第二話 ホリデー♪ ホリデー♪ 今日もホリデー♪ 俺の陽気なホリデー♪
毎日更新は無理そうですが、お楽しみいただければ幸いです。
お久しぶりです、前回イッキに1000年とばしましたが、長命なエルフや魔族には1000年数代で済みますが、人族にとっては下手したら20代くらい代わる。
だから色々あります。人は時間が経てば辛い事も薄れて、愚行を繰り返してしまいがち
モノの単位。1セチ(1センチ)、1メド(1メートル) オリジナル単位ってほど変えてませんけど念のために。
訂正:すいませんアルの誕生日に何月か入れ忘れてました。
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タッタッタッタッタッタッタッタッ……軽い足音が長い回廊にこだまする。
ああぁ………これは夢を見ているのだと気付いた。
何故なら、ものすごく高い天井、等間隔に扉が並ぶ右側の壁、テラスのような左側窓際の手すり、何もかもが今の僕には高く感じられた。
今の自分の視線が低いのだ。成人男性なら見える中庭も、ガラスの無い窓枠でしかなく外側を窺い知ることができない。
いい天気であろうことがわかる明かりが差し込んできている。
視線の高さから4,5歳頃だろう。10歳まですごした懐かしい僕の故郷であり居場所だった王宮。
もう戻ることも無いだろう懐かしい王宮にある回廊だった。
この頃の僕は、足しげく10以上も年の離れた兄の下へ通っていた。
優しく聡明で身体が弱く自室に篭り気味だった大好きな兄の下へ僕の足は進んでいく。今はいない優しい兄の下へ。
僕の名はアルフレッド・ノルディ・ミレニア。ミレニア王である父とノルディ公爵家次女の母との間に生まれた、元第二王子。
バタンッ………大きな音をあげて僕は、王宮奥の居住区の兄の部屋に飛び込んだ。
「にいたん、にいたん。おはよう!!」
「アルフレッド様。何度も言うように兄上様と呼ばれませ。でなければ公の場で恥をかかれるますよ」
この頃の僕は兄のことを【にいたん】と呼び、侍女長のマリアによくしかられていた。
「まぁいいじゃないかマリア。俺の部屋なんだし。おはよう、アル。今日も元気だね」
「………はぁぁぁぁっ。ガリウス様には敵いませんね。ふっふっ、わかりました。お茶の用意をしてきますね」
と、言い部屋を辞するマリア。部屋には兄と僕の二人だけ。
いつものよう兄のとりなしに侍女長のマリアが、嘆息をし苦笑して諦め、お茶の用意の為辞去し、兄の挨拶で一日が始まるのだ。
兄の名前はガリウス・フォノス・ミレニア。フォノス公爵家の母を持つ腹違いの兄にして、王位継承権第1位。つまり次期国王様ってやつだ。
「にいたん。またやっているの?」
兄は寝ても冷めても戦略シュミレーションが好きだ。
毎日通う僕もそうだが良く続くものだと感心してしまうくらい。
広いリビングの大きなテーブルの上に世界地図を広げ複数の駒を駆使して、戦局の移り代わりを模索し敵勢力の討伐に傾注している。
兄が率いるミレニヤ王国の2個師団と複数の周辺同盟国からなる50万が味方勢力。
駒は2セチ×4セチの木製の板に20万とか10万とか兵力数を書き込まれている。
他には【飛行艇】を模した板もあった。
俺達の爺さん、前国王は王城の近くの秘密ドックで、【飛行艇】を同盟国に秘密で修復していた。
ミレニア王国各地の古代魔術文明【エンフィート】の遺跡から発見された、【飛行艇】の残骸と異世界人たちの英知を加味して、爺さんの遺業を引き継いでいる。
在位中に完成はしなかったが、近々試験飛行を行えるそうだ。
テーブルの上の世界地図。僕らの国がある大陸の北から中央辺りを歪な楕円状枠が囲んでいる。
継ぎ目も出入りする為の門すらない城壁…通称【魔王の壁】に囲まれた【魔国】内には兵数が書かれていない板が置いてある。
そう、兄上の【仮想敵国】はいつも【魔国】だった。【魔国】の兵力は未だ確認されておらず、無記名のままだ。
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【魔国】………有史以来、人族を脅かす最大勢力。
世界地図の3分の一を長大な城壁【魔王の壁】で囲い込み、幅100キロメドに及ぶ【緩衝地帯】を事実上の国境線として、周辺各国に今尚威圧し続ける、巨大国家。
正式名称は【魔族を主体とする多種族・諸部族を統合した連合国】
………恥ずかしながら、この頃の僕は教育係の爺やからそう教わっていたので、それを鵜呑みにして信じていた。
魔族が支配層を占め、配下に各種の魔物、人族・エルフ・ドワーフ等の亜人種を隷属した絶対王権国家と、この頃の人族勢力には思われていた。
最近、【魔国】を出国して諸国放浪する魔族の末裔、【新魔族】の人と知り合った。
【魔国】について質問した折に、正式名称が間違っていたのを聞かされた。
本当の正式名称は【皇魔帝と愉快な仲間達の国】という妙にほのぼのとした、実情にそぐわない国名だった。
良くも悪くも僕らは【魔国】や魔族について知らなすぎた。
僕らが魔国について無知なのは仕方の無いことだった。何故なら記録として辿れる文献に、政治形式、及び民族構成、国家成立年等の情報が圧倒的に不足していた。
【情報こそが敵を知り己を知る】唯一無二の絶対原則なのだから、それが不足しているなら補えばいいのだが、事は簡単ではない。
彼らが人族の前に姿を現したのはおよそ1万2千年前、人族領域に侵略し始めたのが最初のことだったらしい。
