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黒き薬師と久遠の花  作者: 天岸あおい
一章
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    語らぬ素性

 数日後の昼下がり。無理せず上体を起こせるようになったのを見計らい、浪司がレオニードへ好奇心をぶつけていた。


「なあなあレオニード。お前、どこから来たんだ?」


「…………」


「一体誰に襲われたんだ? 山賊か? まさか痴情のもつれで斬られたとか?」


「…………」


「しっかり鍛えてあるみたいだが、どっかの兵隊さんか?」


「…………」


 次から次へと浪司は質問するが、レオニードは何も答えず、沈黙を守り続ける。


 浪司に「なんでもいいから話せよ」と泣きつかれ、ようやく出した言葉は――「……何も言うことはない」のみ。


 どうやら彼に、愛想や気さくさは皆無らしい。

 薬研で木の実を挽きながら、みなもは二人のやり取りを眺める。埒があかないので、思わず話に割って入った。


「俺が話しても似たようなものだよ。必要最低限のことしか話さないんだから」


「可愛くないなー。そんなに付き合いが悪いってことは、お前、友達いないだろ?」


 一瞬ぴくりと、レオニードの耳が動いた。しかし口は開かない。


「だんまりってことは図星か? ガハハハ」


 膝を叩いて笑う浪司へ、レオニードが冷ややかな視線を送る。それも束の間、顔を背け、相手にしたくないと無言で伝えてきた。


「嫌われたね、浪司」


「ちょっとは親睦を深めてくれてもいいだろ。おにーさん、いじけちゃうぞ」


 ……どう見ても熊オジサンだろ。

 密かに心の中で突っこんでから、みなもは「そうだ、浪司」と声を上げた。


「お願いがあるんだけど、泡吹き草の新芽を採ってきてくれないかな? 傷薬に使うんだけど、足りなくなってきたんだ」


 浪司はおどけていた顔を、素に戻す。


「別に構わねぇが、どんな草だ?」


「この時期に草むらで生えている、黄緑色の葉に赤黒い茎の植物。見たことない?」


 少し考えて、浪司は手を叩いた。


「あーあー、アレね。知ってるぜ」


 浪司は椅子から立ち上がって背伸びすると、みなもに向かって親指を立てた。


「いっぱい採ってきてやるから、楽しみにしてろよ」


「ありがとう。頼りにしてる」


 足音大きく浪司は部屋を出ていく。

 ぎい、ばたんっ! と小屋の扉が無遠慮に閉じられた後、薬研を挽く音だけが辺りに流れた。


 本当にレオニードから会話はしない。みなもが話さなければ、延々と黙り続けるのみだ。


 けれど、みなもが薬研を挽きながらレオニードを見やると、何か言いたそうにこちらを見ている。

 今だけじゃない。起きている時は、ずっとこちらを見ている。

 なのに、何も話そうとしない。


 用があるなら言えばいいのに。

 痺れを切らせて、みなもは口を開いた。


「どうしたのレオニード? 言いたいことがあるなら、言ってくれないと分からないよ」


 案の定レオニードから声は返ってこない……と思っていたら、しばらく沈黙した後、珍しく言葉が返ってきた。


「……君は俺の味方なのか? 敵なのか?」


 いきなり何を言い出すのだろう。

 みなもは顔を上げてレオニードを見る。


「少なくとも敵ではないけど……俺を疑ってるの?」


「助けてくれた恩人に、こんなことを言うのはどうかと思うが――」


 レオニードが、真っ直ぐな視線をみなもに送る。

 濁りのない瞳に、自分の心を見透かされているような気がした。


「――どうして時折、仇を見るような目で俺を見ているんだ?」


 みなもの薬研を挽く手が止まった。

 今まで作っていた愛想笑いが消え、冷え切った素顔が露になる。


「よく見てるね。侮れないな」


 立ち上がって枕元にあった椅子へ座ると、みなもは体を前に傾けた。


「知りたい、俺のこと?」


 みなもが眼差しを強めてレオニードを見つめる。一瞬彼は瞳を逸らしそうになったが、ぐっとこらえて視線を受け止めた。


「……何者なんだ、君は?」


「そう簡単に教えられないよ。貴方が俺に自分のことを隠したいように、俺にも人に知られたくないことがある。自分の手の内を見せないクセに、こっちには秘密を見せろだなんて、都合がよすぎるじゃないか」


 しばらく二人は口を閉ざし、互いを探るように視線を交わす。


 フッ、とみなもは薄く笑い、その場に張り詰めていた緊張をほぐした。


「まずは貴方のことを教えてよ。その後だったら、俺のことも教える」


「俺だけに話をさせて、君が話さない……ということも考えられるな」


 みなもは眉を上げながら、肩をすくめる。


「そこは俺を信じて、としか言えないね」


 譲る気はない。みなもの意図が通じたらしく、レオニードは口元に手を置き、考えこむ。それきり押し黙ってしまった。


 いきなり話す気にはなれないだろう。みなもは立ちあがり、レオニードへ背を向ける。


「少なくとも貴方を殺す気はないから、それだけは安心して……気が向いたら、いつでも言ってよ」


 そう言うと、みなもは薬研で新たに挽く薬草を取りに寝室を出ていく。


 少し歩いてからレオニードに聞こえないよう、ため息をついた。


(これで俺に興味を持ってくれて、北方の話を聞けたらいいんだけど)


 きっと彼をこのまま治療しても、知りたい話は聞き出せない。こちらに興味を持ってくれたのを利用して、北方の情報を聞き出したかった。


 もし話してくれなかったら、治療代として話せ、と言ってやろうか。

 あの強面の無表情を、困った顔にさせるのは気分がいい。


(嫌な性格してるな、俺)


 自分に呆れて、みなもは頭を掻いた。


 机に置いてあった薬草を手に取り、寝室へ戻る。と、みなもと同じように、レオニードも困惑した顔で頭を掻いていた。


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