2
間に合わなければいい、そうは思っていたものの、御者の腕が良かったというべきか、配慮が良かったというべきか、舞踏会その日には王都に到着してしまった。
此処で御者を恨むのは余りにもお門違いというものだろう。恨むべきは、私の不幸なことか、幸運なことか。いや、何よりは王家か。
...来てしまったものはしょうがない、と早々に諦めをつけると、思考をポジティブに切り替えようとする。
折角王都に来たんだ、色々見て回りたい。お金はないけど、王都には私の家の近くでは見られない珍しい物が沢山ある。外国から輸入したもの、城下町のレンガ通り、中央の噴水広場...それこそお伽話の世界の如く、見目麗しい物もので溢れているのだろう。好奇心だけは人一倍ある私にとって、この町はどれほど楽しいのだろう。考えたらわくわくしてきた。
(それより前に、まず宿に荷物を置かせてもらわなきゃ。えっと、確か中央三番通りの...)
御者は、少し離れた宿の厩に馬車を繋ぎに行ったので、今は一緒ではない。
地図を頼りに、重たい荷物を持ってよたよた歩いていると、不意に後ろから声がかかる。
「よぅお、嬢ちゃん。一人旅か?」
恐る恐るといった感じで後ろを向く。
そこにいた人物、男は見るからにチンピラである。
関わると面倒そうだけど、無視は無視で色々言ってきそうで怖い。
「...すみません、急いでいるので」
「連れないなァ。ちったーつきあえって。悪いようにはしねぇから」
どの口でそれを言っているのか。
ろくでもない顔...失礼、ろくでもないことしか考えてなさそうな顔をしている。
「なあ?ちょっと遊ぼうぜ。」
「...すみませんが、本当に忙しいんです。他を当たってくれませんか。」
それでも引こうとしない男に、逆にこっちが引き気味になっていると、
「でけぇ荷物。あ、そうか嬢ちゃん旅行?もしかして、今夜の王城の舞踏会参加する、とか。」
いきなり核心をつかれ、ピクリと反応してしまう。
それを見た男は、アハハ、ビーンゴーなどと下世話に笑う。
ああ、面倒臭い。
誰か、誰か助けてくれないだろうか。
この下品な男は、きっと、私がどんなに優しく言っても聞きはしないだろう。
外に助けを求めて仕方ないだろう。
そんな時。
不意に私を庇うように間に割り入ってくる影があった。
「な、何だテメェ!!」
「淑女を誘うのであれば、しかるべき場所で、もっと紳士的に誘うものですよ。」
私は背中を見ているのでその表情は分からないが、いたく物腰柔らかに、そして無礼を咎めるような厳しい口調でその人は声を出した
「なっ、そんな事をテメェにいわれる筋合いはねぇ!!とっとと失せろ!!」
余裕の態度に激昂で返す男。しかし、明らかな差があることは、目に見えて分かるだろう。
その人は、静かに、悲しげに、口を開いた。
「ご息子がこんな風に育ってしまうなんて...ご一族が不憫でなりませんよ、ドリグラッド殿」
そのラストネームは聞いたことがあった。
中央十二貴族の一つ、だった気がする。
こんな男が。
呆れてしまう。
対して眼の前のその人はどうだろうか。
紳士な態度、綺麗な言葉遣い、後ろからでも綺麗に見える銀髪...
ん?
銀髪?