪すぎる。
常時、使用者のMPを消費し続ける仕様だ。
短期決戦なら有用だが、こうも敵の数が多い長期戦に持ち込まれると途端にデッドアイテムになる。
「Deeiiio………ぐぼっ。そうそう、こういう感じだ。どうした?威勢のいい譲ちゃん達。もう終りかい?」
!?オークが人語を解するなんて。
まぁ、仲間内にオークが御先祖様のザックが、いるので合点がいくニャン。不思議でもなんでもニャイ。
「驚いたか?……ふっふ。実のところ…俺は元人間で盗賊団の頭をやっていたのさ………フンッ!!」
次は何を言い出すのか様子見に集中したばかりに、愛用の扇を奴の槍で跳ね飛ばされてしまった。
バランスを崩し倒れた私は、後ろにいた別のオーク2匹に両手を踏まれバンザイの格好で大地に仰向けに縫い付けられた。
「それが、嘘でも何でもねぇ証拠に…ホレッ俺の【冒険者の証】だ」
オークの手首には腕輪が、鈍い輝きでもって存在していた。
「まぁ魔物化の折に壊れちまったがな。しかし、魔物の体は実にいい……」
私に近寄り、着物の帯を抜き取るオーク。
「【絶倫】と【女ごろし】スキルで獲物をヒイヒイ言わせるのは最高だ」
奴は私を見下ろしながら舌なめずりした。冗談じゃない。
そんなスキル使われたらいくら獣人が人族より頑丈だからって、精神が先に快楽で壊される。
私は歯軋りをしながら奴を睨み上げた。悔しかった。
無力な自分が………こんな奴に私の純潔を散らされるのが。
「この力を与えてくださったアブラムス様に感謝してもしきれねぇ………我等が偉大なる【無貌なる神】に感謝を」
「「「「「「Gfiie--ru」」」」」」
その神に感謝でもするかのように一様に頭を垂れ、目礼するオーク達。
何なのコイツ等。人間を魔物に変える!?………正気の人間のすることじゃない。
「シャルさん!!…このぉー」
シスが持ち上げるのにも苦労する、ハンマーを杖代わりに立ち上がり、私を助けよう動こうとしたけど、そこまでだった。
やおら、振り返ったオークに視線を向けられたシスが、なぜか動作を止める。
糸が切れたようにひざをつくシス。体に力が入らないのか動きを止めたまま呆然と目の前のオークを見ている。
こちらに向き直った、オークの右目が黄色く色を変えていた。
元来の目の色は茶色だったはずなので、何かしらの【邪眼】系スキルなのだろう。
「【麻痺の邪眼】ってスキルなんだが、対象は一人のみでな。だが重宝している」
邪眼持ちのオークはおもむろにシスに近づくと、両肩に手を置き左右に衣服を強引に破り捨てた。
麻痺で体が動かないシスは、突然のことに言葉も出ない。
「ははははっ…いいねぇ、いいねぇ、この瑞々(みずみず)しい、男を知らない青さは。本当に美味そうだ」
舌なめずりをして、裸身を曝し震えるシスを上から下までゆっくり鑑賞する、邪眼オーク。
「こいつ、漏らしてやがる………だが、この青臭い匂いが、また、たまらねぇ。益々(ますます)そそりやがる…」
部下に両手を拘束させて、両足を掴み左右に開いた。
シスが恐怖の余り地面に漏らした小水の匂いを嗅ぎ、更に興奮させる。
「だが………人形をいたぶるのも面白いが、スパイスが足りねぇ」
邪眼オークの瞳が元の色に戻り、麻痺の効果が薄れたのか、シスが小刻みに震えだした。
「………にっにぃ……兄様、兄様………助けて……嫌っ…離して………兄様のところに帰る…嫌」
シスが壊れたレコードのように同じような言葉を繰り返す。
恐怖の余り幼児退行でも起こしたのか、現状を把握しておらず様子がおかしい。
