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とある非才の育児放棄(ネグレクト)

僕に主人公は無理ですってば!

作者: 維川 千四号

 本拙作は、未完のまま終わります。

 そういったモノに納得できない方は、ご遠慮下さいませ。


※大変お手数ですが、詳しくはシリーズの説明をご覧ください。



 むかし、むかし。

 別に昔じゃないし、どちらかと言えば今なんだけど、一応これが決まり文句なので――むかし、むかし。

 あるところに、主野(おもの)公人(きみと)という青年がおりました。

 彼は、実家の農業を手伝うのが嫌で田舎を飛び出し、都会に出れば自分も輝けるかも、と思いついて早一年。ボロアパートで毎日カップ麺をすする、それはそれは立派なフリーターでした。


 そして、バイトも休みのこの日。

 特に予定もないし、遊びに出ればお金がかかるし、動けばそれだけおなかが減るし、それどころか起きているだけでも電気代が掛かるし、という貧乏に――いえ、崇高な節約精神の下、彼は午前中を布団の中で過ごすつもりでした。


 しかし、そうは問屋が卸しません。それでは、お話が始まりません。

 というか、若者のそんな怠惰な生活を実況生中継したくありません。


 なのでそのとき都合良く、部屋に呼び鈴が鳴り響きました。

 それは『ブー』と『マー』の中間のような、なんとも気の抜ける音でした。


 しかし、どういうことでしょう。

 それを受けても、公人くんに動きはありません。目なんてとっくに覚めているのに、指一つ動かす気配がありません。


 だが、呼び鈴の主も負けてはいませんでした。

 連打、連打、連打。連打に次ぐ連打。そして最終的には、運動会でよく耳にする『剣の舞』まで演奏する域に達しました。


「ああ、もう! 居留守だって分かれよ!」


 さしもの公人くんも、これには諦めざるを得ませんでした。ただでさえ壁の薄いボロアパート。こんなにうるさくされたら、ご近所迷惑です。

 なので、どうせまた新聞の勧誘か何かだろうと、彼は嫌々ながらもドアを開けました。


「あ、あの、私のこと覚えてますか? 突然のことで驚かれるかもしれませんが、私、前世で助けていただいた鶴です」


 その瞬間、公人くんは新聞の勧誘のほうが良かったな、と思いました。

 女性の言う通り、突然のことで驚いていますが、たとえ突然じゃなくても驚いたと思います。真夜中「私、前世で助けていただいた鶴。今、あなたのアパートの前にいるの」と電話が掛かってきても、恐怖よりも先に「……今、なんて?」という疑問が頭に浮かんだことでしょう。


 ですが若干のフリーズがあったものの、その後の公人くんの対応は迅速でした。


「あ、そうですか。ウチ、そういうの間に合ってるんで、すいません」


 と、彼は笑顔でドアを閉めました。もちろん、素早く鍵を掛けることも忘れません。

 そして今度は今あったことを忘れるべく、布団へと戻りました。なんだかちょっとリアルな夢見ちゃったなぁ、で済まそうとしました。


 しかし、ドアの向こうから聞こえる声が、そうはさせてくれませんでした。


「お願いします、お話だけでも! 怒っていらっしゃるのは分かります! 私も一度覗かれたくらいで、あの態度はなかったと思います! 絶対に覗かないでくださいなんて、むしろ逆に覗いてくださいって言ってるようなものですもんね! だから今度はそんなこと言いません! もうどんどん覗いてください! 覗き放題、覗き大歓迎です! 覗きたいときに覗きたいだけ覗いて――

「ご近所に変な噂が立つわっ!」


 こうして公人くんは、自称・鶴の女性を部屋に招き入れることになりました。



 ◆ ◆ ◆



「現世では、はじめまして。織部(おりべ)鶴子(つるこ)と申します」


 きっちりスーツを着こなした自称・鶴の女性は、そう名乗りました。

 そして、名乗られたら名乗り返すのが礼儀。子どもの頃からそう両親に教えられてきた公人くんが「えっと、僕は……」と口を開いたときでした。


「主野公人さん、ですよね。現在飲食店でアルバイト中の二十一歳、独身、彼女なし。あ、そういえば先日お誕生日だったそうですね、遅れましたがおめでとうございます」

「あ、いえいえ、わざわざありがとうございます――って、違ぁう! え、何で知ってるんですか!? ストーカーってヤツですか!?」

「いやいや、そんなまさか! ちょっと探偵さんを雇って、調べてもらっただけですよ」

「やっぱり都会って怖いっ!」


 都会には魔物が棲んでいる。

 母親が常々言っていたことをこの日、公人くんは心から実感しました。今日までたまたまエンカウントしなかっただけで、実はここはダンジョンの中だったんだと。そして自分が初期装備のままのレベル1だと。


