第三軍『クロード』
「セレネに行かないのかい?」
ベルフェは不機嫌に問う
「あぁ、行くよ?」
クロノスはベッドに寝転がる
「まぁまぁ、お姉ちゃんもゆっくりしようよ」
ベルゼはベッドにもたれかかる
ここはクロード大陸、ゲーテ城——
「いや、なんか引っかかるんだ。気になったら行動しないとな」
「クロノスさんはいいこと言いますねー」
二人は本を読んでいる
ベルフェは頭に手をやる
「わかった、僕も手伝おう。何を調べればいい?」
本棚の前に立つ
縦に六段、横に長い本棚は見るだけで眩暈がしそうだ
「んー、六の冥府を司る者に関する本」
「はぁ!?君の城には、そんな本まであるのかい?」
「えっと、あれだよね?英雄忌憚の王が倒したっていう、伝説上の魔物」
ベルゼはクッキーを一つ頬張る
「あぁ、確かあったはずなんだよな……」
「それがどう関係あるんだい?伝説上の魔物より、神格を持つ者を倒さないと」
ベルフェはクロノスを睨む
「まぁまぁ、焦るな。セレネは最悪サーシャだっけ?が行ってくれるらしいし」
「何を悠長な!」
「これは仮説だが、少し前にアスティア……たった今リオスの方向に感じたこともないマナの反応があった。これが冥府を司る者なら?」
「なっ、大丈夫なのか!?」
「同じ方向に飛んでいったな。逃がしたんだろ」
クロノスは仰向けになり、本を開いたまま胸元に置く
「聖王軍、ましてやレヴィアまで取り逃がす相手……わかった、急いで探そう」
ベルフェは本を適当にとり、机に置いた
椅子に座ると眼鏡をかけ、読み始める
「それっぽい文章を見かけたら読み上げてくれ」
三人は黙々と読み続ける
「従者は次々と王の手を取り」
「違う」
ベルフェは本を取り換える
「幽玄の彼方に埋葬された」
「違う」
ベルフェは本を取り換える
こんなやり取りが延々と続く
「王墓に眠りし七つの神器」
「違う」
「見つかるかっ!」
ベルフェは本をクロノスに投げつける
「いたたっ……やめてくれよ。痛いだろ?」
クロノスは起き上がる
「もう何冊読んだかわからないが、手がかりなどないじゃないか」
「あったはずなんだけどなー……ベルゼはさっきから何を読んでいるんだ?」
「んー?なんかわかんないけど、おもしろいよー?聖者のメソッドって本」
ん?
「ちょっと一文読んでくれないか?」
「んーとねー、六人の司祭はそれぞれの体の一部分を捧げた。すると、祭壇に封じられた肉塊は本当の姿を——」
「それだ!」
クロノスは取り上げると読み始めた
「もー、いいとこだったのにー」
「ベル……?」
ベルフェが目の前に立つ
「え?え?お姉ちゃん?なんか怒ってない?」
ベルフェはベルゼの
頬を引っ張り、怒鳴り続ける
「おい……古文書に記されていて、確認されていない魔物の数は?」
「おおよそ……20ぐらいだな」
「おねえひゃん、いひゃいひょー」
まだ頬を引っ張られている
「その中に、ウロボロスって奴は?」
「あぁ、遡る者の事か。記されているが?」
「あたりだ」
「まさか!」
ベルフェが駆け寄り覗き込む
「遡る者、大気を司る者、次元を食む者、光を編む者、施す者、死を操る者……」
「心当たりはあるか?」
クロノスがベルフェに向くと、口元が掠る
『!?』
ベルフェが顔を真っ赤にして俯く
「あー、お姉ちゃん今クロノスさんとキスしたでしょー!」
「な、只の見間違いだ!」
「なぁ、どうなんだ?」
「君はどうしてそんなにも動じないんだー!」
「いや、キスってあれだろ?若者の言葉の接吻だろ?ベルフェとはしたことあるし」
ベルフェはプルプル震えている
「じゃあ、クロノスさん!ベルもー」
ベルゼは目を閉じて艶やかな唇を突き出す
「あぁ、いいぞ」
クロノスはベルゼの顎に手を添える
すると二人の傍で赤い眼光の黒いものが揺らめく
「いいかげんにしないか!」
二人はベルフェに、頭を本で殴られる
「お姉ちゃん痛いよー」
「ほんとだよー」
クロノスはまだふざける
「君は……一度痛い目にあったほうがよさそうだね……」
ベルフェの瞳が光ると、クロノスがベルフェを抱きしめる
「なっ!?」
「ごめん、怒ったベルフェが可愛くて……つい……な?」
耳元で囁く
「な、ななな、き、君はいつもそうやって」
するとクロノスはベルフェを離し
ベルゼの横に座り顔を見合わせ言った
『ちょろい』
ベルフェはそのままへたり込んだ
——
「なー、悪かったって。謝るから手伝ってくれよー」
「そうだよ?お姉ちゃん。悪ふざけが過ぎたのは謝るからー」
部屋の隅っこで背を向けて、ベルフェは縮こまっている
「君たちでやればいいじゃないか……君たちだけで」
「いかん、完全に拗ねたな」
「もー、クロノスさんがやりすぎるからー」
ふとベルゼが何かを思いつく
「クロノスさん……」
耳打ちをする
「なるほど、それでいこう」
クロノスはベルフェに歩み寄る
「なんだい?手伝わないぞ?」
そのままベルフェの両脇を持ち、持ち上げる
「ひゃうっ」
そして、そのままベッドに座り、膝に乗せ
ベルフェの前に本を開いた
「これなら逃げられない」
クロノスは笑う
「むぅ……」
ベルフェは俯いた
「で、だ。こいつらの情報と古文書を照らし合わせる為に、一度アスティアの図書館へ行き、それからセレネへ向かう」
「はーい」
「わかった……」
ゴギャ
外で歪な音が鳴る
「なんだ!?」
ベルフェが天井を見ると
クロノスは巨大なマナを感じ
ベルフェを降ろすと走り出す
二人も慌てて追いかける
階段を駆け上がり
外に出ると、クロノスが立ち尽くしている
「冗談だろ……?」
クロノスは苦笑いをする
「クロノスさん、これは?」
ベルゼがトリシューラを構える
「空間の裏側で何かが暴れまわっている……」
「通り抜けるのではなく、裏側で漂う!?そんな事出来る魔物はいないぞ?」
ベルフェはケリュケイオンを構える
「あぁ、冥府を司る者だ」
クロノスがデュランダルを抜く
瞬間——
パリンッ
音を立てて眼前の空間に八つの割れ目が入り
緑の瞳がこちらを睨む
「こいつは……なんだ……?」
アアォオアッゴォ
唸るような雄たけびをあげ
空間を震わせる
「っ——」
振動が収まり、眼前を見ると
割れ目が消えていた
「いなくなった……?」
ベルゼの頬を汗がつたう
「あぁ、西へマナが消えていった」
クロノスは剣を納める
「あんなものを六体も相手にしなければいけないのかい……?」
三人は呆然と立ち尽くした
そして二人は真実を垣間見る




