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13/22

それぞれの変化

 文化祭も終わって。大学も落ち着きを取り戻した頃。

 俺たち織音籠(オリオンケージ)に加わりたいって奴が現れた。

 隣接する経済大の学生で、野島 和幸(かずゆき)。担当はドラム。


 腕試しのために、野島が初めて練習に参加した日。

 俺とサクを聴衆として、”ジンとリョウ”が高校一年の文化祭で演った曲を、野島を加えた三人で演奏する。俺の聴いた野島の演奏、第一印象は『リズムは正確なんだけど。特別うまいってわけじゃないかな?』。けれども、その正確すぎるリズムに呼ばれるように、俺の右手がリズムをとる。

 どうやら、隣に座ってみていたサクも同じだったらしく、『楽器だけで合わせれば?』って、ジンが交代してくれた

 いそいそと楽器を用意する俺たちに、

「お前ら、楽譜入っているのか?」

 指先で、自分の頭をコツコツ叩いて見せるリョウ。

「お前らがやってるのを聴いた次の日に楽譜を買いに行った」

 入っているから、指が動くんだろう? 

 サクはどうだろ? って視線を送ると、OKサインを出しながら頷いている。


 カウントがとられて、曲が始まる。

 ほほー。サクが化けたな。野島のほうも、さっきとはどこか違う。

 サクと野島が互いに刺激を与え合うように、二人のリズムが溶け合う。キーボードに内蔵されていた面白みの無いリズムとは違う、生身のリズムが刻みこまれる。

 これは……二人の相性の問題か。

 リョウと目が合うと、いつぞやのように右手の親指を立ててみせる。曲を止めることも無くって、器用なやつだな。


 こうして織音籠は、野島 ー通称 《ユキ》ー を加えた五人、になった。



 そして、もう一つの変化として。俺は由梨の部屋に上がりこむのを止めた。

 文化祭のあの夜から、軽い軽いキスはできるようになったけど、まだ抱擁まではたどりつけてない。彼女の肩や頤に手を添えるのが精一杯。って、俺がじゃなくって、由梨の方が。

 飯を食わせてもらいに上がり込んだり、ましてや泊まるなんて……もってのほか。俺が止まれない自信がある。


 初心な由梨の準備が整うまで、待てばいい。

 まだ、俺たちは未成年で。学生の身だ。



 ユキを迎えた俺たちは、さらに音楽に力を入れた。当然、勉強もしている。

 リョウなんか法学部なのに、空き時間にちゃっかり俺の受けている講義にもぐりこんでいたりする。

「単位は貰えなくっても、知識は貰える」

 とか言って。もしかしたら、居眠りをしている学科の奴より、まじめに聞いているんじゃないかな。


「リョウも、曲作ってみるか?」

「いつかは……、かな」

 昼休みのカフェテリアに向かいながら、そんなことを言って笑っている。リョウも作れるようになれば、表現の幅が広がる気がする。多分。いや絶対。こいつと俺の感性が一緒なわけないし。




「マサは、クリスマスはやっぱり ゆりさんとデート?」

 サクが練習前の準備をしながら、俺に尋ねてきたのは十二月に入ってすぐの頃だった。

「うーん」

 クリスマス……なぁ。幼稚園がキリスト教系で、お祈りとか面倒くさかった思い出で、あんまり積極的に何かをする気になれないんだけど。由梨は、やっぱり何かしたかったりするのかな?

 アンプにコードを繋ぎながら考えていると、ジンが話しによってくる。

「サクは、彼女とデートか?」

「おぅ! ”東のターミナル”駅の近くに、新しくイタリアンの店ができただろ? あそこ行きたいって言うから」

 予約も取ったぜ! って、ガッツポーズをしている。そうか、そうか。話を聞いて欲しかったのか。


 文化祭での”顔見せ”が効いて、ライブのファンが増えて。それに合わせるように女の子から声をかけられたり、合コンのお誘いがかかったりと、俺たちの身の回りは少しにぎやかになってきていた。

 ユキと俺は”彼女”がいるし、特に俺は愛想が無いから傍観者って立ち位置だけど。ジンにもサクにも、それぞれに彼女ができたらしい。リョウは、言わずもがなってやつで。


 ひとしきり、デートプランを語ったサクが、今度はジンに話をふる、けど……。

「先週、別れた」

「かわいそうに。クリスマス前に独りかよ」

 サクが、慰めるような顔を作りながら、ジンの肩を叩く。

 おい。

「ジン? いつから付き合い始めたって言ってたっけ?」

「ユキが入ったころ?」

 一ヶ月、もってないよな?

