第一軍『リオス』
「おーい、遅いぞジン」
「姉様が速すぎるんです」
ルシフは身の程ある大きさの大剣を肩に担ぎ走る
それを追うようにジンが走る
ここはアスティア山脈坑道
「しっかし、クロノスは気が利くねー」
「何故ですか?」
「ユミル兄様の仇の情報を探す役目もあるリオスに、私たちを送ってくれるとは」
「多分、試されてもいますね」
「どういうことだ?」
「いえ、思い過ごしならいいのですが、また自分を見失わないかどうかです」
「なるほど、一理あるな」
二人は息も乱さず走り続ける
「おしっ、光が見えた。もしかしたらそのまま戦闘に入るかもしれない!準備はいいか?」
「はい、姉様」
勢いよく飛び出すと
巨大な岩が飛んでくる
「あったりー」
「ですね」
二人は華麗によける
眼前に広がるのは鱗
夥しい数の鱗の壁が動いている
「なんですか?この壁」
「ジン、打ち上げてくれ」
「はい」
ルシフは剣を地面に刺すと
ジンに向かい走り、飛ぶ
ジンは刀を鞘から抜かずルシフを切り上げる
ルシフは刀を蹴り
大きく空へ飛び上がる
「おぉおぉ、こいつだったとはねー。ある意味あたりだ」
ルシフは大きな音を立て着地する
「どうでしたか?」
「もうすぐ顔が見えるぞ?気をつけろ?」
右から左へ動く壁が途切れ——
顔!?
「こいつはウロボロス。自分の尻尾咥えたまま回ってるだけの無害な奴さ」
「物凄い睨んでますが」
「あぁ、これだから古文書は当てにならない」
ウロボロスの目が光ると
地面から岩の槍が突きあげる
二人はバラバラに避けていく
「っかー、魔法まで使うとはね。レーヴァティン!」
炎が渦巻き剣を覆うと
ルシフは岩の槍を切り落としながら、ウロボロスへとむかってゆく
「はぁああああっ」
ルシフが斬りかかると
物凄い速さで回転し、剣を弾いた
顔が見えなくなったと思うと
ルシフの前で顔が止まる
「姉様、危ない!赤椿」
刀を鳴らすとウロボロスは苦しがる、が……
血が一滴も噴出さない
「なっ」
ジンは岩の槍の先に着地する
「姉様!」
ルシフは後ろへ飛び退く
「こいつは古文書ですら情報が少ない、痛がってるってことは効いてはいる……もう一回いけるか?合わせる!」
「はい!」
ジンは飛び上がると、空中で抜刀の構えをとり
刀を鳴らす
「赤椿!」
——グゥオオオオオオ
雄たけびを上げながら、鱗の輪はグワングワンと
バランスを崩しながら回る
「これでどうだぁあああっ!」
ルシフが見計らって剣を打ち込む
ォォオオオオオオオオ
ウロボロスは苦しむ
胴を焼きながら深く切り裂いた
焦げ跡になった傷口から
煙が上がり始める
「これは……おいおい、冗談だろ?」
傷口が煙を上げながら塞がってゆく
「再生能力ですか」
「あぁ、どうするよ?」
「姉様の剣で炎を飛ばせますか?」
「あぁ、出来なくはないぞ?」
「次は私が合わせます」
ジンはルシフの後ろに立ち、構える
「いくぞ?焼き払えレーヴァティンっ!」
ルシフが剣を前に構え叫ぶ
渦巻く炎がウロボロスへ向かってゆく
共にジンが走り出し
闇撫のように渦の中を飛び
身を翻すと炎が刀に纏い始める
「炎月っ!」
ジンは抜刀し、炎ごと切りおろすと
刀の向きを変え、地面を強く蹴りあげた
切り付けられた傷口が
更に切り上げられ
ウロボロスの太い胴が切り落とされた
「おぉ!」
「クロノス様とタイミングを合わせたかのようでした。流石、姉様」
「いやいや、ジンの腕がいいんだよ」
二人が顔を見合わせ笑うと
ウロボロスは咥えていた尾を呑み込むと
雄たけびを上げた
——ィイイイイイイイイィンンンン
みるみるうちに胴から新しい尾が生え
顔の少し後ろから短い三本爪の手が生えた
「はぁ!?あれでも駄目なのか?」
「みたいですね」
二人が身構えると
ウロボロスは目をぱちくりさせ、あくびをした
『え?』
すると物凄い地響きが鳴る
二人はバランスを崩さぬよう剣と刀を地面に突きさす
「なんだー?最上位魔法でも使うのか!?」
「いえ、最上位魔法にこのような余波は……」
ウロボロスが浮き上がる
『は?』
そのまま機嫌が良さそうに空へと昇り
見えなくなった
『……』
「な、なぁジン。蛇って空飛べるか?」
「い、いえ、見たことありません」
二人は呆気にとられながら空を見上げていた
ルシフは頭に手をやる
「あぁ~あ、これマーモに怒られるかな?」
「恐らく……」
「でもなぁ~、ウロボロス相手だったら仕方ないだろ。というか、伝説上の神格を持つ者まで出てくるとはな」
「相当厄介でしたね」
「あぁ……まぁ仕方ない、とりあえず街へ行くか」
「そうですね」
二人は山を降りていく
「なぁ、あれクロノスなら逃がさなかったと思うか?」
「そうですね……恐らく」
「どんだけ強いんだよあいつは」
「予想ですが、閃光系統で体を地面に縛り付け、闇系統で錯乱させ、雷系統で体を分割した後に、爆炎系統で塵にしたのではないでしょうか」
