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酔っ払い

 そろそろ、お開きにってことになって。

 立ちあがろうとした由梨が、フニャーって椅子に崩れる。

 あーあ。酔いが足に来たか。

「由梨、だから言っただろう。止めとけって」

「だって。久しぶりに、みんなに会えて楽しかったし。みんなと同じように飲みたかったんだもん」

 『飲みたかったんだもん』じゃ無いだろうが。 

「お前な。ジンのあの体格と同じだけ飲める訳ないだろうが」

 つい、きつい口調になった俺を、由梨はいつものように睨んでいるつもりらしいけど。

 酔っ払い特有の、上気した顔にトロンとした目で見つめられたら……。

 ああ、もう。違う意味で負けるだろうが。

「へへへ。勝ったー」

 目をそらした俺に、由梨はご機嫌でバンザイなんかしているし。

 勝ったー、じゃないって。

 リョウに家を尋ねられた由梨の答えを聞きながら、頭の中で地図を描く。

 ここからだと……歩けなくは無いだろうけど。由梨の状態では、無理そうか。

 リョウも、『いつ落ちてもおかしくない』って言ってるし。


 って、俺たちが相談している横で、テーブルに突っ伏して寝ようとするんじゃない!!


「ほら 由梨。支えてやるから、立て」

「んー」

 ジンに清算を任せて、由梨の腕の下に手を回すようにして立たせる。

「ゆり、とりあえず、店出るぞ。で、タクシー乗り場に向かいながら流しを拾う」

 横でリョウが手を貸してくれながら段取りを説明するのに対して、

「はい! キャプテン、わっかりました!」

 なんて、ご機嫌で返事をしたかと思うと、

「ゆりさん、立派に酔っ払いだぜ」

 って、後ろで笑っているサクには

「なによぅ。キャプテン命令は聞かなきゃいけないんだよ」

 膨れてみせるし。

「はいはい。そうだな。由梨の言うとおり」

「でしょ? 私はいつも正しい!」

「はいはい、正しい、正しい」

 いい加減に相槌を打つ俺に、妙にうれしそうに胸を張って。

「思い知ったか、由梨様は正しいんだぞ!」

 最後は、店の入り口で雄叫びを上げた。


 もう、二度とこいつには、飲ませるもんか。



 ふらつく由梨を支えながら、駅へと向かう。右、左、右、左って、二拍子をとらせようとしては、いつもの『わけ、わかんない』攻撃を受けて。

 見かねたらしいジンが、横に並んで”ウサギとカメ”を歌いだす。

 おぉ。あれは酔っ払いを歩かすのにベストだって聞いたことがあるけど、本当なんだな。

 音楽の力、ここにあり。

 って、俺も酔っているのか。


 リョウが拾ってくれたタクシーに二人で乗って。

 行き先を告げたあと。由梨は、『まっくんのばーか』『まっくんがわるいー』って、絡み始めた。

「俺の、何が悪いんだって」

「だってぇ。まっくんが音当て、手伝わなかったら、きっと今も歌えてたもん」

「なんだ、それ? わけ、わかんないぞ」


 呆れた声を出してしまった俺に、ブツブツと由梨が説明したことをまとめると。 

 俺とのレベルの差に、プレッシャーを感じて。レッスンや自宅での練習がストレスになって。

 電子オルガンのスイッチを入れるだけで吐き戻すようになった由梨は、音楽教室をやめざるをえなかったって。