【皇魔帝】についての記述は皆無といってよく、【魔国】最後の【魔王】にして、【魔王の壁】を創り上げた実力の持ち主。
【魔法王国での寝取り魔】、【邪神ダイス】に封印されたことぐらいだろうか。
今の【魔国】内の主要民族【新魔族】の中に、【皇魔帝】を直接目にした者はいない。
【魔国】の歴史書に【皇魔帝】が、いかに偉大で素晴らしい人物だったか、ベタ褒め状態で綴られているらしい。
【魔国】の教育機関【魔国魔術技能向上学園】採用の教科書に、必ず掲載される人物。
それだけに詳細不明なのがどこかおかしい。まるで意図的に隠しているのでは?と思うのだが考えすぎだろう。
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【大崩壊】以前を【紀元前】、以後を【紀元後】とした各国共通の年号が使われ始める。
人族勢力圏の各国では元来独自の歴史認識を歩んできたわけだが、【大崩壊】以後の世界では情報の共有や協力関係の構築が、急務とされた。
かっての栄光を取り戻す為の手段として、積極的に交流することで各国は急激に再興できた、といっていい。
その中でも共通の歴史認識を持つ、と言う観点から世界共通の【年号】が採用されたのは無理からぬ事だった。
【紀元後】300年、【魔国】以外の国々は再興を果たした。
もちろん紀元前以前と同等とまでいかなかったが、辛うじて【国】としての体裁を取れるぐらいには回復していた時代。
この頃、立ち直った人々は意外な事実と問題に直面していた、【資源の枯渇】だ。
人族側勢力に【大崩壊】として記録される、いわゆる【ダイスの霍乱】以前の大陸各地には、多種様々な動物・魔物が生育していた。
しかし、復興途上に行われた資源確保の為の探索行でも、これら動物・魔物系の資源採取や狩猟は芳しくなかった。絶対的な生育数の減少も見られた。
それだけでなく、地殻変動により多くの鉱山が壊滅、或いは鉱脈が移動し枯渇したことで、各国は慢性的な資源不足に陥っていた。
だが、救いの神はどこにでもいるものだ。朗報は意外なところからきた。
発端は大陸以南西の外れ、大国【ロブス帝国】以南にある小国の港に、大小数隻からなる商船団が訪れたことから始まる。
【越後のちりめん問屋】が率いる商船団である。
【越後のちりめん問屋】………今日の世界各国で聞かぬものはいない、大商店の屋号である。
商船団は【魔王の壁】により大陸中央で東西に分断され、長らく交易が途絶えていた大陸極東の列島国家、【倭の国】から訪れた。
この【越後のちりめん問屋】の商品を買い付け、彼らに水と食料を提供した商人から【魔王の壁】の向こう側の情報が小国を通じて【ロブス帝国】に届いた。
そこは鉱物資源が手付かずで残り、動植物関連の資源も豊富。【皇魔帝】封印後、【魔国】主力軍であった【近衛軍】も姿を消している、という情報である。
この何とも疑わしい情報について人々は懐疑的だった。
そもそも、情報提供先が胡散臭すぎる。【倭国】に流れてきた【魔国】の【冒険者】から聞いた、というのだ。
とはいえ、この事がどういう流れで進んだのか…数年後には、大陸西側にて列強【ロブス帝国】と同盟国の【ロモーク王国】主導の下、周辺数十カ国が連合を組み【魔国】に対して反抗作戦が実行された。
【第一次魔法王国奪還戦役】である。
建前上は紀元前300年頃、【魔国】に不当に併合された【ミレニア魔法王国】の王位継承者を始祖に持つ【ロモーク王国】国王を旗頭に結集した。
先祖の無念と後継たる自身の正等な権利回復の為だ、と諸国を説き伏せて実行された、ことになっている。
実情は【皇魔帝】と主力の【近衛軍】が不在で弱体化した、【魔国】に難癖をつけ、武力に物を言わせ領土割譲を迫る、腹積もりだった。
紀元後310年。連合各国はより周到な準備と保険の為に、【ロブス帝国】より齎された【勇者召喚儀式マニュアル】に基づき、それぞれ奴隷100人を生贄に【勇者召喚】が実行された。
そのうち、12の国が召喚場所だった王城が壊滅した他は、格別の支障も無く65の国で男18名+女47名が無事召喚された。
ほとんどが10代の少年少女で皆の特徴は似通っていた……黒髪で黒目、黄身がかった肌で出身国が【日本】だった。
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なお、召喚失敗国の王城が壊滅した理由については、吟遊詩人の持ち唄【アステカ王の英断】で詳しく語られている。
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これら65名の勇者が唯々諾々(いいだくだく)と連合王国の作戦に従ったには理由がある。
ロブス帝国の【勇者召喚術式】には、【隷属呪】が仕組まれていた。
自由意志はあるもの一切の反逆行為はとれなかったのが一つ。
もう一つは作戦参加の条件に帰還術式での元世界への帰還が盛り込まれていたことだろう。
見も知らぬ頼るべき存在の無い異世界に一人きりでは、そもそも選択肢など存在しないのだが。
彼ら勇者達は召喚の際に様々な【固有スキル】と、身体的に【ハコニワ】世界の住人達より精強な肉体を保持していた。
中には、この世代特有の病…【中二病】的思考で、【異世界を観光】を楽しむ猛者や、元世界ではタブー視されていた【殺し】を実行できる喜びに震えていた者もいただろう。
