表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/22

月、の裏側で 中

 SAKUの抱えている事情が判った、ってYUKIが連絡してきたのが、十月の半ばを過ぎた頃。

 俺も心の片隅で、SAKUのことは気にし続けていたけど。

 このうえ更に余計な事を言って、”やっちまう”のが怖くって、静かに様子を見るしかできなかった。 それは、RYOも同様だったらしくって。

 いそいそとRYOと予定を合わせて、今度はYUKIの家へ。

 その日、YUKIは完全にオフだとかで、家では保育所が休みのYUKIの娘二人が仲良く遊んでいた。


「この前、知美さんと偶然会うてな。話を聞いたんやけど」

 コーヒーを並べながら、YUKIが話を始めた。

「SAKUな、知美さんに『この先どないするんか決めてくれ』って、下駄預けたらしいわ」

「それ、遠回しな別れ話じゃねぇ?」 

 RYOがテーブルに頬杖をつく。

「うん。SAKUは別れる前提で、話、しとるみたいやな」

 YUKIが冷蔵庫を開けようとしていた上の子に、牛乳を入れてやる。

 こぼすな、とか言いながら、娘が飲むのを待って。

「未練はメチャメチャあるけど、相手のこと考えたら『別れるしかない』って、両方が思い詰めとるみたいやな。知美さんはSAKUの邪魔になりたくないし、SAKUは知美さんを巻き込みたくないし」

「巻き込むだの、邪魔だのって……」

「苦労かけるの、目に見えとうやん? JINの声が戻るのにどのくらい時間がかかるか、誰にも分からんし」

「まだ、結婚もしてないんだから。そのまま、”お付き合い”で、様子見りゃいいだろうが」

 何で、一足飛びに別れ話に行っちまうかな、と、RYOが言いながらコーヒーに口をつける。


 二人が話すのを聞きながら、いつだったか由梨と話した内容がよみがえる。

「やっぱり。やっちまった、かなぁ」

「MASA?」

「ほら、いつだったか。JINとSAKUに俺、『女には、子供生むタイムリミットが……』って言っただろ? あれ、まずかったかなぁって。JINの声が出るようになるのを待つって選択肢を奪ってしまったかもしれない」 

