四神の森
「どうにも厄介な組み合わせだ」
クロノスはため息をつく
「ある種最強パーティーだよ~?」
「後衛が僕とレヴィアで、前衛がジン、動き回るクロノスか」
「確かに。心強いですね」
「駄目元で誘ってみたらほんとに来たな」
「なんだい?僕と旅をしたいと言ったのは君じゃないか」
「まぁ、そうだが。お前がいなくて帝国は大丈夫か?」
「ベルがマーモを捕まえてな。休暇を出すと言ってきたときは笑ったよ」
「あー見えて内政に強いもんなー、マーモのやつ」
二人が話している前を、ジンとレヴィアがじゃれつきながら歩いている
「しかし、よくマーモが残ったな」
「あぁ、簡単なことだ。マーモがアスティアの内政、ベルがリオスの魔物駆除という交換条件だ」
「へー、ベルフェがいるのは心強いからありがたいな」
「レヴィアも国に度々帰らねばいけないしな」
「あいつが一番謎だ」
「あまり首を突っ込まないほうがいいぞ?かなり厄介だ」
「困っていたら助けるけどな」
クロノスは笑う
「まったく君は……ところで、昨日は何をしていたんだい?」
「あぁ、出発の準備で話せてなかったな。湖のほとりで美少女と過ごしてた」
「クロちゃんまた~?」
レヴィアがじとっと見つめる
「なんていうか、女神の類?みたいな女の子だった」
「クロノス様がそこまで言うとは……侮れませんね」
「あぁ、彼が女性をこんな風に褒めるとはね」
「ねーねー、どんな子?くわしく!」
「んー、スラッとしていて、造形のような顔立ちに、消えてなくなりそうな銀髪だった」
「それって……」
「ねぇ……名前は……?」
二人の顔から光が消える
「エコー。なんていうか不思議な子だったよ」
「不思議か……なら僕の勘違いだ」
「名前が違うからね~」
二人の顔に光が戻る
「二人とも知り合いなのか?」
「見た目は似ているが、不思議と言うより……独裁者のイメージだ」
「確かに~」
「へー。エコーは優しい奴だぞ?」
「僕も会ってみたいものだ」
「私もです」
「エコー……許すまじっ」
「レヴィアが怖い」
「いつものことだ」
「そう言えば皆は英雄忌憚知ってるか」
「知っているが?」
「レヴィも~」
「私も一応」
「エコーと英雄忌憚について話してたんだ。やけに詳しかったなー」
「さしずめ、エルフではないか?」
「ありえる~」
「それなら、あの儚さも納得だ」
「クロノス様、着いたようですよ?」
目の前には森が森を飲み込んだ様な、この大きな迷宮は
入り口と出口という概念がないかもしれない
そんな畏怖さえ抱かせる広大な森が広がっている
「四神の森か……」
「あぁ、空からは張り巡らされたツタが、地上からは鉄壁の様な幹が」
「一度踏み入れば走り逃げることも、迷宮を潜り抜けることも叶わない。だろ?」
「あぁ、そうだ。今も森の中には鍛冶ギルドや、冒険者ギルドの人間。合わせて500は潜り込んでいるだろうね」
「そんなにか!?目当ては?」
「鍛冶ギルドは神樹ユグドラシルや、鉱石オリハルコンを。冒険者ギルドは四神狩りといったところだろ」
「そういえば四神ってなんだ?」
「朱雀、青龍、白虎、玄武だ」
「あぁ、聞いたことはある」
「それぞれに宝剣、宝具を有しているから、冒険者は血眼になって狩りに出ているのだよ」
「なるほどね」
「ジン、すまない。彼が四神を一人で探しに行かないように、気を付けてくれたまえ」
「はい。お任せください」
「おいおい、人をなんだと思ってるんだ?」
「収集マニア~?」
「レヴィアまで……」
肩をがっくりと落とす
四人は迷宮に足を踏み入れる
視界は四方が同じ景色で、迷い込んだら最後と言われても納得ができる
暫く歩き続けると
「なぁ、探しには行かないけど出くわしたら戦っていいか?」
「あぁ、構わない。もっともここ百年は確認されてないらしいがな」
「ちなみに強いのか?」
「あぁ、神格を持つ者だからな」
「ふーん、じゃあとりあえず距離をとるか」
「は?」
「ベルフェ~、上!上!」
上空に目をやると落雷でも落ちたかのように割れた大木の裂け目に
『何か』がいる
「冗談じゃない!あれとやりあうのか!?」
体はイメージ程でかくなく、人間二人分くらいだろうか
真っ白な毛並みに青い瞳、背中には一本の刀が刺さっている
幻想的かつ、一国の長の様な威厳が漂っている
『ほぉ……人間。我に気づくとは面白い小僧だな』
「あの虎ちゃん喋ったよ~」
「知性ある魔物ですかね」
『それに……魔女と夜叉……?お前は夜叉か?』
「そうだが?」
白虎はけたたましく笑う
『そうかそうか、一度やりあった者と似ておってな』
