時を遡る者ウロボロス
ここはリオス公国側
アスティア山脈——
山をも取り囲むような蛇……
ウロボロスが200人もの騎士とにらみ合っている
「このままだと膠着状態から抜け出せませんわね……」
「なんだ、まだ始めてないのか?」
「クロノス!他はいいのですか?」
「あぁ、ここが一番最初だ。ガウェインは一番信頼できる騎士だったしな」
「なんのことですの?」
「いや、独り言だ。準備はいいか?マーモ」
「はいですわ」
マーモはティソーナを抜き、ブリューナクを地面に沈める
クロノスはデュランダルを抜き、鞘は腰本に収める
「ちょっと、舐めてかかってますの?」
「いや、これが俺の本来のスタイルだ」
「なにがなんやら……全軍!距離を保ち、砲撃及び魔法に徹せよ!前衛は盾を持て!」
『はっ!』
ウロボロスを囲む騎士達が円形に陣を組む
さながらコロシアムの様だ
「じゃ、飛ばすか。援護頼む」
クロノスが消えると
次の瞬間にはウロボロスの目を斬りつける
ィイイイイイイイ
ウロボロスは大きな声を上げのたうち回る
しかし、止めどなく攻撃は続く
ゲートの高速詠唱により右へ、左へ転身を繰り返し
斬りつける
「マーモ様、これでは攻撃が……」
「ちょっと、クロノスー!」
「そのままやってくれ、どうせ当たらない」
クロノスは笑顔を見せると
更にスピードを上げる
ドーム状に領域を作り出したかのように
のたうち回る巨体を斬りつける
「う、うてーっ!」
嵐、大地、大樹系統の下位魔法の刃が飛び交い
大砲、銃撃が降り注ぐ
「え?」
マーモが目を見開く
明らかに逸れた攻撃が命中している
「なんですの……?これ」
「なぁに、攻撃をスピリッツロンドに乗せて、ギリギリで軌道修正してんだよ」
クロノスがマーモの後ろから抱き着き囁く
「へぇ……そんなことが……って、なにしてますの!?」
「嫌か?」
「い、嫌じゃありませんが今は——」
「じゃあ後の楽しみにしとくわ」
クロノスはマーモの首筋に口づけ消える
「んっ、ちょ、ちょっといい加減にしてくれませんの!?だいたいクロノスは——」
チュィンッ
足元に銃撃が刺さる
「あーごめん、手元が滑った。喚いてる暇があったら集中したほうがいいぞ?」
クロノスはニヤニヤ笑う
「あんの極悪魔王……まとめて消し去ってやりますわっ」
ティソーナを天へ掲げる
頭上に大きく魔法陣を展開し、数多の銃口が顔を出す
「粉塵と化せ、エンシェントノヴァーッ!」
銃口から閃光の銃弾がレーザーの様に打ち出される
「ははっ、やればできるじゃないかっ!でも……」
ウロボロスは相変わらずのたうち回るが、傷が増えない
「確か……時間の巻き戻しだったよな……腕力も戻ってないから傷も深く抉れない……さて、どうするかな」
クロノスは笑顔で楽しむ
酔狂や道楽の類ではない
初めて玩具にふれた子供のそれだ
「クロノスー?死んでくださいましたー?」
「いやー、生きてるー」
チッ
「おいおい」
マーモは目が座ったまま第二射を構える
「エンシェントロアーッ!」
銃口から氷の弾丸が冷気を纏いながら飛び交う
着弾すると共に凍らせてゆく
「この多種多様さはいいな。ベルフェあたりか?」
「ふふっ……あはははははっ、凍れ凍れ凍れぇーっ!」
「あいつ……完全に悪役だな」
しかし……ここまで攻撃を与えても、攻撃をしてこない
ウロボロスって確か……
「マーモ!銃撃を絶やすな!全軍に告ぐ、鎧や盾、重量のある物を直ぐに手放せ!」
騎士達は頭に空白を浮かべながら、動きに遅れが出る
まずい——
ゥオロロロロロロロォッ
山一帯の時間軸がずれる
ウロボロス以外の命ある者全ての動きが鈍くなる
「あー、遅かったか」
「なんなんですのこれ!?」
クロノスはマーモを抱え、上空から見下ろす
