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黒き薬師と久遠の花  作者: 天岸あおい
六章
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    常緑の守り葉

 言い終わった後、しばらく誰もが口を閉ざす。

 急に訪れた静寂の中、パチッと焚き火の薪が弾ける音が響いた。


 おもむろに浪司がうなだれ、乱暴に頭を掻いた。


「そうか、いずみだったか……あの心優しくて聡明な子が、安易に毒を作るとは思えん。それだけ追い詰められていたのか」


 浪司の言葉に、みなもは思わずぎょっとなる。


「どうして浪司が姉さんのことを知っているんだ!?」


 思わず声が大きくなり、口調が鋭くなる。

 それでも頭を上げた浪司は、嫌な顔一つ見せず、優しく微笑んだ。


「ワシはずっと前から、いずみのことも、お前さんのことも知っていた。久遠の花と守り葉の隠れ里にいた頃からな」


 一瞬、みなもは自分の耳を疑う。


 昔から知っていた? ……まったく浪司の顔に覚えがない。

 こんな特徴的な熊オジサン、一度見たら忘れないハズなのに。

 

 次第に驚きから訝しげな眼差しに変わっていく。

 その様を見て、浪司が苦笑を漏らした。


「知らなくて当然だ。隠れ里にいないことのほうがほとんどで、直接みなもと話したこともなかったからな。だが、ワシは遠目から元気に遊んでいるお前さんを見てたぞ」


「つまり、浪司は隠れ里に出入りしていた商人だったのか」


 一族の人数はそう多くない。だから久遠の花と守り葉の顔は全員覚えている。

 その記憶の中にいなければ、部外者である商人としか考えられなかった。


 しかし浪司は「いいや」と首を横に振った。


「ワシはお前さんと同じ守り葉――厳密に言えば、一族の中でも特別な守り葉だ」


「特別な守り葉?」


 首を傾げるみなもへ、浪司は大きく頷いた。


「昔、久遠の花は本当に不老不死を叶えることができた。その時の長に、ワシは一族の血と、薬の知識や技術を守ることを命じられて、不老不死を施されたんだ。さしずめ常緑の守り葉ってところだな」


 ……浪司が守り葉で不老不死?

 こんな状態で大嘘をつくような人間ではないとは思うが、にわかに信じられない。


 ただ、この森へ来た時に嗅いだ甘ったるい匂いは、人を麻痺させる毒。素人であるレオニードが扱える物ではない。

 つまり、浪司がやったことなのだと考える他はなかった。


 戸惑う心をどうにか抑えて前を見据えていると、浪司が「順を追って話そう」と言葉を続けた。

 

「ワシの元の名は李湟。陰で不老不死を狙う輩から一族を守り続けていたんだ。そうやって何百年も生きてきたんだが……八年前、里に出入りしていた商人の一人に騙されてな、洞窟の中に閉じ込められてしまった。どうにか外へ出られた時には、すでに隠れ里は襲われて、一族の屍だけしか残っていなかった」


 苦しげに浪司が眉根を寄せた。


「絶望しかなかったぞ、あの時は。だが、もしかしたら生き残りがいるかもしれないと、かすかな望みに縋ってあちこち捜し歩いて――三年前にようやく見つけたのが、お前さんだったんだ」


 ふと住処の村に初めて浪司がやって来たことを思い出す。

 ぶらりと小屋にやって来て、「これ買い取ってくれねぇか?」と人懐っこい笑顔で希少な薬草を見せてくれた。

 今考えると、あの時の笑顔はどこか安堵したような、救われたような顔だったように思う。


 みなもは目を細めて、わずかに口を尖らせる。


「そんな重要なことを、どうして今まで教えてくれなかったんだ?」


「悪かったな、本当は言いたかったんだが……お前さんの警戒心が強すぎたから、言っても逃げられるだけだと思ってやめたんだ。その後からは、また各地を転々としながら他の生き残りを探して、たまにみなもの様子を見に小屋へ立ち寄っていた」


