新たなる旅路
クロード大陸ゲーテ城中庭
廃れた城でも、ここは草花も枯れず
崩れた瓦礫から流れる光は
オペラのスポットライトと見間違うほどだ
「じゃ、はじめるねー」
アルスはクルッと回ってお辞儀する
クロノスはパチパチと小さく拍手する
「えー、私は天空都市ディオーネが聖王。アルス・シープクレイドと申します。国は塵と化し帰る場所を失くした私は、クロノス・ヨルムンガンドこと、王に忠誠を誓い、旅のお供をする事をここに約束いたします」
黒いドレスのスカートを上品に持ち上げ
美しい礼をした
「なんだか照れくさいな」
「挨拶もまだのまま、無礼を働いたことをお許しくださいませ……」
「もういいってば」
「なら、お言葉に甘えて」
クロノスが座る草の上に腰掛け、並ぶ
「で、どうする?」
「とりあえずリオスかな」
「それで?」
「月夜見亭っていういい宿があるから、そこへ泊まる」
「それから?」
「冒険者ギルドの依頼をこなす」
「うんうん、そして?」
「アスティアへ向かう」
「うん」
「山からの景色は綺麗だろうな」
「うん……」
アルスは肩にもたれかかり、目を瞑る
「それからディーチェへ向かって」
「……」
「セレネへ……聞いてるか?」
「勿論……今、想像してた」
「何を?」
「待ちわびたクロとの旅を」
「初めから知ってたのか?」
「そうだね。ジンがパンドラの箱でこっちを覗いてたからね」
「え、あいつそんなの持ってたの?」
「パンドラの箱は王家の宝具だからあるはずだよ」
「へー、どうやって見られてるって気づいたんだ?」
「湯あみをしている時に上空からマナを感じたら、それしかないよ。世界で一番高い場所にいたんだから」
「なるほどね。そういえば国は大丈夫なのか?」
「うん。神殿が再生して……階段が大地と繋ぎ、陸を切り取り、またそれに浮かぶから」
「便利だな」
「一応神様の所有物だからね」
「神ってなんでもありだな」
「だって神様だもん」
少し子供っぽく笑う
「でも……民のいない国は、国とは呼べないけどね」
「何処に行ったんだ?俺が行った時見当たらなかったが」
「オルフェで戦ったでしょ?」
「あれは天使だけど堕天した魔物——」
「ロキが殺した」
「え?」
「ロキが殺して死霊術で堕天させたの」
「あいつ本当に厄介だな」
「これだと国が再建されるのは300年後かな」
「天使はまだいるのか?」
少しいじらしく笑う
「天使っていうのはね、大気中のマナから生まれるの。勿論、人間のような繁殖も行えるけど、マナから親もなく産み落とされる翼を持つ人種」
「へー」
「驚かないんだね」
「ジン、レヴィア、神格を持つ者、六の冥府を司る者、馬鹿兄貴。もうなんでも納得できる」
「たしかにね」
「だろ?」
「じゃあ……私はなーんだ」
「んー、人間?」
「正解」
クロノスの頭を撫でる
「たまに子ども扱いするよな」
「私の方が年上だよ?お姉さんだよ?」
「あぁ、そういえばレヴィアが言ってた」
「なーんだ、知ってたのか……女の子の年齢を忘れるとはいかがなものかなー?」
「ごめん」
「よろしい」
微笑みながら、また頭を撫でる
「でも、人間だけど人間よりは強いよ?」
「どういうことだ?」
「魔法の三大系譜。治癒、死霊術、天啓……単体で国の存続に影響を与える魔法と呼ばれるもの。その天啓の加護を受けているから」
「おぉ!それについては知りたかったんだ!まさかアルスが知っているとは……運がいい」
「まさか、使役出来るようになりたいとか?」
「勿論」
「無理だと思うよ?」
「なんで?」
「天啓は神に使える者、死霊術は冥王に使える者、治癒は森を守る者っていう感じで信仰するものが違うからかな……」
「ふーん……」
「それにどんな魔法があるか、明らかになっているわけじゃないから」
「ロキは?」
「あれは私と同じで生まれつきかな」
クロノスは少し考える
「俺って王なんだろ?」
「うん」
「俺も何かないの?」
「あるよ?」
「ほんとか!?」
「お楽しみはウルスラグナを手に入れてからね?」
クロノスの鼻をちょんと、つつくと立ち上がる
「じゃあいこっか」
「あぁ、そうしよう」
二人は歩き出す
下を見れば草花の話
前を向けば木々の話
空を仰げば世界の話
たまに振り返りクロノスの過去の話
色んな他愛のない話をする
道は長くとも
時が過ぎるのは早かった
「海だー」
大陸の出口まで来ると
大きく伸びをした
「ほんとアルスって自然だよな」
「何がー?」
「他の聖王みたいに意地はったり、拗ねたり、騒いだりしないなーって」
「つまんない?」
顔を覗き込む
「いや、俺は静かな日々が好きだ」
「じゃあ……サーシャでもいいのかなー?」
「あれがなければ」
「あれも可愛いと思うよ?」
「うーん、アルスみたいなのを大人な女っていうのかな……」
「そうだねー……羊の皮を被った狼かもよ?」
「それはそれで魅力的かな」
「あら、嬉しい」
冗談交じりに笑う
「さ、海はどう渡る?」
「それ」
クロノスの履いたタラリアを指さす
「あぁ、そういうことか」
クロノスはタラリアに触れ
宙に浮かぶと、アルスを抱える
「流石クロ、話が早い」
「レヴィアもこんな感じだったから」
「そうなんだ」
