アスティア山脈
リオス公国の北西に位置するアスティア帝国
入国するためには切り立った山が連なるアスティア山脈を越えなければならない
だが、歴戦の勇である冒険者たちでさえ、リオス南西の国セレネを経由する回り道を利用するほどの危険な道である。
「こんなにも辛かったかしら」
マーモは息を切らしながら言う
「来たことあるのか?」
「えぇ、魔王軍との戦いを始める前に、私が各国を回って聖王を集めたのですが……こんなにも道なき道だった覚えは……」
「あれのせいではないですか?」
ジンの指さす方には岩壁の崩落の跡があった
「なるほどですわ」
「この斜面、足場の悪さは確かに姫様にはきついだろうな」
「えぇ、というかクロノスはどうしてそんなに楽々と?」
「ほら」
そう言ってクロノスが靴を見せてくる
靴には金色の羽の紋章が入っている
「それっ、『タラリア』ではありませんの!?」
「正解」
「宝剣だけでなく宝具まで……じゃなくて、ずるいですわー!1人だけ宙に浮いて進むなんてー!」
「そんなこといってもな……あ、ジン」
「はい」
「お前は疲れたか?」
「いいえ、このくらいで浪費する体力など持ち合わせていません」
「さすがだな。じゃあここらでいいか」
クロノスは空に向かい円を描く
「それってジンとの試合の時の?」
「マーモ、こっちへ」
ジンが羽衣を広げマーモを覆う
描いた空間から木の幹が落ちてくる
それが地面に根を張り、幹が割れ、クロノスが手を差し込む
引き抜くと手には細長い剣が握られていた
「何か嫌な予感がしますわ」
「はい、マーモ。その予感は的中です」
「戦禍を貫けっ!『ミストルティン』」
前方に向けた剣の先に空気が集まっていく
やがて収束された空気は、剣が指し示す方を抉り取るように貫いた
そして剣は崩れ去った
「今……何をしましたの?」
「ミストルティンで山に穴を空けた。これで洞窟くぐってまっすぐ行けば楽だろ?」
「名前こそ聖典に登録されていますが、実際に存在する宝剣なのですわね……」
「あぁ、物体としては存在しないがな。霊樹に封印されている物を一時的に顕現しているに過ぎない」
「あの威力を闘技場で使おうとしましたの!?」
「あぁ、脅し代わりにな。ジンの前にアストラルゲートを張ってしまえば別次元に放てるという寸法だ」
「思わず私でさえ止めてしまいましたし」
「ジンの判断は正しかったようですわね……じゃなくて、なんてことしてくれますの!?」
マーモは洞窟を指さして言った
「どっちにしろ空けるつもりだったよ?リオスに来てた商人が不便だって言ってたから、坑道を作ろうかと」
「王の許可をとってくださるかしら!?」
「ごめん」
「それなら疲れる前にして欲しかったですわ」
「マーモが辛そうにしてるのが可愛くて」
クロノスは屈託のない笑顔で言った
「マーモ、頑張って慣れてください。優しさの裏側には棘があり、暖かさの裏には毒がある。それがクロノス様です」
「サディストだったのね」
「え?なんだって?」
「……なんでもありませんわ」
マーモは呆れた素振りを見せた
三人は坑道を進む
「それにしても綺麗に道になってますわね」
「空間系最上位魔法を投げるのと変わらないからなー」
「移動する『ブラックホール』……世界が終わりますわ」
クロノスは立ち止まりマーモを見る
「あー、それなんだけどマーモには教えなきゃならない事がある」
「急に改まってなんですの?」
「魔法は自然法則に基づいているため、相対するマナで相殺もしくは弱体化できるんだ」
「そのくらい知ってますわ」
「で、だ。実はエレメンタルだけじゃなく、最上位として扱われるアーカイブもその理がある。光は闇を照らし、闇は時を蝕む。時は空間さえも支配し、空間は無に悠久を与え、悠久は光に安息を与える」
「どういうことですの?」
「ブラックホールは無力化できる」
「は?」
「これは魔導書を元に実験を行った結果だ」
「ほぇー、もう何が何だかわからなくなってきましたわ」
「つまりな、最強の単一魔法など存在しないということだ」
「なるほど……世界は滅亡を免れましたわね」
「そういうこと」
「ところでジンは魔法を使えませんの?」
「夜叉はマナを保持していませんよ?」
「そうでしたわね」
「マーモは使えるんですか?」
「下位ならなんとかってところですわね。上位は弾丸に込めることしかできませんわ」
「それ!」
「はい?」
「弾丸に込めるの見てみたかったんだ!」
マーモはきょとんとして、少し笑った
「まさか最上位魔法をポンポン打つ人に、見せてほしいと言われるものを私ももっていたとは思いませんでしたわ」
マーモが腰に下げているポーチから弾薬を取り出した
「では、いきますわよ」
左手に握られた弾薬は、掌が開いた時には色が変わっていた
「つまりあれか?魔法を表面に打つイメージから内部に駐留させるイメージに変換するってことか?」
「まぁそのようなものですわね」
「一個貸してくれ」
「いいですわよ」
クロノスは右手に弾薬を掴み、開くと色が変わっていた
「紫色?初めて見ますわね。何系統ですの?」
「いいから、そこら辺の壁に撃ってくれ。出来るだけ高めに」
「え、えぇ」
マーモが壁の上方向に撃つ。すると、岩の壁が燃え始めた
「なんですの、火系統の弾丸でしたの」
「水系統持ってるか?」
「えぇ、持ってますわ」
「あれを消すイメージで撃ってみてくれ」
「そんなの消えるに——」
消えない?