「あ~~壊れちまったか……仕方ねぇ。ぶちこみゃあ、ちったあ戻るだろ」
そして、シスに覆いかぶさり、私の視界からシスが見えなくなった。
私はゾッとした。これからシスを襲うだろうことが如実に理解させられた。そして私の運命も。
「頭ーっこっちの獣人はオイラが、先にいただかせてもらいますぜ!」
私は怖気が走り、声の主を探す。
シスに気をとられている内に、私の足先に片目がつぶれたオークがしゃがみこんでいた。
私の着物に手をかけ押し広げ、アルに馬鹿にされた小さな胸を揉むというより、捻られた。
「痛い、ニャーーーーーー!!!」
エルと違ってノーマルな私は、強烈で胸が千切れそうな痛みに思わず叫び声を上げてしまった。
「はぁん?…俺はもっと痛かったぜ。お前に潰された目がな。だが、お前を嬲りゃあ少しは気が晴れるってもんだ」
「Buhiiiii-」「Byaha-----hahaha」「Zhiiiii----」
周りのオーク達がヨダレを垂らしながら笑っている。
片目オークが私の下衣を下着ごと引き摺り下ろし、成人にしては幼い体を白日の下に曝す。
私は羞恥のため涙が出そうになるのをこらえ邪眼オークを睨む。
「私はどうなってもいい!だから………シスだけは…シスだけはやめてあげて…ニャン」
こらえきれない涙が溢れてしまった。
「ばーーか、か。お前も壊れるまでやるんだよ。【無貌なる神】への生贄は、生娘に限らねぇからな。要は生きてりゃいいのよ」
邪眼持ちが嘲笑い、片目が追随する。
「お前は獣人だからな、多少手荒に扱ったところで壊れねぇーだろ。朝までニャンニャン言わせてやるぜ。てめーらにも換わってやるから見物してな」
「Bfiiiiii---」「Gyhaaaaa---」「Hyha------」「Bfiiiii----」「Gyaaaaa---」
怖い、怖い、怖い…………前世の記憶がぶり返し、私は恐怖で体が動かなくなる。
あの変質者も濁った汚い目で臭い息を吹きかけながら、私に覆いかぶさってきた。
こいつらと同じ濁った汚い目だった。怖い、動けない。誰か、誰か、助けて………誰か………
「へぇ~~おっさん達。………いいスキル持ってるねぇ………俺にくれない?」
この場にそぐわない、明るい少年の声が聞こえたような気がした。
親戚の叔父に無邪気に、玩具を強請る様な感じで。
でも私は絶望の余り、意識を手放してしまった。
……………………………………………………………………………
あれから、数十分後。僕はダムズさんと合流し、他の仲間と無事合流できた。
でも事態は深刻度を増すばかりだった。
ストックの回復薬も底を尽き、回復役のシスがいない僕達は傷だらけで気力だけを頼りに意識を保ち続けていた。
ともすれば、魔力の使いすぎで昏倒しかねず、今意識を手放せば僕は一生涯後悔するだろう………
いくら回復力が高い僕でも、効果範囲を広げた火炎魔術を連発で放ち続ければ、MPが底を尽く。
今はただ、息を潜めHPの回復に努めないと、確実に誰かが死ぬ。
【蘇生呪文】や部位欠損すら回復できる呪文は、物語や伝説の中には存在するけど………
実際は【大崩壊】以後の混乱で呪文が書かれた巻物などの多くが、散逸してしまった。
仮に見つかっても【ダイスの霍乱】の影響で、Lv.5以上の呪文は発動しなくなってしまった。
使えない魔術や呪文は人々の記憶や社会から消されていき、今ではどの教会や神殿に行ってもLv.4までしか教えてくれない。
