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最後の文化祭

 翌日の帰り道で、リョウはさっそく由梨を拝み倒していた。

「悪い、ゆり。ちょっと隠れ蓑にさせて」

 って。本当に両手で拝んでるし。そんなリョウを、ちょっと複雑な気分で後ろから眺めている俺に、ジンがコソコソと話しかけてきた。

「この前から、荒れてると思ったら。亮にしちゃ珍しく必死だな」

「だな。昨日、俺に話を持ち掛けて、今日、だから」

 二人の様子を見ながら返した返事に、ジンが変な咳をした。横目で見ると、ペットボトルを片手に口元をぬぐっている。

「何、やってるんだ?」

「変なところに、お茶が入った」

 そんなやり取りを交わしている間に、由梨とリョウの間で話がついたらしい。

「じゃぁ、どうぞ、隠れ蓑に使って」

 由梨の返事に、リョウがほっと息をつきながら微笑んで。

「サンキュ。マサもいいかな?」

「なんで、そこで、まっくんに許可をとるのよ」

 ほら、やっぱり。

 ”なんで”リョウが俺に許可を取るのか。ちょっとくらい、考えろ。

 ここで、ダメって言ったらこいつどんな反応をするのかなって、由梨の顔を見ながら

「由梨がOKなら、俺は別に」

 リョウにOKの意味を込めた返事をする。


 リョウは片手で俺を拝んできた。

 『すまん』って、唇が動くのに対して。

 『いいから』って。苦笑で応える。



 噂の伝わるスピードってのは恐ろしいもんで。

 十日もすれば、学年中に由梨とリョウが付き合ってるらしいってのは、公然の秘密みたいになっていた。

「なぁ、中村を山岸に盗られたのか?」

 俺に正面切って黒木が尋ねてくるほど。

「何を根拠に」

「お前ら名前で呼び合ってたじゃん?」

「……今でも、呼んでるぞ」

「じゃぁ、山岸の彼女って、やっぱりガセ?」

「ガセっぽいのか?」

 どんな話になっているのやら、って尋ねてみる。

「山岸は、『彼女が居るけど、相手はナイショ』なんだって。中村も、『付き合ってるかどうかはナイショ』って」

 また、二人して微妙な。

「結局、お前と山岸のどっちが彼氏なわけ?」

「さぁ? ナイショ、だな」

 二人の邪魔をしないように。でも、俺自身が許せる範囲で。

 俺も、微妙な返事を返す。



 年が明ける頃には、そんな微妙な会話も減ってきた。二人ともがそのまま否定も肯定もしないまま、噂の自然消滅を図っているらしく。

 俺たちは変わらぬ距離感のまま、三年生になる日を迎えた。



 三年生になると同時に、うちの部は学年の半分が退部して。残ったのは俺と黒木とベースの清水とって。

 無理だろ、これ。文化祭どうするんだ。

 でも、仕方ないか。市内二位の進学校だし。俺たちみたいに、音楽を進路にしてないんだから。


 去年の文化祭の後から。暇があれば三人で徒然に話をしていて、将来はプロを目指そうってことになった。

 まぁ、本気なのは俺とリョウだけで、ジンは半分ジョークみたいに思っているらしく、

「そのうち、原口に会うことがあったら、あいつにも言っとくよ」

 って、笑っている。

 はじめの一歩として、最後の文化祭にはオリジナルの曲、やれたら良いなって俺は勝手に考えて、曲のモチーフなんかを作り貯めしている。まだまだ、モチーフばっかりで形にならないけど。 



 そして、それは梅雨のさなか。前日の快晴が気のせいだったような、どんよりと曇った月曜の朝だった。

 全校朝礼があるからって、吉村先生に音楽室をいつもより早めに追い出された俺は、昇降口へ向かっていた。

 まだジンたちと練習を始めてなかったし、軽音部で朝練までする奴は俺だけだし。一人のんびりと、階段を降りていて。一階に着いた所で、並んでいる下駄箱の向こうにジンの姿を見つけた。

