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搦め手

 ”同窓会”の日に目にした、由梨のあまりの無防備さに、日々心配になる。

 合コンして、男に上がりこまれてないか、男に連れて行かれてないかって。

 だから、『昼、まだだったら、食わして』だの、『終電逃したから、泊めて』だの。なんだかんだと理由をつけては、由梨の部屋にお邪魔する。

 由梨はといえば、相変わらずの警戒心の無さで、『まっくん、また?』とか言いながら、部屋にあげてくれる。



 ただ、さすがに外泊が続くと親もいい顔をしないし、しょっちゅう飯をたかるのもどうかと思って。

 苦し紛れに考えた理由が、『バイトまでの時間つぶさせて』。


 自分でもどうかと思ったこの理由は、由梨も聞いた途端に

「はぁ? わけ、わかんない」

 って、叫び声をあげた。玄関ドアを開けた姿勢のままで。

「うちで時間つぶさなくっても。お店とかに入ればいいじゃない。学校の図書館とか」

 至極ごもっともな、提案がくるけど。それは、想定内。準備してきた答えを言う。

「時間を忘れたら、やばいから」

 って。それに対して、由梨は顔をしかめて

「いっそのこと、目覚まし時計、持ち歩けば?」

「”二度寝”するのが、オチ」

「はぁ?」

「アラーム止めて、あと五分……って、やっちまう」

「”やちまった”んだ?」

「バイトじゃなかったから、まだ良かったけど」

「何やったの?」

「一般教養の授業に遅れた」

 これは、本当。三時限目が休講になって、カフェテリアで一時限目に出された宿題をしていた俺は、無意識で腕時計のアラームを止めたらしく、気づけば四時限目が半分終わっていた。

「この、音楽馬鹿」

 呆れたように言った由梨は、そのまま部屋に入れてくれた。 



 由梨の部屋に行くようになって、一ヶ月……は経ってなかったか。

 その日は練習までの時間つぶしをさせてもらって、そろそろ時間だと、彼女の部屋を出たところで隣の部屋の住人と顔を合わせた。

 目が合ったので、とりあえず会釈だけを交わして、背中を向ける。

 翌週、由梨に言われるまで、そんなことがあったのを忘れてたくらい、ささやかな出会いだった。


「まっくん。この前、お隣さんに会ったって?」

 脱水症状の心配をしているのか、由梨は俺が行くとまず飲み物を出してくれる。この日は、よく冷えたカルピス。って、懐かしいもんが出てきたな。

「お隣さん?」

「『中村さんの彼氏に、会っちゃった』って、学校で言いふらしてるんだけど」

 ガリガリとグラスの中の氷を齧りながら考えて。

「ああ、そういえば会ったかも」

 顔すら覚えてないけど。

「悪い、迷惑だったか?」

「ベーつに。合コンのお誘いが遠のいただけで」

「はぁ?」

「『ゆりは、彼氏いるから来ないよねー』って、昨日の合コン勝手に不参加にされた」

 よし、お隣さん。よくやってくれた。

「まぁ、噂なんて、放っておいたら消えるって、亮くんとのことで知ってるし。勉強しに大学に来てるんだから、どうでもいいけど」

 とか言いながら、由梨はグラスをゆーらゆらと揺すっている。その動きに合わせて、涼しい音を氷が立てる。


 噂が消える前に。

 事実、にできるといいな。



 そうして迎えた夏休み。

 バイトと練習と、勉強で時間が埋まる。あ、合間に母さんに家事も仕込まれて。


 その日も、バイトと練習時間との間のぽっかりと開いた隙間の時間を由梨の部屋で過ごしていた。

 彼女も休み明けには前期試験だとかで、分厚い教科書と首っ引きで勉強している。その邪魔をしないように、俺も静かに楽譜と向かい合う。

 リョウのパートをコードから和音に落として。そこからのアレンジは自分でできるだろうから。あとは……。

 由梨に時間の管理を任せた俺は、すっかり音の世界にダイブしていた。


「まっくん、時間」

「ああ、サンキュ」

 凝り固まった背中を伸ばす。ポキポキと音がして気持ちいい。うーん、近いうちに泳ぎに行ったほうがいいかな。最近、肩が凝りだした。

「ねぇ、まっくん」

「うん?」

 由梨が入れてくれていたアイスコーヒーに口をつけながら、返事をする。

「こういう事してくれる彼女、居ないわけ?」

 は? 彼女?

