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興国の階(5)

 ウィンダリアの王家のことは、実はあまり詳しくなかった。

 国王陛下はまだ健在だったし、王子殿下も王女殿下もいらっしゃった。

 だから詳しく知る必要はなかった。

 これといった噂も耳にしたことがないというのは、つまり、これといった問題がないということだ。

「ウィンダリアの王家は、でも、古い家柄ですよね?」

 ヴァートが素朴な疑問を返すと、黒姫はこくんと頷いた。それから丁寧に口を開く。

「ウィンダリア王家は決して複雑ではありません。ここ数代は嫡子に恵まれ、王となったものの兄弟姉妹も、ほとんど有力貴族と婚姻を結んでいます」

「と、いうことは?」

「侵略者にはそれらを一網打尽にするのは簡単なことでした」

 丁寧に、でも淡々と話す彼女の様子に、ヴァートは絶句した。

 簡単? 一族の血を絶やすことが?

 あくまでも冷静に話す黒き娘を、ちょっと冷静すぎるんじゃないだろうか、と思う。

「まさかとは思いますが、貴女はその場面を、目にしたわけではないんでしょうね」

 ヴァートは年齢の割に落ち着いていて大人びていると言われているが、さすがに人が……歴史物語や神話の登場人物ではなく、言葉を交わしたことがあるような人々が、いかなる手段でその血を断たれたのかなんて、想像したくもないし、実際聞きたくもない。そしてもちろん、彼女にも触れさせたくない。

「すべては見てません」

 なのに彼女はさらりと告げた。

 なにを見たのか、とは聞きたくないのだが、それとも聞いてあげたほうが彼女にとっていいのだろうか。嫌な記憶は閉じ込めて触れずにいたほうがいいのか、人に話してしまったほうがいいのか。

 ヴァートがひとりもんもんと思い悩んでいても、黒姫はいつもと変わらない様子で、わずかに首をかしげた。

「ヴァートさまは、王家か貴族のどなたかと、親しかったですか? その方の最期をお聞きになりたい?」

「いいえ!」

 ヴァートはあわてて遮った。

 ……わかった。

 嫌とかどうとかいう話ではないのだ。

 彼女にとって……彼女たちにとってそれは仕事なのだ。

 仕事に好きも嫌いもない。

「わかりました。つまり貴女がたは、名実ともにウィンダリアの王家が滅びたと、そう明言するのですね?」

「はい」

 迷いなく頷く彼女に、ヴァートは思わず……へたり込んでしまった。

 森の色を表した濃い緑色のマントを身体にまきつけ、座ってしまったヴァートに、黒姫はしばらくの間突っ立ったままだったのだけど、やがておずおずと隣に座った。

「……ごめんなさい」

 そして、ぽつりと言った。

「え?」

 ヴァートは顔を上げると、隣には白い横顔があった。

「貴女がなにを謝るんです?」

「よく、わからなくて。たくさんの人が……」

 彼女はちらり、とヴァートを見て、それからふいっと目をそらし、ますます小さな声で呟く。

「処刑されていくのを見ましたが、わたしはあまり……その」

 再び彼女がちらりとヴァートを見る。また目をそらす。

「つらいとか、そういうことを思わないので……」

 不器用に、申し訳なさそうに言う。

「なのでヴァートさまがこの話を聞いてどう思われるか、なんて、気が回らなくて……ごめんなさい」

 ああそうか、とヴァートはどこか納得しながら、安心していた。

 彼女はヴァートほど傷ついていないのだ。その理由とか背景とかにはいまは目を瞑って、今回の件だけは素直に思おう。

 彼女が、無感動に生かされていて、良かった……と。

「僕こそすみません。大丈夫ですよ、僕はこれでも結構したたかですから。現実主義者ですしね」

 にこ、と微笑んで見せる。

 確かに話を聞いたときは多少動揺したけれど、そう、過ぎたことだ。歴史はやり直せない。

「ですから、そう」

 ヴァートは、現実主義者だ。現実にならないような夢は持っていなかった。未来は必ず、自らの手でつくるものだった。だから。

「王、というのは、なんの例えですか」

 少し、強張った声で。少し、きつい眼差しで。

 ……でも。そんなものにわずかもたじろぐはずはなく、黒姫はヴァートを見返した。

「そのままの意味です」

 さらりと紡ぐと、空へと目を転じた。

 もう、鐘は鳴っていない。

 でも空は燃えているように真っ赤だった。

 夕焼けは、黄昏の女神が世界を見下ろしているのだという。女神はこの世界を見下ろして、はたして微笑むのだろうか。

「黄昏の女神の時代は終わります」

 彼女が、言った。

「……え?」

 ヴァートは驚いて見返したが、彼女の様子はいつもと変わらなかった。

 それは神話ではないのか。おとぎ話では。現実のようで、起こり得ない話。

 けれど彼女の言葉はまるで、よく晴れた空を見て、明日は雨ですねと言われたみたいだった。

 いや、実際そんなものなのかもしれない。

「ヴァートさまは、この神話を知っていますか」

「はい?」

「黄昏の女神は闇に隠れ、月の王が夜を支配する」

 彼女が唇に乗せた一節は、この国の人々にとどまらず、近隣の国のほとんどの人が知っている神話だった。

 神話であり、予言だ。

「もちろん聞いたことはありますが……貴女がたはどちらの解釈なのですか」

 この予言には大きくふたつの解釈があるとされている。

 黄昏の女神が闇に隠れるとは世界が終わることだ、という考えと、現在の黄昏の女神の時代が終わり、新しい月の王の時代が始まるのだ、という考え。

 ヴァートがたずねると、彼女はじっとヴァートを見返してきた。

「……なんでしょうか」

 そのただならぬ様子にヴァートも見返す。

 見つめ合う、息を詰める瞬間。

 まるで、なにかを恐れるような。

「わたしたちは」

 黒姫は、唇だけを動かして言った。

「わたしたちが、月の王をお支えするのです。そのためにわたしたちはいるのです」

 神話の話ではない。

 それが彼女たちにとって重要なのだと、黒き娘の双眸にはゆるぎないなにかがあった。

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