「あれは?火系統ではありませんの?」
「ファイアレイド」
「ア、アンチマジック……?」
「その様子だと成功のようだな」
「アンチマジックを弾丸に込める発想はありませんでしたわ……」
「ファイアレイドって燃やし尽くすまで消えないけど、岩壁を溶かす温度には至らない。つまり?」
「坑道内の明かりってことですわね」
「そうそう。薄暗いと怖がって通りたくない人もいるだろうからね」
「わかりましたわ。やりますわよ!弾薬に詰めてくださるかしら」
「はい、お姫様。喜んで」
クロノスが両手に握れる分だけ握り魔法を込める
それと同時にマーモがブリューナクを地面の魔法陣に差し込む
「魔法陣に投げ込んでくださる?」
クロノスが投げ込むと同時に、等間隔で地面から魔法陣、そして銃口が顔を出す
マーモがトリガーを引くと一斉に明かりが灯った
「それ便利だよな」
「ブリューナクの能力ですわ」
「アストラルゲート付きの銃か宝剣っておもしろいな」
「宝剣ではないですわ?国に代々伝わる宝ですわ」
「いや、聖典に名前があった筈だ。何処かに『h』と刻まれていないか?」
「銃身にありますわ?」
「それが宝剣の証だ。そもそも宝剣は鍛冶ギルドの長、ヘファイストスが代々作ってきている物だからな」
「なるほど……なら私も宝剣を2本持ってますので、クロノスと一緒ですわね」
ルンルンと音が鳴りそうに言った
「誰も2本とは言ってないよ?」
「は?」
マーモはあからさまにがっかりした
「2本ならジンと同じだ」
「ですね」
「その白い刀も宝剣ですの?」
「あぁ、名は『白梅』由来は——」
「クロノス様?」
ジンが不機嫌そうに名を呼んだ
「あぁ、すまない。悪いがマーモ忘れてくれ」
「何かあるようでしたら私も深くは聞きませんが……」
そうこう話しているうちに外が見えてきた
「これはすごいな」
見渡す限りに建造物がびっしりと立ち並んでいる
神殿、宮殿、煙が上がる巨大な塔、四角い箱のようなもの
リオス公国が要塞都市ならば、こちらは科学都市だ
「速くいこう、今すぐいこう」
「興味津々ですわね」
「さっさと山を降りて——」
——ァヲヲヲヲ
聞いたこともない鳴き声が響き渡る
「まさか——」
マーモが山の頂上付近を見る
全身は蛇のような鱗で覆われ、四肢は黒く染まり、雷を身に纏う竜がいた
「カ、カムイ!?」
「カムイ?」
「雷竜ですわ!滅びた筈ですが……」
「ジン、そんな魔物いたっけ」
「いいえ、ドラゴンの類はいませんよ?」
「魔物といっても神格を伴う者ですわ。あれが街に降りたら大変な事になりますわ」
「うーん、戦わずにやりすごせないかな?」
「無理ですわね。神格を伴う者は他の種を滅ぼすために存在していますわ」
「なら仕方ない。どうにもならないなら今はやるしかないか」
「きますわっ!」
咆哮と共に落雷が三人を襲う
華麗に舞を踊るように交わし、ジンが山を駆けのぼる
「赤椿」
チャキッと音と共にカムイの鱗から血が流れる
「硬い……ですね」
「なら、これはどうかしら!」
マーモは天にブリューナクを投げ、数多の銃を召喚した
「カラミティフレアッ!」
銃撃がカムイを襲い、煙に包まれる。が、
——グワッ
音と共に大きな翼で煙を払う
翼の薄い膜にジンが斬りかかり血しぶきが上がる
「刀ではこれが限界ですね……」
一歩下がりジンは言う
「ダメージがあるだけいいですわ。銃撃はあの鱗に弾かれるようですし」
マーモは背中のティソーナを抜き、斬りかかる
硬い鱗に触れると共にトリガーを引く
——ガッガガ
爆撃の剣戟で鱗が数枚剥がれ落ちた。そこへすかさず
「赤椿」