「こいつの魔法範囲でのディレイだ。厄介なんだよなー」
「このままでは兵たちが!」
「あぁ、見過ごしたりはしないさ。マーモ、俺を信じるか?」
「えぇ、もちろんですわ!それが——」
マーモの口を塞ぐ
「答えは及第点だが、唇は満点だな」
「アナタはまたっ……」
「じゃあ、しっかり信じろ……よっ!」
「え?」
マーモは上空に向かって投げられる
「どういうことですのーーーーーっ」
クロノスは転移する
転移先はウロボロスの体内
剣を腹に突き立てると両手を広げ
外に向かい円を描くと
パチンッ
指を鳴らし、剣を抜き去ると
自分のいる空間を縦にぐるりと斬ると
そのままの勢いで鞘に収め
両手を広げレイジングフレアの同時詠唱で体を切り離す
ガッガガッガッゴォ
うめき声をあげながら切り離された巨体は
それぞれ山の端へ吹き飛ぶ
それと同時にディレイは解除され
クロノスが地面を蹴り、マーモの落下地点へ飛び
華麗に回転しながら受け止める
時間にしてこの間、わずか10秒——
「あっ……あわわわわわわわっ」
「くはっ、お前面白い顔してるぞ?」
「し、死ぬかと思いましたわ……」
マーモは青ざめた顔で震えている
「おいおい、こっからだぞ?」
「へっ、へ……?」
キョトンとしながら周りを見ると
ウロボロスの尾から頭が生え、二頭になっている
「状況悪化してませんの!?」
「いや、元々あいつは二頭の蛇が交じり合っているんだ。傷ついたらもう一頭が顔を出し、もう一頭は時を巻き戻し傷を塞ぐ」
「ということは?」
「再生の速度が半分に落ちたから、今のうちに叩きのめすぞ?」
「私も?」
「あたりまえだろ?」
「でも……腰が……」
マーモは降ろしてもらうと、足をがくがくさせて立っている
クロノスは背後に立ち、鞘ごと剣を抜くと……
ガツンッ
「ぐぇっ」
マーモの腰を打ち付ける
「何をしますのーーーーっ!」
「ほら、治ってるじゃないか」
「ほぇ?」
マーモは足元を見ると震えが止まっている
「確かに……でも、やり方というものが——」
「くるぞ?」
「ふぇ?」
二頭の蛇が上空から襲い掛かる
「あわわわわわっ」
「しっかり受け身とれよ?」
「エアリアルバレット」
天に手を伸ばし
自分を対象に嵐を巻き起こす
宙に浮いたままクロノスは両手を広げ
ライトニングノヴァの同時詠唱でウロボロスを二手に分けると
スピリッツロンドの風に乗せてマーモを飛ばす
「じゃあ、終わったら合流しよう」
「後で覚えとけですわーーーーっ」
————
ドゴォッ
半身になったとはいえ、落ちる音は凄まじい
コテンッ
「いたたたた……まったく、天然に悪意が加わるとこうも意地が悪くなりますの!?」
目の前には頭をあげ、こちらを睨むウロボロス
「さぁ、まずはアナタを消し去りますわ……」
でも、相手は冥府を司る者……
力が半減しても神格を持つ者以上
果たして……
来るっ——
ウロボロスはマーモの頭上から尾を打ち落とす
左に避けると共にブリューナクを地面に沈める
「まずは……」
ティソーナを抜くと尾に斬りつける
「っつ——硬い、ならば」
剣を当てたままトリガーを引くと爆発する
「手ごたえは……ありませんわね」
煙を振り払うと尾が真っ直ぐに構えられ
マーモを突き刺そうと降り注ぐ
それを後ろに飛びながら躱すと
「少し……時間をくれませんの?」
マーモがウィンクをすると
ウロボロスの瞳の前に銃口が現れ
マーモは左手で銃の形をとり
「バーンッ」
マーモが言葉を発すると共にウロボロスの両目が撃ち抜かれる
ィイイイイイイイイイ
「さぁ、これで攻撃は止みますわ……しかし……」
残された上位の弾丸を撃ち込んでも勝機が……
—ちゃん
他に手だてが……
マーちゃん!