「ジン! 遅いじゃないか」

 俺の声にこっちを向いて軽く手を上げるジンの所に、遅刻ぎりぎりだぞ、って言いながら近づいて。


 奴の姿に、一瞬言葉を失った。


 ジンは、いつものスポーツバッグの代わりにリュックを背負って。

 松葉杖をついていた。


「なに、やったんだ?」

「んー、土曜日の試合で、スパイクを打ったあと着地に失敗して。膝、やっちまって」

 そんなことを、俺が初めて耳にするボソボソした声で説明するジン。

「バレーは?」

「もう、無理」

 あっさりと言いながら、上靴を出す。

「おい、今日は朝礼だぞ」

「でも荷物、教室に置かなきゃ」

「それくらい、置いてきてやるよ」

「そうか?」

 教室、二階だけど。上がって降りてって大変だろうが。

「じゃぁ、頼めるか? 職員室にも行ってこなきゃならないし」

 そう言って背中からリュックを下ろすのを手伝って、ジンの座席を聞き出して。

 俺はさっき降りてきた階段を、もう一度のぼった。



 その日の夕方、顔を出したバレー部の部室にジンの姿は無かった。

「ジンくん、一足先に引退するからって」

 いつものようにヤカンを洗いながら、由梨が説明してくれる。隣では、小柄な一年生のマネージャーがコップを洗っている。

 手術を受ければバレーを続けることもできるらしいのに、ジンは『バンドをするほうを取るから、もうバレーはお終い』って、由梨に言ったらしい。


「音楽って、どれだけの犠牲が必要なんだろ」

 ため息混じりの由梨の言葉に、胸を突かれる思いがする。

 由梨は歌を無くして。ジンはバレーを捨てて。

「それでも、まっくんたちは音楽から離れられないんだから、仕方ないよね」

「仕方ない、か」

「うん。音楽馬鹿だし」

 キュっと、音を立てて蛇口を閉めた由梨が、ピッピと手を振って水を切っている。濡れるから、と持たされていたハンドタオルを渡してやる。


 俺は、何かを犠牲にしてきただろうか。

 それとも、これから大事な何かを犠牲にする日が来るのだろうか。


 目の前で、オレンジ色のタオルで手を拭いている由梨を見下ろす。

 願わくば。

 犠牲にするのが、由梨ではありませんように。



 ジンの松葉杖が取れて、期末考査も終わって。短縮授業になろうかという頃合に、ジンが数編の詩を持ってきた。

「怪我で動けない間、ヒマでさ。ちょっと書いてみたんだけど。プロになるなら、曲も作るんだろ?」

 俺たちを試すような表情で、ルーズリーフを差し出すジン。

 受け取って、ざっと目を通す。

 この半年余りに書き溜めたモチーフに、うまいこと合いそうな部分が数ヶ所見つかる。これは、形にできるかもしれない。

「ジン、しばらく預かっていいか?」

「ん。煮るなり焼くなり。亮もコピーいるか?」

「いや、俺はこれから生徒会のほうが忙しくなるし。そもそも作曲なんかしたことねぇよ」

 マサに任せた、って言いながら、ノーサンキューのジェスチャーをする。

 楽譜を入れたクリアファイルに挟んで。

「じゃぁ、明日の朝。一度ジンの声域調べさせて」

「了解。久しぶりの朝練だな」

 うれしそうに笑ったジンは、コーヒー牛乳のパックにストローを差し込んだ。



 夏休みまでに、なんとか三曲、形になった。これで、文化祭にはオリジナルで演奏できる。

 今年の夏休みは、さすがに受験生なので、学校の補習や予備校の短期講習に行って。合間にジンたちと練習したり、部活をしたり。

 部活のほうは、去年の三年生と同じように、一年生との混成バンド。難しい曲は使えないから、そこそこの練習で何とかなりそう。



 その日は、数学の補習があって。久しぶりに由梨と会った。ちょっと練習してから帰るつもりを変更して、二人でバスに揺られる。

「へぇ、まっくんも楠姫城市に?」

 そう尋ねる由梨は看護大学志望らしい。

 西隣の楠姫城市には、通称”学園町”と呼ばれる、大学が数校集められた地域があって、由梨の目指す看護大もそこに含まれている。

 そして、

「ああ。学園町に総合大学があるだろ? あそこで音楽理論の勉強をしようと思って」

「あ、バンド……」

「そうそう。ジンはまだ半分ジョークだって思っているみたいだけどな。俺たちはプロになるつもり」

「それで、いまさら音楽理論?」

 いまさら、って。由梨と一緒に音楽教室で習った基礎と、授業くらいだぞ。俺だって。

「ジンの声に合わせた曲を作るために、一度ちゃんと系統立てて勉強しておこうと思ってさ」

「まっくんが作曲もするんだ」

「うん。今度の文化祭も、オリジナルで演る」

 そんな話をしていたら、曲が頭の中で巡りだす。

 リョウのあの部分、ちょっと変えてみるのもいいかも知れない。


「それが、オリジナル?」

「うん?」

 由梨の声に我に返る。

「今、歌ってたでしょ?」

 え、あれ?