「それ言い出したら、俺の『心中覚悟』もな」

 顔をしかめたRYOと互いに顔を見合わせて、ため息をつく。


「”心中の覚悟”でJINと付き合うなら、”女のリミット”には間に合わない。か」

「そんなん、まだ、大丈夫やろ? 今年、子供産んだ綾さんと知美さんやったら五歳、差があるやん。あと、五年は大丈夫なハズと違うん?」

「五年で、けりがつく保証、ないだろ?」

「あー」

「大体、YUKIだって言ってるじゃないか『明日が来る保証はない』って。大丈夫なハズって、保証も幻かもしれないだろ」

「うー」

 YUKIと俺が言い合うのを聞いていたRYOが   

「しくじった」

 頭を抱えるのを、俺も反省をこめて眺める。 


 確かに、RYOが日ごろ言っているように。

 他人の恋路に口を挟むもんじゃない。



「とりあえず知美さんには、『腹くくらんと、仕方ないやん』とは言うといた。俺らのところ、皆、嫁さん、仕事続けとるでって」

 場の空気を入れ替えるようにYUKIが言う。 

「知美さんは、なんて?」

「悩む方向性が見えたって」

 頭を上げたRYOに答えたYUKIの言葉に、小さな望みを託したいと思った。


 覚悟、決める方向に向かってくれたら。

 知美さんが覚悟を決めるまで、SAKUが保って(もって)くれたら。


 SAKU

 命を生け贄にするんじゃないぞ。

 もう少しだけ。

 多分、もう少しだけでいいから。

 踏みとどまれ。



 SAKUの状態と、JINの声にヤキモキしながら迎えた十二月。

 一通のメールが届いた。

 差出人は……YUKI。

【SAKUは大丈夫。知美さんが覚悟を決めてくれたみたい】

 と。

 そのメールに胸をなでおろして。


 そしてSAKUは翌月の年賀状で、知美さんとの連名で結婚を報告してきた。


〔もしもし、SAKU?〕

〔ああ。MASAか。明けましておめでとう〕

 何事も無かったような声で電話に出るSAKU。

〔明けまして、だけじゃないだろ。なんだよ、あの年賀状。〕

 電話の向こうでかすかに笑う気配がする。

〔悪ぃ。MASAにも心配かけたな〕

〔まったく。俺じゃないんだから。ちゃんと飯、食えよ〕

〔食ってたんだけどな。身につかねぇもんだな〕

〔年賀状の住所、変わってなかったけど。あの部屋のまま住むのか?〕

 たしか、2K、とかじゃなかったかな? 二人で住むには、ちょっと。どうだろ?

〔いや。今部屋探ししてる。見つかったら一緒に住むから、今はまだ週末婚みたいな感じ〕

〔そうか〕  

 電話の向こうで、『さっちゃーん。順番だよー』と言っている子供の声がする。

〔悪い。客、来てるのか?〕

〔俺の実家に二人で戻ってるから。甥っ子がトランプしようぜって〕

 ああ、携帯にかけたもんな。家にいるとは限らないわけだ。

〔『さっちゃん』?〕

〔悪いか。おまえだって、『まっくん』だろうがよ〕

 憎まれ口を叩きながら、軽く笑いあう。よかった。元気そうだ。


 その後、しばらくして。偶然、事務所で顔を合わせたSAKUは、いつもの金髪がダークブラウンになっていたけど。細い指輪を薬指に光らせた左手を、ひらりと振ってみせて。

「二月になったら、住所変わるから。また連絡する」

 そう言って、目じりにシワを寄せるように笑った。



 すっかり桜も葉桜になった、四月の半ば。

 RYOから、召集がかかった。

 翌日の午後、事務所でメンバー全員が久しぶりに顔を揃えた。

「声、見つかった」

 JINの言葉に、心が躍りだしそうになる。 

「一度、きかせてくれるか」 

 方向性と音域を確認しなきゃって思った俺の言葉に、JINは、

「腰、抜かすなよ」

 いたずらを仕掛けるような顔で笑った。

 ほー。それはそれは。お手並み拝見。


 イレギュラーでスタジオの手配をしたので、一時間ほど待機、ってRYOの言葉に、事務所の会議室で時間をつぶす。

 SAKUが、『どんな声か聞かせろ』って言い出して。

 ちょっと考えるようにしたJINが指でSAKUを呼ぶ。

「耳、貸せ」

 SAKUの耳元に口を近づけて……。

 なにやら言葉を吹き込まれたSAKUが、耳を押さえてしゃがみこむ。

 それを見てRYOがゲラゲラ笑う。

「SAKU、どうした。そんなに凄いのかよ」

「凄いもなにも。お前も聞いてみろ」

「どれ」

 するっと近づくRYOに、

「RYOは、ネタが無いぞ」

 と、JINが笑う。そんなJINは、SAKUが提供したらしいネタをRYOの耳元でささやいて。


 RYOが真っ赤になって、JINにすがりつく。小さく聞こえた言葉は『アルテミス』、か? 