彼ら勇者を主力に連合各国から集められた精鋭部隊、そして屈強な傭兵と多彩な技術を持つ冒険者により、総計50万にも上る部隊が一路北に進路をとり進軍を開始した。
彼らを【魔国】との緩衝地帯際まで運んだのは、古代魔法文明中期に大陸全土に張り巡らされた、と伝えられている【鉄道網】であった。
【大崩壊】によって数箇所断裂するも、辛うじて緩衝地帯際まで行けるルートがあったことが幸いした。
兵員輸送は滞りなく進み、馬車や徒歩による移動で戦闘以外で無駄に消費されること無く、大量の糧食を前線の砦へと届けた。
だが、連合軍の苦難はここから始まった。
そもそもの最初に攻略しなければならない【魔王の壁】に到達することすら敵わず、徒に月日が浪費され糧食も消費されていった。
首脳部は魔国軍との決戦の為、後方に温存していた勇者を前面に押し上げ、戦場停滞の打開と戦意高揚を図った。
ところで、緩衝地帯は平原でもなく野原でもない。鬱蒼とした森林地帯が【魔王の壁】までのおよそ100キロメドを占めていた。
戦意高揚を図った作戦の失敗により、連合国軍はより困難な局面へと突入した。
魔族側からの降服勧告を蹴った大国2国は、魔族側の広域術式魔法【日照り】により消滅した。
この魔術の威力に恐れをなした各国と魔国の間で【相互不可侵条約】が締結され、【第1次魔法王国奪還作戦】は連合国軍の被害多数で終結した。
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消滅した二国があった場所は、今は海のような巨大な湖へと姿を変えている。
魔物が湧く【魔の領域】として、周辺各国には周知され冒険者達の格好の狩場となっている。
ロモーク王国のその後については、僕の祖国の宝物殿の【魔法の収納文箱】に納められている、ロモーク王国兵の手記【今日も陽気なホリデー】に詳しく書かれていた。
少なくとも兵士の人(氏名不明)の男性A(仮)さんは、ロモーク王国だった場所にできた大穴の底で人間として30年は生きたらしい。
小さい頃はその手記の冒頭が、楽しい唄の様だったのでよく口ずさんでいた。たしか………
『♪ホリデー、ホリデー♪今日も陽気なホリデー♪俺の陽気なホリデー♪今日は何が掘れるかな?~』
てな感じで。ホント、始まりは楽しそうなのに内容が、今思い出すと十分に下品で深刻な内容だった。
要約するとこうだ。本国に強制転移させられた将兵達は、久しぶりの家族との再会を果たした。
しかし、一晩経つと周囲の状況は激変していた。夜を共にした家族、友人、恋人、遊郭の女達、娼婦、城詰めの侍女、王族の后・王女等……が消えた。
文字通り視界には見えなかった。それどころかAさん達男達の衣服は貫頭衣一枚だけ。一枚の布地に頭が出る穴を空けて、横を紐で縛っただけ、ってやつ。
住んでいた住居、遠くに見えた街の中心に聳えていた城。それどころか町・街全体の建物や基礎、森林等植物、動物・魔物、そして地面そのものがゴッソリ消滅した。
Aさんが立っている場所は、見上げても届きそうに無いほどの崖に囲まれた、大きな穴の底面。
自分の周囲には、まばらに同じ服装の美少女やむさ苦しいオッサンが、茫然自失でつ立っているのが見渡せた。
とりあえず近くにいた好みの美少女に話しかけたAさんは、意外な声を聞いた。なんと美少女の声は近所に住む親父の声そっくりだった。
美少女と二人詳しく話し合っていると【皇魔帝】の魔法の狙いが見えてきた。
ここから彼、ロモーク兵Aの独白めいた手記内容が続きく。
古文書からの知識の応用や考察が書かれている。
【魔法王国の寝取り魔】にヒントがあった。
【ミレニア魔法王国】を陥落させた魔族軍を慰撫する為、【皇魔帝】は自らミレニア城に足を運んだ。
【皇魔帝】は王城の謁見の間にて王に連なるものたち、王の因子(DNA)を持つ国内の女性限定で召喚魔法を使い、呼び寄せた。
それら女性達の容姿、年齢、経歴等をスキル【鑑定】の神バージョン【神美眼】によって見抜き、えり好んだ。
特に気に入った美女・美少女は手元に引き寄せ、妊娠できぬ老齢の老女は[むさ苦しい男]になる呪いを受け姿を変えた。
そして自身の髪の毛と魔力を代償に、自身の分身体を創り出した【皇魔帝】は、それぞれの分身体に氏名を授け残った女性達を下賜した。
【精神と時の狭間】という亜空間に自身と分身、数百人の女達と篭った。
数刻後、姿を現した彼女達の様子は激変していた。あれほど、己の処遇に悲嘆し【皇魔帝】に嬲られる、と恐怖の余り失禁、或いはサメザメと泣くばかりだった彼女達。
それが、この数刻で母親となっていた。自身の腕にわが子を抱く者もいれば、腹部を大きくさせパートナーである男に寄り添うもの等々………
【精神と時の狭間】は、その名が示すとおり時空に関する亜空間である。中での1年間が外では1時間にすぎないのだ。
だから、彼女達は亜空間で【皇魔帝】とあてがわれた分身達をパートナーとして、数年暮らしたことで打ち解け皆母親になったのだ。
彼女達は一様に幸せそうだった。王妃や妻、婚約者を寝取られた王や皇太子、第二王子達以下は号泣にむせび泣いたらしい。
本当のところは彼女達を満足させられなかった自分を卑下し、彼女達を満足させた【皇魔帝】+分身ズに対する怨嗟の声だったかもしれない。
この話は【越後のちりめん問屋】経由でロモーク王国で売られていた、『皇魔帝の淫業』という発禁ものの裏本を、偶然A氏が読んでいた為に知りえたのだ。
とにもかくにも自分達は国土の資源は悉く【皇魔帝】に奪われ、女達も攫われた。