「あれ、拗ねたりしないのな」
「私は浮気を認めます」
「なんだそれ」
クロノスは軽く笑うと
宙を蹴り、進み始める
「クロ!見て!」
「ん?」
アルスの視線の先を見ると
海に太陽が身をゆだね始めている
「あぁ、綺麗だな」
「ねー……」
それから二人は黙ったまま
沈みゆく陽を見つめ
大陸に降り立った
「はい、到着」
「ありがと」
「空の旅はどうでしたか?姫様」
「うん、やっぱり空のほうが気持ちいい」
クロノスは何かが引っかかる
「そういえば……オルフェで空飛んでなかったか?」
「あー……」
くるりと回るとストールの様なものを羽織る
そして……宙に浮かぶ
「フレイヤの羽衣だよ?」
「自分で飛べるなら……」
「愛する男の胸ので空を舞う方がいいの」
悪戯に微笑む
「俺も悪い気分じゃなかったしいいか」
「でしょ?」
再びくるりと周り、羽衣を消すと
クロノスの腕に抱き着く
「さ、いこ?」
「あぁ」
リオスに向かう道中は、初めてリオスに来た時の話をした
盗賊の事、貨幣の事、闘技大会のこと
マーモとの出会いの事
「マーモは相変わらず相手の力量を図るの下手だねー」
「状況判断はいいのになー」
「もし、私が一番最初に出会ってたらどうなってたかな?」
「うーん……もっと静かだったかな」
「あはは、それはあるかも。じゃあ、この旅の道筋は不正解?」
クロノスは空を仰ぐ
「正解や不正解なんて誰も知らないよ。でも、悪くないとは思ってる」
「なら……我慢した甲斐があったかな」
「何か言ったか?」
「ううん、なんでもない」
そうこうしている間に街に着く
「半日か……すんなりいくと近いな」
「そうだねー」
夜のカーテンが空に掛かり切るまで
二人は商業区を周った
初めての逢瀬を楽しむ、一国の王子と姫のように
全てのものに目を輝かせ
些細な事に驚き
ありふれた幸せを噛み締めた
「あー、満喫した!」
クロノスは大きく伸びをする
「楽しかったね」
アルスは満面の笑みを浮かべる
ここはリオス公国……月夜見亭
「で、人が風呂へ入ったら……何故一緒に入ってきた?」
「えー、いいじゃん」
艶やかな銀糸を湯に浮かべる
「一応ここは男湯なんだが?」
「あぁ、女主人に金貨を握らせて……誰もいれさせないようにした」
ニコりと笑う満面の笑みが、とても黒く見える
「はぁ……まぁ、アルスがかまわないなら……」
白濁色の水面下でアルスは絡みつく
「くっつきすぎだし、お前……何処を触っている」
「うーん、クロに触れてないと体がほてって……」
頬が薄く染まっている
「それは、湯あたりってやつだ。出るぞ」
クロノスはアルスを置いて出て行った
「後のお楽しみだね……」
アルスは唇に指を這わせ、舌なめずりをした
——
「しっかし、月が綺麗だな」
浴衣姿のクロードが窓辺に腰掛け、夜空を見上げる
部屋にはアルスの姿はない
「あいつ何処へ行ったんだ?ま、いいか。そのうち戻ってくるだろう」
クロノスは窓を閉め、部屋から出ようと扉を開ける
と——
ダンッ
いきなり扉が開き、目を塞がれ首元に短剣をあてられる
「まさか……ほんとうは敵だったとかじゃないよな?」
そのまま布団に仰向けに寝かされると
髪を靡かせ、上に跨る
「なぁ?アルス」
月明かりに照らされた陶器のような体は
反射させた光を纏っているように錯覚させた
「まさか……天地がひっくり返ってもないわ」
アルスは短剣を投げると
扉に突き刺さる
「じゃあ、なんだって——」
言葉を遮るように口を塞ぐと
熱い吐息と理性に抑え込まれていた情欲が
口の中を蠢く
段々と熱を帯びる華奢な体は
次第に身動きがとれないほど絡みつき
本能でさえも支配されてゆく
「ねぇ……救ってくれるって……いったよね?」
「……あぁ」
「私の罪は……クロを愛し、焦がれ、劣情に溺れたこと……」
指を胸元から下へ……下へと這わせる
「こんなに醜く……王の寵愛をいただく夢に溺れた私を……赦してくださいますか?」
胸元で上目遣いをする瞳は……濡れているようにも見えた
「あぁ、赦すよ。それでアルスが救われるなら」
両の腕で強く抱きしめると
心の底から湧き上がる……劣情に身を委ねた……
——
鳥の囀りと共に、目を覚ます
腕の中ではあどけない寝顔の少女が
静かに寝息を立てている
「この感情が……失くしてたものか。勿体ないな」
静かに髪を撫でると、少女は片目を開く
「あら、知っていたら他の聖王とも楽しむことが出来たと?」
「そうだな。知るってことは罪深く……とても愛おしいことだな」
「その辺りは変わらないね」
クスッと笑う
「これであと一つ……レヴィアの罪か」
「一番厄介だよ?」
「見当つかないな」
「ねぇ、私が他の男と一夜を共にしたら、どう思う?」
「ん?別になんとも」
「じゃあ、私のことは好き?」
「勿論」
少女は黙って見つめる
「そういうこと」
「どういうことだよ。答えになってないが?」
「そのうち分かるよ。それより……」
「それより?」
「もう少しだけ腕の中で眠っても?」
「あぁ、かまわないよ」
「ありがとう……二人だけの……旅も……もう…すぐ…」
少女が寝息を立てると
同じように夢の扉を静かに叩いた
次に起きた時に始まる戦いに
心を震わせながら