 しかし、そんな公人くんをよそに鶴子さんは続けます。


「あの、それで、前世のお礼を改めてさせていただきたいと思っているのですが、何かお困りのことや欲しいものなどありませんか? 私にできることでしたら、できる限りのことをさせていただきます」


 お困りのことは、鶴子さんが訪ねてきたこと。欲しいものは、この部屋の安寧。

 瞬時にそう思った公人くんでしたが、それを口に出すほど愚かではありませんでした。

 何故なら、これが世に聞く悪徳商法だと気付いたからです。人を混乱させて判断力を鈍らせ、何かを欲したときにすかさず金銭を要求する。ですからここで迂闊に発言してはいけないと、彼の危機管理能力が警鐘を鳴らしたのです。


 と、そのときでした。

 再び『ブー』と『マー』の中間の音が鳴り響いたのは。


「はいはーい! 今、出ます!」


 先ほどとは打って変わって、今度の公人くんは勢い良くドアに向かいました。

 来客の予定はありません。郵便や宅配が届く予定もありません。

 ですが、鶴子さんとの一対一の攻防戦から抜け出せるなら、もはや何でも良かったのです。いつも邪険にしている新聞の勧誘のおじさんだって、今なら部屋に招き入れてお茶を御馳走できそうな気分です。

 そして、それを理由に鶴子さんにはお帰り願えれば、というのが彼の魂胆でした。

 なので今度も相手が誰かも確認せず、公人くんはドアを開けました。


「とつぜんすみません! どうしてもあの味がわすれられないので、もう一度きびだんごをもらえましぇんか?」


 ……あ、噛んだ。

 三人組の少女を見て、公人くんがまず思ったのはそれでした。



 ◆ ◆ ◆



犬飼(いぬかい)イレーヌです。小学二年です。みんなには『いーちゃん』ってよばれてます」

「えっとね、さーちゃんは猿渡(さわたり)紗里奈(さりな)。でね、こっちがきーちゃん」

「……雉原(きじはら)、きらら……」


 三人の少女の自己紹介を聞き終えて、公人くんは自責の念にかられていました。どうして自分は、あんな簡単にドアを開いてしまったのかと。

 ですが、後悔先に立たず。全てはドアを開いた瞬間に終わっていたのです。


 小学生という珍客と、またもや襲い掛かる謎発言に、完全にポカンとしていた公人くん。

 その姿を見て「…………?」と、きーちゃんはさーちゃんに耳打ちし、さーちゃんはその内容をスピーカーのようにこう伝えたのでした。


「えっとね、きーちゃんが『とりあえず立ち話もなんなので中に入れてくれませんか? それとも、ここで防犯ブザーを鳴らしながら、知らない人に誘拐されるーって叫ばれるほうが良いですか?』だって!」


 無邪気に発せられた究極の二択に、もちろん公人くんは無条件降伏しました。

 そしてそれ以降、彼には防犯ブザーが拳銃の引き金に見えるようになってしまいました。


 というわけで、家主である公人くんと、未だ帰ってくれない鶴子さんと、三者三様な女子小学生たちという構図になったボロアパートの一室ですが、おやおや何やら不穏な空気が漂っているようです。