「白髪の夜叉のことですか?」
『おうおう、知っておるのか。邪魔が入ったせいでお預けになってしまってな……またやりあいたいもんだ』
「恐らく私の兄ですね。残念ながらこの世にはもう……」
『そうか……惜しいのぉ……あれほどの手練れは中々』
「なら、私がお相手いたしましょうか?」
「おー、いいな。ジンに任せようぜ」
「はぁ!?あれを相手に一対一か!?馬鹿げている!」
『我は一対一でしかやりあわんぞ?』
「っ……それでは見つからないわけだ」
「どうしてだ?」
「冒険者はパーティを組んでいるからな。それに、あれだけ気配を消されては気づかないだろう」
白虎が開けた場所に降り立つ
『いつでもかかってきていいぞ?』
ジンは刀を構え距離を測る
一歩、また一歩と踏み出し、足を止める
微動だにしない
「クロノス、あれはなんだ?」
「お互いの間合いがぶつかっている場所だ」
「あれ程離れているのにか!?」
距離はおよそ10メートル。
刀も爪先も届くはずのない距離だ
ただならぬ気配を感じたのだろうか
森の鳥たちが一斉に羽ばたく
その刹那、ジンは動く
刀を鳴らし赤椿を発動させると
察した白虎が横へ飛ぶ
刀を抜いたジンは地面すれすれを移動し
切り上げると
大きな牙で白虎が受け止める
すかさず白虎の爪が振り下ろされる
ジンは刀を返し受け流すと共に飛び
首元へ刀を振り下ろす
しかし白虎は後ろへ飛び退く
「なんだこれは……」
ベルフェは呆気にとられる
何故ならこのやり取りが行われたのは3秒もたたない内の出来事だったからだ
お互いの武力がぶつかり合い時が過ぎる
「な、ジンは強いだろ?」
「強いなんてもんじゃないだろ……」
「うん!ジンちゃんは可愛いの~」
レヴィアは鬼気迫る戦いを見てはしゃいでいる
するとジンが
「クロノス様、本気を出したいのですが」
『白梅使わないならいいぞー』
「ありがとうございます」
『まだ強くなるのか。面白い、全て出し切ってくるがいい』
「申し訳ないが、主の命で全ては出せませんが……ご期待には応えましょう!」
ジンは刀を納め、立ち尽くす
艶やかな黒髪が白く染まりゆく
獣の様な耳となり
尾が4本花が咲くように生えた
「あれは……なんだい……?」
『やはり……貴様、天狐か』
「正確には天狐の神格を宿した夜叉でありんす」
緊張感溢れる中、『それ』はジンの背後をとった
「ジンちゃんのモフモフ可愛いよぉおおお」
レヴィアが尻尾に埋もれている
「こら、やめなんし!今はそれどころじゃありんせん」
「え~、ジンちゃんが冷たい……」
「はいはい、おいでー。ジンはその状態だと気が荒いからな」
クロノスが手招きする
「気を取り直し……」
ジンが刀を抜き、円を描き横に構える
身を翻し刀を地面に落とす
腕を広げ、また身を翻すと
刺さった刀を手にとり
手の中で回す
さながら扇子を片手に舞う遊女の様だ
「美しい……な……」
「ベルフェもそう思うか」
「ジンちゃん……モフモフ……」
ジンは舞を踊りながら間合いを
すり抜けた——
明らかにそこは白虎の間合いの筈だ
だが、白虎は動かない……
そして、血しぶきがあがる
『——ゥォオオオオオ』
ジンはゆっくりと舞う
暖簾を手で押し上げるように
扉を音もなく開けるように
そして、刀は時折姿をくらます
凄まじい音が連続して聞こえる
「これは?」
「天舞。天狐の舞は時間経過を遅く感じさせる。幻覚の一種だ」
「この音はなんだい?」
「剣戟の音だよ。体感速度を遅くして、神速の剣戟を繰り出しているんだ」
「魔王の側近もでたらめだな……」
すると新たな音が加わる
チャキンッと
血しぶきがより一層上がる
「赤椿の発動も織り交ぜ始めたな」
『我がいとも容易く崩れるものかぁっ!』
白虎が叫ぶと森が揺れる
ジンは後ろに飛び退き刀を納める
「ぬしよ、わっちの刀が容易いか試してみてくりゃれ?」
「終わったな」
クロノスの言葉と共にジンが抜刀の構えを取り
白虎に向かい飛ぶ
身を翻し、体を敵に向けたかと思うと
翻した反動で抜刀される
「闇撫。羽衣と美しい着物で視界が塞がったかと思うと斬られている。あれは俺も一撃喰らったな」
チャキッと音と共に刀を納めると
ジンの体が元に戻り
白虎が崩れ落ちた
『ふっ、我を倒すとはな……貴様に授けよう』
まばゆい光と共に白虎が消え
刀が一本地面に刺さった
「本当に一人で倒すとはね」
「宝剣げっと~おめっ!」
ジンが刀をとり、戻ってくる
「お疲れ様。体は大丈夫か?」
「はい。少し疲れましたが」
「なら、ここで休むか。もうすぐ日が暮れる」
そして4人の野宿が始まる