「伴奏が間違っているのも自分で分からないし、音のつながりも分からないし。同い年のまっくんに、どうやれば追いつけるのか全然分からなくなっちゃった」

「そう、だったのか」

 追いつくとかそんなこと、どうだって良いのに。ただ、由梨はあのまま楽しく歌ってさえいればよかったのに。

「音当てのときに、ズルをしてまっくんに教えてもらってたせいだー。罰があたったんだー。だから、大好きだった音楽が、体にとって毒になっちゃたんだー」

 大人しくなった由梨は、今度は泣きが入りだした。

「そうか。ごめんな」

 ベソベソと目をこすっている由梨の頭を撫でながら、謝る。謝りながら、言い訳をする。 

「由梨が喜んでくれるのが、ただ、うれしかっただけだったんだ。俺は」

「そう、なの?」

「うん。大好きな”ゆうりちゃん”が『ありがとう』って言ってくれるのが、何よりもうれしかった」

「なに、それ。わけ、わかんない」

 そっと呟いた由梨は、コテンと俺の肩に寄りかかってきた。



 タクシーから降りて、再びふらつく由梨を支えて。やっとついた由梨の部屋。

 鍵を開けて、ハイヒールを脱ぐ彼女を支えながら部屋に上がる。って。お前さ、もうちょっと警戒心とか。

「ありがとー、まっくん」

 持ち合わせてないか。酔っ払いだし。それに、多分、男扱いもされてないんだろうな。

 そんなことを考えながらふと見た、グリーンの壁掛け時計。

「ヤベ。終電、乗れるかな」

 これから、リョウのところにでも泊まるか。電話だけ、由梨に借りて。

「なぁに? 電車無いの? じゃぁ、泊まって行けば?」

「はぁ?」 

「毛布だったら、あるしー」

 それは、ちょっと。『わけ、わかんない』ぞ?

 焦る俺を尻目に、押入れをガサゴソと引っ掻き回した由梨は、一枚の毛布を取り出して。

 ホテホテ俺に近づくと

「はい、まっくん。これつか……」

 って、言いながら、ふーっと倒れこんできた。

 とっさに抱きとめた、俺の腕の中でスースーと寝息を立てる由梨に、頭痛がしてきた。


 だ  か  ら。

 俺、

 ” お  と  こ ” だぞ?


 とは言え。このまま狼になることもできず。

 由梨を抱えて、彼女のベッドに運ぶ。高校時代と違って髪を下ろしていたから、解く手間が無いのはいいことだ。

 なんて、関係の無いことを考えて、気を紛らわせる。


 さて、戸締りをして帰ろう、って思った俺は、鍵の在り処に困った。確か、さっき鍵を開けた彼女はバッグに仕舞い込んでいた。勝手に他人のカバンの中を触るわけにはいかないし。かといって、施錠せずに出て行くのはもってのほか。

 ああ、もう。

 どうにでもなれ。


 家には、遅くなったら誰かのところに泊まるって言ってあるし。


 俺はそのまま、毛布をかぶって床に寝転がった。



 軽い衝撃を受けて、目が覚める。

 頭までかぶっていた毛布を剥がしながら起き上がると、薄明るくなった部屋の中。俺の横に由梨が立っていた。  

 あくびをしながら声をかけた俺に、開口一番。

「なんで、まっくんがいるのよ」

 いつもの調子で、問いかける由梨。うん、二日酔いの心配は要らなさそうだ。

「ゆうべ、お前が『泊まれば?』って、言ったんだろうが」

「言ってない」

「あのな。だったら何で俺が毛布、着てるんだ?」

 勝手に押入れから出したとでも言うのか?