「限定品のペンダントってのをさ、誕生日プレゼントに買ってくれって言われたんだけど。発売日の朝から授業で、その後が練習(コレ)で。そうでなくっても、先月はレポートが重なって、単発のバイトが入れれなかったから、今月厳しくってさ。『ちょっと無理かな』って言ったら、『じゃ、サイトウくんにお願いするし。ジンとは、さよならね』って」

「なんだ、それ」

 ううーん。『わけ、わかんない』だな。付き合って、一ヶ月足らずの男に、そんなモンねだるなよ。由梨だったら、欲しけりゃ自分で買うぞ。多分。


「なにしとん? サクがジンを撫でてるって、気色悪いやん」 

 スティックケースを振りながら、ユキがスタジオに入ってきた。丁度、犬の子でも撫でるように、サクがジンの頭を撫でていた。

「ジンが、かわいそうでさ。クリスマス前だってのに彼女ににふられたってよ」

 涙を押さえるような仕草をしながら、サクが説明する。

「何したん? 彼女が嫌がるようなこと、したんと違うん?」

「喜ぶこと、してくれねぇからだとよ」

 サクに暴露されたジンが、

「俺、もうヤダ」

 って子供みたいなことを言って、床にしゃがみこむ。

「心配せんでも、そのうち、ジンにも春が来るって。泣かんとき」  

 笑い半分でユキがジンを宥めているところに、スタジオの事務室に寄っていたリョウが戻ってきて。

 今日の練習が始まる。

 


 クリスマスは、ケーキ屋でバイトをしていた由梨が忙しくって。って、ちょっと考えれば当たり前か。

 結局はバイトが終わってから、ファストフードのチキンで夕食。

 空前の好景気ってやつに踊り始めている世の中は、クリスマスには高級ホテルでの宿泊プラン、なんてのがセオリーだとか。学科の友人たちが熱く語って、盛り上がってたっけ。

 サクのデートの予定を聞いたときに、少しだけ。ほんの少しだけ。そんな流行に乗って、押してみるかとも、思いはしたけど。

 ニコニコと子供みたいに笑いながら、チキンに噛り付く由梨の表情を見ていたら。

 まだ、いいや、って。俺たちには俺たちのペースがあるだろって。


 恋愛はアンサンブルじゃないんだから。

 周りがアレグロで走っていても。

 俺たちは、アンダンテで進めばいい。



 代わり映えのしないクリスマスを経て、冬休みに入った。正月に向けて実家に戻る由梨と、バイト帰りに落ち合って駅へと向かう途中、サクとジンの二人に会った。

「おや? デートか? 相変わらず、仲いいねぇ」

 冷やかすサクを軽く小突く。

「帰省、だよ。正月が近いだろ」

「自宅生がどこに帰省するんだ」

 ジンが目で笑いながら、突っ込んでくる。そういえば、三日ほど前には、数人の女の子に取り囲まれて歩いていたよな。失恋からは、立ち直ったのか。

「そりゃ、自宅だろ。お前らは、帰らないのか?」

「んー。俺は元日に戻るかな?」

 少し考えてから答えるジンに、サクが

「戻りにくい、か?」

 って、心配そうに尋ねる。

 なんだ? ジンって、実家に帰りづらい事情でもあるのか?

 そんなやり取りをはさみながらの世間話の後、『よいお年を』って二人と別れて。


 プラットホームで電車を待つ間に、ジンの機嫌が悪かった気がする、と由梨が言い出した。

「なんか、今日はジンくん、笑ってなかった」 

 って。

「うん?」

「ジンくんの笑い声、聞いた?」 

 重ねるように問いかける、由梨の言葉にさっきの会話を思い出そうとする。

 確かに、笑い声を立ててなかったか、な?

 実家に帰りにくいようなことを言ってたのと、関係があるのかないのか。

「なんだろう。気になるな」

 俺がそう言ったとき、丁度電車が入ってきた。



 年明けのライブから、ユキも加わって、新しい音が広がる。ジンのシャウトを生かせるような曲を、って考えて作った曲の受けも良くって。ジンは、今度は英語で詩を書いてみようか、なんて意気込んでいる。