あの[むさ苦しい男達]は、子を産めない老齢の女性達であり、自分達はむさい容姿のものほど美少女に見える【幻覚魔法】がかけられている、というわけだ。
親父は俺に似てっていうか親父に似て俺も美男子fではない。親父からは俺が美少女に見えるらしく、年甲斐もなくあられもない美少女に話しかけられドキドキしたそうだ。
声を聞くと息子の俺だったことで、現実のつらさに【邪神ダイス】を罵ろうと思ったらしい。
さて、時間が経つと美少女姿の俺達は飢えた狼である、美少女(中身むさい男)に襲われる貞操の危機ってわけだ。
何となくだが【皇魔帝】はまだ仕掛けてそうだ。そう妙に性欲が高まりムラムラする現状はどうだ。
目の前の美少女(中身自分の親父)が妙に美味しそうで、食指がそそられるような気がする。
俺達二人は互いにハグし合い、直後『おえっーーー』と吐き気と共に現実に引き戻された。
やべぇーって。これ、まじやべーーよ。俺は親父と協議の末ハンティングすることに決めた。
この欲望が噴出さぬ間に、むさい男(中身老齢の淑女(笑))を囲い込むのだ。見た目はアレでも【女】に違いないのだから。
あれから30年が経った。むさい男が【女性】である確立は半々だったが、親父と共に複数囲い込み堀に掘りまくった。
何故かって?だってなぁ、もしかしたら子供が生める奴がいるかもしれないからだ。だがいるにはいたものの俺達のもくろみは脆くも崩れさる。
男しか生まれないのだ。美少女に見える男児を量産できただけだ。まぁ容姿が美少女だから掘るには丁度良かったがな。
しかし、あれほどいたむさい男(中身淑女)は、老衰の為先に逝った。まぁ、酷使しすぎたのも体に堪えたのかも知れねぇけど。
これで、俺達のロモークの行く末は決定されたようなものだ。後は死ぬまで狩られる前に狩り、穴を掘り続けるのさ欲望のままにな。
ホリデー、ホリデー、今日もホリデー、俺の陽気なホリデー、今日は何が掘れるかな?歌ってでもいないと気が振れちまうぜ………
昨日は少し遠出して隠れ家から【嘆きの壁】っていう昔のと隣国の国境線だった、崖したまで行って来た。
俺の同僚兵士の仲には、崖を切り崩して隣国にまで女漁りに行こうというチャレンジャーもいたにはいたが………
崖は見た目【土】なのに【土魔法】Lv.4使いの魔法を受けつけない【物質固定】の魔法がかかっていたって落ちさ。
食料はどうしたか。最初は襲い来る同類を捕まえて掘った後、【火】魔法で焼いて食っていた。
たまに穴に落ちた動物や魔物で瀕死の奴を見つけては、捕まえて掘って料理して食う。これの繰り返し。
だが、いつかは終わりが来る。子孫を増やせない俺達は確実に滅亡への道を辿っていた。
【嘆きの壁】に近づいたのは、月に一回暦を刻む為だ。31日までは隠れ家の地面に刻み込み、一月経つと壁の根元の地面に刻み込むのだ。
もうすぐ【嘆きの壁】の根元にたどり着く、という距離に近づいたとき妙な勘が働いた。
後200メドという距離で足を止めた俺は、壁の根元近くに横たわる死体を見つめた。いや死体ではなく…いや生きている人間か。
容姿は十人並のまぁ見れる部類だ。今日はこいつを狩って穴掘りに勤しみますか。
この頃の俺は体の節々に変化が見られても環境の激変で肉体が強化されている、と思っていたんだが、とうとう見ちまった。人間が人間でなくなる瞬間を。
地面に横たわる美少女を取り囲む何か、それは穴の底で攪拌されることなく、澱み普通に視認で着るまで濃縮されたマナだった。
それが寝ている人間の体に纏わりつき、穴という穴から侵入していく様を見続けた。
やがて、マナに覆われた人族は昆虫を無理やり二足歩行させたような姿に変化し、背中の羽を開いて飛んでいった。
俺は今見た光景が何なのかについて考えてみた。
王国において俺は一兵卒に過ぎないが、常々(常々)学を身に付けようと魔法書を読みに行っていた。
まぁ高くて買えなかったんだが。
その中に『魔物の湧き方』なる書籍があり、著者は古代魔法文明【エンフィート】のレオナルド・ダ・ヴィンチとあった。
レオナルドの名前はよく魔術式開発者、或いは術式解体者として度々(度々)名前が出てくる。
しかし、【エンフィート】は少なくとも1000年以上続いた国であるにしては、初期から後期にまで名前を連ねている点から、一種の名誉職名か称号なのだろう、と思う。
まぁ著者についてはいいか。それによるとこの世界のマナ……魔術行使のための触媒、或いは燃料にあたる世界に満ち溢れる普段は見えない物質は、濃度を増すと視認できるようになる。
マナは天空の【雲海宮殿】と呼ばれる有史以来、消えたことが無い雲の塊から地上に降り注ぎ、低地へと流れていく。
大地の形状により所々に【マナ溜まり】と呼ばれる、マナが濃縮された場所ができ、そこに生物が紛れ込むと体内のマナ許容量が暴走し魔物化する、とある。
実際に【マナ溜まり】に捕獲した猪をほり込んで、経過観察した資料が添付されていた。それによるとマナ濃度により魔物化には時間の差異がある。
ここのような穴ほど溜まり易く、進行速度も速い、とあった。ははっ違いねぇ、ここのマナは特に濃い。何せ俺自身が実感している。
いつからだ?いつから俺は同類を武器無しで素手で殺せるようになったのは?見てみろよ、この俺のこの体。あの昆虫魔物の甲殻ような鎧をいつ着た?あぁ…分かっている。
俺は冷静だ。人間だったことを覚えている。覚えてはいるが、いつから人間が美味そうな飯に見え出した?俺はいつから人殺しに何も感じなくなったんだ?
