金銀銅
目前に広がるのは広大な街。山一つが丸ごと街に呑まれてしまったかのようだ
城壁が何処までも続いていて下から農村、マーケット、豪華な邸宅、更に高く聳え立つ城壁の向こう側には大きな城が見える。まるで巨大な要塞都市のようだ。
「へぇー、ここがリオス公国か」
「クロノス様の城と同じくらいの大きさの街ですね」
「それは言いすぎだろ」
大きな門を行商人や冒険者が出入りしている。
「あそこに並べばいいのか」
「そのようですね」
門には兵士が何人か立っている
「こいつらを森に行かせればいいのに」
「ここが街の最初の防壁ならば仕方ないでしょう。こちらで言うところのガーゴイルですね」
「あいつらでかいだけじゃん」
「えぇ、なのでこいつらも数がいるだけです」
二人は顔を見合わせて笑った
「よし、止まれ!紋章もしくはスクロールを見せろ」
門番であろう兵士が門を抜ける所で話しかける
「え?何?この人たち何を言ってるの?」
「紋章とは在籍国家の国民が持つ物。スクロールは命令書ですね」
「どっちもないな……ジンさん任せた」
「えぇ、わかっております」
「おい!何をこそこそ話しているのだ!早くしろ」
ジンは着物の胸元から袋を取り出し、そこから何かを取り出した
「紋章です。長い旅をしているので古いものではありますが」
——周囲がざわつく
「そ、それはセレネの紋章!?まさか貴様ら魔物の手引きをしようとでも!?」
「あ、ミスった」
「ちょっと、ジンさん?しっかり」
「え、えぇ」
コホンと一つ咳払い
「まさかそのようなことは。セレネで生まれ剣の国に亡命し、我が身を清めたのです。私の服を見てください、剣の国に多く見られる着物でございます」
「だが、後ろの物は魔術師の外套を着ておるではないか」
「はい、生き別れになった兄を命からがら助け出したのです。今は兄も身を清め、黒ではなく白の外套に身を包んでおります」
「なるほどな……いい話じゃねぇか!気にいった、通れ通れ」
兵士は涙ぐんでいる
「ちょろい、そして流石ジンさん。本の物語を読んでいるようだ」
「さ、いきましょう」
ジンはこっちを見て舌を出して笑った
二人は農村を歩く
「皆して野菜作ってるなー」
「少しわけてもらいましょう」
手を畑の女性に振りながら近づいて行った
「ジンさん、はしゃぎすぎですよー。あ、戻ってきた」
「快くわけていただけました」
手にはニンジンが握られていた
「すっかり街にとけこんでるよな」
「そうですか?あら、美味しい」
「お、確かに美味いな。土がいいんだろうな」
「常識には欠けていても、そういった知識はありますよね」
「(元)叡智の魔王だからな」
「博識で常識がない……クロペディアさんですね」
「ん?何か言ったか?」
「いえ、何も」
暫く歩くと重そうに滑車を回す老人が一人
「じいさん、手伝おうか?」
「おぉ、頼むよ」
「これは何なんだ?」
「水門を開けるものじゃよ。ほれ、あれ」
小屋の向こうに下から上に閉まった扉が見える
「じゃあ半分くらい開ければいいか?」
「半分開けるのに3日はかかるぞ!?」
クロノスは首をならし、滑車に手をかけた
「せいっ」
滑車は物凄いスピードで回り出した
「え、ちょっ、壊れる!」
クロノスは指を滑車に当てるとギュイギュイと音を立て滑車は止まった
「これでちょうど半分だ」
水が勢いよく貯水槽に流れ出した
「あぁ、ありがとう。心臓が止まるかとおもったわぃ。しかし、お前さんすごいのぅ、街の闘技会に出る者かい?」
「闘技会?なんだ?それは」
「聖王様が催しているものじゃよ。週に一度、次は明日じゃったな。」
「闘技ってことは戦うのか?」
「うむ、何やら豪華な賞品を賭けて競い合うらしいぞ?」
「へー、見に行ってみようかな。じゃあ、行くね」
「待て、もっていけ」
老人から小さな袋がシャンと音を立てて投げられた
「いいのか?」