 って、なんだそれ。

 でも、好奇心がうずく。歌を聞く前に、一度”声”を聞いてみたい。


「俺も聞きたい、俺も」

 ハーイハーイ、と手を上げるYUKIに俺も便乗して。

「俺にも聞かせてくれ」

「んー、じゃ。MASAから」

 すがり付いているRYOを剥がして、 JINが近づいてくる。

 何で、俺、こんなにドキドキしてるんだろ

「いいか?」

「ああ」

 うわ、注射、待っている気分。

「『俺にとっては”ゆうり”が一番』」

 なるほど、これか。SAKUが『腰に来たー』ってしゃがみ込んでいるのが分かるな。

 うん、この声なら……。

 って。

「おい。何で”ゆうり”?」

「ん? だって、MASA、ずっと”ゆうり”って呼んでただろ? お前と付き合うようになった頃から、ゆりもそう名乗っているし」

「気づいてたのか」

 『”ゆうり”って名乗っても、気づいたのなんて まっくんだけじゃない』って、いつだったか由梨がふくれていた事があった。


「俺、英語学科。発音の違いくらいわかるさ」

 って、JINが楽しそうに笑う。

「じゃぁ、次、俺!」

 最後に残ったYUKIが、ワクワクした顔で手を上げる。

「YUKIもなぁ。ネタが無いんだよな。方言はコピーが難しいし」

 アーモンドのような目を細めながらJINが首をかしげるから

「YUKIのネタならあるぞ」

 さっきのSAKUのまねをして。

 あの声に言わせるなら、

「『俺の全力、守れる限り』って、言ってみろ」

「ああ、なるほど」

 さぁ、お前も覚悟しろ、って、YUKIの肩に大魔神が掴み掛かる。


 ワイワイと、学生に戻ったようにはしゃぎながら、時間をつぶして。

 移動した先のスタジオで、JINの歌を聞いて。


 一年ぶりに、織音籠が動き出す。

 もう、魔物の餌食には、ならない。



 曲を作って演奏してみて。

 なんだ、これ。

 JIN以外も、音が変わってきている。

「そりゃ、一年間、留学してた様なもんじゃねぇか。他で演奏してたら」

 RYOがあっさりと言う。

「曲、練り直さないとな」

「MASAなら、楽勝、だろ?」

「半分、RYOも手伝え」

「りょーかい」

 二人で手分けして、アレンジを直す。


「SAKU、化けたな」

 ある日の帰り道、SAKUと二人で駅に向かいながら声をかける。

「四十の手前でまだ伸び代があるなんてな」

「俺、成長期だし」

 ダークブラウンの髪を掻きあげながら、SAKUが笑う。

「かなり弾き込んだだろ?」

「うーん」

 あらぬ方を見ながらの、SAKUの生返事。

「SAKU?」

「霞を食うって言うじゃねぇ? 俺、音楽を食ってた時期があったから」

「音楽食ってても、腹は膨れないぞ」

 膨れてくれればいいのにって時期が、俺にもあったけど。

「確かに。MASAは、音楽食ってるな。お前また、ゆりさんに叱られてるんじゃねぇの?」

 う、図星を指された。

 昨日も夕飯抜いて、由梨に叱られた。横にいた芽衣にまで『お父さん、ちゃんとご飯食べなさい』って同じ口調で言われた。

 そんな俺を軽く笑って眺めながら

「なんていうかさ、自分が空っぽになって、命綱みてぇにベース握ってないと、自分が消えちまいそうでさ」

 SAKUはそう言うと、指輪をはめた左手を、握ったり開いたりする。

 そうか。SAKUは”芯”を無くしかけたのか。

 ごめんな。

 俺はそんなことに気付かず、養う家族の無いお前が一番楽そうだなんて、思ってしまった。


「音楽だけじゃ、俺たちは成り立たないよな」

 骨になる”芯”がないと。織音籠には、JINの”声”が必要なように。

「うん。身に沁みた」

 ホウっと、息を吐きながら夜空を見上げるSAKU。

「今日は、新月かな」

 だったら、(オレ)の夜だ、って言いながら。



 そして、一年の準備期間をおいて。俺たちは、再始動する。


「由梨、これ、誰か分かるか?」

 俺が持ち帰った一枚の写真を見せる。

「うーん。ジンくんよね?」

「やっぱ、分かる?」

 由梨に見せたのは、こちらに背を向けたJINの写真。腰の高さでお祈りをする形に指を組み合わせた両手首を、五線譜のデザインのリボンで括られている。

「指輪がジンくんだし。大体、この爪がそうじゃない?」

 爪? そんなもんで分かるか?

