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22/22

月、の裏側で 下

 新しくなったJINの声は、新たなファンを増やして。”色っぽい”ニュー アルバムは、織音籠(オリオンケージ)始まって以来の売り上げをたたき出した。

 そんな中で行った、秋からのツアーも盛況で。

 芽衣が生まれた翌年から、恒例にするつもりで始めたクリスマスコンサートを二年ぶりにやることで、この年を締めくくる。


「クリスマスコンサート。何か違うことやりたくねぇ?」

 SAKUが言い出したのが、九月の初旬、だった。

 秋のツアーが始まったところで。戻ればすぐにクリスマスに向けての準備に取り掛かることになるからって、暇を見つけては打ち合わせがてら、アイデアを出し合う。

 この日は、移動の新幹線の中。

「二年間、サンタがサボっとったしな」

「”sabotage”じゃなくって、休養」

 相変わらず、ペットボトルのお茶を片手にJINが突っ込む。

「どっちでも、ええやん」

「確かに、どっちでもいいけどよ。言いだしっぺの、SAKU。何かアイデアあるのかよ」

「いや、無い」

 RYOの言葉に、へらっと笑いを返しながらSAKUが逃げる。

「そこは、やっぱり企画部長(RYO)にお任せ」 

「あ、宴会部長(SAKU)が逃げた」 

 口を挟んだ俺をRYOがじっと見る。


「何?」

「MASA、電子オルガンやらねぇ?」

「はぁ?」

 何を言い出す。わけ、わからん。

「綾の口利きで、お前スタジオを借りて弾いてたことがあっただろ? あれ、ステージで演ってみねぇ?」

 ああ。芽衣の子守唄のときの。 

「どれを演らす気だ?」

「どれでも。お前の好きなやつ」

 うーん。

「ちょっと考えておいてくれ」

 そう言って、”企画部長”は次の話題に移った。



 その夜の夕飯の後。ホテルの部屋で一人、自分が今までに作った曲を電子オルガンに編曲するなら……って考える。

 子守唄、は楽譜が残してあるし。数年前とはいえ、一度弾き込んだから、そこそこ弾けるはず。

 じゃぁ、”どれ”にする、って考えたとき。

『いつか、電子オルガン用に編曲して、聞かせてやるよ』って。由梨と交わした古い約束が、思い浮かぶ。

 そうだ。メドレーってどうだろう。

 思いついたら即、って。五線紙を出してきて。メロディーを拾い上げる。

 あ、やべ。

 寝る時間だけは確保するように。アラームをかけとかないと。

 明日は、リハーサルだ。




〈 二年ほど、サンタがお休みをいただいていたので。今宵は、特別プレゼントです 〉

 JINのMCをきっかけに、ギターのストラップをはずす。

 打ち合わせどおり、一番近くにいるRYOに手渡して。


 暗転したステージの上、足元に気をつけながら、スポットライトに照らされた一段高い場所を目指す。

 今夜は、クリスマス。

 二年ぶりに立ったホールでのコンサート。


 綾さんの会社にお願いして、準備をしてもらった電子オルガン。練習にも、無理を聞いてもらった。


 椅子に腰を下ろして、電源を入れる。メモリをセットして……セッティングもOK。


 昔の発表会以上に、緊張するけど。この緊張が心地いい。

 由梨の言うように、俺、やっぱり音楽馬鹿、だな。


 ひとつ息を吸い込んで。 

 両手を鍵盤に置く。


 オーソドックスなクリスマスソングから、高校三年で初めて書いた曲につなぐ。そのまま、大学時代、インディーズ時代、デビューの直後、と曲を連ねて行く。

 途中、間奏に見せかけて。春斗の子守唄も混ぜ込んで。

 JINの声が出なくなった時にレコーディングをしていた曲、そして、今回のアルバムの曲。


 スポットライトがひとつ増える。

 電子オルガンと向かい合うように置かれたキーボード。RYOと目で合図を交わしてアンサンブル。 そろそろSAKUが入ってくるから、足鍵盤を省略して。

 少しずつ音を減らして。

 RYOとSAKUだけの音に。電源を落として、ドラムの陰に回りこむ。


 そのまま、舞台袖にはけて。

 スタッフから受け取ったギターのストラップを肩にかける。


 JINとタイミングを合わせて、ステージに戻る。

 そして

 JINの声に、いつもの織音籠のステージが再び始まる。



「まっくん。約束、ありがとう」

「うん。MDじゃ、俺が物足りなかったから」

 ステージのあとの楽屋の熱気の中で、由梨が笑う。

 地道に夜勤もこなしてきた由梨は”ちょっとだけ”わがままを言って、今日、休みを取らせてもらえた。今夜、子供たちは俺の実家に泊まっているから、春斗が産まれて以来、久しぶりに由梨は俺たちのコンサートを聴きに来れた。

