繋がれた夢
「これが……全てだ」
ルシフは涙を流した
ジンは何も言わない
「クロノス……」
ベルフェは助けを乞うように、声を絞り出した
「俺からかけられる言葉はないよ。ヘファイストス、お前はジンの兄を恨んでいるか?」
ヘファイストスは俯いたまま口を開く
「いんや、恨んじゃいないさ。この目のおかげで立派な鍛冶師にもなれたしな……それに、大事な相棒を恨みやしねぇ」
「ジンのことは?」
「刀を見た時に気づいたさ。相棒の妹が慕う奴の為に剣を打つ。そういうのいいかなーって……一緒に仕事ができて、俺は嬉しいよ。あいつの妹は俺の妹同然だ!妹同士が姉妹喧嘩したなら、治めるのも兄貴の役目ってか?」
ヘファイストスは二人に歩み寄る
「で、どうする?ジン。ルシフを殺すか?」
「おい、ヘファイストス——」
クロノスがベルフェを止める
ジンは俯いたまま動かない
「辛かったよなぁ……知らない場所、知らない奴に、いつの間にか大切な兄貴とられてさぁ……恨んだよなぁ……仇の名前を知って、生きる気力が湧いたか?目の前に仇が現れて喜んだか?確かにルシフが殺したのには違ぇねぇ……殺したければ殺せばいいさ。でもな——」
ヘファイストスはジンを抱きしめた
「やっと待ちに待った家族に会えたんだ。一人、馬鹿はいねぇけど……飯、一緒に食おうや……買い物行ったり、稽古したりさ……たまには依頼もこなしてみたいなぁ。お前さんほど強ければ、俺の左目の代わりにもなれるだろ。でも、まずは……おかえり、大事な妹よ」
ジンはクシャクシャになった顔で、ヘファイストスを見た
「私には……資格がありません」
「お前の馬鹿兄貴に頼まれたんだよ。妹を頼むって……どんな馬鹿女でも受け入れるつもりだったが……こんな出来た妹なんだ、資格も何も必要ねぇよ。ほら、べっぴんなお顔が台無しじゃねーか。我慢せず泣け」
ジンは何かの糸が切れたように、大声を上げ泣いた
よく聞き取れなかったが、ただいまと声を上げている様な気がした
そして陽が落ちる
「ジンは落ち着いたか?」
クロノスが歩み寄る
「あぁ、疲れたんだろうなぁ。強くても女の子だ」
「おぉ、珍しいこともあるもんだ」
ジンはヘファイストスに抱き着いたまま、眠っている
「今日はここに泊まっていけ。ジンを部屋に寝かせてくる」
「変な事するなよ?」
「馬鹿、妹に手を出すかよ」
ヘファイストスはジンを抱えて館へ向かった
「ほら」
クロノスは膝をついたままの、ルシフに手を差し出す
「すまない……」
「いや、こちらこそ。友人がすまない」
ルシフはクロノスに担がれたまま館へ向かう
ベルフェは口を閉ざしたまま後を追う
「私は……許されたのか?」
「さぁな」
「では、やはり……」
「さぁな」
「僕はどちらの気持ちもわかる……」
ベルフェが重い口を開く
「きっと、ベルが殺されたら……殺した奴を殺しに行く。だが、ルシフの様な状況なら、僕も仇を受け入れただろう。でも……もう一つの道を選んだかもな」
「もう一つの道?」
「あぁ、ジンを探し出して家族に迎え入れるという道さ」
「ふっ……ベルフェがやけに真っ直ぐな発言をしている。お前が?」
「俺は何も知らなーい」
「僕は元からこうだが?」
「クロノス……お前がジンの傍にいてくれてよかったよ……私なんかよりよっぽどな」
「またそうやって思いあがる。俺にはあいつの兄の話は出来ないからな」
「それはそうかもしれないが……」
「ジンはお前が思ってるほど、難しい女じゃないよ」
クロノスは笑った
館につき、ルシフを寝かせると
広間に三人は集まる
「僕はひっかかっているんだが……」
「ん?」
「ユミルとヘファイストスの間には何があったんだい?」
「それを俺も聞きたかった」
「それはだな——」
——
今日は意外に早く終わったな
陽もまだ高い、何か買っていくか
シュラは街に向かう
見慣れた男が屈強な男たちに囲まれて
路地裏に連れていかれる
「お前がクロード大陸から来た魔物だって調べはついてるんだ」
「よくもまぁ、ギルドに忍び込んで荒稼ぎしてくれたなぁ」
「リオス、アスティアの次はここか?セレネでは大量の魔物を殺して追い出されたらしいじゃないか」
は?こいつらは何を言っている?
