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二年の文化祭

 今年も夏休みは、文化祭の練習と市民プール。

 打ち合わせ、の名目でジンたちと買い食いをするせいで少し体重が増えてきたし、夜な夜な夢に現れる由梨のせいで、体に熱が篭るし。

 まとまった時間を見つけては泳ぎに行く俺に、

「水泳部、続ければ良かったかもね」

 と言いながら、母さんはプールの回数券を買うお金をくれる。

「運動の癖をつけておいて良かっただろ?」

 父さんはそう言いながら、電車の回数券を買うお金をくれる。

 

 俺のこづかいは、ジンたちとの練習場所の確保に使った。

 さすがに夏休み中の音楽室は、俺たちと同じように文化祭を目指す合唱部やブラスバンドが使うから、朝練みたいに使うわけにはいかない。

 駅前の音楽教室が、個人練習用に空き教室のレンタルをしているのを見つけたのは、ジン。たまたま、俺がギターを習っているところと系列が一緒だから、生徒割引で少し安く貸してもらえた。その費用を三人で出し合う。

 高校生の小遣いだから借りる回数には限度があるし、借りられない日もあるしで、学校まで電車で二駅のところに住んでいるリョウの家で練習をさせてもらうこともあった。


 リョウの家は、下町の一軒家って感じで。お母さんも、愛想の良い”下町のおばちゃん”。俺たちが行ったら、時々、近所のおばさんがお茶を飲んでいたりする。

「あらー、亮くん。おかえりー」

「あー。たむら の おばさん。ただいま、です」

「元気?」

 ええ、まあ。とか言いながら、麦茶とおやつを持って俺たちを奥の間に誘う。

 ピアノを置いてある部屋に通されて、駆けつけ一杯ってお茶を飲んで。


 ああだ、こうだ、と相談をしながら練習を重ねる。


 練習を終えて、駅までの道を三人で歩いていると、リョウが必ず通りの奥を見透かすように覗く角があった。

 夏休みの終わりに近づいたその日。いつものように、通りを覗いたリョウが息を呑んで立ち止まった。


「どうした?」

 尋ねるジンの声も耳に入っていないようなリョウの様子に、俺たちも通りを覗く。

 三メートル、いや五メートルほど先。Tシャツにジャージを穿いたショートカットの女の子がこちらに背を向けて歩いていた。Tシャツの背中には、”Track&Field  蔵塚南”の文字が見えた。

 ここからすぐ、の所にある高校の陸上部、だな。偏差値が市内トップの学校だ。

「リョウ?」

「あ、悪い。行こうか」 

 そう言って歩き始めたリョウだけど、なんだか顔がこわばっているように見えた。


 もしかして。いつだったか言っていた”他校に行っている、好きな子”かな?

 それにしては、顔がこわばるってのが理解できないけど。



 二学期になって、今年も近隣のトップを切るように文化祭が行われる。

 射的をするうちのクラスは、あんまり人手がいらないとかで、今年は四十分だけ裏方当番。午後の野外ステージの後の当番にしてもらった。

 午前中は、部活のステージの準備に掛かりっきり。なんせ、一年が初心者ばっかりだし。


 そろそろ軽音部の出番も近くなってきたので、ギターを手に体育館へ向かう。

 丁度、柔道場の近くを通りかかったところで、後ろから呼ばれた。振り返ると、由梨が手を振っていた。

 一緒に居た黒木と、彼女のほうに歩み寄る。

 今日は、紺色の浴衣。そういえば、四組はお饅頭屋って言ってたっけ。


 新鮮な姿に見とれていると

「うわ、中村が浴衣って、似合わねぇ」 

 って、黒木が言い出した。由梨がむっとした顔をする。

 かわいいだけだから、男に見せるな。そんな顔。

「似合わないって言うより、見慣れないだけだろ」

 見慣れない、も違うな。なんか、違和感がある。 

 フォローのつもりの言葉を繋ぎながら、横に居る梅田、だったっけ? 由梨の友人と彼女を見比べる。

 照れたような表情で、そっぽを向く由梨。

 ああ、分かった。違和感の正体。 

「由梨、おまえ。死人になってる」

「はぁ?」

「着物のあわせが逆」

 自分の胸元を、右の親指で指し示す。

「だから、見ている方に違和感があるんだろ?」

 俺の言葉に、はっとしたように梅田と自分を見比べる。

「本当だ。左前だ」

 がっくり、って肩を落とした由梨は、当番の時間も近いんだろう。梅田に先に教室に戻るように促していた。

 軽く、梅田に手を振った由梨は、

「ジンくんが、裏方してるから教室に来て欲しいって。何か話があるみたい」

 襟元を気にしながら、伝言を伝えてくれる。

 ああ、昼飯の相談かな。ステージが終わったら、顔を出すか。

「サンキュ」 

 伝言の礼を言って、さっきの由梨みたいに軽く手を上げて、歩き出したところで、大事なことを思い出して、振り返る。

「野外ステージ、今年は見ろよ。二時過ぎに出る予定だから」

去年は確か、店番をしていたはず。よりによって、野外ステージの始まる午後一時からの当番に、”立候補”して。



 『誰が、行くもんですか』

 そんな返事が返ってくるのを半ば期待して、背中を向けた、のに。


 何のリアクションも無いことに不安になって。

 歩きながら肩越しに由梨を見る。


 死人合わせの襟元をつかむ様にして、更衣室になっている柔道場へと走る彼女が見えた。 

 