僕の魔術スキルがLv.4止まりなのは、その為だ。
更に数時間が経過した。夜が更け日付が変わっても僕らは動けない。
動けば蜂の巣間違いない規模で敵が増殖している。
総数は既に1万を越えた。
何なんだ!??このオークの軍団は?………異常すぎる。
早く、シスとシャルに合流しないといけないのに………無事でいてくれ。
せっかく今世でも逢えたって喜んでいた妹と、また死に別れるのは嫌だ………
………………………………………………………………………………
「妙でござる。シスとシャルを囲む赤点が…二人に重なって…重なった、ぐっっ!!……恐らく……二人はオーク共に捕らえられたのでござろう」
歯軋りの音が聞こえてくる。ザックも悔しいのだろう、仲間の婦女子を救えぬ無力な自分が。
「………しかし、黄点が一つ、一瞬灯ったのを最後に赤点がどんどん減少していくでござる………何が起こっているのでござろう!?」
ずっとマップを起動させて、敵オークとシス達二人の動きを追っていてくれたザックの呟きが聞こえた。
「どういうこと?」
僕もさっそくマップを開く。シスとシャル、そして総数300体のオークがいただろう区域が、マップ上で白く表示されている。
白い部分をタップすると説明文が表示される。
『該当地域において、大規模な防御結界発動中。詳細不明』となっていた。
これはひょっとしなくても……敵に捕まった二人が、あの【オーク司祭】の防御魔法に隠されて………凌辱されようとしている!!??
なら、まごまごしている場合じゃない!早く助けに………
アルは気が急く余り、防御魔法と防御結界の違いに気付いていない。
逸る僕が立ち上がり、無謀にも敵集団へ向かおうとしたとき、マップ上で異変が起きた。
防御結界内から複数の黄点が飛び出し、塗りつぶすように周囲の赤点を消滅させていく。
その総数48。6つの黄点が一塊になって、八方向に散らばり赤点の数が急激に減少しだした。
もう、4000を切った。僕らのパーティーでは真似できない、討伐スピードだった。
その内の一グループが僕らの方へ近づいてくる。断続的な戦闘音が徐々に近づき、詳細が明らかになる。
僕らの近くにいたオーク達も引き寄せられる様に、六つの黄点に群がる。
奴らが向かった先に6人の少女達がいた。いずれもシスに引けをとらない美貌の持ち主達だ。
なぜだろう、その容姿が無性に懐かしい。
彼女達は黒髪、黒目。前衛の戦士が2人、中衛の弓使いと何やら妙な色の液体が入った薬ビンを投擲する娘。
後衛は魔法職2人の計6人。全員お揃いの黒光りする皮鎧を身に付け、それぞれの職業ごとにカスタマイズしているようだ。
戦士職の娘所謂【ドレスアーマー】タイプと【鎧武者】タイプの二種。
弓使いの娘は上半身の鎧が軽装タイプで覆う範囲が少なく、右利きらしく弦が当たるほうの胸に胸当てをしている。
魔法職の二人は腰周りが、長い裾のスカートタイプ。幾分戦士職の二人のものより柔らかそうな材質のようだ。
薬ビンの娘は弓使いの娘と同じ軽装タイプながら、薬ビンを納めるフォルダーを多数装備しているようだ。
彼女達が使用する武器は、戦士職が片刃の刀持ちと直剣。他3人が使用する各種武器は、一様に白い象牙ような材質だ。
刀と直剣は柄頭に、弓は取っ手のところ。魔術師のロッドは先端に黒い宝石のようなものを付けている。
6人で連携をとりながら、1体1体確実に仕留めていく。
彼女達が通った後にオーク達の死体は存在しない。
ザックのようなアイテムBOX持ちがいるのだろうか?
