それぞれの朝
慎ましやかに三人は食事をとる。本来ならば豪勢な食事であったのだが——
「テーブルが長すぎる。食べたい料理が届かない」
「静かにご飯を食べたくない。話すには遠すぎる」
「こんなに食べれない。勿体ないから城の皆に食べさせて欲しい」
と、クロノスが文句を並べた結果、マーモの部屋で質素な食事をとることになった。
「で、結果がこれですの?」
クロノスは鶏肉を片手に本を読んでいる。
「だって、読んだことない本が沢山あるし。明日には出発しないといけないし」
「呆れたものですわ」
「えぇ、まったく」
「次は何処へ行くのかしら?」
「あー、アスティア帝国かな。『魔法学』だっけ?薬品作ったり」
「はい。そうでございます」
「それに興味がある。作りたい物もあるし」
「欲しい物がありましたら用意させますわ?」
「あー、ここにはないからいい」
「でわ私が買ってまいります」
「どうせ売ってないからいい」
「なんなんですの?」
「本棚」
「いくらでもありますわよ?」
「欲しい物じゃない」
「あのー……」
「どうした?ジン」
「先刻からクロノス様の話し方が俗世にまみれているような……」
「あぁ、この本で一般的な話し方を学んでいる」
クロノスは本にしおり代わりに指を挟みつつ、表紙をこちらに向けた
『うるさい親を華麗に交わす100の言葉』
ジンは黙って本を取り上げて窓から投げ捨てた
「誰がお母さんですか」
「例文に挙げられる内容がジンの言葉にそっくりで」
「それはそれは……くっ、お母さま?もう夜は更けますので……うっ、お部屋に戻られては如何ですか?」
マーモは笑いを堪えている
「刀の錆にしてやろうか牛女」
「あら、風穴空けたいんですの?女狐」
お互いが睨みあったまま武器に手を伸ばす
「やめとけ」
寝転んで本を読むクロノスが片手に持ったダーインスレイヴを二人に向けて言った。
『ですが』
「それにマーモじゃジンには勝てない」
そう言ってダーインスレイヴを結晶に戻す
「どうしてですの!?」
「ジンの赤い刀『赤椿』は宝剣『童子切』を元に作られた刀だ。そう言えば納得できるか?」
「まさか!?鍛冶ギルドの長がたったの5本しか打てなかった刀の内の1本!?」
「あぁ、折れていた童子切をジンが打ちなおしたんだよ」
クロノスは本を閉じ座りなおす
「折れた剣先は鞘に打ち込み、刀身は新たに夜叉の角から作られている。勿論、夜叉は男しか角が生えない。その刀に殺されたジンの兄の角を素材にしてな。だったよな?」
「……はい」
「能力は範囲内の獲物の血液を切る事だ。まぁ、簡単に言えば血を全身から流して死に至る」
「そんなでたらめな——」
「俺も思った。対処出来なくはないけどな『赤椿』なら」
「貴方もでたらめですわ……」
「ということは……ジン、貴女白夜叉の妹ですの?」
「どうりで綺麗なわけですわ」
「兄を知っているのですか!?」
「知っているも何も、そこにいましたもの」
——っ
ジンの艶やかな黒髪が毛先から浸食するように白く染まり始める
「ジン」
クロノスはいつにもなく真剣に、低い声で名を呼ぶ
それと共に、ジンの髪は元の艶やかな黒髪に戻ってゆく
「な、納得しましたわ。確かに貴女はあの男の妹ですわね」
「でわ、ご説明を」
「えぇ、貴女の兄を殺したのは剣の国の聖王ですわ」
「ほぉう……嘘をおつきなんし、あのような者に兄は殺されたと……?兄はわっちが知る限りそんなやわではありんせんが……」
「この目で見ましたわ」
「まぁじれったいこと……」
「ジンいい加減落ちつけ。剣の国に行って、本人に確認して気に入らなければ斬ればいい」
「え、ちょっ」
「——んんっ、それもそうですね。そうします」
「ちょっとクロノスッ!」
「心配はいらない。ジンは分別が出来る女だ」
「もぅ、どうなっても知りませんわよ?」
それから気まずいのか、それとも空気が重いせいなのか。
各々に同じ部屋で時間を過ごした。
ジンは刀の手入れを、マーモは銃の手入れを。
クロノスは本を磨いて過ごしていた
「いい加減つっこんでいいですの?」
「え、何が?」
「いつまで本の背表紙を布で磨いていますの!?」
「劣化しないように」
「そっちの方が劣化しますわ」
「あそっ、なら体を磨こう。風呂に入りたい」
「なら案内しますわ」
——
「どうしてこうなった」
金色の柱、湯気で端が見えない程の広さ、大きな浴槽の中心からは滝が流れている。こんなにも広い空間で両隣にマーモとジンがいるせいで狭く感じる
