表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒き薬師と久遠の花  作者: 天岸あおい
七章
61/71

    蒼天の花

    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 城の真後ろに広がる庭園の隅に、ひっそりと佇むガラス張りの温室があった。

 侵入してから走り続けていたレオニードは、真っ直ぐに温室へ躍り込む。


 身を滑り込ませるように中へ入れると、素早く扉を閉める。

 ようやく動きを止めた足が鼓動に合わせ、ずくん、ずくんと全身を突き上げ、熱を駆け巡らせる。


 走っている時は気づかなかったが、止まると胸が詰まって息苦しい。

 大きく深呼吸をして息を整えると、レオニードは室内を見渡した。


 外はまだ草木から芽吹く物は見当たらなかったが、室内では柔らかな緑の葉がのびのびと腕を広げ、瑞々しい花や蕾が散らばっていた。


 その中の一角に、夏の蒼天を思わせるような色の花々を見つけると、レオニードは足早に花へ近づいた。


(これが毒の材料になっている花か……)


 浪司から聞かされた特徴の、細長い花弁を五枚つけた青い花。

 もっとおどろおどろしい物を想像していただけに、その美しさが際立って見える。


(……枯らしてしまうのは可哀相だが、仕方ない)


 レオニードは腰に携帯していた小さな袋から、漆黒の液体が入った小瓶を取り出す。

 そして蓋を開けると、青い花に向かってまき散らした。


 液体が花びらを濡らし、その先端に滴を作り、ポタポタと土壌へと落ちていく。

 ジュウゥゥゥという音とともに白い煙が立ち昇り、地を這うようにして辺りへ広がった。


 瞬く間に花はしおれ、美しい青が黒ずんでいく。

 他の植物たちも煙を浴びた途端、同じように生気を失っていく。


 温室をジワジワと侵食していく死の気配に、レオニードは思わず顔をしかめた。


(これが、みなもや浪司が持っている力なのか)


 バルディグに毒を作らせないという目的のために流した、植物たちへの毒。

 今使った物は狭い範囲でしか影響が出ない、と浪司からは聞いている。


 ただ、その気になれば国全体に毒を流すこともできるのだろう。

 人々の体を麻痺させることも、無差別に殺すことも、毒を大地に広げて草の生えない不毛の地に変えることも、彼女たちには可能なのだ。


 毒を操り、一族を守り続けてきた守り葉。

 悪用される訳にはいかないと、外部の人間だけでなく、一族同士でさえも監視していたのだろう。


 つまり、みなもと共に生きるということは、自分たちも互いを見張らなければいけないということ。

 どちらかが敵の手に落ち、その力を悪用されることになれば、命を賭けてそれを阻止しなくてはいけない。

 最悪、相手の命を奪うことになったとしても。


 そう思った瞬間にレオニードの胸が痛み、目を細めた。


(彼女は子供の時から、一人で守り葉の使命と向き合って生きてきたのか)


 不意に、見たこともない幼いみなもの姿が脳裏に浮かぶ。

 仲間を失った心細さで小さな肩を震わせ、目に涙をため、それでも歯を食いしばって、懸命に前へ進み続ける……そんな姿が。


(俺が同じものを背負ったとしても、みなもの苦しみは減らないんだろうな)


 むしろ自分と一緒になれば、己を律するだけでなく、こちらを監視するという負担が増える。

 共に生きることが、より彼女を苦しめることになるかもしれない。


(……それでも俺は、みなもと共に生きたい)


 自分が抱えていくものだけでなく、少しでも彼女の重荷も背負いたい。

 みなもが肩の力を抜いて生きられるようになるならば、どんな苦労も惜しまない。

 これからは、心から笑って生きて欲しい――そう願わずにはいられなかった。


 温室の植物がすべて枯れていくのを見届けた後、レオニードは踵を返して外へ出て行く。


 ここまでは予定通り。あとはみなもと浪司に合流して目的を果たし、この地を離れてしまえば決着がつく。

 今みなもは姉の元へ向かおうとしているハズ。誰かから王妃の居場所を聞き出せば、彼女と落ち合うことができるだろう。


 庭園から城に向かって走りながら、話ができそうな人間はいないだろうかと辺りを見渡す。と、


「貴様、何者だ!」


 前方から数人の男たちが現れて、レオニードの前に立ちはだかる。

 昨日、ナウムの屋敷へ潜入した時に見かけた顔だった。


(ナウムの部下か……まだここまで動ける人間がいたとは)


 無言でレオニードは剣を抜くと、切っ先を正面に向ける。


 彼らを睨みつけて牽制していると――。

 ――横へ回り込んだ一人が斬りかかってきた。


 城内の毒が少しは効いているのか、相手の動きが鈍い。

 レオニードは冷静に判断すると、少し体を後ろに反らして剣を避ける。

 そして空振りした隙に、他の男たちに向かって蹴り飛ばす。


 巻き添えを食らうまいと、彼らが後ずさる。

 やはり他の人間も動きは鈍く、毒の影響を受けていることが目に見えて分かった。


(これなら俺一人でも相手にできる)


 そう判断し、レオニードは地を蹴って男たちへ挑みかかる。

 浪司から渡された毒を無効化させる中和剤を飲んだおかげで、毒が漂う中でも普段通りに動くことができた。


 素早く懐へ入り込むと、鮮やかに刃を翻し、彼らの剣を弾き飛ばしていく。

 そして無防備になった胸や背中を、大きく斬りつけた。


「うぐっ……!」


 くぐもった声で唸りながら、次々に男たちが倒れていく。

 地に体を横たえた彼らは、どうにか起き上がろうともがく。

 しかし力が入らないのか、上体を起こそうとしても、すぐに崩れ落ちて突っ伏す形になっていた。


 辺りを見渡して敵がいないことを確かめてから、レオニードは険しくなった目で彼らを見下ろす。

 

(……毒が効いていても、ここまで動ける人間がいるのか)


 自分と同じように、彼らも少なからず耐毒の薬を服用しているのだろう。

 だとすれば、みなもが目的を果たそうと動いた時に、取り囲まれる可能性が十分にある。

 いくら毒を使えるとしても、襲われても絶対に大丈夫だとは到底思えない。


 もし、彼女が傷つけられ、命を落とすようなことがあれば――。


 嫌な想像が頭をよぎり、言いようのない不安が胸を鷲掴みにしてきた。


(一刻も早く、みなもと合流しなければ……)


 レオニードは懐から三角に折られた褐色の包み紙――浪司から渡された自白剤を取り出す。


 これは副作用が少ない。だから相手が廃人になることはないぞ、と浪司から聞いている。

 それでも使うことに一抹の後ろめたさを感じてしまい、躊躇してしまう。


 しかし相手には悪いが、みなもの元へ駆けつけることのほうが重要だ。

 レオニードは最初に蹴り倒した男に近づいて体を仰向けにすると、彼の顔へ白い粉をふりかける。


 とどめを刺されると思ったのか、男は泣きそうな顔でこちらを見上げていた。

 だが、徐々に目は虚ろとなり、瞳から怯えが消えていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