あああぁ………そういえば親父は死んだんじゃなくて俺が生きたまま食い殺したんだったなぁ………ババァ達も息子達も全て俺が食ったんだ。あれは美味かった。
さぁ、今日もホリデー、明日もホリデー、俺の陽気なホリデー。今日は何が掘れるかな?穴という穴を掘りつくしてから、生きたまま噛み砕く感触がたまらねぇー
この後は、延々と【食人】についての考察やどこの部分が美味でどこが固い、といった内容が綴られている。
人間が狂気に染まりながらも、理性的に自分を分析し魔物の生態について述べている書籍はまず無い。御先祖様が文箱に入れ厳重に保管するはずだ。
内容を公表するには、正気が保てなくなる。正気を保つ為に歌うんだったな。♪ホリデー♪ホリデー♪今日も陽気なホリデー♪今日は何が掘れるかな~♪
【皇魔帝】ってのは底意地の悪い、陰湿で嫌味な淫獣みたいな奴だっんだよ、きっと。
だって【日照り作戦】って【女日照り】意味だ。確かに戦役での直接的な死者こそ少ない。でも、排除した男達を魔物化させる手伝いをする。
やはり、【皇魔帝】は人間じゃ無い。人間の心が無い。魔族すら心があると感じられるのに。僕が【勇者】だったなら奴は敵だ。いや勇者じゃ無くても人族の敵だ
思い出すとヒドイ内容だった。【ホリデー】はアレを掘る日ってわけで。マリアにしかられるわけだ………ロモーク兵の末路が、もうね、なんてゆうかね………ヒドイの一言につきる。
それから、思い出したけど…マリアに『下品な唄はやめなさい!』と、よく拳骨をくらったけ………あれっ? 僕、王族なのに何気にヒドイ扱いだったような気が………
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ああっ話が大分それたけど、ガリウス兄上はこの【魔族】領攻略をシュミレートするのが好きだった。
というのも、魔族に対して魔法王国奪還の旗頭にされたのが、僕の祖国ミレニア王国初代国王の遠い御先祖様だったんだってさ。だから、僕も【戦役】とはあながち無関係ではないんだなぁこれが。
因縁の発端は、大陸中央で今から1400年前に栄えていた【ミレニア魔法王国】が、魔族側の電撃作戦により一夜にして陥落したことから始まる。
当時、【ミレニア魔法王国】の第3王子が、ロモーク王国に留学中で難を逃れ、偶々(たまたま)留学先の学園で恋仲だった相手が、ロモークの第2王女だったんだって。
それで所謂【できちゃった婚】で入り婿に入り、虎視眈々(こしたんたん)と魔法王国奪還のための爪を研いで、王宮内で発言力を得ようと頑張っていたらしい。
でも、存命中は奪還作戦発動の為の資金も兵力も集まらず、執念を子へ孫へと伝えて没したそうだ。
それから、だいぶ時代は下がり【大崩壊】を乗り越え往年の力を取り戻したロモーク王国の中で、ミレニア魔法王国の末裔は王として実権を握るまでに至っていた。
領土拡張の野心深い、同盟国たる大国【ロブス帝国】を抱き込み【魔国】への反抗の狼煙をあげたわけ。
つまり、兄上はその時の失敗を自分の代で何とか覆す為に、自室に篭って延々(えんえん)とシュミレーションしてたわけさ。
父上である国王から聞いたんだけど。兄上は大の爺ちゃん子で爺の妄執や妄想をよく聞かされていたそうだ。
でも現実から目を背けない自覚もあって、【魔国】攻略は現状だと、どだい無理難題だってのもわかっていた。
まず、【緩衝地帯】が攻略できなかったには訳がある。領域に踏み入れると発動する【重力魔法】が仕掛けられていて、10キロメド進むごとに1G分重くなるんだ。
最初の10キロメドはまだいい、1Gだから普通に戦闘も野営もできる。でも、10キロメドを少しでも越えると2Gとなり、自分の重さが2倍になる…………
考えてみてくれ、40kgの鎧が80kgになる様を。更に進めれば3Gに増えるんだろうなぁ。
となると最終的に壁際に立てたとして都合400kgに重さが増えた鎧を着用した兵がマトモに動けるだろうか?
いや、それ以前に2G地帯に移動した時点で確実に詰む。
それと、勇者の生き残りがこぼした【魔王の影】についても要注意だろう。
僕達が持ち得ない特別なスキル【固有スキル】所持者で、【勇者】として身体能力も優れていた勇者達。
でも、彼らはただ一人に敗北した………それが【魔王の影】と名乗る魔族だ。
総勢65名からなる勇者達が巧みな話術で翻弄されたあげく、女勇者達が異空間に生きたまま幽閉されたことに動揺し、結束力を発揮できぬままボコボコにされてしまった。
【魔王の影】が送り込んだ異空間は、【神の胃袋】という【魔皇帝】が【神】の元から盗み出してきた【神スキル】
ゲームで言うところの何でも入る袋、【アイテムBOX】や【インベントリ】と呼称されているものの上位版で、無機物だけでなく有機物・生物でさえも収納できる、正に神がかり的な万能袋である。
でも取り出せるのは所有者たる【皇魔帝】だけなので、封印解かないと閉じこめられた女勇者の方々は助けられないわけ。封印から700年ぐらい経ってるけど、生きてるのかな?
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「にいたん、またやってるぅう。でも勝てないんだよね?」
僕がこう言うときまって困った顔をよくしていた。まぁ図星指されても、幼い弟に反論するのは大人気ない行為だと、成人した兄上はわかっていたんだろう。
僕らの祖国ミレニアを含む世界の多くの国は15歳で成人とみなしている。
「うん、今のままじゃ勝てない。でも、お爺様が手がけていた【飛行艇】がもうすぐ修理できそうだし、重力魔法に関しても打開策はあるよ」
素直に現状攻略が不可能であることを認めた兄上だけど、攻略の糸口を見つけつつあった。
僕らの死んだ爺さん、先代国王ゼルス2世。
僕が生まれる前に無謀にも勇者召喚の儀式に挑み、死んだ人。最初儀式で死んだって聞いた時は【召喚魔法】が難しくて失敗して、それでって思ってたけど…そうじゃなかった。
真実は耳を疑う内容だった。【アステカ王の英断】で唄われている内容そのままの状況だったらしい
。命乞いした爺は変わりに王都の人たちの命を差し出す、なんて言ったらしい。その言葉に【チックタック】は大いに呆れ【ミレニア王国】を破壊しようとした。
王の判断が国を滅ぼす、といち早く気付いた大臣の一人が、背中から心臓を一突きで刺し殺した、ってのが真相だった。
爺が死ななかったら、ロブス帝国やロモーク王国の二の舞だったことを聞かされ、身内を殺された怒りよりも祖国存亡の危機を救った勇者に、感謝しても感謝しきれない思いがこみ上げてきた。
でも、彼。今も王城の地下の牢屋に囚われてるんだろうなぁ。
ウチの爺さんが残した手記には、自分がダイス神の転生者だとか、本当の悪は神で俺は悪くない、全部操られて神罰として下等生物を抹殺した、だとか妄想にとりつかれた狂人ぷりで引いた。
