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12/22

初めての……

 秋が来て、学園町にも文化祭のシーズンが訪れた。

 看護大学の文化祭では、由梨と一日一緒に見て回った。高校の文化祭はひたすら、ステージに立つ側だったからこんな風に”お客”で参加することが新鮮で。

 『ゆりの彼氏?』って、尋ねてくる友人らしき女の子に、真っ赤な顔でうなずく由梨とか。つい受け取ってしまった風船に、『まっくんと風船なんて、似合わない』って、笑い転げる由梨とか。

 一日で、いっぱい由梨を堪能する。

 この一日で、軽く、高校の三年間を凌ぐほど、由梨で満たされる。



 その翌週。俺たちの大学も文化祭を迎えた。

 総合大も、ジンの通う外大も、代表者が学生であれば部外者のステージ参加もOKだったので、それぞれのステージに立つ。

 丁度、バンドブームのはしりの頃で、高校の野外ステージとは比べ物にならない数のバンドが参加を申し込んでいたらしい。九割方がコピーバンドって状態の中、俺たちはオリジナルで勝負をする。


 俺たちは、将来プロになるんだから。織音籠(オリオンケージ)の顔見せのつもりで、ステージに臨む。


 とはいえ、総合大には柳原西の卒業生が結構来ているし、どうも俺たちの見てくれの派手さで他学年にまで、顔を知られていたってのもあったらしい。やる前から、『演るんだろ?』『見に行くからな』って、見ず知らずの奴にまで声をかけられた。

 初ライブの頃から俺たちは、宣伝のためにわざと派手な外見にしていた。特にリョウは、肩くらいの金髪を緑のグラデーションに染めてて、初めて見た由梨に『正気を疑った』とか、言われてたくらいぶっ飛んでいる。

 それが効を奏したなら。あとは最大に活用して。

 俺たちは、大学の構内、隅々までジンの声を届ける。



 その日の夕方、由梨と落ち合って。全員でささやかな打ち上げをした。

 って、来週まだ外大が残っているんだけど。

 この前の二の舞だけはするもんかって、ころあいを見計らって、由梨のビールにストップをかける。

 ストップをかけるんだけど。かけようとしてるんだけど。

「まだ、大丈夫」

 かわいく笑って逃げる。

 止めとけって。酔っ払いほど、『酔ってない』って言うの、知ってるか?

「いーや」

 あっち向いてホイ、って勢いであさってのほうを向く。

 あのな。この前とは、関係が変わってるって判ってるか?


「相変わらず、仲、いいねぇ」

「こいつら高校の時から、夫婦漫才だったからよ」

 生ぬるーい視線で俺たちを見ながら、サクとリョウが笑う。

 お前ら、自分の彼女とこんなやり取りやってみろ。もういい、って自制をぶっちぎりたくなるぞ。

 お手上げ、って一時休戦をしようとしたところで、リョウが変な声を上げた。

 その声に、リョウのほうを見ると、まじまじと俺たちの顔を見比べている。

「ゆりが、マサと夫婦って言われて怒らないなんて。お前ら、付き合いだした?」

 キャーって、隣から小さな悲鳴が上がる。

 グラスから手を離した由梨が、ひざの上で手をぎゅっと握って俯いている。

 その耳が真っ赤になっているのが、髪の間から見えた。


 なんていうかさ。

 こういうところ、かわいいんだよな。


 普段は、けんか腰で。見た目もいわゆる”派手顔”なんだけど。

 一々、反応が初心(うぶ)で。

 あまりに初心すぎて。


 いまだに手も握れてない。


 そんな俺たちに、

「えー。ゆりさん、マサの彼女じゃなかったのかよ」

 サクが素っ頓狂な声を出す。

 そんなに驚かなくっても、いいんじゃないか?

