大気を司る者バハムート
ここはリオス北東に位置する山脈の頂上
空へ向かい伸びる大きな塔の先には黒い塊が見える
「これでは手が出せないな……」
ベルフェとベルゼが率いる軍は近衛兵の集まりだった
「どうする?ベルたちだけで戦う?」
「あぁ……そうするしかなさそうだな……」
「お待たせ」
クロノスはゲートから現れる
「クロノス!」
「クロノスさん!」
「ここにお前らか。布陣はどうなっているんだ?」
「あぁ、『あれ』がマーモの軍を引き連れて山脈まで来たんだ。2匹も相手するのは難しいと判断し、僕がゲートで転送した」
「へぇ、お前そこまでアストラルゲート使いこなしているんだな」
「慣れればそう難しくないさ。君の傍で見てきたからね」
「なるほどな。それより……布陣を乱されるということは他も……」
「そうだな。早く終わらせて他に行かないと……」
「うーん……そうだ、ベルゼ」
「はい?」
「今から転送するからルシフに加勢してくれ」
「えぇ!?」
「ルシフの所は冒険者しかいない……それにここは俺がいる」
「そうだな。『あれ』は近接戦闘には向かないしな」
「うーん、わかった。二人とも気をつけてね!」
ベルゼはゲートをくぐる
「さて、ベルがいなくなったおかげで、無様な戦い方も出来るな……」
クロノスはため息をつく
「させねぇよ、俺の大事な姫に無様な真似なんてな」
ベルフェはこっちを見たまま固まっている
「どうした?」
「そそそそそそそんな、いきなり大事だとか言われても……」
「おーい、動きがギクシャクしてるぞ?」
「いや、君のことだ。他意はないだろう」
頬を叩いて言い直す
「こらこら、綺麗な顔が台無しになるだろ」
頬に手を添える
「なっ」
「いやいや、お前の可愛さに気づけなかった自分を恨むよ。全てが終わったら……」
ベルフェは目を回しながら、頭から煙を出す
「そっ、ふぇ!あの、そのっ」
「てなわけで、お先に!」
クロノスはタラリアに触れると塔の頂上目がけ、飛びあがる
「なっ、図ったな!」
「頃合いを見て加勢してくれー!」
クロノスは黒い塊と向き合う
「いつ見ても凄いな……ただの鉱石にしか見えない。だが——」
クロノスはリフレクトレーションで自分と塊を包む
「さぁ、これで起きても大丈夫だろ?目を覚ませよ……楽しませてくれよ!」
クロノスは手の先から小さな火の玉を塊に放ると
ゲートでリフレクトレーションの外に出る
「爆ぜろ、ニブルヘイム」
指を鳴らすと、塊の傍から大きな球状に紅い爆発が膨れ上がる
グォオオオオオオオオオオオ
耐えかねて、翼を広げ一回りすると
幾つもの球体を生み出し
爆発させ、相殺した
「気分はどうだい?バハムート」
目の前には大きな黒い翼を広げた
竜の顔をした人が浮かんでいた
『ほぉ、久しいな……アーサー』
「今はクロノスだ。正直お前とセラフィム……ティターニアは後回しにしたかったんだがな」
『何故だ?』
「頭が切れる奴は苦戦する」
・・・・・・・
クッ、ハッハッハッハッハッハ
バハムートが大気を震わせ、笑う
『あんな小娘共と一緒にされるとは……貴様、暫く会わぬうちに馬鹿になったか?』
「まさか、お前こそロキなんかに手なずけられて」
『まさか……我がモルドレッド如きに手なずけられる筈がなかろう』
「じゃあ眠ってくれないか?お前とは一番戦いたくないんだ」
『馬鹿げたことを……無理やり眠りを妨げられて、何も奪わず眠れるものか』
「なら、交渉は……」
『決裂だ』
両社は後ろに飛び、一気に距離をとる
「なんだ……?クロノスは今、会話していた?バハムートは知性があるのか!?」
ベルフェは遥か上空を見上げる
クロノスは右手を伸ばす
「ライトニングノヴァ」
バハムートに向かい閃光の槍が飛ぶ
右の翼を折りたたむと槍を防ぐ
『貴様いつから小手先だけの魔術師になった?』
「敬意を込めて魔導士と呼んでほしいな」
クロノスは右手を振り払う
「タナトス」
バハムートを黒い霧が包む
「我に幻覚とは……マーリンだったか?あの小娘と同じ小細工とは……」
つまらんっ!
