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高校生って

 期末試験の少し前から、体育では水泳の授業が始まっていた。

 授業数の関係だろう。普段は男女で分かれて行われる体育の授業が、これだけは男女合同で行われる。


「おい、中村って、本当に同い年か?」

 そんなクラスメートの声に、女子の列を見る。他の女子より頭半分ほど背の高い彼女は、制服では隠れていたメリハリのあるスタイルを、競泳用の水着に包むことで際立たせていた。

「日本人離れしているのは、顔だけじゃないんだ」

「ほんとうにな」

「くそー。競泳用の水着が、凶悪」

「スクール水着だったら、まだ萎えるのに」

 オレも含めた、どうしようもない高校生男子の視線に気づくことなく、彼女は友人たちと屈託なく笑い合っている。

 頼むから。ちょっと恥じらいとか。

 いや、逆効果かな。恥じらう ゆうりちゃんなんて想像しただけで。危ない危ない。


 煮えあがりそうな頭を冷まそうと、がむしゃらに泳ぐ。

「おい、中尾。水泳部に」 

 タイムを報告すると、体育の古河先生が声をかけてくる。

「はいりません」

「そうか? もったいない」

 ぶつぶつ言いながら、先生が記録を書きとめる。


 その日から、時々。プールサイドで笑っている ゆうりちゃんが、夢に出てきては俺を悩ませる。



 暑くて長い夏休みは文化祭に向けた部活動と、頭に篭るような熱を冷ますために市民プールに通って過ぎた。

 時々、同じように部活に来ているらしい ゆうりちゃんを見かけることもあった。彼女は、男子バレー部のマネージャーをしているらしい。俺くらいの背の高さの男子と笑いあっている姿や、彼らに囲まれるようにして下校している姿を見る。

 あの中に、だれか。彼女の心を引く存在がいたりするんだろうか。

 高校生、だもんな。恋愛のひとつくらい、するよな。


 相変わらず、まともに会話もさせてもらえない俺は、指をくわえて見ているしかないんだ。



 悶々としながら、二学期を迎えて。

 近隣の学校のトップを切るように、文化祭の日が来た。

 俺たちのクラスは、縁日のようなものをするらしい。文化部は、部活優先で当番を決められるらしいけど。部活のステージが午前中で、昼から野外ステージで、って一時間続けての店番ができそうに無いから、ってことで、ちょっと長めに二回、裏方をすることで許してもらった。

 

 それなり、で午前のステージを終えて。食事を取って。

 午後からのステージは、部長が代表者なので、”三年生”の枠で出る。基本的には一年生から学年ごとに出演して。二年生以上は前年の人気投票の結果、一年生はくじ引きで出番が決まるらしい。


 一年生のステージの三番目、だったか。

 大柄な二人組みが出てきた。キーボードとボーカル、な。

 アイコンタクトで、アメリカのロックバンドの曲が始まる。


 なんだ、この声。

 低くても通りが良くって。うん、いい響きをしている。二曲目のシャウトも咽喉だけじゃなくって、体に共鳴させている声で、いい感じだし。

 この声に、ゆうりちゃんの声がかぶれば……。

 想像しただけで、身震いがする。ものすごい物になるに違いない。


 三曲を演奏して。

〈 聞いてくれて、ありがとう。ジンとリョウ でした 〉

 ヴォーカルのやつはそう言って、人好きのする顔でニコっと笑ってステージを終えた。

 『ジンとリョウ』、か。

 俺は、その名前を胸に刻み込んで、三十分間の裏方をこなしに教室へと戻った。


 代休だった翌日、俺は市役所のあるターミナル駅へと向かって。”ジンとリョウ”が演奏した曲の、ギター譜を買った。


 来年。あいつらと、ステージに出たい。

 そして、もし。可能だったら。

 ゆうりちゃんにも歌って欲しい。



 それからしばらく、近隣の学校の文化祭が続く。

 偵察、とか言いながら、黒木たちと一緒にあっちこっちの文化祭のステージを覗く。

 こうしてみると、やっぱりあの”ジンとリョウ”のヴォーカルは頭抜けている。どこのステージでも、あんなのは居ない。

 他の学校のやつで、お、っと思ったのが南隣の市の学校のベースと、市の北部の学校のドラム、くらいかな。



 ジンとリョウに話を、と思って彼らの情報を集める。

 ヴォーカルのほうが、ジン。キーボードをしていたのがリョウ。もしも帰宅部だったら、軽音に引きずり込んで、って思っていたら、よりによって男子バレー部。

 けど、これは……もしかして、チャンスかもしれない。

 