「限りなく近くって、限りなく遠かった、な、マサ」

「お前らと同列で、男扱いされてなかったからな」

 笑いながらのジンの言葉に、苦笑で言い返したところで、由梨がむっとした顔を上げた。

 なによぅ、まっくんたちだって……。

 ブツブツと小さな声が隣から聞こえるのは、聞いていないふりで、向いに座ったジンのグラスにビールを注ぎたす。


 今回、由梨と顔を合わせるのが二回目のサクに言わせると、俺たちは、『どう見てもカップルだった』らしい。

 ”客観的事実”ってやつに、顔が緩む。

「そうか。サクにはそう見えてたんだ」

「ジンもリョウも『何で?』とか言わねぇから、俺も黙って見てたけど」

 俺の問いかけに、サクはテーブルに頬杖をつくような姿勢でそう前置きして

「潰れた ゆりさんを送っていくの、当然のようにマサだったし。一番遠いマサが送っていくって、普通に考えたら妙じゃねぇ?」

 って、空いているほうの指で俺を指す。

 なるほど。高校時代からなんとなく、ペア別けをするなら”ジンとリョウ””由梨と俺”、って暗黙の了解があったけど。初対面のサクには、初めて見る光景だったわけだ。

「あれで弾みがつくかなって、リョウは企んでた」

 俺たちの会話を聞いていたジンが、大皿に手を伸ばしながら笑い声で言う。

 ほー。企まれてたとは、な。誰だ、『他人の恋路に口出しするもんじゃねぇよ』とか言ってた奴は。

 企む気だったのかってリョウを睨むと、

「企まなくっても、マサが譲るかよ」

 目で笑いながら反論してくる。まぁ。今までも色々とフォローしてもらっているし。って。

 あれ? すでに企まれてたのか、な?