 グラスを口元に当てたまま、一瞬思考が固まる。

 汗をかいたグラスから、しずくがジーンズの膝に落ちる。

 

 由梨が、そんな事を気にするって。いったい何事?

 これって……もしかして。チャンス、なのか? 


「彼女」

 願望そのままに、グラスを握っていないほうの手で、由梨を指差す。そのまま、『あっそ』ってわけには……いかないだろうな。

「はぁ?」

「って、だめかな?」

 案の定、『わけ、わかんない!』って言われそうな表情に、一歩引き下がる。

「ダメに決まってるでしょうが。便利だからって、好きでもない女、彼女にしないの!」

「いや、由梨のこと好きだけど。言ってなかったっけ?」

「言ってない! 聞いてない!」

 空になったグラスを両手で握って、思いっきり頭を振る由梨。

「あれ? おかしいな?」

 言ったはず。『大好きなゆうりちゃん』って。

 いや、おかしくないか。”同窓会”の帰りのタクシーで、だ。アレは、確か。

 酔ってた由梨は、きれいに記憶から消しさっているんだろう。

 

 ため息をついた由梨が、

「あのね。百歩譲って、まっくんが”言った”としたら、私がした”返事”ってもんがあるでしょうが」

 って、小さい子に言い聞かせるように言う。

 俺が”好きと言ったかどうか”をひたすら気にして。けれども、『嫌だ、彼女になんかならない』とは言わない由梨に、勝ち目が見えた気がした。


 強気で、押せ。

 ここで負けたら、一生”オトモダチ”で、止まるぞ。

 そんな自分の心の声がする。その言葉に、素直に従おう。


「そうだな」

 一度肯定して、油断をさせて。

「じゃぁ、由梨の返事は? 過去に言ったかどうかはともかく。俺は今、”言った”。由梨、返事」

 不意打ちを狙った俺の自分勝手な言い分に、由梨が動揺したのが判った。

「由梨、俺のこと嫌いか?」

 由梨が目をそらす。グラスを持つ手に力が入る。

 もう、一息。

 たったの三音。俺にとって、世界で一番大切な三つの音。

 音程を意識して。声に出す。

「ゆ・う・り?」


 かろうじて聞こえるボリュームで

「キライ、じゃない。音楽馬鹿なまっくんのこと」

 そんな答えが返ってきた。


「なら、”彼女”でいいな?」

「……うん」

 天にも昇る気持ちって、こんなのかもしれない。

 そう思っている俺と目が合った由梨は、茹ったように真っ赤になった。その、あまりにも初心な反応に、つい抱きしめそうになった手を押しとどめる。


 まずい、よな。ここで、暴走したら。


 そのまま俺は、時間を言い訳にして、彼女の部屋を飛び出した。



 夏休みに進歩があったのは、由梨との関係だけでなく。

「持ち歌が、何曲かできたし。一度ライブやってみねぇ?」

 そんな提案をしながらリョウは麦茶を配りおえると、テーブルの上にヤカンを置いて自分もジンの隣に腰を下ろす。

 この日の”打ち合わせ場所”は、リョウの部屋。

 