「この間、リオスのギルドに行った時に噂になってたよ。めっぽう強い角無しの銀髪夜叉がいるってな」
「お前の事だろ?腰に二本も刀下げてるし、特徴はぴったりだ」
ユミルは黙ったままだ
「さっさとこの街から出てってくんねーかな、お前といいシュラといい稼ぎ過ぎてるせいで食いっぱぐれそうなんだわ」
ユミルが……夜叉?
「いい加減、何か喋ったら……だんなうど」
一人の男の首が逆さまに落ちている
二人の男が気づいた瞬間
首を失った体から血が吹き上がる
「て、てめっ……あれ?体が動か……ない?」
男が下を見ると、腕も足も無くなっている
四つの切り口から血を吹き出し、白目をむいて息絶える
「ひっ、た、ぁぅぁぁぇぉ……ぉ」
最後の一人の下顎が地面に落ちる
ユミルが刀を納める音と共に
体はおろし金で摩り下ろしたかのように
肉片の山となった
「シュラ……?そこにいるんだろ?」
「ユミル……?何を……やっているんだ?」
ユミルはニコリと笑う
「こんなにも人は脆い……なのに欲張り、見下し……醜いよね。お前やルシフがいる世界に必要ないよ」
いつもの笑顔の筈なのに
瞳の奥で『何か』が蠢く
っぐ——
ユミルは目を覆い、苦しみだすと
壁を蹴りあがり空へと消える
「ユミルっ!」
あれは……館の方角……
ルシフ!
シュラは全力で駆ける
最悪の結末を……
最愛の友が最愛の妹を
殺す結末を……
「ユミル!」
ドアを開けると
ルシフとマーモは寝ている
「ここじゃない!?……森か!」
シュラは森へ向かうと
得体のしれない気配を感じ
身を隠した
声が聞こえる……
「——に来る気にはなったか?」
「馬鹿を言うな……主を裏切るはずがない……」
苦しそうなユミルの声と
澄み切った男の声が聞こえる
二人か……?
様子を窺いたいが、顔を出せばやられる……
シュラは勝ち目がないと気配だけで感じ取った
「そうか……残念だね。あいつには従えても、僕には従えないか……見た目はこんなにもそっくりなのに。何が不満なんだい?」
「貴様には何もない……破壊以外の何もな……」
「あるよ?」
男が軽く笑った声が聞こえた
「壊滅、撃滅、潰滅、損壊、撲滅、荒廃、疲弊、破滅……」
後半、男の声が壊れているように聞こえた
「全て僕が愛するものさっ!」
「狂っている……貴様には我が主の様な器の大きさは感じられない」
男はため息をつく
「まぁいい、角を失った君は自我が崩壊するのも時間の問題……その時に迎えに来るよ」
言い終わる瞬間、殺気がシュラに向けられる
「……お友達にも……宜しく」
声が聞こえなくなった
「シュラ!」
ビクッと体を動かし
シュラは出て行く
「なんでついてきた!見つかればお前は一瞬で塵になっていたぞ!?」
見たこともない……ユミルがこんなに怒っている所を
「それより……お前」
「隠していて悪い……俺は夜叉。魔物だ」
「ま、魔物だっていいさ。お前は俺の大切な友人だ」
シュラはちぐはぐしながら言う
「気持ちは嬉しいよ……でも、聞いていただろ?もう時間がないんだ。さっきも気が付けば人間に刀を向けていた……もう人とは暮らせない」
ユミルは悲しそうに笑う
「そんなことない!お前が暴走しそうになったら俺が止めてやる!」
「お前……が?そんな貧弱な……身体で?」
「え?」
チャキッという刀の音と共に視界が半分赤く染まり
左側の視界が闇に包まれた
ッァアアアアア
ジンの右手に握られた刀からは
赤い滴がしたたり落ちている
「ほら……私はもう限界なんだ。今シュラを傷つけたのに、そこまで悪いと思っていないんだ……」
いつの間にか陽が落ち
雪が降っている
月明かりの下で
とても幻想的な姿で
悲しそうな笑顔で言った
「私を……殺してくれ」
——
「こっから先はルシフの話の通りだ」
ベルフェは拳を固く握り、俯いている
「なら……怪しいのはその男だな。しかし、ヘファイストスがビビる奴か」
クロノスは笑った
「不謹慎だぞ」
ベルフェが静かに言った
「いや、いい。事実を冷静に見つめる……クロノスは肝が据わっているな」
「いや、悲しいよ。でも同情する立場でもないし、この件に関しては部外者だ」
「おい!」
ベルフェの口を手で塞ぐ
「だが、こっから先は俺も関わらせてもらう。要は、その男が本当の仇かもしれない……そうだろ?ジン」
「そうですね」
ドアを開けてジンが出てくる
「あちゃー、聞かれてたか」