でも、牢屋にいる元大臣も《私は神に選ばれた》とか《神の御使いに直々(じきじき)に依頼された》だとか、気が振れていたけどね。
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兄上が取り出したのは、【越後のちりめん問屋】が、大陸各地の冒険者ギルドに卸している、【冒険者の証】と呼称されている腕輪型魔道具だった。
どういう仕組みかは未だに分からないけど、使い方はいたって簡単。左右どちらでもいいので手首に通して自分の血を一滴、腕輪に付いている【魔石】に垂らすと登録完了で脱着不可能になる。
でも、手首とは非接触状態で腕輪の内側の肌は洗浄できる。魔剣で斬りつけられても傷一つ付かず割と頑丈だ。色は色々あり好きな色の腕輪を選ばせてくれる。
腕輪の機能は自分のステータス状態が安易に確認ができることだ。昔は教会や神殿の司祭や巫女さんに、高い寄付金を渡して見せてもらっていたらしい。
でも今は【冒険者の証】の方が便利なので、冒険者の愛用者は多い
で、兄上はこの腕輪のもう一つの機能を解明したらしい。それは自分を中心とした半径1メド半、直径3メドの空間に結界を張る仕様だ。
もちろん、足元は平面状になっていて地面が抉れることはない。この結界が重力魔法等の外的魔法の影響を遮断できることがわかった。
さすが兄上冴えてるぅ。確かにこれは使える機能だ。今の仲間にも教えて重宝している。そう今の僕は冒険者をしていて仲間とパーティーを組んでいる。
そして兄上は修理の終った飛行艇に【冒険者の証】を装着した軍隊を満載して、【魔王の壁】を越えて【魔国】を攻略するんだ、と言っていた。
テーブルの上に広げた地図に飛行艇らしき駒で【魔王の壁】を越えさせて自信満々に語る様は幼いながらに頼もしく感じた。
でも、パーティーの仲間に新魔族オーグ属の侍職の奴がいるんだけど、彼に聞いた【魔王の壁】内側に温存している兵器がやばすぎる。
そして今も僕らの頭上にあるらしい、【えいせい】っていうゴーレムが逐一【魔国】以南を監視していて、情報を【魔国軍司令室】に送っているらしいから無理っぽい。
幼い僕は兄がゲームに夢中になるのを見て退屈したらしく、また唄っていた『♪ホリデー♪ホリデー♪今日は陽気なホリデー♪……』そして、侍女長に拳骨を頭上に落とされた。
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「いってぇぇーーーーーーーもう痛いよマリア。ひどいよ」
「誰がマリアだニャン。また寝言で唄ってたし、昔の夢見てたアルはガキだニャン」
僕は眠気眼を擦りながら、横になって寝ていた身体を起こした。頭はまだジンジン痛む。痛みで意識が強制的に目覚めた。
そうだ、3時間ごとに交代し、外敵を警戒する番がまわって来たんだな。
僕を乱暴にたたき起こした、「ニャンニャン」言ってる人は、獣人で小猫族のシャル・手家。僕らは【シャル】と呼んでいる。
極東の島国【倭の国】で主に着られている民族衣装、【着物】の丈が短い子供用の下に木綿布の帯で裸身の大事な部分を補強している。
前に水浴びを覗いたけど、補強する意味が無いほど真っ平で洗濯板だった…………イタッッッッッーーー。
戦闘のとき愛用している、魔法と相性のいい金属ミスリル製のバトルファンを畳んだ状態で尻を叩かれた。この痛みは絶対、痣になっているよぉーーーー
「また、失礼なこと考えてたニャン」
どうも僕は考えていることが表情に出るらしく、度々(たびたび)制裁を受けていた。
でも、元来の体力の回復スピードの速さから大したことにはならないんだけどね。この僕の体質は【冒険者の証】で表示できるステータス表には、出ない要素だ。
生命力は誕生したときから高くって、、魔法の属性素養が【闇】を除く五つもあったから一時は、【勇者】じゃないかと思われていたけど、一向に称号がでないから違うんだろうね。
「ふふふっ…シャル殿とアル殿のいつもの風景でござるな。まるで、仲の良い兄妹のようでござる」
僕の後ろから「ござる、ござる」と言いながら、歩いてきたのは【魔国】出身の冒険者で職業が【侍】Lv.6のザンザック・鈴木だ。通称はザック。
「ザックもあたしのこと幼いって思ってるんだニャン…」
ザックに対してはシャルはしおらしい、というか顔を赤くして少し怒っているけど、僕みたいに制裁はされない。
ザックは【新魔族オーグ属】でLv.30で、123歳。アイテムBOXのスキル持ちで僕らのパーティーに欠かせない存在だ。
生前は主に侍系アニメのコスプレイヤーでアラフォ-の魔術師(笑)だったらしい。今は本当に魔法を使えるねぇ。
対してシャルは【小猫族】でLv.20、職業【巫女戦士】Lv.4…………生前は花も恥らう乙女16歳女子高生。でも今現在の彼女は御年87歳。
一応彼女の方が年下なので、里の教育方針で目上は敬わなければならないんだそうだ。
【新魔族】の平均寿命は200歳前後。
普通の獣人族が150歳前後だとして、人族の1,5倍と考えるとシャルは人間換算で58歳。十分おばさんで、もしかしたら婆………
「アル………これ以上不埒な事考え続けるなら、温厚な私でも……フッ、シャーー」
おっと、危ない危ない。シャルの本気モードは死ぬるーーー
アルはシャルから逃げ出した………シャルに回り込まれた。シャルの攻撃。ゴスンッ!!…痛撃の一打をくらった。HP-24P。♪チャラチャラ~♪ラ~ラー。
勇者アルフレッドよ、死んでしまうとは何事か………ってなことになりかねない。ここはジャンピング土下座で平謝りの作戦決行。
アルの必死すぎる土下座とザックのとりなしにより、命の危機は過ぎ去った。だがアルよ、二度あることは三度ある。油断するな。
【小猫族】は獣人の中では小柄な部族で、成人しても人族の子供ぐらいの身長、140セチぐらいしかない。
容姿は基本、猫耳が付いた人族の子供と変わらない。成人しても幼い容姿のまま死ぬまで変わらないらしい。
巷では男性は【合法ショタ】女性は【合法ロリ】と珍重かつ垂涎と羨望の的で、ショタ好きのお姉さんやロリ好きの大きな子供、またはケモナーによく狙われているらしい。
でも、【小猫族】自体ほとんど見かけないんだけどね。
「アルは仕方が無いなぁ………でも、羨ましすぎ~シャル直々(じきじき)のお仕置き。ご褒美だろ普通。美少女からの折檻は…………ハァハァハァッ」
逃げている僕の横から声がかけられる。しかも、内容が変態的だ。
彼はシャルと一緒に夜番をしていた、【小猫族】の近くのエルフ族の集落に住んでいた、幼馴染のエルネスト・バグワイナー御年246歳だ。通称はエル。
Lv.30で【狩人】Lv.6 生前は有名商社の企業家で趣味は、魔法少女系アニメの鑑賞と週4のSMクラブ通いだそうだ。
