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黒き薬師と久遠の花  作者: 天岸あおい
七章
59/71

    殺さずの不審者

    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


(どうなっているんだ、一体……?!)


 廊下の壁に手をつき、イヴァンは痺れる体を引きずりながら前へ進む。


 朝食を終えて執務に取り掛かろうとした時だった。

 急に甘ったるい匂いがしたと思ったら、侍女や護衛の兵たちが次々に倒れてしまった。


 すぐにこれは毒なのだろうと察しはついた。

 自分の体も痺れはするものの、どうにか身動きは取れる。――幼少の頃から毒殺されぬよう、体に耐性をつけてきたおかげだろう。

 

 最初は城の地下にある毒の調合を行う部屋から、何らかの事故で毒が漏れ出たのかと思った。

 だが毒を作るのは、いつもならもう少し日が昇ってからだ。まだ部屋に人がいない状態で、事故が起きるとは考えにくい。

 むしろ何者かが城へ忍び込み、毒を流した可能性が高かった。


 毒――それは守り葉が扱う物。

 一瞬、みなもが毒を流したのでは? と考えた。


 しかし彼女が姉を困らせる真似をするような人間とは思えない。

 それに万が一不穏な動きをするにしても、ナウムがそれに気づいて手を打っているだろうし、現在は説得中で城に近づかせない状態にしてあると報告を受けている。

 

 今のバルディグが毒に苦められる姿を見て、喜ぶ輩は大勢いる。

 可能性が最も高いのは、どこかの国の者がバルディグの毒にやられたことを恨み、報復のために毒を流したということだった。


 城にいる人間の中で毒の耐性がある人間は、かなり限られている。

 もしこの事態に乗じて少人数でも城に攻め込んでくれば、ひとたまりもない。


 さっさと毒を流した者を探し出して真っ二つにしてやりたいところだが、周りには今、動ける人間が自分しかいない。

 まずは動ける人間と合流して、戦力を集めることが急務だった。


(俺の知る限り、いずみとナウムには耐性があったはず。……あの男にまた借りを作るのは面白くないが仕方ない)


 薄笑いを浮かべるナウムの顔を思い出し、イヴァンはぴくりと肩眉を上げる。


 表面上は従順な態度を見せているが、その目はいつもどこか反抗的な光を宿している。

 跪き、頭を垂れていても、こちらに忠誠など微塵も誓っていない。初めて出会った時から、それは十分に感じ取っていた。


 城にいる人間の中で、絶対に気を許すことはできない男だ。

 だが、いずみが絡むことに関しては、最も信用できる男でもある。


 初対面の頃から気づいていた。ナウムにとって、いずみが特別な存在だということは。

 彼女を守るために剣を振るい、彼女にとって不利となることは裏で排除し、有利となることは手段を選ばずに動き――。


 すべては、いずみの幸せのため。

 だからこそ信用できないこの男を、いずみの側にいることを許し、腹心に据えている。

 同じ者を守り続ける限り、それは変わらないだろう。


 イヴァンはわずかに苦笑し、前を見据える。


(ナウムのことだ、真っ先にいずみの元へ向かうハズだ。運が良ければ途中で会えるかもしれんな)


 恐らくいずみは自室の隠し部屋に潜んでいるだろう。

 彼女の元へ向かうなら、玉座の間にある隠し扉を経由するのが一番早い。

 

 いくら毒に耐性があるとはいえ、この非常事態に怯えている姿が容易に想像がつく。

 一刻も早く事態を収拾し、いずみを安心させたいと心は焦る。

 だが体は思うように動かすことができず、イヴァンの中に苛立ちが募っていった。


 ようやくイヴァンが玉座の間に辿り着くと、より濃くなった甘い匂いに出迎えられる。

 そして部屋の中央に、中背の男が待ち構えていた。


 無精髭を生やしたその男は、粗野な毛皮の服をまとっており、狩人のような身なりをしている。明らかに城へ出入りする者の格好ではない。

 外からの侵入者だと見なした瞬間、イヴァンは腰の剣へ手をかけていた。


 男がこちらに振り向きつつ、剣を抜こうとする。

 が、目が合った瞬間、男は剣から手を離し、恭しくその場へ跪いた。


 予想外の動きにイヴァンは目を丸くする。

 ただ、いくら恭しい態度を取られても、不審者だということには変わらない。


 剣を抜いて切っ先を向けながら、イヴァンは男を見下ろした。


「……城に毒を流した不届き者は貴様か?」


 敢えてゆっくりと低い声で尋ねる。

 大抵の者は萎縮して身を震わせるが、この男は違った。


 平然と頭を上げると、男は怯むことなくイヴァンを見据える。

 その目は、市井の人間にはそぐわない覇気が備わっていた。


「貴殿の城を荒らすような真似をして申し訳ない、イヴァン王。……城に流した毒は体を麻痺させるもので、命を奪うような代物ではない。そこは安心して欲しい」


 不審者の言うことなど信用できない。

 ただ、毒を受けている身として、これが命に関わる物ではないことは実感している。


 城の人間を殺すつもりなら、こんな中途半端な毒は使わないはず。

 狙いが読めず、イヴァンは眉間にシワを寄せて男を睨みつけた。


「貴様は何者だ? 毒を流した目的はなんだ?」


「今の名は浪司。東方の薬師の一族を守り続けてきた者」


 東方の薬師……すぐにいずみの顔が浮かび、イヴァンは息を呑む。


「まさか、貴様は守り葉なのか?」


 浪司は重々しく頷くと、遠くを見るような目をした。


「いかにも。ワシは守り葉の使命を果たすため、ようやくここまで来たんだ」


 いずみから守り葉の話はすでに聞いている。

 毒を駆使して久遠の花を守る者。それが守り葉だと。


 イヴァンは苛立ちを隠さず、今にも噛み付かんばかりに歯を剥き出す。


「この国には貴様が守るべき久遠の花がいる。それを知った上での行動か!」


 怒声を浴びせても、浪司の表情はピクリとも動かない。

 むしろ熱くなる自分とは対照的に、彼から投げかけられる視線の温度は急激に下がっていく。


「ワシが守るべきは、一族の知識と志。身を守るための毒でなく、毒で相手を傷つけて利を得ようとする者を放っておく訳にはいかん。それがこの国の王妃であったとしても」


 この国にいずみがいると分かった上での行動ならば、この男の目的は――。


 ふと、いずみから毒の作成を提案された時に言っていたことを思い出す。


『私の毒を使えば、少ない兵でも戦況を大きく変えることができます。ただ……いつ私の身に何が起きるか分かりません。どうか毒が作れなくなった時のことも、今の内に考えておかれて下さい』


 てっきり他国の間者に襲われた時のことを言っていたと思っていたが、むしろいずみはこの状況を恐れて口にしていた気がしてならない。

 イヴァンは奥歯を強く噛み締め、剣を握る手に力を入れた。


「……貴様は、俺の妃を始末する気なんだな?」


「いいや、殺すつもりはない。これ以上毒を作れんようにするだけだ」


「殺す気は無くとも、妃を傷つけようとしていることに変わりはない。そして妃の毒は、今のバルディグを立て直すために必要な物……貴様の好きにはさせん!」


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