ヘファイストスは頭に手をやる
「クロノス様……先程は大変失礼を——」
「はいはい、説教はまた今度な。とりあえず座れ」
「はい」
ジンも椅子に座る
「で、だ。俺の大切な仲間たちを苦しめてくれたんだ。泣かせていいよな?」
クロノスは笑う
ベルフェも笑う
「あぁ、そういうことなら。僕も参加しよう」
「お前らなー」
ヘファイストスは苦笑いをする
「ってことで、ジン。お前はどうする?」
「はい、地獄の果てまでも……」
冷たい目で言うと
クロノスが鋭く睨む
「泣かせてやりにいきましょう」
クロノスは笑った
「ということなんだが、お前はどうする?」
柱の陰からルシフが出てくる
「いつから?」
「ずーっと」
クロノスは屈託のない笑顔を見せる
「お前もか……」
いよいよヘファイストスは頭を抱えた
ルシフは椅子に腰かけると
「大切なもう一人の兄様……その仇がうてるなら!」
——パシンッ
「ひうっ」
ルシフの顔に本がぶつけられた
「何をするっ!」
「仇とかさ、堅いんだよね。そんなんじゃ闇に呑み込まれるぞ?俺の友人みたいに」
流し目でジンを見ると、ジンは俯く
「悪いことした奴、大切な友を泣かせた奴、大切な家族を苦しめる奴を懲らしめてやる。そんだけだ」
ルシフは軽く笑う
「そうだ。笑え」
クロノスはニヤニヤしている
「あぁ!懲らしめてやろう!」
「じゃあ、その為には腹ごしらえだ!」
ベルフェはため息をつく
「君は馬鹿か?夕食の用意など……」
ふと気づく……
椅子が多い?
僕、クロノス、ジン、馬鹿、ヘファイストス……
三つ椅子が余っている……
「その顔は気づいたな」
クロノスはニヤッと笑うとゲートを開く
「やっとですの?話はまとまりましたの?」
「さぁさぁ、ご飯だよー」
「お腹空いた~」
マーモ、ベルゼ、レヴィアが料理をもって入ってくる
「ベル!?」
「やっほー、お姉ちゃん」
「これはなんだい?」
「クロノスさんが、たまには皆でご飯食べようって昼前に」
「ほぅ、依頼をこなす割に遅いと思えばこういうことか」
広間は一気に騒がしくなる
『いただきまーす』
「は~い、クロちゃん。あ~ん」
「こら、レヴィちゃん!?私が食べさせますわ」
「お姉ちゃん美味しい?」
「ベル……僕は野菜が嫌いだとあれほど」
「おいおい、聖王ってこんなやかましい奴らだったか?」
「ん?俺の知る限り平常運転だ」
ワイワイとする中
ジンは広間から外に出る為の大きな窓際に座っていた
ルシフが近づく
「ジンは……こういう食卓は嫌いか?」
「いえ、いいと思いますが……」
「あの後だとな……」
「それもありますが……ずっとクロノス様と二人だったので、慣れてないんですよ」
困ったように笑う
「私もだ、ユミル兄様がいなくなってから避けてきた……その、もう一度——」
「確かに貴女の手によって兄様は息絶えました。でも、最後に笑っていたなら……兄様は本当に貴女を愛していたのでしょうね」
「だが——」
「少し嫉妬します」
とても可憐な笑顔を見せる
「ジンは……ユミル兄様によく似ている。全てを見通されているようだ」
「私は兄様にまだまだ追いつけませんよ。それより、傷は?」
「あぁ、体力位だ、戻ってないのは」
「その……」
『ごめんなさい』
二人は同時に謝ると
顔を見合わせて笑った
「貴女こそ、兄様に似てますね」
「そうか?嬉しい限りだ」
ルシフは手を伸ばす
「ユミル兄様との約束でもあるが、私の本心から思う。どうか、友になってくれないか?」
「嫌です」
「え?」
真剣な顔を崩し、ジンは笑う
「兄様は家族で私は友ですか?私も家族にしてください」
手を掴む
「あぁ、ジン。改めて宜しくな」
「はい、ルシフ……姉様」
少し恥ずかしそうに笑う
「っかぁー!兄は嬉しいぞ!二人の妹よ!」
ヘファイストスが二人に抱き着く
「ちょ、ヘファイストス様」
「あぁ?ルシフが姉なら俺は兄だろ?」
「シュラ……兄様?」
「可愛いなぁああ!こんちくしょぉ!」
「兄様酔っぱらってる?」
「あいつは空気を読まないなー」
「君は読みすぎていて怖いけどね」
ベルフェがクロノスの耳元で囁く
「なんのことやら」
「まったく君は」
「さぁ!騒ぐぞー」
ヘファイストスがジンとルシフを両手に戻ってくる
楽し気な声と
二人の妹の笑顔に
ユミルも喜んだのだろう
墓に供えられた鈴音の花が
揺れて、嬉しそうな音を鳴らす
そして魔王の旅がまた始まる




