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門をひらく者(4)

 黄昏の女神は闇にかくれ、月の王が夜を支配する。

 神殿で巫女たちが語る物語の一部だ。世界はいま、黄昏の時代だと言われている。

「わたくしたちは、月の王をさがしています」

 でもそれは物語だと、お伽噺だと、きっとだれもが思うだろう。だから。

「貴方はわたくしたちの探す王に、なってくださいますか」

 黒姫が言った。傍らの彼女がではない。自分たちを取り囲む黒姫たちの誰かが言ったのだ。どの娘が言ったかはわからないが、特定することに意味はない。彼女以外ならすべて同じことだ。

 ふと、その頭に気付いた。

 階段のところから青い頭を少しだけ覗かせている。ツァイの頭だ。こちらの様子をうかがっているのだろう。逃げもせず聞き耳を立てている。ちょっと前まで腰を抜かしていたくせに、それでもまだこの状況に好奇心があるのは悪くはない。ヴァートは知らず口元をほころばせたが、もちろんツァイには届かなかっただろう。

「僕は」

 ヴァートは、口を開いた。

 その姿と雰囲気を、不吉だと言うものがある。確かにいまの彼女たちからは、ちょっとした圧力を感じる。けれど無言の黒き娘たちに囲まれても、屈服することも逃げ出すことも、ヴァートの選択肢にはなかった。

 はじめから、答えは決まっているのだ。

 問われずとも自分には自分なりの信念がある。大事なものがある。……矜持がある。

 いままでそれを曲げずにきたから、いまの自分があるのだ。

「貴女方の王には、なりません」

 きっぱり言い切った。

 けれど黒姫たちは予想していたのかどうなのか、動揺したようには見えなかった。

「僕はウィンダリアの首席研究員、風車技師のヴァート・エメルダです」

 ヴァートは傍らの少女に目を落とした。彼女と目が合う。相変わらずの表情をしている。それでもヴァートは微笑みかけた。

「それ以外の僕が、僕だと言えるでしょうか」

 彼女が……ナツェルが、ヴァートに微笑み返した。

 小さな唇がわずかにほころび、ヴァートに応えた。

「ヴァートさまはヴァートさまです」

 それは肯定なのか、否定なのか。

「貴方が月の王でなくとも、黒の翼は貴方に天空の門を開くでしょう」

「え?」

 突然言われたことの意味がわからず、ヴァートが戸惑った……一瞬。

 すべてが消えた。

 ふたりを取り囲んでいたたくさんの黒姫たちが、一斉に姿を消したのだ。

 そのあまりにも鮮やかな退場にヴァートは驚いたが。

「……無事乗り越えた、んでしょうかね、僕は」

 自ら冗談のように肩をすくめて息を吐いた。

 隠れていたツァイが、這うように出てくる。ちらりと彼を見たが声はかけなかった。

 そして次の傍らの少女を見た。

 黒き娘、黒姫。

 彼女もまたその一員だ。彼女はひとり、この場に残っていた。ヴァートはそれがなにより嬉しかった。

「僕の言ったことは、皆さんのご期待通りではなかったでしょうか」

 彼女は、言葉では答えず、わずかに首をかしげただけだった。ヴァートは構わず続けた。

「僕の言ったことは、貴女のお好みではなかったでしょうか」

 すると彼女は、少し微笑んだ。

 くすり、と崩れたその笑顔は、なんだかとても自然だった。

「わたしは……自信家な人は、嫌いじゃないです」

 そして、あのときと同じことを言った。

「ああ、そうでした」

 ヴァートは息を吐いた。そうだ。彼女は初めからそう言っていたではないか。思い出すとなんだか懐かしい気持ちになった。

 よろよろと立ちあがりあたりを見回すツァイの態度が、ずいぶんとおっかなびっくりなので、ヴァートは笑った。

 笑われたとわかってツァイがむっとふくれっ面になるのが、また面白い。

 こんな気持ちになれるなんて、思わなかった。

 廃墟に佇む大風車台を、見上げた。

 いつまでも見上げていたいと思った。

 世界で一番美しい、この風車を。

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