 確かに、今でさえこの事実を受け入れ切れないのに、初対面の相手から言われても絶対に信じなかっただろう。

 悪いことしてしまったと、みなもは表情を曇らせる。

 それを見て、浪司が「気にすんな、もう過ぎたことだ」と笑ってくれた。


 が、次の瞬間、再び浪司に緊張した顔に戻っていた。


「そして一年前に、バルディグの毒を知ったんだ。一族でなければ作れない毒……すぐ本腰を入れて調べたが、それらしいヤツは見つからん。だからワシは考えたんだ、どうすれば姿を拝めるかってな」


 ジッと浪司が眼差しを強め、こちらの瞳に視線をぶつけてくる。

 思わずみなもは息を呑み、次の言葉を待った。


「わざわざ自分の正体を匂わせているんだ、きっとそいつも仲間に会いたいと望んでいるハズ。だからワシはお前さんが動けば、あっちが何かしら行動に出てくると思ったんだ」


「それを考えた時に俺へ事情を話せれば、もっと楽に話が進んだかもね。……まあ、やっぱり俺が警戒して、浪司から逃げていた可能性は高いけど」


「そうそう、ここ最近の間で一番頭を使ったぞ。どうすればみなもに警戒されぬよう、ワシの正体を隠したままで、バルディグの毒に気づいてもらえるのか……そんな時に、ヴェリシアの人間がコーラルパンジーを探しているっていう話を聞いたんだ」


 浪司は静かに話を聞き続けているレオニードを、チラリと見やった。


「当初の予定では、ワシがレオニードと接触して、みなもの所へ連れて行くつもりだった。だが、先にバルディグの兵に見つかって毒にやられて……どうにかみなものいた村の近くまで運ぶことはできたんだが、ちょっと目を離した隙にコイツが動き出して、姿を見失っちまった」


 気まずそうにレオニードが目を細める。

 今までの話に驚いた様子はなく、すでに話を聞いていることが伺えた。


「すまない。毒を受けた後のことは覚えていないんだ」


「レオニードのことだ、無意識の内に先へ進もうとしたんだろう。で、探しても見つからんから、もうみなもの所に運ばれたかと思って小屋へ向かったんだ。だが見当たらんし、慌てて探しに飛び出したら不自然だし……どうしようかと考えていた矢先に村の子供が知らせに来てくれたんだ。そこから先は、みなもの知っての通りだ」


 浪司はそう言うと、長息を吐き出して背筋を正した。

 

「巻き込む形になった上に、辛い思いをさせてすまんかった。これがワシの真実……信じてもらえるか?」


 想像もしていなかった話だけに、気持ちの整理が追いつかず、みなもの頭は混乱し続ける。


 今すぐに話を丸々信じることができない。

 疑っているというより、信じることが怖い。

 こんな身近に仲間がいるなんて、自分に都合が良すぎる。


 でも、今まで見てきた浪司という人間は信じている。


 みなもはゆっくり頷くと、口端を上げて微笑んだ。


「うん。こんな近くに仲間がいてくれて、本当に嬉しいよ。前に冗談で『遠縁のオジサン』って言ったけど、まさか本当にそうだったなんて……」


「あー、そんなことも言ってたなあ。せめて今からでもオニーサンに直してくれよ」


「それは虫が良すぎるよ。話を聞く限り、むしろオジーサンじゃないか」


 互いに笑い合いながらも、みなもの目に涙がこみ上げそうになる。


 ずっと一人じゃなかったんだ。

 そう思うと嬉しくて、涙腺が緩みかけてしまう。


 少し気恥ずかしくなって視線を泳がせると、レオニードと目が合う。

 穏やかな眼差しを見せると、彼は「みなも」と名前を呼んだ。


「俺も浪司も、目的は君と同じ――バルディグに毒を作らせないこと。そのためにここまで来たんだ」


 レオニードが言い終わる前に、浪司が大きく頷く。


「王妃を相手にする以上、国を相手にすることになるが……ワシらの力を使えば、十分に生きて目的を果たせるハズだ。だから、ワシらにお前さんを手伝わせてくれ」


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