バハムートはその場で翼を大きく広げ旋回すると
霧が晴れる
「さっすが、そうじゃないと」
空に手を翳す
「インドラ」
空から数多の雷龍が顔を出し、バハムートに向け食らいつく
「はっ、吹き飛ばしてくれるわっ!」
翼を大きく羽ばたかせ、雷龍と押しあう
その時、クロノスが何かを呟くのが見えた
「こざかしいわっ!」
ぐるりと回りながら翼をたたみ、丸くなると
大きく翼を広げ、雷龍を吹き飛ばす
が——
目前に大きな光の剣が迫っていた
「ケラウノス、これを受け止めきれるか?」
バハムートは右腕で受け止めると
その場で押し返そうと叫ぶ
グゥァアアアアアアアッ
大きな轟音と煙を立て、バハムートは空に浮かぶ
右手を失うことと引き換えに防ぎ切った
「おぉ!マーリンでも封印止まりで、ここまでのダメージはなかっただろ?」
本気を出さなかっただけじゃ!
んんっ——しかし、バハムートは言い返す
『受けた屈辱はあやつのが上だったわ』
ほら見ろ
「あー、今頃マーリンがほくそ笑んでるわ」
『ほぉ……あやつ、まだ生きておるのか?』
「あぁ、口も体もピンピンしてたぞ?」
『なら……貴様をすり潰して噛み殺しにいくとしよう!』
バハムートが小さな石粒のようなものをばらまく
すると、それは宙に浮き
クロノスを囲む
チュインチュインチュインッ
「このマナ……まさか」
バハムートが空を噛む
ダダダダダダンッ
全ての石粒のようなものが爆発する
「あ、あれはアトモスフィア!?」
「あー、あいつの得意技だ。警戒するの忘れてた」
クロノスは後ろからもたれかかる様に抱き着く
「こら、そんなことしている場合か!」
「なら、手伝ってくれよ」
「あれの何処に割り込む隙があると!?」
「適当に」
「それに僕は空を飛ぶ術がない!あんなに遠いと最上位魔法ぐらいしか……」
「それでいい」
「はぁ!?」
「最上位魔法をぶち込んでくれよ」
「それだと君まで!」
「問題ない」
屈託のない笑顔で笑う
「ぐっ、わかった……どうなっても知らないからな!」
「心配するな」
クロノスはベルフェの頭をポンッと叩くと
空へ転移する
『生きておったか』
「少しは喜べよ」
『あぁ……貴様を消してからな!』
また、マナの塊をばらまく
クロノスは一つ一つにリフレクトレーションを施し
爆発をリンゴ大の大きさで食い止める
『なかなか……これはどうだ?』
先程の倍はあるマナをばらまき続ける
「くそっ」
クロノスはリフレクトレーションを施しつつ
間に合わないところは転移して躱す
『はっはっは、このままでは——』
バハムートの頭上に閃光の剣が現れる
『なっ、どこから』
地上を見ると、ベルフェが詠唱している
カンッ
「ケラウノス」
カンッ
「ケラウノス」
カンッ
「ケラウノス」
次々と空を割り、閃光の刃がバハムートへ向かい
落ちてくる
「ははっ、最上位の連続詠唱とはな」
クロノスは動きを止めず、賞賛を送る
『はっ、このような……アーサーほどでもないわ!』
翼を大きく羽ばたかせ、無属性の刃で剣を切り裂く
「なっ、僕のマナでは届かないのか!?」
『さて……勝負に水をさした褒美をやろう』
「まずい——」
バハムートは地上に向けて左手を翳すと
ベルフェの周囲の空気が圧縮され
弾けた……
周りにいた騎士達の肉片、見るも無残な鉄塊だけが
その場に残った
「間に合わなかったか……」
クロノスは顔をこわばらせる
『ほぉ……その反応は、あの小娘と恋仲か何かだったか?』
「は?救えなかった騎士の命を悔やんでいるんだ」
『近衛兵如きに情けをかけるとは……なら、小娘は!?』
バハムートが地上を見ると
二人に増えている——
「大丈夫~?ベルフェ~」
「あぁ、ありがとう。レヴィア」
「あと、これ」
レヴィアは白い布を渡す
「これはなんだい?」
「フレイヤの羽衣~」
「何故君が!?」
「あとね、エレメンタルの連続詠唱を今のベルフェなら使えると思うよ?」
レヴィアは真剣に見つめる
「は?試したことはないが……何か起こるのかい?」
「既に知っている筈~」
そういうとレヴィアはゲートを開く
「ちょ」
「では~、ぐっらっく~」
親指を立てて笑うと
ゲートの向こう側に消えた
……今、何か見えたような
羽衣を纏うと空へ飛ぶ
「待たせたね」
「まったくだ。って……なんでそれが」
「あー……」
さっきゲートの向こうに、椅子に縛られた少女が……
「いや、きっとアルスからの贈り物だ」
「そうか、いけるか?」
「あぁ」