ロリコンでケモナーでM男という、重い十字架を心に背負う、エルフエルフした美青年だ。
エルフの平均寿命は500歳以上らしいんで人間換算だと、よくわかんない。
容姿が容姿だけに性癖が非常に残念な美青年だ。シャルが今より小さな小猫だった頃、『エルのお嫁さんになるっ!』って告白されたそうだ。
でも、生前の信条に【いえす!ロリータのーたっち】というのがあったそうで、泣く泣く断ったそうだ。
この話をした時にエルは血の涙を流していたっけ………
それをこじらせたのかどうか知らないけど、シャルが【小猫族】一族の使命で里を出たとき、心のうちの思いをひた隠しにし、【幼馴染】として同行しているそうだ。
周りから見ればエルのシャルに対する態度は明白で、シャル自身も気付いているぽい。
単に照れくさくってお互い素直になれないまま、ズルズル今の関係を引きずってるんだろう。
「…うるさいぞ!!小娘共………おちおち寝てもおれんとは…ふぅーー」
野太い声が野営しているテントの中から聞こえ、ずんぐりムックリしたビア樽体型をした体を左右に揺すりながら現れた。
彼は【ドワーフ族】Lv.47【鍛冶師】Lv.5にして【戦士】Lv.6のダムズ・ダムド御年70歳。
このパーティーのリーダーで、常識ありの人なんだけど、趣味が高じて言動が色々おかしい。
生前は任侠ヤクザかぶれの重度のゲーマーで、課金戦士だったそうだ。
「どたまかち割るぞ!!おんどりゃー!」
愛用している、バトルアクス(戦闘用の斧)を振り上げ息巻いている。あれ格好だけで振りだけなんだよね。
「もうっっっー………夜更かしはお肌の天敵です。彷徨える愚かな子羊たちに神の鉄槌を」
眠気眼を擦りながら、可愛らしいシスター姿の少女が玩具の叩くと〈ポコポコ〉鳴るハンマーあるでしょ?あれに似たハンマーを振り下ろす。
でも、このハンマーってシスの身長の3倍の大きさなんだよねぇ。で、それが僕達に振ってくるわけ。シスよ、いつもながら僕達殺す気ですか?
なんの予備動作もなく、すさまじい威力を発揮するだろうハンマーを僕は亡羊と眺めていた。
でも、自身の身に危機を感じたのか無意識に体が動き、腰に佩いていた刀を鞘走らせた。
名刀【備前黒龍定正】パーティー参加の折、ダムズから譲り受けた僕の愛刀。抜き出した刀をハンマーの柄に添えて横に押し出し、皆がいる場所から軌道をずらしてやる。
ハンマーは轟音を響かせ、深さ1メドの大きなクレーターを作り出し地面にめり込む。
僕は間髪入れず一足飛びにハンマーの持ち手の少女の間合いに入ると細い首筋に刃を寸止めする。
「危ないなぁ~まぁ皆こんなんで死ぬ玉じゃないけど、君それでも敬虔な神の使徒だろ?自重しろよ」
ハンマーの持ち主は御年12歳。シスター服をなびかせ大人しい容姿をした美少女。
一見深層のお嬢様然とした見かけからは想像できないほどの怪力の持ち主だ。
「でも、神様は仰ったわ。汝が為すべきことを汝が為せ、ってね。だからこれでいいの」
ひどい神様もいたものだ。こんな非常識の塊に免罪符を与えるなんて。
彼女は【光】をつかさどる女神を信奉する、この大陸一巨大な教団を有する国家【アルマレド教皇国】の司祭長。
そして目下の悩みの種。僕の妹システィーナ・ラクス・ミレニア。
通称シス。ラクス公爵家3女と父上との間の子。王位継承権第2位。ラクス公爵家の方が僕の母上の実家より【各】が上なのさ。
極度の破壊マニアでLv.30。回復職の【司祭】Lv.6でありながら、戦闘になると前衛でハンマーを振り回す猛者だ。
僕に教えてくれないけど、きっと【狂戦士】の称号持ってるんじゃないかと………
ミレニア王国からアルマレド教皇国までは、馬車で一週間、弾丸特急で5時間の工程にある。
比較的に容易に行けることから、幼少の頃から才覚を表した妹は、より高度な教育施設と世界に名だたる大図書館を擁するアルマレドに8歳の時、招致され留学していた。
そこで【神】の声を聞いて敬虔な信徒になるのならまだ良かった。
でも教皇国の大神殿に周4回のミサに出向いた折、アレに見初められた。
邪神ダイスによって封印された【皇魔帝】の力の一つ、【断罪のルシフル】と呼ばれていた武器。
邪神がなんで【光】の神の神殿に封印したのかは謎だが、【断罪のルシフル】がシスを所有者として認たのが運のつき。
今では立派な司祭長にして、【光】の神の代行者【破滅の皇女】として勇名を馳せている。駄目だろそれ………
まぁ、しかし伝説の【皇魔帝】がどれほどの人物だったのかわからないけど、【断罪のルシフル】の威力は折り紙つきで、さすがは魔王の武器だと感心させられる。
所有者であるシスは、箸よりも軽く感じるそうで手軽に扱っているが、シス以外の僕らが持ち上げようとしても全然持ち上げられないほど重い不思議なハンマーだ。
ハンマーの形状は所有者の思いのままらしく、普段は普通の金槌サイズでかさばらず持ち歩け、戦闘時に巨大ハンマーへと変化させられるそうだ。ハンマーの形はシスの趣味だ。
生前も俺のリアル妹で俺が13歳の頃、交通事故で母親と共に死に別れた享年8歳だった、らしい。
この世界で王族として相対し、前世を思い出してからは僕とパーティーを組んでくれた。
まぁ、あれには正直驚いたね。サイアス公国の姉上の部屋で再会したときシスは、
『お兄様、お久しぶりです。今世でも妹に転生できるなんて望外の極み。前世同様よろしくお願いします』
と、きたもんだ。僕は思わず『へっ!?』と答えてしまった。これはアレだと思った。僕らの家系にたまに出る病【中二病】
適当にあしらい、妹を憐れむ生暖かい視線をしたんだと思うけど、妹はこう続けた。
『何か勘違いをなさっておいでですね。私は【神託】によりお兄様が、前世でもお兄様だと教えていただいたのです』
ってな感じだ。どうも実感湧かないけど、実際に腹違いとはいえ妹なんだから扱いは変わらない。
【神託】ってのは神様からの託宣。神のお告げのほうが分かりやすい。
僕は今の冒険者の活動についてシスに話した。シスは司祭らしく【神】に祈りを奉げ新たな【神託】を得た。
僕達の旅に付き従い、真の敵を見極め打ち滅ぼしなさい、ということらしい。
【真の敵】ねぇ………魔王復活の兆しありって神託と合わせて考えると、【皇魔帝】を当てはめるのが妥当ではあるんだけどねぇ。
昔からシスは感情表現が乏しく無表情で可愛らしかったけど、数年ぶりに見る妹は一段と可愛くなった。
昔も可愛かったけど、母親に似るだろうから、将来はナイスバディーになるんだろうなぁ。僕はシスの母親の容姿を思い出していた。
今でもシャルを抜いてロリ巨乳体型の美少女だが、良からぬ感情を抱いて近づいた男達は悉く股間の大事なものを失い、オカマバーへの転職を余儀なくされている。
わが妹の将来がマジで心配だ。シスを手懐けられる男は果たしているのか?