「クリスマスプレゼントになったか?」

 お茶を飲みながら、JINも笑う。

「もう、最高」

「そいつは、なにより。企画した甲斐があった」

 って、由梨の笑顔にRYOもうれしそうだ。

 誰よりうれしいのが、俺だけど。

 約束だ、って由梨が気づいてくれたことが、何よりうれしい。


 今日、来れたのは、嫁さん連中のうちでは由梨だけ、だった。

 悦子さんや綾さんは、さすがに子供を置いてこれないし。美紗ちゃんは仕事。

 そして。

「知ちゃんは?」

「知美は、ちょっと。来させるのは俺が心配」

「心配?」

「夏にさ、子供生まれるから」

「あー。それは。確かに。心配だねぇ」

 照れたようなSAKUの言葉に、納得って顔で由梨がうなずく。

「だろ? 秋のツアー終わって帰ってみたら、『夏に生まれるの』って。んなもん、早く言ってくれよー」

 って、うれしそうに叫んでいるSAKU。

 知美さんの両親が結婚に反対しているから、勘当されてるって、結婚式の前に言ってたSAKUは、『知美に家族を増やしてやれる。俺にとっちゃ最高の贅沢』って、ずっと、顔が笑み崩れている。この前、書いてきた詩にも、喜びがにじみ出ていた。


 芽衣の子守唄を作っていたときの俺も、こんな風だったのかな。 



 年が明けた三月、JINの結婚式が行われた。SAKUの式に倣ったとかで、こぢんまりと身内だけでのパーティが披露宴で。

 俺たちを見た美紗ちゃんの甥っ子が『こいつら、でっけぇ』って、あんぐりと口を開けていたけど。

 その姿を見た由梨が

「うわぁ。そっくり。ねぇ亮くん、なんだか、すごくない?」

「だろ?」

 RYOと由梨がコソコソ話している。

 彼は、高校時代に由梨が切ない表情で見ていた”桐生(きりゅう) さん”の息子、だった。


 桐生さんが、今日来るだろうって話は、SAKUの結婚式の帰り道にRYOから聞いていた。年の離れた美紗ちゃんのお姉さんと結婚している、って話はそれまでにも、RYOたちの世間話で何度か俺は耳にしていた。 

 RYOは、由梨に『心の準備をしておけ』とか言いながら、俺にも目で同じことを言っていた。

 


「亮くん、桐生さんに一度挨拶しとこうか」

 宴が盛り上がってきたところで、由梨がRYOに声をかける。

「MASA、お前どうする?」

「俺も行く」

 RYOの誘いに俺も乗る。

 由梨の中では終わっているって、分かっているんだけど。なんだろ、由梨一人で行かせたくない、って気になる。


 綾さんに、子供たちを少しの間、見てもらって。

 三人で、桐生夫妻のところへ。

「桐生さん、ご無沙汰しています」

 軽く頭を下げる由梨を、半歩後ろでRYOと一緒に見守る。

「お前も、家族、か」 

 軽く切れ長の目を見開いた桐生さんの問いかけに

「ギターのMASAの妻です」

 俺のほうを振り向いた由梨が、手を伸ばしてくる。腕にかかったその手に俺の手を重ねる。

 ほっと息をついたのが分かった。

 心の準備をしていても、緊張、するか。

 俺の顔を見上げた由梨が、微笑むのを見て。一人で来させなくって良かったって、思って。俺も笑顔を返してやる。


 話題が、JINと美紗ちゃんのことになって。由梨たち”嫁さん連中”と、美紗ちゃんがかなり年が離れていることを、お姉さんが気にしだした。

 俺とRYOとで、『美紗ちゃんは、織音籠の大事な妹だから』って、宥める。

 横で、大きくうなずく由梨を見つめたお姉さんは、何かを感じたのか。視線を緩めて、美紗ちゃんとよく似た笑顔を見せた。


「あやちゃん、ごめんね」

 由梨が片手で拝むようにしながら、子供たちを引き取る。

「うん。大丈夫。ハルくんが食べるのを見てたら、尚太もちゃんと座って食べてるし」 

 逆に助かったわ、って綾さんが笑う。

「お母さん、お代わり」

「はいはい。じゃ、取りに行こうか」 

 由梨がもう一度綾さんに頭を下げて、椅子から春斗をおろす。それを見て、隣にいた芽衣も立ち上がる。


 この日も、一曲。身内だけのライブをして。

 俺たちは全員が”家族もち”になった。



 その夏、SAKUに息子が産まれて。

「知美に家族を増やしてやるのが、俺にとって最高の贅沢だからさ。もう一人、子供欲しいなって」

 SAKUは、見舞いに行った俺たちに、そんなことを言いながら息子を危なっかしい手つきで抱っこして俺たちに見せてくれる。

 おい。落とすなよ。ベースは落としても直るけど、赤ん坊は……な。 

「赤ちゃんの温もりって、触れたら、欲しくなっちゃうのよね」

 由梨が、笑いながら赤ん坊を抱かせてもらっている。

「お母さん、ボク、弟が欲しい」

 春斗が、おもちゃか何かみたいにねだる。

「知ちゃんと違って、お母さん、もうお婆ちゃんだからねぇ」

「そんなこと無いって」

 慌てたように知美さんがフォローする。

 