 いい感じ、で俺たちは日々を過ごしているんだけど。

 気になることが、ひとつ。


 年末のあの日、由梨が言ったように。

 ジンが笑わなくなっていた。


「なあ。最近、ジンが変わったよな」

 思い切って、本人がいない大学の食堂で、リョウとサクに問いかけてみる。何か、二人は気づいているだろうかって、わざとあいまいな表現で。

「変わったか?」

 見た目、はいつもどうりだしー、って言ったサクは、

「あいつ、笑わなくなった」

 続けた俺の言葉に、味噌汁椀を手にしたまま、ぎょっとした顔でリョウの顔を伺う。

 なんだ? やっぱり俺の知らない何か。隠してるだろ。

 その、リョウはといえば。妙なことを聞いたって顔で

「笑っているだろ? 声は出てないけど」

 って言って、サンドウィッチを口に運ぶ。


「声が出ていない?」

 サクとハモってしまって、顔を見合わせる。そうか。笑い”声”に集中しすぎてた。顔、見てなかったんだな。 

 コーヒーで口の中のものを流し込んだらしいリョウが言うには。咽喉の奥で声を出さずに笑っているとか。

 そう、かな? あーでも。確かに。年末、目は笑ってた、か?

「何でまた。そんなことを……。心配して損した」

 由梨だって心配してたのに。

 ぼやく俺に、リョウは

「咽喉を守っているんじゃないか? 最近、コーヒーを飲まなくなったし。何か心境の変化でもあったんじゃねぇの」

 そう言ってジンが飲まなくなったって言うコーヒーに口をつける。

 俺も食事を再開して……。

 あれ? 『咽喉を守る』?

 守らないといけない状態、だったりするか?

「年明けから入れた新しい曲、シャウトが入っていただろ?あれ、まずくないか?」

 ちょっと手直しが必要かもしれない。

 そんな心配をした俺に、リョウは

「少し様子見だな」

 と、話を締めくくった。

 

 三人で、様子見をしていたジンの咽喉は特に異常もないらしく。直接、本人に事情を尋ねたリョウが言うには

「やっと、”プロになるっ”て本気で思い始めたんだとよ」

 ってことで。

 俺も安心して、曲作りに励む。



 後期試験も終わって、”一年間お疲れ様”と銘打っての飲み会。由梨とユキを引き合わせるって名目も兼ねている。

「はじめまして、ジンくんたちの高校の同級生で、中村 由梨です」

「よろしく。野島 和幸、っていいます。ユキって呼んでな」

 おい。何で相変わらず”ジンの同級生”なんだよ。

 拗ねる俺に、いつもの調子で言い返す由梨。

 見かねたらしいユキが、

「まあまあ。落ち着いてぇな。マサの彼女やって、ちゃんと聞いとうし」

 って、仲裁にはいる。方言のせいか、ユキはいつもスルリと相手の懐に入り込むような人懐っこさを持っている。


 飲み物が来るのを待つ間に、ユキの彼女のこととか、サクが彼女に振られたこととか。世間話で盛り上がって。

 ビールと一緒に届いた二つのグラス。ジンと由梨の前にだけ置かれた違う飲み物に、由梨の声が尖る。

「なに、これ?」

「んー、ウーロン茶」

 向かいの席からジンが、のほほんと答える。

「誰が、頼んだのよ」

「俺。の分のついで」

「ジンくん、飲まないの?」

「ああ、やめたから」

 ジンはコーヒーだけじゃなくって、最近では酒も飲まなくなっていた。好きでもないし、咽喉にいいわけでもないって。

 それに便乗して、由梨の酒もコントロールすれば? って、リョウの提案に乗って、ビールと同時にウーロン茶を二人分、注文しておいた。

「最初の乾杯くらいは飲んでもいいから」

 って言ったら、久しぶりに睨みつけられて。

 ふくれっ面で由梨は乾杯のビールをグラスに受けた。


 その帰り道、由梨は

「やっぱり、ジンくんが笑ってない」

 本当に、大丈夫? って。

 そんな彼女を安心させるように、ジンが、咽喉を守っている話をする。今日の、ウーロン茶のことも。

「そっか。ジンくん、まだ音楽の神様に捧げ物をするんだ」

 ため息をつくように、由梨がつぶやく。

 捧げ物か。ジンがバレーを辞めたときにも言っていたっけ。


 プロになるには。

 いったいどれだけの生け贄が必要とされるのだろう。

 俺は、それを贖いきれるのだろうか。



 春休みを終えて、二年生になった。

 由梨は勉強が高度になるらしくって、『ライブがあるんだけど』って誘っても、『今週は、ムリ!』って言われることも増えた。俺たちも、インディーズレーベルに売り込みをかけたり、ライブハウスの規模が大きくなってバイトを増やしたりと、忙しくなってきて。顔をあわせることが減ってしまっているけど。