 学園祭まで時間があるし、それまでに力試しとか、って、説明を入れるリョウに、俺たち三人に反対も無く。

 初めてのライブに挑戦することに決めた。


「なぁ。バンド名ってどうするよ」

 話が一段落したところで、ジンが髪を括りなおしながら言う。由梨が、すっすとポニーテールに作るのとは、やっぱり手つきとか、違うもんだな。

 一人、よそ事を考えている俺とは違って、まじめに考えていたらしいサクが

「大魔神カルテット」

 って、第一候補を挙げた横で、ジンがテーブルに額を打ち付ける。

「サク~。おまえ、どこでそれを~」

 恨めしそうな声で、ものすごく嫌そうに文句を言っているジンに、サクとリョウがげらげら笑いながら応じている。

 って。なんか、俺だけ話しについていけてない気がする。

「大体なんで、ジンがそんなに反応するんだ?」

 ヤカンから、お茶のお代わりを入れながら、誰にとも無くたずねる。『由梨、ちゃんと飲んでいるからな』ってのは心の声。

 リョウが裏紙に図解をしながら説明したとこによれば、って。単に、”今田(ひとし)”を『いまだ じん』と読み間違えた先輩が、それをもじって、”大魔神”って。


「二人してレギュラー取ったら、いつの間にか大魔神コンビって言われだして」

 せんべいを齧りながら、リョウがさらに付け足す。お茶菓子まで用意してあるあたり、高校時代にお邪魔したリョウの実家を思い出す。隣近所のおばさんの、お茶飲み会だな。

「あれは、他の学校にも言われたよな」 

 ジンもせんべいに手を伸ばしながら、相槌を打つ。

「そりゃ、お前らみたいなでかいのがネット前に立ったら、大魔神だろうが。球技大会なんか、一人でも大概迫力あったぞ」

 リョウのクラスと球技大会で当たったときの、怖かったこと。

 『おまえ、本職だろ。手加減しろ』って、ネット越しに言ってやったら、『手加減したら、先輩に殺される』とか、しれっと言ってるし。


 横道に大きくそれた話を戻したのは、ジンだった。

「で、名前。どうすんの?」

 蒸し暑い部屋に、沈黙が落ちる。せみの声がうるさくって、考えられないし。俺、ジンと違って言葉で勝負してないし。

 言葉で、勝負?

 それ、だ。

「ジンと、サク。今日はノート持ってきているのか?」

 春頃に、ジンに見せてもらった創作ノートは、中学のときの国語の先生の教えによるものらしい。”気になった言葉”を、書き留めたノートを、同じように指導を受けたサクも作っているって言っていた。

 俺の問いかけに、それぞれ短く返事をしながら、二人がノートを出す。リョウに裏紙を出してもらって。

 サクに断りを入れて、表紙を開く。

 おい。お前、本当に同い年の”男”か?

 端正な字が並ぶノートに、つい、驚きの声を挙げながら、サクの顔を見る。サクはといえば、恥ずかしそうに身悶えして、そのうえ、面白いものを見つけたって表情のジンに小突かれてるし。

 反撃に出たサクが、ジンのノートを広げさせる。

 こっちはページの半分ほどが、流れるような横文字で占められてる。

 二冊のノートを前に、三人に提案する。

「ここから、バンドの名前に使えそうな言葉を拾ってみたらどうだろう」

 これだけ言葉を集めてあれば、何か一つくらい、出てくるんじゃないかな?


 しばらく、ペラリペラリとノートを繰る音だけがする。

 声を上げたのは、ジンだった。

 サクのノートの一ページを指差して。言葉遊びがどうとか、サクと話し合っている。

 鉛筆を手にしたリョウが、ジンの拾い上げた言葉を書き留めた。

 

 ”織る” ”音” ”籠”。


 リョウの字を見ながら、しばらく口の中で音を転がしていたジンがボソっと、言う。

「オリオンの籠」

 って。そして、リョウから取り上げた鉛筆で、”織音の籠”と、書く。

 なるほど。

 ”織音(オリオン)”な。

「なんか、音に捕らえられる感じじゃないか?」

 ジンが、俺の顔を見ながら首を傾げてみせる。

 さっきのジンと同じように、俺も口の中で音を転がしてみる。

 うーん。悪くないけど。リズムが……。

「もう一捻り、ないか?」

 名づけ親に、投げ返す。


 しばらく考えていたジンが、決定打を放つ。


織音籠(オリオンケージ)



 ライブの詳細が決まって。由梨にも報告をする。

「見にくる、よな?」

「何で?」

 初めてのライブにお誘いをしてるのに、『何で?』は無いんじゃないか?

「何でって。来るよな?」

 重ねて言った俺に、渋々って顔でうなずくけど。

「良かったぁ」

 自分の心に正直に嘆息してみせると、彼女の目が笑いの形になる。 

「由梨には、俺の作る曲すべて聞いて欲しいから」

 調子に乗って重ねた言葉に、

「はぁ?」

 一転して『わけ、わかんない』って顔。

 そんな彼女に、ひとつの決意を伝える。

「由梨から、歌を奪ったのが俺だって言うなら。曲を作ることで、お前に返す」

「返すって、どうやって?」

「うーん。それはこれから考える」

 サンドウィッチを片手にした由梨は、一瞬きょとんとして。


 声を立てて、笑った。

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