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黒き薬師と久遠の花  作者: 天岸あおい
一章
7/71

    突然の告白

    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 雨が数日続いた後。ようやく空は晴れ上がり、春の陽気が戻ってきた。森は活気づき、鳥のさえずりも一際賑やかになる。


 浪司は「買い出しに行ってくるぜ」と言って、朝から街に出かけてしまった。

 レオニードと二人きりになるのは不安だったが、せっかくの好天を楽しみたいという気持ちは分かったので、みなもは黙って浪司を見送った。


 レオニードもあれから回復して、ゆっくりだが歩けるようになった。久々の天気だからと、みなもは彼を小屋の前にある切り株に座らせ、穏やかな日差しを浴びさせる。


「久しぶりの外だから、気持ちいいだろ?」


 背伸びをしながら、みなもはレオニードに声をかける。

 返ってきたのは――沈黙。


 あれからレオニードは、みなもに何も聞こうとはしなかった。今まで通り最低限の会話と、沈黙しかない。


 どうすれば話をしてくれるだろうか。

 みなもが探るように横目でレオニードを見ると、彼は眉間に皺を寄せて遠くを眺めていた。


(もう少し肩の力を抜いたほうが、傷の治りも早いのにな)


 どうしたものかと、みなもは首を傾げて考える。ふと、今日の夕飯のことが頭をよぎり、「あっ」と声を上げた。


「レオニード、ちょっと一緒に来てくれるかな? 今から湖に行って魚を釣りたいんだ」


 気難しそうな顔を変えずに、レオニードは首を振った。


「すまないが、今はそんな気に……」


「少しでも体を動かしたほうが、早く回復できるよ。ついでに食料も確保できるしさ」


 みなもの言葉にレオニードの耳が、ぴくりと動いた。


「……分かった」


 小さくて不本意そうな声だったが、心なしか彼の顔が緩んだように思えた。




 小屋の裏手に広がる森へ入り、二人はなだらかな小道を歩いていく。


 まだ木々に生えたばかりの葉は小さく、鬱そうとしていない森は光に溢れ、辺りの冷めた空気を温める。


 しばらくして、森の新芽を鮮やかに映した湖が見えてきた。

 湖面は光を弾き、時折吹くそよ風と戯れ、揺らめいている。辺りを囲む森の木々も、優しく葉をそよがせる。


 いつでも魚が釣れるように、村人たちが作った桟橋へ行くと、みなもは橋の縁に腰かけた。間を空けて、レオニードが隣へ座る。


「これを針に刺せば、楽に魚が釣れるよ」


 みなもは懐から爪の大きさほどの木片を摘み出し、レオニードへ渡す。

 受け取ると、彼は不思議そうに木片を見つめた。


「その木を魚が口にすると、痺れて釣りやすくなる。小さい頃、父さんから教わったんだ」


 一足先に釣り針へ木片を刺し、みなもは湖へ静かに糸を垂らす。


「手元にお金がない時、何度も助けられたよ。おかげで死なずに済んだ。ちょっとコツがあって、生きているように見せないと口に入れてくれないけどね」


 冗談めかして笑いながら、みなもは呟いた。

 遅れて釣り糸を垂らしたレオニードが、こちらを見据えて口を開く。


「苦労してきたんだな」


 思いがけない言葉に、みなもは驚いて息を止める。

 そのままレオニードへ顔を向けると、彼は目を細めて悲しそうな顔をしていた。


「誰だって苦労はあるだろ? 特別なことじゃないよ」


 変に同情されると、気分が落ち着かない。みなもは微笑を作って話を流すが、レオニードの顔は変わらない。


 意を決したように、レオニードが目に力を入れた。


「みなも、ヴェリシアという国は知っているか?」


「ヴェリシア? 北方の国だっていうのは知っているけど、どんな国かは知らないな」


 本当は詳しく知っているが、様子を見るために、みなもは馴染みのないふりをする。


 ヴェリシアは北方の国の中でも西側に位置し、海に面した国。

 今はバルディグと交戦中だが、元々は近隣の諸国との関係が良好で、北方の玄関を担っている国だ。

 何度か足を運んだが、仲間たちの噂すらなかった。


 レオニードが「知っているだけで十分だ」と頷く。


「俺はヴェリシアの人間だ。兵士として、王宮に仕えている」


 一体どういう風の吹き回しだろうか。今まで素性を頑なに語ろうとしなかったのに。


 これは釣りどころじゃないと、みなもは糸を湖から引き上げ、竿を脇に置いた。


 一息ついてから、レオニードは再び口を開いた。


「今、ヴェリシアは隣国のバルディグから攻撃を受けている。厄介なのは、相手は俺たちの知らない毒を、剣や矢に塗って攻撃してくる。どうにか城の薬師が解毒薬の作り方を見つけたが……大陸の東部にしか生えない薬草が必要で、俺はそれを手配しに来たんだ」


「じゃあその傷は、バルディグの兵にやられたってことか」


 みなもの話に、レオニードは「そうだ」と短く答えた。


「キリアン山脈を越えて東へ向かう最中、敵兵に見つかってしまった。そのまま山腹で毒の剣で斬られた……崖から落ちて死んだと思っていたが、みなもに助けられた」


 村の入り口周辺に、崖はなかったはず。しかもキリアン山脈のふもとまでは、ここから歩いても丸一日はかかってしまう。


 無意識の内にここまで這って来たのだろうか?

 疑問には思ったが深くは聞かず、みなもは一番気になっていたことを尋ねた。


「どうして急に、俺へ話す気になった?」


「みなもの力を借りたくなったんだ」


 レオニードも釣り竿を脇に置き、己の大腿に肘を乗せた。


「東方出身の黒髪で、ヴェリシアでは誰も解毒できなかった毒を治せた。みなも、君はコーラルパンジーの葉を持っているのではないか? もし持っているならばぜひ譲ってほしい。俺も少しは手に入れたが、あまりに少なすぎる。……早く国へ戻って、一人でも多くの仲間を助けたい」


 コーラルパンジー――その言葉にみなもの鼓動が大きく脈打つ。


 東方で紅蘭スミレと呼ばれているその草は、蒼蘭スミレの毒を打ち消す。


 そして蒼蘭スミレは繊細な性質ゆえ、もう自然には生えていない。

 自分が住んでいた里でしか育てられていなかった。


(まさか、バルディグに仲間がいるのか?)


 もしかすると、たまたま偶然が重なって解毒薬にコーラルパンジーが必要になっただけかもしれない。

 でもようやく見つけた手がかりだ。どうにかして確かめたい。


 風が流れ、みなもの頬を冷やす。動悸に煽られて熱くなった体には心地よい。


 フッ、と顔から力を抜き、みなもはわずかに頷いた。


「コーラルパンジーは手元にあるよ。譲ってもいいけれど、一つ条件がある」


「条件とは……いくら払えばいいんだ?」


「お金が欲しい訳じゃないよ。実は――」


 不意にみなもは口を閉ざし、レオニードは立ち上がる。


 そして二人は同時に森を睨んだ。


 ついさっきまで人の姿はおろか、動物の姿もなかった。


 が、今は褐色の外套をまとった者たちが三名。手に手に剣を持ち、こちらの様子をうかがっている。

 遠目で顔は分からないが、銀や金の頭髪が目についた。


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