血しぶきが足から吹き上がる
「致命にはほど遠いですわね」
「そうですね」
「クロノスっ——」
「へぇー、鱗は硬く外部衝撃は無意味か」
「雷系統も無効だよね~」
離れたところでレヴィアを膝に乗せて鑑賞している
「何をしてますの何をーっ!レヴィアちゃんもいるなら見てないで手伝いなさい!」
『えー』
「ちょっ、ふざけてないで、ジン右から周るから援護を——」
「レーヴィーアーちゃーん」
レヴィアに向けてジンは走り出した
「ちょぉおおお」
——ォオオオオ
カムイの右腕が振り下ろされ、マーモがふせぐ
「ちょーっとぉーっ!ジンまでぇーっ!」
マーモは泣きそうになりながら怒っている
「マーちゃん?」
「なんですの!?レヴィアちゃん」
「ふぁい……とっ」
「あぁっ!もぅ!なんなんですのーっ!」
「大丈夫~、応援が来るよ~?」
「応援?」
「マーモ!避けてっ」
声に遅れて槍がカムイの右足を貫く
「槍!?まさか——」
「そのまさかだよーっ」
オレンジ色の髪をした少女が着地した
「ひっさしぶりー」
「ベルゼ!」
「ほー、あれがアスティアの聖王ねー。やるな」
クロノスが感心していると
「感想を述べるだけではなく、君も戦ったらどうだ?」
気づけば横に黒髪の少女が座っていた
「それと『アレ』が聖王ではなく、僕と『アレ』が聖王だ」
そう言ってニッコリ笑うと持っていた杖を掲げた
「鳴け!『ケリュケイオン』」
体が痺れるような音が杖から響き渡ると、カムイの動きが鈍くなった
少女はそのままくるりと片手で杖を回し、カツンッと杖で地面を鳴らした
「フォトン」
空間系下位魔法が重力をかける
またくるりと回し杖を鳴らす
「シャッフルファング」
無系統下位魔法の魔法の爪が斬りかかる
また鳴らす
「レイジングフレア」炎系統上位の炎の球が降り注ぐ
鳴らす
「プリズムロア」氷系統上位の氷柱が地面から突き上げる
鳴らす
「エアリアルバレット」嵐系統上位の竜巻でカムイが天高く打ち上げられる
「連続詠唱か……珍しい。てことは最後は……」
杖を鳴らす
「凍れ……ヒュプノス」
カムイは凍り付いたまま落ち、左足が砕ける
「翼は斬られ、右足は貫かれ、左足は砕けたか。終わりだな」
「ベルフェ!」
「マーモ、久しぶりだね。相変わらず君の胸は見ているとイライラするよ。さぁ、『元』魔王。君の力も見せてくれ」
クロノスはレヴィアをひょいと持ち上げ、地面にたたせ自分も立ち上がる
「いいもの見せてもらった礼だ、腰ぬかすなよ?」
クロノスは右手の人差し指をカムイの上空に向けた
「カムイ、神格だのなんだのない世界へいけるよう祈るよ。墓標代わりにしてくれ」
空が暗転してゆく
カムイの上空だけ吸い上げられるように穴が空いている
「ケラウノス」
詠唱と共に指を振り下ろす
大気が震え地鳴りがすると共に、空が割れ巨大な光の剣のような物が剣先を見せたかと思うと
瞬時にカムイを貫いた
「閃光の最上位魔法を連続詠唱なしで発動するとはね」
「お前も凄いよ、ほぼ無詠唱で連続詠唱するとはな」
クロノスとベルフェは顔を見合わせ笑い出す
「ベルのトリシューラー!」
ベルゼは槍をとりに走っていった
「しかし、雷系統無効と思われた相手を上位の閃光系統でねじ伏せるとはね」
「あぁ、それは勘違いだ。レヴィアも勘違いしてたみたいだけど、帯電しているように見えたのは雷系統のエンチャントだろう」
「おぉ~、神格をもつ者はエンチャントを使えるんだねぇ~」
「厄介だな……」
「そこの魔法マニアのお三方?そろそろ街に行きませんこと?」
「あぁ、そうだな。いこう」
そして六人の賑やかな休日は幕を開ける