「…………?」

「えっとね、きーちゃんが『これから私たち、かつての仲間同士で大事な話をするので、部外者のおばさんはさっさと出ていってくれませんか?』だって!」

「あらぁ、私、まだ二十六なんだけどなぁ。だけど、お子様のお嬢ちゃんから見たらすごく大人っぽく見えちゃうのかなぁ。というか、私が先に大事な話をしてたんだけどなぁ」

「あの、主野さん! たいへんもうしわけないのですが、お手あらいをおかりしてもよろしいでしょうか?」


 実家に帰りたい。

 今日ほど、公人くんがそう思ったことはありませんでした。

 しかし、ここに逃げる場所はありません。しかも唯一の隠れ場所は、只今いーちゃんが使用中です。

 そして、そんな自宅難民な公人くんに、矛先は急に向けられるのでした。


「…………!?」

「えっとね、きーちゃんが『かつて命を賭けて共に戦った仲間と、このおばさん。我らが大将にとって、どっちの話のほうが大事ですか!?』だって!」

「あら、それはやっぱり大人ですから順番が大事ですよねぇ、公人さん?」

「えーっと、ですね……」


 目が個人メドレーのように泳ぐ公人くん。

 片や都会の魔物であり、片や拳銃を持ったスナイパー。どちらを選んでも、ここから生き延びることは困難を極めると思われました。


 しかし、そんなときです。

 三度(みたび)『ブー』と『マー』が奏でるハーモニーが、彼の耳に届いたのは。


「今! 今すぐ出ます! 今まさに出ます!」


 脱兎のごとく、公人くんはドアノブに飛びつきました。

 そして、祈りました。

 どうか新聞の勧誘のおじさんであってくれ、と。今なら定期購読してもいい、と。


 そしてドアを開くと、そこには――


「ご無沙汰しておりやした。あっし、前世にて兄貴に助けていただいた亀でございやす。実は以前お渡しした箱が、こちらの手抜かりで間違ったものを渡してしまっていやして、ウチのお嬢が是非ともそのお詫びがしたいということでしたので、この度こうしてお迎えに上がった次第でございやす」



 ――さてさて、公人くんは明日の朝日を拝めるかな?




『人物紹介』


★主野 公人(オモノ キミト)

 由緒正しき農家の二男にして、今や立派なフリーター。

 前世の記憶は戻ってないので、周りの人々の言動が意味不明だが、とりあえず「前世の僕、何してくれてんだゴルァ!」とは思っている。

 好きな食べ物は、カップ麺。


★織部 鶴子(オリベ ツルコ)

 前世は公人に助けてもらった鶴で、現世は小さなマーケティング会社社長。先日、街中で公人を見かけた際に突然、前世の記憶が戻った。

 手先の不器用さが壊滅的で、マフラーすら編めない。前世の自分が機織りできていたことが、本人的にも不思議。

 好きな食べ物は、やげん(焼き鳥)。


★犬飼 イレーヌ(イヌカイ イレーヌ)

 前世は公人のお供の犬で、現世は金髪碧眼女子小学生。父親が日本人で母親がフランス人。前世の記憶が戻ったきっかけは鶴子と同様で、他二人も同じ。

 子どもらしからぬ礼儀正しさだが、空気は読めない。緊張するとよく噛む。日本生まれ・日本育ちなので、見かけに反して日本語しか喋れない。

 好きな食べ物は、玉ねぎ。


★猿渡 紗里奈(サワタリ サリナ)

 前世は公人のお供の猿で、現世はスピーカー系女子小学生。いつもきららの言葉を周りに伝えているが、その内容はよく分かってない。

 普段ぼけーっとしているが、各種能力が高く、言われたことはちゃんとやる。故に、学校の成績は結構良い。

 好きな食べ物は、給食。


★雉原 きらら(キジハラ キララ)

 前世は公人のお供の雉で、現世は無音系腹黒女子小学生。三人組の参謀役。

 子ども扱いされることを嫌うが、時と場合によって、子どもであることを最大限に活用する。鳥類としてのランクが上のような気がして、鶴子のことを目の敵にしている。

 好きな食べ物は、プリン。


★亀井 助三郎(カメイ スケサブロウ)

 前世は公人の助けてもらった亀で、現世はスキンヘッドにサングラスのどう見てもカタギじゃない人。姫乃の運転手をしている最中、公人とすれ違い、姫乃と共に以下同文。

 可愛いものが大好きだが、舎弟たちにバレると面倒なので、組長から口止め中。後に鶴子に好意を寄せるが、自分は姫乃の所有物だと心に秘める。

 好きな食べ物は、クラゲ。


★乙木 姫乃(オトギ ヒメノ)

 前世は公人を歓迎した竜宮城の主で、現世は『長金おさかな組』組長の一人娘。通称・お嬢。

 とりあえず公人が好き。とにかく公人が好き。彼を手に入れるためなら拉致監禁して、その罪で組の若いモンを警察に出頭させたって構わないと思っている。そして姫乃なら本気でやりそうなので、組の若いモンは戦々恐々としている。

 好きな食べ物は、タイやヒラメの刺身。


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