 声に、出てたか。

 由梨に歌を聞かれるのは音楽教室以来になるな、って思ったら、妙に恥ずかしくなる。

「今のは、忘れろ。で、ジンの声で聞くのを楽しみにしてろよ」

「えー。何で?」

「”ゆうりちゃん”に聞かせるような声じゃない」

 あんなにきれいな声で、上手に歌ってた子に、なんて。


 由梨は、

「ふうん、そ」

 と、軽い相槌だけをうった。



 そして、今年も文化祭の日がやってきた。

 今年の俺のクラスはフランクフルト屋。火を使うから、消防法がどうとかで屋外のテントでの活動になる。

 部活のほうの準備は去年の俺たちみたいに二年生がするから、今年は出番まで店番。由梨にも大体の時間を言っておいたけど、あいつの当番の時間と微妙に重なっているんだよな。俺、初めて店番するんだけど、来るかな?

 そんなことを考えながら、ぱらぱらと来るお客の相手をする。

「いらっしゃい。って、原口だ」

「マサじゃん。店番か。負けてくれ」

「何でだよ。倍払え」

 笑いながら”定価”を払った原口に、商品を渡す。

「今年も出るんだろ」

 渡したときにケチャップでもついたらしい、指を舐めながら尋ねてくる原口に、

「おお。トリだから、期待しとけ」

 自分で言うのもアレだけど。

 去年の人気投票でも、ぶっちぎりでトップだった”ジンとリョウとマサ”。今年は三年だから、文句なしに大トリで。アンコールも考えに入れといてくれって、実行委員から言われている。

「じゃぁ、3時過ぎか」

「そんなもんだな。遅れんな」

「はいはい」

 じゃぁな、って手を振りながら原口が立ち去る。


 当番を終えて。由梨は来なかったなって思いながらテントを出て、校舎へと向かおうとした俺の背後で

「あ、きりゅうさん」

 由梨の声がする。

 振り向くと、あの”きりゅうさん”に話しかけている彼女の姿が見えた。

 言葉を交わして微笑む由梨の表情は、『男って意識されてない』と言っていたリョウたちに見せるのとなんら変わりない、いつもの彼女の笑顔で。

 なんだかその表情にほっとして、”次は俺の番”なんて、また『わけ、わかんない』って言われそうなことを考えた。

 ”考える”だけなら、出来るのに。

 一年生の頃から比べたら、格段に近づいた今の関係を壊すのが怖くって、何一つアプローチの出来ない情けない俺。


 そんな俺は、彼女に声をかけることも無く。そのまま校舎へギターを取りに向かった。



 つつがなく部活のほうのステージを終えて、三人で腹ごしらえを済ます。去年の、ガタガタぶりが嘘のようにリョウは、いつもどうりで。

 やっぱり緊張じゃなかったんだな。どんなトドメを刺されたら、あそこまで崩れるのやら。

 ステージが設えられている小グラウンドよりも小高くなっている学食の窓から、野外ステージの様子を眺める。ここからだと結構、客席の様子がよく見える。ステージから向かって左手、前から……十列目のあたりに、由梨がいつも一緒にいる友人たちと座っているのが見えた。


 今年は、”そこ”なんだ。 

 見てな。由梨。

 俺の”最初の曲”を。



 舞台袖でスタンバイをしているときに、

「原口、今年もいる」 

 ほらあの辺と、指をさしながらジンがうれしそうに言った。

「聞いて驚け。今年もパワーアップだ」

 目を細めたリョウの声に、司会の声が重なる。


〈 今年のステージもこれがラスト。そして、こいつらがここで演奏するのもラストだ。ジン&リョウ&マサ! 〉


 この年初めて、ジンがMCを入れた。

〈 このステージで俺は、歌の楽しさを知りました。仲間と会いました。すべての始まりだった、この場所に感謝をこめて 〉

 打ち合わせどおり、ジンの言葉でカウントをあわせてリョウと最初の一音。


 俺たちの作った初めての曲が、産声を上げた。


 バラードを含めた、三曲を演奏して、

〈 どうも、ありがとう。ジンとマサそしてリョウ でした 〉

 今年もジンがステージを締めくくる。


 袖に引っ込んで、ジンがペットボトルのお茶を手に取る。客席からは、波のようにアンコールの声が響いている。

〈 ジン、もう一曲いけるか? 〉

 マイクを通した司会の声に、ジンがストップをかける。

「アンコール、なし?」

 マイクをはずした司会が尋ねてくるのに

「ちょっとだけ、息入れさせてやってくれるか」

 リョウが答える。ジンも手にしたお茶を目の高さに上げてみせる。

「OK。じゃぁ、ちょっと時間稼ぐな」

「悪い」

 ヒラヒラと手を振りながら、司会がマイクに戻る。

〈 ちょっと、休憩を入れさせてやってくれ。ハイ、客席のみんなも深呼吸~。トイレは大丈夫か 〉

 客席からのコールが途絶えて、笑い声が起きる。

「OK。行こうか」

 ジンがお茶に蓋をして、立ち上がった。

 横目で見ていたらしい司会に合図を送るリョウ。


 さぁ。高校ラストの曲だ。

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