「まっくんやサクちゃんは、ギター弾く爪だし。亮くんは指の長さが違うでしょ? ジンくんの手はバレーのとき、何度かテーピング手伝って見た事があるから。あー、ユキくんだったら、分からないかも」

「俺とSAKUの区別はつくのか」

「たぶん?」

 結婚して五年以上経つし、高校からだったら二十年だよーとか言いながら、冷蔵庫から麦茶を出す。 

「で、それがどうしたの?」

「うん。今度のアルバムのジャケットをどうしようかなって話」

 ふぅん、って頷きながら、グラスを差し出す由梨。

「RYOが、なんだかまた企画しているらしいから」

「へぇ。楽しみだねぇ」

 そうでなくっても、まっくんは楽しいんだろうけど、って言いながら由梨は麦茶を飲み干した。



 届けを出すだけで、結婚式をしていなかったSAKUと知美さんが、ゴールデンウィークに身内だけを集めて式を挙げた。その場で、俺たちは本当に限られた、”一番聞かせたい人たち”に聞かせるライブをした。一曲だけ、JINの新しくなった声を披露する。



 そして、六月。


 店頭に並ぶより一足早くアルバムを手にした俺は帰宅早々、胸の前に掲げて見せる。

「ほら、できたぞ」

「あ、本当だ」

 チラリと見た由梨は、今夜は深夜勤だとかで慌ただしく、子どもたちに夕食を食わせてる。

 チラ見、で。いつもと違う事気づいていないな。ま、いいや。それもお楽しみってことで。

「明日、帰ってからゆっくり聴かせてもらうね」

「ああ。だったらヘッドホンをで聴くのがベスト」

 春の、あの日。いたずらに耳元でささやいたJINの声。

 SAKUの結婚式のライブじゃ伝わりきらなかった、”腰に来る 色気”は、やっぱり耳元で聴かないと。

 って、思うけど。

「そんなことしてたら、春斗が何をやるか判らないじゃない」

 由梨にあっさりと却下される。 

 確かに。いたずら盛りの三歳の息子は目を離せない。   

 自分自身もモグモグと口を動かしながら、由梨が温めなおしてくれた肉じゃがと味噌汁がテーブルに並ぶ。その横に、俺も自分でよそったご飯を置いて。

 箸を手に取る。


 家族とはちょっとタイミングがずれたけど。一緒に食卓を囲む。

 いただきます。



「ジンくんの声。何、あれ」

 翌日の晩、帰宅すると、出勤準備をしていた由梨が俺の顔を見るなり咎めるような声を出す。

 今日の俺は、昨日より少し帰る時間が遅くなって。由梨の出勤の直前になってしまった。

「腰、抜けたか?」

 俗に言う、”尾てい骨直撃”の声になったJINは、今回の歌詞を全部、恋愛がらみで書いてきやがった。新婚のSAKUも、だけど。

 おかげで、再始動のアルバムは、めちゃめちゃ”色っぽい”仕上がりになって。広告にまで、『”癒しの低音ボイス”が”魅了のハスキーボイス”に進化』なんて煽りが入る始末。


「知らなかったら、誰かと思った」

「RYOの作戦、大当たり」

 何それ、って言いながら、由梨は髪を出勤仕様に結い上げる。

「ぱっと聞き、『ボーカルが変わった?』作戦だって」

「そんなの、歌詞カード見れば分かるじゃない」 

「だから、一瞬誤解するかなって程度だって」

 そう言いながら、棚から今回のCDを取り出して裏を向けてみせる。

 今回のジャケットは、表にはJINを除いた、俺たち四人。で、裏は後姿のJINが一人。

「この前由梨に見せたこの写真、悦子さんも一目でJINだって分かったから。それなりに年期の入ったファンなら、分かるだろって」

「何で、私たち?」

「そりゃ、ファンクラブの名誉会員だから」

 『わけ、わかんないー!』って笑いながら、鞄を手に玄関に向かう。

 そんな由梨を玄関まで見送って。

 そっと眠っている子供たちの様子を伺って。

 遅くなった夕食を温めなおす。    


 織音籠が動き出す今。

 飯ごときで、俺が倒れるわけにはいかない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