『アーサー……いつから一対一で勝負をしなくなった?』
「俺はもう背負うことをやめたんだ……共に隣で歩く。それに、そこまで強いんだ。文句を言うとは空の王者らしからぬ姿だな」
『ぬかせ、所詮人の子。静寂な虫けらがどれほどいようがかまわん』
「クロノス……時間を稼いでくれないかい?」
「お前を守り切ればいいのか?」
「あぁ、たのめるかい?」
「何かやる気だな……わかった!任せろ」
バハムートがマナをばらまき始める
クロノスは右手を前に伸ばし、左手でつかむと
包み込むようにリフレクトレーションをはる
「確か……始まりは土……」
カンッ
ケリュケイオンを回し足元を叩くと
茶色の魔法陣が現れる
「土は雷を食らい……」
カンッ
魔法陣が黄色くなり少し大きくなり
「雷は水を呑み……」
水色に、
「水は火を包み……」
赤く、
「火は風で舞い上がり……」
緑色に、
「風は大地を無に帰す!」
カンッ
魔法陣は五色に分断され……
消えた
「失敗!?」
ダンッ
目の前で大きな爆発が起きる
「わるい、手が滑った」
クロノスの右腕からは、皮を裂き血が流れている
「クロノスッ!」
「あぁ、大丈夫だ……続けてくれ」
「それでは君が……」
「なぁに、もう手が滑ったりしないさ。それに何をやろうとしているかはわかった。下位じゃなく上位だ……確実にあいつを消せる」
「わ、わかった、ただしもう一度失敗すれば……」
「なぁ……この間は悪かった」
「は?」
「もう二度とお前を傷つけさせたりしない……くそったれな神に誓ってやる」
「まだそんなことを……あぁ、君を信じる!」
ベルフェの腕輪が光る
——全ての始まりは神樹からなんだ
誰の声だ?
——マーリン!僕にも出来たよ!
あぁ……そうか
——オン
「全ての始まりは大樹っ!」
カンッ
杖を打ち付けると、深い緑色の魔法陣が描かれる
「閃光は大樹を切り裂きっ!」
金色に、
「閃光は凍りの壁に阻まれっ!」
青白く、
「凍りの壁は爆炎にて砕かれっ!」
紅く、
「爆炎は嵐に呑まれるっ!」
五色に魔法陣が分断される
「嵐は大樹に阻まれる……全ての理は循環し、周り続ける……しかし、全ての始まりは大樹からっ!」
カンッ
魔法陣は足元を滑りバハムートの足元へゆく
『これは!?』
「もう遅い、相手が悪かったな」
クロノスが笑う
魔法陣から木の枝が伸びバハムートを縛り付ける
全方位から数多のの閃光の剣が体を突き刺す
グァアアアアアアアア
剣から冷気が溢れ、傷口を凍らせると
魔法陣から浮かび上がる幾つもの球体が
爆発する
ガッ、ガァアアアアアアア
凍っていた部分が砕け、魔法陣から射出される嵐が
バハムートの壊れかけた体を絞る
『たかが、たかが一匹の虫けらにィイイイイイイイイッ』
魔法陣の目の前に木の扉が開かれる
「今こそ全てを帰そう……マビノギオンッ!」
扉にバハムートの体がバラバラに吸い込まれてゆく
『おノれぇェエエエエエエエエエエエッ』
全てを呑みこむと扉は閉まり、消えた
「エレメンタル頂点の魔法マビノギオン。見事な封印だったぞ」
「あぁ、なんとかな」
ベルフェは息切れをしている
「しっかし、そんな小さな体で……無理しすぎだ」
「君もな」
クロノスは右腕から血を流している
「よっ、と」
クロノスはベルフェを抱えると
ゲートをくぐる
「わわっ、いきなり何をするんだ!」
マーモの隣のベッドに降ろす
「マーモもギリギリだったんだね」
「お前ほどじゃないさ、強がらずに少し休め」
クロノスはベルフェの頭を撫でる
「じゃ、またあとでな」
歩き出すクロノスの腕を掴む
「マナが枯渇している……これぐらいしかできないが」
腕を口元に運び、舌を這わせる
「つっ——」
クロノスは少し顔を赤くする
「んっ……はぁっ、これでいいだろ?」
少し悪い顔で笑う
ドサッ
クロノスは後ろから抱きかかえるようにベッドに腰掛ける
右手でベルフェの口元についた血を拭い
左手を胸元に滑り込ませる
「ひゃうっ……なっ……にを」
「今の顔を見て少し……虐めたくなってな……」
「やめっ……ひうっ」
クロノスはベルフェに口づけ、劣情のままに貪ると
ベルフェを寝かせる
「続きは終わってからだな、少し眠って待っててくれ」
「き、君は本当に……」
ベルフェは上目遣いで、頬を染めて言う
クロノスは外套を翻し歩き出す
「あぁ、俺は量より質派だ。柔らかかったぞ?」
「なっ!?この——」
投げられた枕は壁にぶつかる
「……変態……魔王め」
そしてクロノスは新たな戦場に降り立つ