 とにかく、こまめに電話して。少しでも予定をあわせる。


 そうやって合わせた予定。何をする? どこへ行く? そんな相談の前に、まず由梨が言うのが

「ご飯はどうする? 一緒に食べる暇、ありそう?」 

 って。

 言葉だけを聴いたら、どれだけ食いしん坊な女だって感じだけど。

 空腹感の無い俺が飢えない様にって、由梨の心配り。分かりにくい由梨の愛情の表れ、だと俺は思っている。


 その日は、練習前に少し時間が合わせられたので、一緒に昼飯に行った。少し前にサクが見つけてきた定食屋。ボリュームがあって、安くってって最近の俺たちのお気に入りの店だった。

 食事を済ませて。少し早いかなって言いながらスタジオに向かった。

「よう、マサ」

 交差点で、横合いからかけられた声。リョウが”彼女”を腕にぶら下げるようにして立っていた。

 二、三、言葉を交わしている間に、リョウの彼女が退屈したらしくって、『練習について行きたい』ってゴネ始めた。はっきり言って、来られると迷惑、なんだけどな。 

 彼氏の贔屓目、かもしれないけど。おんなじように見学していても、由梨が練習の邪魔をすることはない。ジンやリョウと呼吸があっていて、休憩の間合いとかも良く判っていて、さすがは元マネージャー。

 けれども、この子はなぁ。構ってくれないって、リョウにちょっかいをかけるし。

 

 そんな二人を眺めていた由梨が

「そろそろ行こうか」

 って、言い出した。行き先は一緒なんだけど、って思っていたら、リョウの彼女が何やら耳打ちを始める。

 耳打ちって、目の前でやられたら嫌な気分になるもんだな。それに気づいたらしいリョウが体の陰で、『先に行け』って合図をしてきた。こっちも、『了解』って、軽く手を上げる。

 由梨の肩を、軽く叩く。

「またね、”リョぉウ”」

 おい。喧嘩売ってるのか? リョウの彼女の声色を真似てみせるなんて。

 聴音が苦手なクセに、『リョウ』の音程まで完璧に合ってるし。あー、なるほど。由梨はドレミを介さずに、耳から入った音をそのまま口にできるんだ。だから歌がアレだけ上手だったわけか。

 って、それは置いておいて。

 相手にも何かが通じたらしく、女同士で火花が散るのが見えた。気がした。

「由梨。いい加減に行くぞ」

 頼むから、道の真中で喧嘩を始めるんじゃない。

 由梨の肩を抱くようにして、体の向きを変えさせる。由梨はよほど腹を立てているらしく、初めて肩を抱いたっていうのに、赤くなりもせずに俺にしたがって、歩きはじめた。


 角をひとつ曲がった所で、足を止める。肩を抱いていた手を、置くだけに変えて。

「何をやってるんだ」

 咎める口調にならないように注意しながら、尋ねる。

 『あっちに売られた、女の喧嘩を買っただけ』とか言いながら、やっぱり機嫌が悪い。

 女の戦い、なぁ。勝負するまでもなく、由梨の勝ちだと俺は思う、けど。上手に伝える言葉ってやっぱり見つけられない。


 ひとしきり、文句を言って腹立ちが収まったのか。

「そろそろ、行かないと遅れるよね」

 促すように俺の顔を覗きこんできた。改めて歩き始めて、リョウの女の趣味が意外だとか言い出す。それに便乗するように、ジンヤサクの彼女の話をする。あの二人は、さっきの子と似た雰囲気の子と付き合っては振られてってのを、短いサイクルで繰り返している。

 相槌を打ちながら聞いていた由梨が、ふっと黙りこんで。


「ねぇ、マサぁ」

 どこから出しているって、声に。彼女には、一度も呼ばれたことのない名前で呼ばれて。全身が総毛立った。

「って。まっくんも呼んで欲しい?」

 不安そうな顔で、俺を見上げる由梨。 

 勝負、気になっているのか。『わけ、わかんない』って、何度言われても。乏しい俺の言葉のありったけを。コレだけは、なんとか伝えなきゃ。

「音楽馬鹿の俺がいい、って言ってくれるだけで、満足。俺はそのままの由梨がいい」

 

 伝わった、かな?

 伝わってくれ。


「私も、そのままの、音楽馬鹿のまっくんが好き」

 聞き漏らしそうなくらい小さな由梨の声が聞こえた。

 

 そっと、由梨の方から俺の手を握ってきた。

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