 知美さんの言葉に、笑顔を返して。由梨の唇から、スキャットが流れる。


「MASA、あの曲何?」

 こっそりとSAKUが尋ねてくる。

「俺が作った子守唄」

 

 久しぶりに聞いた天使の歌声に、耳を傾ける。

「MASA」

「うん?」

「あれ、デモ無ぇの?」

「あるけど。どうするつもりだ?」

「歌詞、つけさせてくれねぇ?」

「由梨に訊いてからな」

 普段俺が作る曲は、全てJINと織音籠のものだけど。これだけは、由梨のものだから。



 由梨のOKはあっさり取れて。

「まっくんの曲なんだから。好きにすれば良いじゃない」

 そんなこと、縛る気は無いわよー。って笑っている。


 そして、SAKUに渡したデモ音源から作られた子守唄に、さらにJINまでが英語で歌詞をつけてきて。

 JINヴァージョンは、YUKIの”レクイエム”同様にライブのみで演奏する曲になった。

 SAKUヴァージョンは……嫁さん専用として、知美さんや、美紗ちゃんが子育てをしながら口ずさむ。この先、もしかしたら、芽衣をはじめとした子供たちが、わが子に歌ってやる日が来るかもしれない。そんな、プライベートな歌になった。




 俺たちも年を重ねて。五十歳を超えた。

 JINの声が出なくなった、あれ以来。幸い大きな波乱も無くここまで来れた。

 織音籠は、着実に成長してきたけど。俺たちは、相変わらずこの町で暮らしている。

 学生時代から暮らし続けたこの町では、俺たちは一人の男であり、父親であり。子供たちや嫁さんと電車にも乗れば、スーパーにも行く。



「ねぇ、まっくん。あの歌」

 ある日、由梨と二人で電車を待っているときだった。小柄な母親が、抱っこ紐の赤ん坊に子守唄を歌っていた。

 風に乗ってかすかに俺たちの耳に届いたそのメロディーは、芽衣の言う”ハルくんの子守唄”で。歌詞が日本語の、SAKUヴァージョンだった。

「どこかから、流出したな」

 そんなことを話しながら見ていると、父親らしい男性がジュースを片手に、就学前くらいの子の手を引いて近寄る。

「あれ?」

「どうした?」

「多分。あのお父さん、桐生さんの……」

「ってことは、JINからか」

 言われてみれば確かに。数年前、JINたちと電車に乗っている時に出くわしたカップルな気がする。


 俺たちの視線に気づいたように、男性が顔を上げた。俺と目が会うと、切れ長の目を細めるように笑って、会釈をしてきた。横に立つ赤ん坊の母親に、耳打ちをして。彼女も一瞬驚いた顔を見せると、にっこり笑って、軽く頭だけを動かす挨拶をよこした。

 由梨がさりげなく、近寄って。二言、三言会話を交わす。


 彼らに軽く手を振って戻ってきた由梨と、到着した電車に乗る。

「やっぱり、桐生さんの息子さんだった。美紗ちゃんがあの曲を歌っているのを、お父さんのほうが耳にしたみたい」

「そうか」

「ジンくんの英語バージョンも聞いたことあるけど、難しくって……って」

 父親のほうは、英語が苦手で、って笑っていたそうだ。

「で、それだけじゃなくって。このあたりで、都市伝説みたいに若いお母さんの間で、口伝えに広まっているらしいわよ。サクちゃんバージョンが」

「なんだ、そりゃ」

 わけ、わからん。って思いながらも。自分の作った曲が、営業努力とは関係なく、野火のように広がって行くさまが、どこかうれしくもあり、くすぐったくもあり。

 

 相変わらず、演奏してれば満足な、音楽馬鹿の俺だけど。

 由梨の天使の歌声に最適なあの曲が、いつか世界中に拡がると良いなって。

 世界中の赤ん坊が、あの歌を聞いてくれたら良いなって。


 わが子、よその子関係なく。

 赤ん坊は天使だから。

 天使に触れる、全ての人に

 天使の子守唄を。


END.

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