楽しく会話しながら討伐していく姿は、いっそ芸術的で現実離れした光景だった。
が、会話の内容から現実に間違いない、と実感する。
「でさぁ、マカゲさんに敵わない私達にどうしろっていうのかしらね、社長…」
髪の長い戦士職で直剣をオークに振り下ろしながら、血しぶきを浴びる前に次の獲物の前に移動している女の子が言えば、
「もちのろん。私達に倒させる気なんじゃん!」
牛乳瓶の底のような分厚い眼鏡に、お下げ髪の娘が薬ビンを投げながら返し、
「でも~~それじゃあ~私達との約束~~破るんじゃあ?」
おっとりしたしゃべり方で、無詠唱でものすごい数のアイスニードルをオークの群れに叩き込む、おかっぱ髪の垂れ目の女の子。
「………」
腰まで届く髪を後ろで一束にした、きりっとした無表情の娘が、オークを一刀の元に切り下ろす。
技の切れに惚れ惚れする。あれぞ、僕が目指すべき目標だ。ザックも技の切れに寒心して、唸っている。
瞬時に敵の懐に入り、また一体、また一体と短時間で確実に屠っていく。
「そこはそれ。例の敏腕ジャーマネに丸投げする気ね」
断言したのは、違う群れにこれまた無詠唱のトルネードランスを数十本打ち込み、血飛沫を撒き散らす、ポニーの髪型のきつめな表情の娘。
「で、そこの君達。大丈夫?」
と、問いかけてきたのは、右目にモノクルという眼鏡をかけツインテールに髪を垂らした、弓使いの女の子だ。
手元の弓から放たれる弓矢が、正確にオークの眉間を貫いていく。
この間、わずかに2分半。周囲から魔物の気配が消えた。
オークの体が光の粒子に変化して、無口な刀使いの娘の左手薬指に、はめられた指輪の宝石部分に吸い込まれていく。
マップを確認すると森のはずれに残った8つの赤点だけが残っていたが、それもわずか数分で消えた。
最終的に2万を越えたオークの軍団を僅か48名で殲滅してしまった。
目の前の女の子達を直に見たことで分かる。
何れも相当な腕前であり【格】が違いすぎると。
「………主様が、オークキングを討伐された。集合せよ、とのことだ」
無口だった娘が左指の薬指の指輪を耳にあて、皆に伝える。
「社長もやるねぇ」
剣士の娘が、ウンウンと感心して頷いている。
「この人たち~~どーするの~?」
魔法使いAの娘が、人差し指を顎に当て首を可愛くかしげる。
「あの猫耳の女の子の仲間だろうから、連れてけばいいじゃん」
使わなかった薬ビンを腰のポーチに収納しながら、微笑む。
「それもそうね。………あなたたち………えっ~と、名前を聞いてなかったわね。私は花梨」
ポニー髪のきつめの女の子魔女っ娘Bが名乗り、弓使いのツインテ・モノクルの娘が鈴蘭、刀使いが崋山。
魔法使いAこと、垂れ目の娘が沙織、剣士が菖蒲、薬使いの娘が七海と名乗った。
こちらも其々(それぞれ)名乗り、シスとシャルのいる場所に案内してもらう。
6人皆、同じ指輪を同じ薬指につけていて、婚約指輪みたいだった。
合流場所への道すがら、そのことを尋ねてみると6人はお互いの顔を見渡し、一つ頷く。
「「「「「「私達、社長に婚約指輪としてもらったんです」」」」」」
と、声を合わせて宣言された。若干、刀使いの崋山さんが照れたようなところが、ほほえましい。
6人の服装から冒険者或いは、同一騎士団の同僚同士のようだが、その【しゃちょう】という人物は6人同時に婚約指輪を贈ったのだろうか?