「そもそも、一緒に入ってるのおかしいよね?」
「いいえ、私とクロノスの間に壁はありませんわ!」
「わっちも後ほどクロノス様と床にはいりんすゆえ~」
「というかジンから凛々しさがなくなってるんですが……」
「お湯が気持ちいいのでありんす~」
「風呂好きなのね。というかマーモ、柔らかいものが当たってる」
「あら?いけませんの?」
「俺はかまわないが」
「ぶびぼぶば」
ジンが目元までお湯に使って何かを言っている
「あら?ないよりはましですわ、女狐さん」
「うーん、俺はジンぐらいがいいけどな」
その言葉を聞くや否や、ジンが両手で胸を隠しつつ
どうやったのかはわからないが、物凄い勢いで後ずさりした
「そ、そんな、クロノス様……あまり見ないでください」
「いや、見てないよ?というか白く濁ってて見えないし。さっき当たった感触的にね」
ジンは水中でブクブク何かを呟いている
「驚きましたわ、男性なら皆大きいほうがいいものかと……」
「うーん」
と言いながらクロノスはマーモの胸を鷲掴みする
「ちょ——」
「柔らかさといい、弾力といい、いいんだけど……なんか主張しすぎなんだよな。マーモだったら顔も整っているし気品があるから丁度いいけど」
「——っ、嬉しいのですけど……その、そろそろ手を放していただいてよろしくて……?」
「あぁ、ごめん」
「いえ、謝らなくても——」
「えぇ、謝るのは貴様ですね。牛女」
クロノスの背後にジンが鬼の様な形相で立っていた
「だーれーがっ、牛女ですの女狐」
二人が立って睨みあう中、クロノスは立ち上がり
「さて、そろそろ出るよ」
そう言って出て行った
その光景を見ていた二人は顔を真っ赤にして湯船に沈んでいった
——
「どうしてこうなりますの?」
「こちらの台詞です」
ベッドにジンとマーモは並んで寝ている
「貴女が騒ぐからでしょ?」
「いいえ、マーモ様が騒ぐからです」
睨みあった後二人して笑った
「今日は貴女とどれだけこのようなやりとりをしたかしら」
「そうですね、マーモ様」
「マーモ」
「はい?」
「だから、様はいらないわ。マーモでいいわよ」
「わかりました牛女」
「それはやめてくださるかしら?」
「……では、マーモ……」
ジンは恥ずかしそうに名を呼んだ
「えぇ、何かしら。ジン」
そして二人はまた笑う
「肝心のクロノスがあんな感じなのですから、一時休戦としましょう」
「そうですね」
「でわ、女同士の話しでもいたしませんこと?」
「それもよいですね」
こうして女二人の夜は更けてゆく。一方——
「寝れない」
クロノスは天を仰ぎ呟いた
二人がいなくなり、静かになったものの遅すぎたな……
眠気が消えた。どうしようか
手元にある本は全て読んだ。大体の常識は理解した
でも、理解できないこともある
どうして人間と魔物は戦う必要があった?
ジンとマーモはあんなに仲良くしてるじゃないか
確かにジンは人型で見た目的にも知性も人間と変わりはない
だが、言葉が通じないと仲良くは出来ないのか?
手を取り合ってもっと楽しいことをすればいいじゃないか
どうも理解できない……
それに、俺は『どちら側』なんだろうか……
まぁ、いずれにせよ解らない事ばかりの世界は——
「おもしろい」
そう言うとクロノスは微睡みの奥へと沈んでいった
——
「よかったのか?」
「何がですか?」
城壁を背にして二人は話す
「あんなに仲良くしてたのに黙って出てきて」
「仲良くしてないです。クロノス様こそ」
「なんだ?」
「旅に誘っていたではないですか」
「そうだなー、でも王様は連れ出せないでしょ」
「そうですね」
二人は顔を見合わせて笑う
「じゃあ、行くか」
「はい」
そしてまた、二人の旅ははじま——
「まちなさいっ!」
息を切らしてマーモが背後に立っていた
「私もご一緒いたしますわっ!」
「は?」
「だから、私も旅に出ますわ!」
「王様の仕事は?」
「勿論、こなしてきましたわ。国民が仲良く過ごせるよう、国内を区分して、各地域につき代表を立て、月に一度城で話し合う。結果のスクロールが私に届きますが、極力自分たちで解決するよう。どうにもならなければ、レヴィアちゃんに頼んで一時帰還すると言ってきましたわ!」
「お前って、意外と万能だよなー」
「褒められると照れますわ」
「意外とですね」
「ジンはうるさいですわ」
「マーモこそ黙ってください」
——っ
三人は笑う。そして……
「じゃあいこうかっ!」
『おーっ!』
三人の旅がここから始まる