「賃金じゃ」
ニカッと老人は笑う
「ありがと!じゃあな」
二人は街へ向かい歩き出す。
「何をくれたんだろ?ん……?くすんだコインが7枚と綺麗なコインが2枚……飾りか?」
「それは貨幣というものですね」
「貨幣?」
「えぇ、くすんだものが銅貨。価値は3枚で先程のニンジン1本といったところでしょう。綺麗なものが銀貨。銅貨100枚分の価値です。更に、銀貨10枚分の金貨というものもあります」
「さっすがジンさん。じゃあ69本ニンジンが食える」
「正解ですがやめてください」
「え、だって美味いじゃん」
ジンはため息をついた
「貨幣というものは世界で生活するうえで重要なものです。手に入れるには貨幣に見合う労働、物品、栄誉を引き換えに渡さねばなりません。逆もしかりです」
「へー、理解したが栄誉がわからない」
「先程の話にあった闘技会のように、勝った者が貨幣を渡されるということは一番強い者に貨幣を渡すという売名行為にもなりますからね」
「売名行為?」
「名を挙げるということです。クロノス様が国を滅ぼして、私が貨幣を渡せば『国を滅ぼす者に褒美を与えるあいつすげー』となるわけです」
「なるほどなー。じゃあ貨幣で人は買えるのか?」
「はい!?」
「いや、二人旅って楽しいけどなんか寂しいじゃん」
「奴隷の売り買いはありますが……私は二人きりの方が……」
「え?なんだって?」
「な、なんでもないです」
ジンは着物の袖を使ってモジモジしている
「あはっ、ジンは可愛いやつだなー。二人きりがそんなにいいのか」
「またからかったー!」
ジンはちょっと涙ぐんで顔を真っ赤にしている
並び立つ家屋の入り口には木の看板がぶら下がり、天幕を張って商品を陳列している店、綺麗な淑女が店前で男と話し込んでいる。人と人がいきかい、活気と生気を飛ばしあう。そう、ここが——
「マーケットかぁー」
「説明っぽく言わなくても」
「いやぁ、本では読んだことあるけど見るのは初めてだから感慨深くてね」
「私は何度か来てますからね」
「え!?そうなの!?」
「えぇ、城が滅ぼされてから何度か食品を購入しに」
「なるほどね、じゃあ先輩おなしゃす!」
「なんですか?その頭湧いてそうな話し方」
「本に書いてあった」
「その書籍の内容は忘れてしまってください」
「じゃあ、とりあえず宿をとるか」
「え!?そんなっ、まだ明るいのに……ま、まぁクロノス様が望むのなら……あ、でも湯あみに時間を多めにいただいても」
「なんのことだ?宿とっとかないと拠点がなくては行動が出来ないって、魔王軍の軍師の夜叉が言ってたぞ?」
ジンはモジモジしていた体をガクッと落とした
「そ、そうですね……でわ、あちらの『月夜見亭』にしましょう」
「はーい」
扉を開けると時代が変わったかのように思えた
ジンの着物が似合いそうな慎ましやかな内装に、豪華ではないが華やかさを感じる。
「いらっしゃい。お二人で?」
「あぁ、とりあえず一晩」
ジンと同じような着物。いや、もっと派手な着物を着た女性が話しかけてきた
「でわ、階段を昇り一番奥の『松』をお使いください。そちらでよろしいですね?ジン様」
「あぁ、いつも悪いな」
「いえいえ、ご贔屓にありがとうございます」
「行きつけかよ」
「いつも遠い道を行き来してたのですから、これくらいの褒美は許してください」
屈託のない笑顔でジンは笑った
扉を横へ引くと外観からは想像できない広さの部屋がそこにあった。
部屋の中心には布団とランプがあり、端には囲炉裏ろ窯が置いてある
「物理法則無視してない?これ」
「アスティア帝国の聖王が開発した空間魔法らしいですよ?」
「へー、捻じ曲げたらどこかに行けるかな?」
「やめたほうが……」
奥にある従業員専用とある扉のノブをゆっくりと回しながら詠唱する
「アストラルゲート」
空間系上位魔法『アストラルゲート』触れた物の空間に干渉できる。
