二章 馬車に揺られて
がたん、ごっと。
険しく荒れた山道は、延々と馬車の車輪を突き上げ続ける。揺れに合わせ、床に座る旅人たちの体が跳ねた。
幌を被せた大きな荷台の床へ直座りという、山越え専用の大衆馬車。決して乗り心地はよくない。
せめてもの救いは、乗る人数が少なく、密集していないこと。
おかげでみなもたちが馬車の奥を陣取っても、出入り口から届けられる風を堪能することができた。
「いい風が入ってくるなー」
浪司は馬車の床にあぐらをかいて座り、気持ちよさそうに背伸びする。
そんな余裕のある姿を、みなもは隣から横目で見やる。
「……ザガットの街は、まだ?」
口を開くと吐き気が喉まで出てくる。
酔い止めの薬は飲んでいたが、予想以上の悪路。その上に村を出立してから七日間、馬車に揺られっ放し。
対策空しく、みなもは馬車酔いに苦しんでいた。
そんなみなもを浪司がニヤニヤしながら見つめてくる。
「あと二刻ぐらいで着くぜ。それまでワシの所に吐くんじゃないぞ」
嫌なことを聞いてしまった。
お陰で気分はさらに悪くなり、みなもの体が横へ崩れ落ちそうになる。
隣に座っていたレオニードが、咄嗟にみなもを受け止めた。
「大丈夫か?」
「あ、ごめん。こんなことなら、もっと酔い止めの薬を改良すればよかった」
はあー、と大きく息を吐いて、みなもは出入り口から見える遠くの景色を眺める。これ以上酔いが進まぬための悪あがきだった。
馬車は山の頂を過ぎ、道を下り始めていた。
道の脇を彩る木々も、遠くに広がる森も、新緑の葉が精一杯に手を広げている。
住んでいた村から西にあるこの地域は、一年の中で最も力強く緑が息づいていた。
風に乗って、葉の爽やかな香りが馬車へ入りこむ。鼻で息をすると、清々しい空気がみなもの悪心を癒してくれる。
浅く息をしながら吐き気と格闘するみなもの頭を、浪司はワシワシとなでくり回した。
「知り合って三年ぐらいになるが、みなものそんな弱った顔、初めて見たぞ。いっつも生意気なところしか見てないから、面白ぇなあ。今のほうが可愛いから、ずっとそうしてろ」
絶対に人を見て遊んでいやがる。
みなもが睨んでいると、隣で小さく頷く気配がした。
それを見逃さず、みなもは瞳を浪司からレオニードへ流す。
「……レオニード、どうして頷くんだよ」
「いや、馬車に揺られただけだ。気にしないでくれ」
いつも通りに表情はないが、よく見るとレオニードの目があさっての方角を向いている。
動揺が読みやすい人だと呆れつつ、みなもは唇を尖らせる。
「男が可愛いなんて言われたら、面白くないだろ」
「そういう意味で頷いた訳では――」
言いかけて、レオニードは言葉を止めて顔を背けた。
「やっぱり頷いたんだ……後でレオニードに飲ませる薬、死ぬほど苦くしてあげるよ」
やると言ったら本気でやる。
そんな思いを察してか、「すまない」とレオニードが素直に謝ってくれた。