六章 夜の酒場
夕日が沈んだバルディグの空は、瞬く間に闇色のシーツを広げていく。
繁華街に軒を連ねる店々は明かりを灯し、窓から溢れる光で行き交う客を呼び込んでいた。
そんな中、老舗の宿屋に併設された酒場は連日のように人で賑わっていた。夜は始まったばかりなのに、席はすべて埋まっていた。
男たちの談笑が店内に溢れ、それを耳に入れてさらに気分は高揚し、新たな酒を口に流し込んでいく。
しかし、食堂の角にあるテーブルに座る、短髪の赤毛の青年は例外だった。
出された酒と料理に手を付けず、ただジッとテーブル上で揺らめくロウソクの火を見つめていた。
「よう、兄ちゃん。せっかくの料理が冷めちまうぜ。どうしたんだよ?」
隣の席で仲間たちと盛り上がっていた中年の男が、赤毛の青年に話を振ってくる。
青年はわずかに困惑の色を浮かべ、「人を待っているんです」と低く小さな声で答えた。
男は「辛気くせぇヤツだな」とぼやいた後、急ににんまりと笑った。
「ひょっとして女でも待ってんのか? お前はオレほどじゃねーが、かなり男前だからな。相手に不自由しないだろ? どんな美人さんだ?」
青年の耳がぴくりと動き、鋭い目を細くする。
ずっと胸の内でくすぶっていた怒りが吹き出しそうになったが、息をついてどうにか抑え込むことができた。
「……いえ、女性ではなくて――」
青年が答えようとした時、
「待たせて悪かったな。少し話に時間がかかっちまった」
長く立派なヒゲをたくわえた、白髪の老人が青年の向かい側の席へと座る。腰は少し曲がっているが、年の割に大柄な体躯だ。
隣で男は「何だ、じーさんか」と落胆した声をわざと出し、再び仲間の談笑の輪へと戻っていった。
老人は早速テーブルに並んでいた酒をあおり、少し冷めたスープや骨付き肉の香草焼を口に入れていく。
一気に料理の半分を食べてしまった後、一息ついて老人は青年に笑いかけた。
「お前さん、頼んでいた物は全部買えたのか?」
「ああ、俺のほうは問題ない。そっちの話はどうなったんだ?」
「そりゃあもう大変だったぞー。仕事するのにギルドへ登録しなきゃならんかったし、お目当ての仕事をさせてもらえるよう、お世話になる親方さんに何度も頭下げて頼み込んで……はあ、この老体にはこたえるな」
板へ水を流すように話す老人へ、青年は半ば呆れた目を向ける。
が、それも束の間。身を乗り出し、老人へ顔を近づけた。
「いつだ? いつから仕事ができるんだ?」
老人は「あんまりがっつくな」と苦笑すると、ごつい手で骨付き肉を掴んだ。
「明日から行けるぞ。詳しい話は後でしてやるから、今は酒と料理を楽しもうぜ」
気負うなと言いたいのだろうが、楽しむ気にはなれない。
青年は口を閉ざし、黙々と目の前の料理を食べ進めていった。