「え?」
「大丈夫~?」
「レヴィちゃん!体は大丈夫ですの!?」
「うん~、クロちゃんのおかげで~」
「その恰好は?」
レヴィアは白のローブを着ている
ズルズルと引きずり……
「服破れちゃったからアルスの~」
「なるほどですわ……ところで、協力してくれますの」
レヴィアは首をかしげる
「はい?」
反対へかしげる
「ん?ん?」
やれやれと肩を落とし笑う
「いったいアナタは何をしに来ましたの!?」
「お礼を言いに~。ありがと」
「ほぇ?」
「心配してくれて~」
レヴィアはマーモの手を握ると、何かを渡す
「きっと、今のマーちゃんなら使える……はずっ」
「これは?」
顔を上げるとレヴィアはいない
「説明くらいしませんのー!?」
もはやマーモは半べそをかいている
何故か今日はいつもより扱いがひどい気がしますわ……
この金色の弾丸はいったい……
ゥオロロロロロロロロォッ
「もう復活しましたの!?こうなればやけですわ!」
ブリューナクに弾丸を装填すると
ブリューナクを地面に沈める
「へ?」
山一帯を覆うほどの金色の魔法陣が上空に現れると
数多の白銀の銃口がウロボロスに向けられる
「いやいやいやいや、この数は制御しきれませんわ」
でも、これなら……
——なぁ、知ってるか?お前の剣は一撃で戦いを治める程の……
なんなんですの?今の……
——ナーレ……
あぁ、そういうことですの……
マーモの腕輪が光りだす
「我は戦を嫌う……血を拒む……全てを混沌に変えるなら、更に全てを塗りつぶそう!」
マーモはティソーナを空へ高く掲げる
「テンペスト……フィナーレェッ!」
掲げた右腕を振り下ろす
銃口からキラキラとした光がゆっくりと撃ち出される
ウロボロスは動けずに空を見上げる
光のシャワーが降り注ぎ
ゆっくりとウロボロスの巨体を消し去ってゆく
そして光はまた、天へ登ってゆく
その様は神話を現す絵画の様だ
「これ……で、終わり……ですの……」
「おっと」
倒れるマーモをクロノスが受け止める
「少し揺れるぞ?」
「え……?」
転移するとマーモをベッドに寝かせる
「ここ……は?」
「聖王城。ゲーテ城のほうがわかりやすいか?」
ぼやける視界に映るのは
豪華な内装、光り輝く白いビロードを照らす陽光
廃墟のようなイメージとは程遠い
「あぁ、これが本来の姿だ。俺が記憶を取り戻すと共にこうなった」
「でたらめ……ですわね」
「寝てていいぞ?というか寝ろ。さっきのもう一発撃ってもらわないといけないからな」
「人使いが……荒いですわね」
「俺も疲れてるんだ、気を使ってはいられない」
「そっちは大丈夫ですの……?」
「あぁ、それなら——」
————
「悪いが、眠ったままの姫様を起こしに行かなきゃならないんでね」
クロノスはフォトンで地面にウロボロスを縛り付けている
「アストラルゲート」
巨体を空間に落とす
落とした先は……海
「ヒュプノス」
海が凍り、巨体は叩きつけられる
「ここなら使ってもいいだろう……爆炎系統最上位魔法、ニブルヘイム」
クロノスは手を翳すと小さな火の玉がウロボロス目がけ飛んでゆく
そして、クロノスは空へ飛びあがる
火の玉はウロボロスに着弾すると
地響きと共に赤い……いや、紅い空間が膨れ上がる
ドームの様に広がり、爆音だけが鳴り響く
しばらくすると、クロノスが見下ろす先は
海が球状に抉れていた
————
「で、戻ってみたら見たことある光が降り注いでいたっと」
「やっぱりクロノス……アナタと私は前世で……」
「あぁ」
「結ばれましたの……?」
「いんや、その時は違うが……今回はそうかもしれないな」
優しく微笑む
「なら……少しは頑張りますわ」
「あぁ、迎えにくるまで我儘な姫様は眠ってな」
そっと口づける
マーモは目を閉じ眠りにつく
「さて、と……次は『アイツ』か」
クロノスは外套を翻すと
ゲートをくぐり、消える
そう、この長い戦いは……
始まったばかりだ