 体育館でのステージは、心配したような出来ではなくって。選曲も良かったのかな。今、流行のバンドのコピーだったから、観客のノリにも助けられた。

 それを考えると逆に、決してメジャーではない海外アーティストの曲を演奏して、人気投票でトップになった去年のジンたちは、とんでもないな。

 リョウの言うように、ジンの声は”世に出るべき声”なんだろう。


 そんな連中と一緒に演れる、午後のステージ。

 どんな音が俺たちを待っているんだろう。



 ざっくりと片付けを終えて、ジンのクラスに向かう。


「ああ、お疲れ」

 そう言って、お化け屋敷の裏口で片手を挙げるジン。

「待たせたか?」

「んー。そうでも」

 手にしたペットボトルのお茶を口にしながら、目で笑う。

「ゆりが『今からステージみたい』って言ってたから、こんなもんかなって予想してたし」

 ジンのクラス、E-2の隣が由梨の四組だから、通りすがりに報告をしてくれていたらしい。

「ゆりの所、行くか?」

「いや、いい。さっき会ったし」

 浴衣姿だけでも、十分キタのに。

 愛想を振りまきながら売り子をしているところなんて、あんまり見たくない。

「だったら、食堂の席取っといて。亮にも声かけてくる」

「どこにいるか、分かるか?」

「ん、なんか『今日は、教室から出ねぇ』とかって、朝、唸ってた」

「なんだ、それ?」

「さぁ?」

 二組に行ってくる、って、歩き出したジンに、俺も食堂へと足を向けた。



 ジンから少し遅れて、食堂に姿を現したリョウは、なんだか哀愁を漂わせていた。

「どうした?」 

 食券売り場に並びながら尋ねる。

「別に。何も」

「午後、大丈夫か?」

「大丈夫。にするから」

 そっけなく言いながら、メニューを見上げている。


 大丈夫に”する”なら、何も無いわけがないと思うけど。

 一本ずつ、つまむようにうどんを食べているリョウは、全身で『何も言うな、聞くな』と言っていた。


 ジンと顔を見合わせる。

「緊張、してるんだろ。さすがのキャプテンも」

 肩をすくめたジンはそう言いながら、定食のチキン南蛮を箸でつまむ。

 たしか、夏からバレー部のキャプテンがリョウになったって由梨が言ってた。エースアタッカーがジンだとも。

「キャプテン、関係ねぇだろうがよ」

 ほとんど食べ終えたリョウが、反論する。

「いやいや。鬼キャプテンでも、緊張するんだなってこと」

「誰が、鬼だよ」

「大魔神より、良いだろうが」

「どっちも、どっち」

 ジンとの会話を繰り返すうちに、リョウはやっといつもの笑顔を見せた。

 そして、ズルズルッと残りのうどんを一息に啜ると、

「やっぱ、足らねぇ」

 と言って、財布を手に食券売り場に並びなおしていた。


「何か、あったよな」

 その後姿を遠目に眺めながら、ジンに問いかける。

「うん。朝から、唸ってたのと関係ありそうだけど。あいつは俺と違って、メンタル強いから」

 そう言って味噌汁に口をつけたジンは その低い声で、俺たちが物心つく頃に放送されていたバレーアニメの主題歌の替え歌を歌って見せた。

「さすが、バレー部。そんなの見てたんだ」

「いや、見てても覚えてないし。曲だけだよ」

 ジンは低い声で笑いながら、一切れ残っていたチキンを口に放り込む。

「何が、曲だけだって?」

 リョウがトレーを手にして戻ってきた。

 うどんの後に、カツどんって、お前。

「足りねぇ、じゃ無くってさ。さっきは前菜だったんじゃないのか?」

 俺の言葉にうなずきながら、ジンも目を丸くしている。

「足りねぇもんは、足りねぇんだから良いだろ? 食事は全ての基本!」

 そう言うが早いか、新しく割り箸を割って口に運びだした。


「で、何が曲だけ?」

 三口ほど食べたところで、リョウが口を開いた。

「ん。お前さ、昔のバレーアニメって覚えてる?」

 ジンが何事も無かったかのように当たり障りの無いところに話を戻した。


 ステージのスタンバイまであと、一時間ほど。 


 リョウが、”大丈夫”になれば、何かが始まる。

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