 内心で首をかしげている俺をよそに、

「ごく当たり前みたいな顔で、しぜーんに、ゆりさんを抱えてたよな」

 俺と由梨以外の三人は、そんなサクの言葉にうんうんってうなずいている。


「で、弾みがついたわけだ」

 隣に座る由梨には聞こえないくらいの声量で、ジンが尋ねてくる。

 あのな。

 あんなもんで。弾みがついたりするか。

 警戒心のかけらも無い、好きな女の部屋に一泊って。


 生殺しもいいところ。



 ビールが無くなったのをきっかけに、由梨のビールを止めようと再度チャレンジして。

「いーやーよ。私も、飲むの」

「なら、飲むなとは言わないから。ペース落とせ。何か食べろ」

「こんな、運動部の高校生みたいなメニュー。太るじゃない」

 ふくれっ面をしながら、テーブルを見渡した由梨が文句を言う。

 少々太っても、俺は問題ないと思うけど。

「だったら、太らないもの頼めばいいだろ」 

 ほらって、メニューを渡す。

 普段言われてることを逆手にとって、

「食事は、基本って、普段俺に言ってるんだから。飲んでないで、ちゃんとお前も食え」

 って、言ったら

「まっくんも食べてない」

 あっさり、反撃された。

 飲むほうを優先して、食ってないの、ちゃんと見てたんだ。って、ちょっとうれしくなるのは……どうしようもないな。

「わかった。半分食うから。適当に頼んで」

 グラスを口に運びながら言った俺に、あっかんベーって舌を出して見せて。

 しょうがない、頼んでやるかって呟きながら、由梨がメニューを見る。

 そんな俺たちを、三人は笑いながら見ていた。



 店の前で、みんなと別れて。二人で、由梨の部屋へと歩く。

 さっき時間は確認済み。今日は終電は大丈夫なはず。

 何とか、由梨の酒をセーブできたおかげで、今夜は夜風に吹かれながら二人で月夜の散歩。


「今日もステージ、楽しかった」

「そうか。由梨がそう言ってくれるのが一番うれしい」

 初めてのライブのときにも、由梨は『楽しかった』と言ってくれた。


 誰の評価もいらない。ただ”演奏していたい”俺だけど。

 音楽を自分では奏でられない由梨が言う『楽しかった』は、俺にとって、特別な賛辞。

 由梨が、”音を楽しんで”くれる。その積み重ねは、きっといつか。由梨に”音楽”を返すための礎になる。  



 浮かれ半分に歩いている俺の左腕に、鈍い痛みがきた。

 見下ろすと、由梨が俺の腕を抓っている。

 看護婦の卵らしく爪が短い由梨だから、爪を立てられた痛みは無いけど。

「お前……ギタリストの手に」

「ふーんだ。歌ってる まっくんが悪いんだもーん」 

 しまった。”同窓会”の夜に、『鼻歌すら歌えない』って言ってた由梨に……。

 まずいところを見せたって、頭の血が下がる。

「ごめん」

 足元を見るように謝ると、なぜか

「うん。私も」

 って。

 そのまま、無言で歩く。

 偶然、ぶつかりあった手を握る。

 目の隅で、”初心な”由梨の肩に力が入ったのが見えた。


 照れ隠し、なのか。不思議なものでも見るような顔で、俺の手を観察する由梨。わざわざ、顔の前に持ってきて。

 こうして彼女の手と重なっていると、見慣れた自分の手がなんだか、”男の手”に見える。ジンの大きな手や、リョウの指の長い手とは違って、ギターを弾くしか能の無い手なのに。


 そのまま、俺がギターを始めた経緯とか、リョウやサクとの楽器の住み分けなんかの話をしてて。

 由梨が、『音楽って、すごい』って言い出した。

 出会うはずの無い、サクとの人生が交差した不思議に妙に感心している。

 それを言い出したら、お前。

「お前とも、こうして無かったよな」

「??」

「そもそも、出会わなかったし?」

 音楽がこの世に無かったら。あの音楽教室の出会いも、『ゆ・う・り』の絶妙な名乗りも無かった。

「ああ、うん」

 そうかぁって、由梨が頷く。

「ジンたちとの縁が無かったら、由梨と話す機会も取れなかっただろうし」

「ええー、そう?」

「お前、クラスメイトとして俺と話した覚えある?」

「クラスメイトも何も。入学式の翌日には、『何で、まっくんがいるのよ!』だったし……」

 翌日って言ったら、自己紹介の日だな。やっぱり、俺って判ってたんだ。

 そう思うと、つないだ手に力が篭る。



「俺さ、女子とほとんど話さないんだけど」

 一世一代の告白、って言ったら大げさかな。

「はぁ?」

 『わけ、わかんない』って顔で俺を見上げてくる。

 最近は、こうやって表情で言うようになった分、叫ばなくなったな。

「まともに話してるのって、ゆうりちゃんだけだよ。小学生の頃から」

 高校に入るまでは、ほとんど接点が無かったから、由梨が知らなくって当たり前の事実。

「何、話したらいいか、わからない」

「そっか。音楽馬鹿だから」

 そこで。その認識で納得するか。まあいい。

「でも、ゆうりちゃんとは、話したいことがいっぱい有った」

「そんなに、話したっけ?」

「いっぱいありすぎて……余計に、言葉にならない」

「結局、話してないじゃない」

 笑いながら、つっこんでくるのを、こっちも笑いに紛らわせる。

「がんばって、話しちゃ、『まっくん、訳、わかんない!』って」

「まったくもう。”訳、わかんない”」

 わざとらしく”決まり文句”を言って、くすくす笑っている。

「俺も何言ってるのか、分からなくなってきた。とにかく、そのくらい前から由梨のことが好きだったって分かってくれたら、それでいい」 

 俺の言葉に、くすくす笑いが飲み込んだように止まる。

 そんな由梨の目をじっと見つめる。


 日本人離れした大きな目で、俺を見つめ返す由梨を驚かせないように。静かに接近する。


 初めてのキスに、由梨は言葉も無く。

 真っ赤な顔で俺の手を握り締めた。

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