「そんなに器用なのかあいつ!?」
「昔、再生力が高い魔物をそうやってねじ伏せていました……食べ物を取られた位で」
「器ちっさ」
「そこがクロノス様の可愛いところなんですよ」
ジンは可憐に笑った
「ジンは本当にクロノスの事が好きなんだなー」
ニヤニヤと笑う
「はい、駄目な所も沢山ありますが……クロノス様のおかげで生きてこられました」
ジンは空を見つめる
「……なら、クロノスには感謝しないとな」
「何故ですか?」
「可愛い妹を大事に守ってくれたからな」
屈託のない笑顔を見せる
「なら私は姉様と結び付けてくれた、ユミル兄様に更に感謝しなくては」
「あぁ、その為には……」
「さっさと泣かせに行きましょう」
二人は顔を見合わせ笑った
街につくと城へ向かう
「私……城へ行って大丈夫ですかね?」
「ん?」
「いや、夜叉ですし……」
「ジンはどっからどう見ても美人な女にしか見えないぞ?」
「でも、先程から視線が……」
「見てるの皆男じゃないか、ジンが美人だからだよ」
「姉様も美人ですが」
「なら、美人姉妹が歩いてるんだ見られても仕方ない」
ルシフは笑う
「ならいいのですが……」
「気にしすぎだよ」
ルシフはジンの頭を撫でた
ジンは顔がほころびる
「おい、凄い顔してるぞ?」
ルシフは今にも吹き出しそうだ
「だって、姉様に撫でられると……嬉しくて……」
ジンは頬を染める
「ジ……ジン、お前は……なんて可愛いんだぁ!」
ルシフはジンに抱き着く
「ちょ、姉様、往来でそんなこと」
「あぁ、すまない。ついな」
ルシフは笑った
「もぅ……」
ジンはむくれた
——
「お待ちしておりました」
優しそうな男が出迎える
「お久しぶりです、リオス前国王」
「そう固くならないでくれ、知らない仲ではないのだ」
「そういうわけには」
ルシフは態勢を崩さない
「して、そちらの女性は?」
「私の妹ジンです」
「初めまして前国王」
「あぁ、マーモから聞いておるよ。いつも娘と仲良くしてくれてありがとう」
「いえ、滅相もございません」
「夜叉なのにしっかりしておる」
『!?』
「何故!?」
「マーモから聞いていると言ったであろう。先の闘技大会も見ておったしな……あれほどの手練れが、手を貸していただけるならありがたい」
「闘技大会?」
「えぇ、資金不足で参加しました。そこでマーモがクロノス様に攻略されました」
「はぁ?」
「はっは、その通りだ。あの男がマーモと結ばれたら、リオスは更に繁栄の道を辿るんだがな……どうやら他の国の聖王も狙っておるらしいの?」
「はい、それはもう面白おかしく」
「ですね」
「ルシフは参加せんのか?」
「私にはやるべきことがありますので……」
「ユミル殿のことかね?」
『!?』
「知っているのですか!?」
「聞いておらんのかね?マーモが森に一人で遊びに行った時に、魔物に襲われたのを助けてくれたのだよ」
「あぁ、そういえば……」
「で、兄様はなんと?」
男は髭を撫で、遠くを見る
「神話の王を眠りから覚ます為に各地を周っている……従者は目覚めさせた、後は破滅の王を滅ぼす為の旅をする……と」
ジンの表情が固まる
「ジン?どうかしたか?」
「い、いえ……」
ルシフは問う
「その時、誰かと一緒にいましたか?」
「いや、一人だったな……だが、街を出る頃に男といたと言う噂は聞いたな」
「なるほど……」
「あぁ、それと……」
男は側近から手紙を受け取る
「ジン……といったかね?ユミル殿から預かっておる」
ジンに手渡す
「これは?」
「夜叉の少女が訪ねてきたら渡してくれと……な」
手紙を開き
ルシフとジンは覗き込む
——
最愛なる妹、ジンへ
この手紙を読んでいるということは、もう役目を進め始めた頃かな?
そして、私はこの世にいないのだろう。不甲斐ない兄ですまない。
まず、幾つかの可能性を予測して書いておく
一つ、私を殺した相手を探している場合。
恐らく、私を討てる者は破滅の王くらいだろう。まだ正体は掴めていない
掴めた時には、王墓に手がかりを隠しておく
二つ、従者に裏切者が現れた場合
恐らく、破滅の王が弱みを握っているのだろう。敵と見做さず、
手を差し伸べなさい。
私の憶測では溺れし従者か猛き従者が怪しい。
三つ、王の身に何かあったかい?
もし、王が深き眠りについてしまったなら『ウルスラグナ』を
探しなさい。事態は収束されるはずだ。
最後に、兄らしいことは何もしてやれなかったが
マーモという少女にジンの友になってくれと頼んでおいた。
喜んでくれたよ。
傍にいられなくてすまない。王を頼む
——
ジンは静かに泣きはじめる
ルシフはそっと抱きしめる
「私には意味がわからない部分があるが、ジンの事を想う気持ちは読み取れたよ……ユミル兄様はやはり、いい兄だったな……」
「はい……はい……」
ジンは全てを理解した
討つべき相手を
守るべきものを
これから起こる災厄を……
そして、愉快な二人は進軍する