僕らの会話に離れて歩いていた、残りの3人が複雑な表情をのぞかせる。
彼らの前世の社長という役職と同じ響きを持つ言葉に、この世界の常識との違和感に何ともいえない表情をしていた。
先ほどの婚約指輪は冗談だったらしい、そうだよな。いくらなんでも6人同時には無い。
彼女達が言った【しゃちょう】という単語に反応していた、3人を代表してダムズさんの問いかけに、先ごろ雇われた商会のオーナーの事を【社長】と呼んでいる、と答えてくれた。
「それで………つかぬ事を聞くようで恐縮でござるが………御主達は、転生者…或いは召喚された方でござるか?」
彼ら3人が最も聞きたかったこと、元世界との共通認識があることを確かめたかったのか、ザックが聞く。
「それは、企業秘密です」「初対面の女の子に根掘り葉掘り…超失礼じゃん」「……」「ご想像にお任せします」
「だったら~ど~うします~」「職務上、お答えできかねます」
彼女達の言葉や態度が暗に【そうだ】と認めている。
破格な戦闘能力の根源が分かった気がする。
少女達の言葉に確信を得た顔の3人。黒髪・黒目は転生者や召喚者の証みたいなもんらしいし………
あれ?そういえば………マップ上の黄点は48。彼女達以外に42人いるわけで…
黒髪・黒目、48人。なんか聞いたことのある数と特徴のような気がするなぁ。
僕達に合わせて歩いてくれたので、そこに着くのに1時間ぐらいかかった。
辺りには血しぶきや高レベル魔術による火魔術で焼かれ地面がガラス状になってたり、地面が槍状に屹立している場所あった。
しかし、ここにも倒されたオークの死体はなく、アイテムBOX持ちに収納されたのだと思われる。
少し離れた場所の地面に布が敷かれ、その上にシスとシャルが寝かされていた。
別れた時とは違う装備を身につけた二人。
シスは青を基調としたシスター服の豪華版のような、フリルをふんだんにしつらえられた長衣のローブに、額に赤黒い…魔血晶じゃないかこれ。
その魔血晶をサークル状に組み合わせたものを着け、首元にも同様にこぶし大の魔血晶が一付いたネックレスをしている。
シャルは短衣だった着物を長衣のものに変えており、白地に赤い絣模様が入っている………あれっ?
僕は瞳を瞬いた。視界にあり得ぬものが飛び込んだからだ。
シャルの着物は襟元が少し開いているのだが、洗濯板だったところに【さらし】が巻かれた胸部は、腫れ上がったように押し上げていた。
僕は急いでシスの元へ向かう。穏やかな寝顔で傷一つ無い。良かった………無事だったかぁ。
シャルの元にはエルが向かい、僕と同じように安堵の溜息をつく。少々鼻息が荒いのが気になるが許容範囲だろう。
エルがシャルの寝顔を見て、『シャル、無事だったんだぁ、良かった』なんて言った瞬間、
崋山を除く少女達が、思わず噴出すのを抑えるように口元を押さえたり、腹を抱えて笑うのを堪え始めたのでビックリする。
何がそんなにおかしんだろう?
……………………………………………………………………………
「だいじょうぶですよ。二人とももうすぐ目を覚まされると思います」
後ろからかけられた見知らぬ声の主を見上げ、僕は惚けてしまった。
鈴を鳴らすような声音で、柔らかな微笑を浮かべている少女が立っていた。
「おい、アル。大丈夫か?おい。駄目だな、こりゃ…すまないな娘さん。うちのアルの粗相を許してくれんかの?」
惚けた僕を揺さぶり、正気に戻そうとしていたダムズが諦めた。
だって、しょうがないじゃないか。女神だよ!僕の女神がそこにいるんだよ!!この興奮をどう表現したらよいか僕には分からない。
少女の服装を見たザックが『み、巫女服?』と呟いてたから、彼女の着ている上衣が白で下衣が赤の着物がそうなんだろう。
「うふふふふ。面白いお方ですね。初めまして、私は詩織・メディウム・クゥィニスです」
彼女から目を離せない。吸い寄せられるように、半ば幽鬼のような足取りで詩織さんに歩み寄る。
白魚のような手を差し出され、僕はつい片膝をつき、差し出された手の甲に接吻してしまった。
「姫っ……私の名はアルフレ…ぐへっー」
僕が名前を言いかけたところで、我が姫君との間に入った影が姫を抱き寄せ、僕を足蹴にして宣言する。
「何、俺の嫁の詩織に手ー出してんだ。このおたんこなすがぁ!」
それが僕、アルフレッドと詩織姫との運命の出会いだった。
感想とかお待ちしています。