 夏休みに、指をくわえるように眺めていた男子バレー部の集団。あの仲の良さだったら、彼らとつなぎをつけるついでに、ゆうりちゃんもコーラスに誘えるかも。


 そう考えた俺は、その日の放課後、部活の始まる前に彼女の姿を求めて体育館へと向かおうとしていた。

 三年生の教室がある二階へ降りる踊り場についたところで、

「あ、きりゅうさん」

 階段の下から聞こえた彼女の声に、見つけた、と、足を速める。

 数段降りたところで見えた彼女は、切ない横顔をしていた。彼女の視線をたどるように、手すりから体を乗り出して見下ろすと、階段を降りて行く男子生徒の後姿があった。


 ああ、そうなんだ。

 彼女は……。



 グサリと来た胸の痛みを押し殺して、残りの段を彼女のいる二階まで降りる。

「中村、何やってるんだ?」

 彼女の表情に気づかなかったふりで声をかける。俺のほうを向いた彼女は、さっきまでの表情をばっさりと振り払って、いつものケンカ腰で俺を睨む。

「なんだっていいでしょ」

「まあ、いいけどさ」

 あんな表情じゃなくなっただけでも。

「いいんだったら、放っておいてよ」

 売り言葉に買い言葉って感じで、彼女はそう言って俺に背中を向ける。

 ちょっと待てって。用事ぐらい伝えさせてくれ。

「中村って男バレのマネージャーだよな?」

 あ、良かった。足を止めて、とりあえず俺のほうを向いてくれた。

「そうだけど?」

「ジンとリョウってバレー部だろ? 一度、会って話がしたいんだけど」

「勝手に会えばいいじゃない」

 至極、もっともなご意見で。じゃ無くって。

「勝手に会えばいいのは解ってるけどさ。中村にもいて欲しいっていうか」

「なにそれ。わけわかんない」

 でた。ゆうりちゃんの『わけ、わかんない』。そんなに俺の話って、”わかんない”かな。

 伝われって、一生懸命、言いたいことをまくし立てる。

「ジンたちと、来年ステージ立てたらいいなって思っているんだけど。そこに、中村も入ったらもっといいかなって」

「あ・の・ね。何で、私が」

「ゆうりちゃん、聴音はメチャメチャだったけど。歌うのは上手だったから」

 あ、つい。

 一生懸命すぎて。子供のときの呼び方をしてしまった。  

 はぁーっと、ため息をついて、こめかみを押さえる彼女。

 ダメ押し、に言葉を重ねる。

「ジンとハモったら、きっとすごくいいと思う」

「ムリ」

「なんで。あれだけ歌えたら、他のパートに引っ張られないだろ?」

「ムリはムリ」

「ゆうりちゃん!」

「歌えないの!!」

 彼女の声が信じられないことを叫ぶ。

 

 呆然としていたのは一瞬。


 俺に背中を向けて、ゆっくりと階段をおりはじめた彼女の左ひじをつかむ。

「歌えないって、何で?」

「体が、音楽を受け付けないの! 歌ったり演奏したりしたら、気分が悪くなって。ひどいと吐くの!」

 何で、そんなことに。

 あんなに楽しそうに歌っていたのに。あんなにきれいな声だったのに。


 そして、返ってきた言葉に、俺は頭を殴られた。

「あんたのせいよ!」

 俺? のせい?

 ”天使”が歌をなくしたのは、俺のせい?