本来は別空間の存在に干渉する用途が一般的である
——ガチャ
開けるとそこには同じように扉を開けようと手を伸ばすサイドテールの少女がいた。
むぎゅっ
「いきなり入ったのは謝るけど、それドアノブじゃないから放してもらっていい?」
っ——
部屋中に悲鳴をまき散らせ少女はすごい勢いで後ずさりをした
「なんなんですの、なんなんですの!?ここを私の部屋と知って!?それよりさっきのは男性の……い、いやぁあああ」
少女は物凄い勢いで頭を左右に振っている。揺れているサイドテールが尻尾みたいで……
「なんか可愛いな」
「え……?」
少女はみるみるうちに赤くなってゆく
「そ、そんな急にそのような事を言われましても……」
「おう、悪い。邪魔したな」
「は……?」
ドアを閉めて戻ると、ジンが俯いて何やら震えている
「私ですら触れたことがないのに、私ですら触れたことがないのに、私ですら——」
「何をブツブツ言ってるんだ?」
「い、いえ、何も」
「しっかしあんな可愛い子がドア開けたらいるなんてな。初めて魔法に感謝したよ」
「っ——」
またジンは震えだす
「いっそのこと今から……しかし、相手は聖王……一筋縄では。いや、私なら1対1でなら」
「どうかしたのか?」
「なんでもないですっ!」
「そっか。じゃあマーケットにいくか!」
——
「えぇーっと、なんなんですの……?先程の男は……何か温かくて……太くて——」
……ボンッ
少女の頭から湯気が上がる
「違いますの~っ!それよりもどうやってこの部屋に!?この城の結界をこじ開けるなんてレヴィアちゃんくらいしか出来ないはずよ!?まさか……いや、思い過ごしね」
「誰か!誰かいませんの!?」
部屋に兵士が入ってくる
「いかがなさいましたでしょうか?」
「闘技会の準備を早く終わらせなさい!あと、男を一人探しなさい!着物と礼服を半分ずつ見繕った様な服装で髪が長くて釣り目の男!……端正な顔立ちの……」
「はっ!」
実力者なら探さずとも明日の闘技会には来るはずよね……私も準備いたしますか
「あと、将軍に腕慣らしの相手をせよと伝えてくださるかしら」
「はっ!」
待ってなさい……あなたも私のものにしてあげるわ……
——
「クシュンッ」
「風邪ですか?」
「魔王が風邪ひくかよ。噂でもしてるんだろ?さっきの尻尾女とか」
「尻尾?」
「頭に尻尾がはえていた」
「敵ながらお悔やみ申し上げます……」
「なんのことだ?」
「いえ、何も」
二人の両手には食料や雑貨が抱えられている。
「ちょっと買いすぎたな」
「やはり私がお持ちいたしましょうか?」
「力仕事は男がするもんだ。でもジンは力あるから半分持って」
「半分と言わず」
「いいの。それにしてもジンは細い腕ですごいな、夜叉って皆そうなのか?」
「基本は力が強いですが、私のように速さを生かすために力を殺す者もいます。」
「それで殺してるんだ……ジンをからかうのやめようかな」
「クロノス様を殴ったりしませんから!」
「そうしてくれると助かる。しかし……」
小袋を揺らすと音は鳴らない
「貨幣がない」
「金欠というやつですね」
「んー、どうすっかなー……ん?なんだあれは」
クロノスは街中に張られた大きな紙を見る
「あれは闘技大会のスクロールですね。見てみましょうか?」
「あぁ」
出場条件 マナを扱える男性
一次 ブロックごとの乱闘形式
二次 一対一
優勝者にはマーモ様と戦う権利及び、金貨50枚を与える
「これだ」
「えぇ、これですね。戦う権利……」
「そっち!?ジンは男じゃないし」
「変装します」
「そこまでしなくても……俺が出て金貨貰ってくるよ。半年は暮らせる」
「そうですね。では出場手続きをして参りますね」
「あぁ、頼む」
ジンは近くにある受付に向かって走っていった
「何をそんなに急いでいるんだ?」
こうして二人の闘技会は始まる