「あれ?」

 首をかしげながら、冷蔵庫からパックのオレンジジュースを出した由梨は、コンロの横にそれを置いたと思うと、ヤカンに水を汲んでお湯を沸かし始めた。


 うーん、って伸びをしている彼女に、素朴な疑問を。

「お前、何しようとしてるんだ?」

「コーヒー入れようかなって」

「ジュースは?」

「はぁ? ジュースぅ?」

 コンロの横のジュースにやっと気づいたらしい彼女が言った言葉は、

「おっかしいな? あっちもこっちも。出した覚えの無いものが」

「今、俺の目の前で冷蔵庫から出したから」

 完全に寝ぼけているな、って思いながら、突込みをいれる。

 あれ? とか言いながら額に手を当てた由梨が、いきなり洗面台に走ったかと思うと、手を突いてうなだれた。

 急に、吐き気でも起きたかと、心配する俺を横目に。

 彼女は顔を洗い始めた。


 勢い良く水を使っている由梨は、お湯が沸いていることに気づいていないようで。

 何度か声をかけて、やっと蛇口が閉められる。

 お湯が沸いたことを伝えると、

「戸棚に、インスタントコーヒーがあるから、まっくんも飲むなら勝手に入れて」

 それだけ言って、洗顔を再開した。

 言われたとおり、戸棚からマグカップとコーヒーを出して。

 これ、どうやっていれるんだろ。

 まぁ、いいや。人の飲みもんだし。少々のことで、死ぬわけ無いだろ。


 ふたを開けて、こんなもんかなって、適当に瓶からザラザラ流し込む。

 お湯を入れて……って。熱い。ヤカンの取っ手が熱い。あ、そうか。母さんは”鍋つかみ”ってのを使っていたな。鍋つかみは、と。これかな。

 おお、コーヒー入れれた。やるじゃないか、俺。


 初めて入れたコーヒーに気を良くしている俺の前に、洗顔を終えた由梨が座る。昨日みたいな化粧しているのも大人っぽくって良いけど。見慣れた素顔もやっぱり、かわいい。

 コーヒーを一口飲んだ由梨が、顔をしかめる。

「まっくん、コーヒーどれだけ入れた?」

「適当に」

 さっきしたように、瓶を傾けるジェスチャーをしてみせる。

「それで、ザラザラって?」

「うん」

 由梨の呆れ顔を見ながら、俺も一口飲んでみる。うーん、

「ちょっと濃かったかな?」

「”ちょっと”じゃないわよ。家で、どうしてるわけ?」

「母さんがいれてる」

「十八歳。自分でいれなさいよ。それぐらい」

「別に、飲みたくって飲むわけじゃないし。『ついでに飲む?』って聞かれるから、じゃぁ頂戴って」

「普段、何飲んでるのよ」

「別にこれといって。出された飲み物を飲んでる」

「はぁ? 喉乾いたから、ジュース飲みたいとかって……」

「ああ。俺、咽喉、渇くことまず無いし。いっつも何か飲んでいるジンの方が、俺には変わってるように見える」

 そう言いながら、もう一口飲む。これはこれで、飲めないわけじゃないと思うんだけど。由梨にはどうにも濃いすぎるらしくって、新しくマグカップを出してくると、半分に分けて大量の砂糖と牛乳をぶち込んだ。


「お前な、合コンに出ることがあるって言ってただろ?」

 ファーっと、あくびをこぼしながら、コーヒー牛乳を飲んでいる由梨に、昨日から気になっていたことを尋ねる。

「あー、うん」

「男と飲んでて、昨日みたいなのは拙いんじゃないか?」

 タクシーの中の泣き顔が、昨日の俺にはブレーキになったけど。酒の力で無理やり、なんてことをしたら、今度は『まっくんの顔を見ただけで、吐く』とか言われかねない、って。

「昨日は、羽目をはずしただけ。普段は、あんなに飲まないから」

 そんな俺の葛藤になんて、欠片も思い至らないだろう由梨は、平然と『大丈夫、大丈夫』って、手をひらひらさせている。

「俺たちも一応、男なんだけど」

「知ってるわよ」

 知ってるならさ、

「男、あっさり部屋に泊めるなよ」

 俺も含めて、な。お前、警戒心無さ過ぎだろ。


 不機嫌な顔になった自覚のある俺をチラチラとうかがいながら、由梨が昨日、泊まることになったいきさつを尋ねる。 

 ざっくりと説明するのを、両手でマグカップを包み込むようにしながら、聞いている由梨。

 幼女のようなその表情に、ちょっと意地悪な質問を。

「お前さ、これがジンやリョウでも泊めたわけ?」

 これで、『まっくんだけ』とかって返事が返ってきたら、まだ救われる気がするけど。

「何でよ。あの二人、終電関係ないじゃない」

「あ、そっか」

 質問自体が成り立っていなかった。


 右手の壁をちらりと見た由梨が、思い出したように朝飯を気にしだした。

「お前、腹減ってる?」

 由梨が食うなら、ご相伴に預かるかなって尋ねてみると、

「まっくん、減ってないの?」

 目を丸くした彼女から、質問が返ってきた。

「俺、あんまり腹減ったって経験、無いな」

「普段、どうしてるのよ」

「食事があれば、食べる」

「飲み物と同じなわけ?」

「うん」

 この、ロボットがって、小さく毒づくのが聞こえる。


 『食事は全ての基本』とか、何かの主張のように言いながら由梨が朝飯の支度をしてくれる。

 トーストと、玉子焼き、かな? 昔、母さんが弁当に入れてたのよりは薄くって、つぶれたラグビーボールみたいな形をしてるけど。

 それから、由梨がちゃんと入れ直したコーヒーと。


「まっくん、せめて水分は摂ろうよ」

 玉子焼きにケチャップをかけながら、由梨が言う。玉子焼きにケチャップって、合うのか?

「うん?」

「これからの季節、脱水症状起こすよ。のど渇いた実感が無いからって、飲まなかったら」

「うん」


 気をつけてね、ってダメ押しをする由梨に、もうひとつ頷いてみせて。


 口に運んだ玉子焼きは、母さんが作ったのより、ふんわりと柔らかくって。

 同じ年なのにって、焦りを感じる。


 俺、卒業までにお前に追いついて、一人前の人間として生活できるようになれるのかな?

お酒は適量を守って、楽しく飲みましょう

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