 いつの間にか、彼女の姿はなく。


 俺はただ、彼女の腕をつかんだ姿勢のままで固まっていた。



 俺も部活行かなきゃって、ノロノロと廊下をたどって部室へ向かう。

 ため息をついて。

 ギターを手に取る。


 楽譜を開いて、五小節も弾いたらさっきのやり取りは、心の奥底に沈んだ。


 思い出したのは、片付けを終わらせてから。

 数時間、心の奥底に沈めていた分、罪悪感が増している。


 彼女に謝んなきゃ。



 帰って行く仲間と昇降口で別れて、体育館を覗くとまだ練習中だったから、部室棟へ向かう。

 ”男子バレー部”の表札のかかった戸の前で、壁にもたれて待つ。

 あ、ゆうりちゃんに謝る”ついで”に、ジンとリョウとも話せたら、ラッキーかな。

 チラリとそんなことを考えながら待っていると、ポニーテールを揺らしながらジャージ姿の ゆうりちゃんが戻ってきた。

「練習、済んだのか」

 なんて声をかけようか、って、考えているうちに通り過ぎられそうで、とっさに言ったのがそんなことって。

 自分でも、訳わかんない。

「終わったら、何?」

 案の定、彼女は顎を上げるようにして睨んでくる。

「さっきはごめん」

「それは、何に対する”ごめん”なわけ?」

「ええっと……」

 歌をなくしたこととか、知らずに触れてしまったこととか。

 って、思っていることが。言葉に出てこない。

「自分でも解ってないくせに、謝らないでくれる? 余計に腹が立つわ」

「うん、ごめん」

 言葉が足らなくって。

 訳、わかんなくって。

 ゆうりちゃんは『ああーもう』って、小さな声で毒づきながら、頭を振っている。


「ゆり? どうした?」

 声がしたほうを二人で見る。バレー部、だよな。膝にサポーターしているし。

「あれ? もう片付け終わったの?」

「いや、ジョージさんが絆創膏くれって」

 『ジョージさん』って。それこそ、日本語が通じない生徒か?

 ゆうりちゃんはスッとしゃがむと、小脇に抱えていた箱を膝の上で開いて。消毒薬と絆創膏を取り出しながら、俺には見せないような顔で会話を交わしている。そんな二人を見ていて、無性にイライラする。

 受け取った薬を手に走り去って行く後姿を見送る ゆうりちゃん。昼間見たような、切なげな表情じゃないけど。

 俺としては、面白くない。さっきの会話といい。


「”ゆり”、じゃないだろ?」

 お前の名前、ちゃんと知っているのは俺だけだって。何かに、誰かに、宣言がしたくなる。

「まだ、そんなことを言ってるの?」

「そんなこと、じゃないだろ? 自分の名前、大事にしろよ」

「あんたには、関係ない。ああ、ジンくんたちも、そろそろ帰ってくるだろうから、話がしたいんだったら、今からすれば?」

 そう言って俺に背中を向けた彼女は、入り口の南京錠を開錠して中に入ると、後ろ手にバーンと音を立てて、引き戸を閉めた。


 とっさに出かけた手を止めてよかった。指、挟まれたら、やばかった。

 重そうな戸を見て、冷や汗が背中をすべる。


 動悸が走る胸を押さえていると、ガヤガヤと声が聞こえてきた。練習を終えたらしい様々な部の連中が集団で戻ってきては、それぞれの部室へと入っていく。

 さっき音を立てて閉められた戸が、今度は音も無く開く。

 制服に着替えた彼女はするりと出てくると、俺のほうを見もせずに廊下を歩き出す。


 バレー部らしき集団に出会った彼女は、彼らからヤカンとかを受け取って、部室棟の外へ出て行った。入れ違うように戻ってきた中の一人が俺に声をかけてきた。 

「あれ? 入部希望?」

 と。声をかけてきたのは、ジン。

 間近で見ると、でっかいな。俺もそれなりに身長がある方だけど。それでも、でかい。

「そんな訳ねぇだろ。軽音部の奴がいまさらバレー始めたりするかよ」

 ジンを軽くはたきながら、突っ込んだのがリョウ。

「俺のこと、知っているんだ?」

「あれ、だろ。三年と組んでステージ出てたやつ」

 リョウがそう言いながら、じっと俺の顔を覗き込んでくる。こいつは、俺より少し低め、かな。

 身長はともかくとして。

 ラッキー、だな。これは。  

「知ってるなら、話が早い。お前ら、来年、俺と一緒にステージでないか?」

「んー。来年もするのか? とおる」

 俺の提案に、ジンは首にかけたタオルで汗を拭きながら、リョウに問いかける。『リョウ』じゃないんだ。

 問われたリョウは、

「お前、この後、時間ある?」

 と、チラッと時計をはめた俺の腕に視線をおとしながら、尋ねてきた。

 その視線に誘われるように、時計を確認する。

「まあな」

「だったら、着替える間待ってくれ。駅前ででも、ゆっくり話そうぜ」

 そう言って、二人は部室内に姿を消した。


 コップがいくつも入った洗いカゴとヤカンを持って、ゆうりちゃんが戻ってきた。

「なんで、まだ居るのよ」

「話が終わってないから」

「あ、そ」

 そっけなく言い置いて、引き戸をノックする。

「ゆーりです。開けてもいいですか」

 また、『ゆーり』って。

 その名乗りを、苦々しく思っている俺を一瞥すると、彼女は『開けていいぞー』の言葉に従って、戸の中に入っていった。


 俺はおとなしく、ジンたちが出てくるのを廊下で待った。

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