今は物騒な言動が多い妹だけど、祖国に戻れば一国の王女でこの美少女度だ。引き手数多で縁談がくるだろう。
シスにもきっと理想の相手がいるはず…心に普通の少女の想いもあるはず………と思いたい。
僕は今は戻れないミレニアのある方角を何となく眺めた。
優しかった兄は僕が10歳の頃、豹変した。
こじらせた爺さん妄執を引継ぎ、妄想を現実へと変える為に。
【魔導師】募集の掲示の応募者から選ばれ【アブラムス】が登城した。
【アブラムス】が謁見の間に通された時、アルと戦士長のドロドを除き、他の人たちは【魅了】の魔法で、人形のような受け答えしかしなくなった。
兄のガリウスは父上や母上を尖塔に幽閉し、自ら王位に就き【魔国】攻略を宣言し各地に檄を飛ばした。
僕の言葉が届かない兄上を危惧したドロドが僕を王城から連れ出した。
妹のシスが王城にいなかったのは幸いだ。まぁ、いたら【神の代行者】として猛威を振るっていたかも?なんて思うけど。
僕達はドロドのすすめで遠国【サイアス公国】に嫁いでいた姉上を頼って出奔した。
特に僕に対して追っ手はかけられていない。王位継承権第3位の僕は左程脅威に思われていないらしい。
姉上がいうには皇太子たる義兄の国【サイアス公国】にも【魔国】攻略の為に、資金及び兵を出すように催促の手紙が届いているそうだ。
ミレニアの周辺各国にも要請の手紙が届いてるらしいけど、どの国も応じず静観………いや、ミレニアを封じ込める為に同盟関係を結び、有事に備えて戦力増強に努めているらしい。
過去の愚行を繰り返そうとしている兄上は、村八分状態ながらアブラムスを参謀に兵力増強の研究に力を入れ、資金集めの為国民に重税をかけている、という。
僕は自分が無力すぎることを嘆き、姉上に匿われて安穏とした生活を送るのを良しとしなかった。
まずは、元戦士長でサイアス公国の現騎士団長であるドルドに、【剣】技を教わり騎士団の訓練に参加した。
勇者並みの体力と魔術素養を持つ僕は、ドルドに認められるまでになったけど、それ以上の熟達を求めて、12歳のとき冒険者ギルドの門をたたいた。
そこで出逢ったのが、ダムズをリーダーとするパーティーだった。僕の後、祖国の状況を聞いて楽しくないので、姉上のところに遊びに来たシスが加わった。
募集広告に書いていた【日本語】を僕は何故かすんなり読めた。妹も理解していたらしい。
『求む!!戦士職。当方【名刀】所持。侍でもいい大きく育てよ。君の中二心に御中ー』
なんて書いてあった。この世界で【漢字】は魔術文字として、一字或いは複数の熟字で魔術の行使内容を表現する為に用いられている。
例えば【爆炎】【対消滅】【冥府回廊】というふうに。
だから、共通語である【ひらがな】【カタカナ】と魔術文字【漢字】を用いて文章にするなんて普通しない。
それが普通に読める僕達は前世を持つ【転生者】か異世界から【召喚】されたと考えるそうだ。
【御中ー】は駄洒落だそうだ。これも日本特有の文化らしい。
言葉に魂が宿る、と考える民族【日本人】僕はそれの転生者らしいけど、妹にいわれても実感が湧かない。
どうして、こういう募集にしたかを尋ねたら、至極全うな理由だった。
曰く、この世界の【神】は極度な文明の進化を阻害する為に神罰を行使している、と考える集団がいる。
彼らは【回帰教】といい【無貌の神】という顔が定かではないものの、人々の願いを聞き届けてくれる神を信仰している。
彼らの教義は《文明の過度な発達は、【主】の教えに反し神罰が下る。人々はあるべき姿に回帰するべし。》というもの。
『転生者や召喚された人々が、元知識を用いて社会構造を変化させ文明を発達させたが為に、神罰が下されたのだから転生者と召喚された人々を粛清するのは、神から我々に課せられた使命である』という考えに至った。
だから、声高々に自分の前世の素性を暴露してチート無双している者を見つけては、粛清しているそうで………そうだったのか。この世界、割と怖いわ。
僕はまだ前世を思い出せてないけど、日本語を簡単に読み理解できたことから仲間に加えられた。
あれから1年半を仲間達と過ごした。一週間後の【紅の4月】25日に僕は14歳になる。
次回は、アルの前世覚醒にしようと思います