奪われた意思
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
腕をナウムに掴まれ、強く引っ張られながら、みなもは与えられていた部屋へ連れて行かれる。
そして乱暴に突き飛ばされ、ベッドへ横倒しにさせられた。
ここまでされても、体は自分が望むようには動かず、声を出すことすらできない。
心と鼓動だけが、悲鳴を上げていた。
ギチリ……。ナウムがベッドに上がり、みなもを仰向けにする。
こちらを見下ろしながら、彼は口に手を当てて唸った。
「やっぱり声が聞けんのは面白くねぇな。みなも、声は出してもいいぞ。ただし、舌を噛んで死のうとするなよ」
何だ、この妙な命令は?
みなもは訝しく思いながら口を開く。
今まで出せなかった声が、いつものように話せる手応えがあった。
自分の体なのに、ナウムの言われた通りにしか動けない。
その事実に気づき、みなもは一瞬目を丸くし、ナウムを睨みつけた。
「ナウム……一体、俺に何をしたんだ?」
「なあに、ちょっとオレの言うことを聞いてもらえるように、暗示をかけさせてもらった。言っただろ? オレはお前を無条件で信用するほど、お人好しじゃないってな」
「暗示だって?! いつの間にそんなことを――」
「覚えがなくて当然だ。これが夢だと思うように暗示をかけていたからな」
夢……あの、繰り返し見続けていた悪夢。
まさか、あれが現実で起きていたのか?
嘘だ。
コイツの言うことは信用できない。
みなもは反論しようと喉に力を入れる。
しかし出てきた声は、寒さに震える小鳥のようにか弱かった。
「あんな夢、現実にはありえない。適当なことを言うな」
「認めたくない気持ちは分かるぜ。だが――」
ゆっくりとナウムがこちらの首筋に顔を近づけ、舌でなぞっていく。
そして背中に腕を滑り込ませ、優しく抱擁する。
今まで感じてきた悪夢の感触が、生々しく現実に浮上してきた。
「――お前の体は、しっかりとオレを覚えている」
記憶の中の悪夢が、一瞬にして現に躍り出る。
自分が心で思っていたことは、口に出してナウムと会話していた。
最初は拒んでいたのに、段々と彼に体を触られることが心地良くなって、このまま流されてしまいたいと思ってしまった。
夢だと思い込んで、何度もナウムの愛撫も告白も拒まなかった。
信じたくない悪夢のすべてが、現実だった。
愕然となるみなもへ、ナウムが間近に顔を合わせてきた。
「本当はな、お前がこんな真似をしなければ、暗示をかけるだけで終わっていたんだ。みなもがオレを憎み続けたとしても、同じ目的のためにここへ居てくれるなら、それで構わなかった」
軽薄な人の悪い笑みが、ナウムから消えた。
どこか陰がありながら、熱くこちらを射抜いてくる眼差し。
初めてナウムの素顔を見た気がした。
「何度も言ったと思うが、オレに向けるのは愛情でも、憎しみでもいい。どんな形でもいいからお前と一緒に居られればそれでよかった。だがな、いずみを傷つけるというなら話は別だな」
愛おしそうに、ナウムはみなもの頬を両手で包み込む。
そして唇が重なる寸前まで、顔を近づけた。
「もう容赦はしない。オレが人生かけて守り続けたものを傷つけられるぐらいなら、お前の心なんていらない。その体と守り葉の力だけで十分だ」
言い終えた直後。
ナウムに深く口づけられ、みなもの息が詰まる。
無遠慮に歯の間をこじ開けて入り込んでくる舌が、頭の中まで掻き乱していく。
激しく嫌悪する気持ちはあるのに、体は覚えてしまった快楽に縛られる。
息苦しくて目の前が暗くなる寸前に、ナウムの唇が離れる。
新鮮な空気を求めるあまり、みなもは息を切らせる。
再び目を合わせた時、ナウムは優越感に口元を歪ませ、恍惚の表情でこちらを見下ろしていた。
「色っぽくて良いなあ、その顔。まだオレに抗おうっていう目をしてるクセに、頬は物欲しそうに赤くなってやがる。男を誘うのが上手だな」
「そんなこと言うな! 俺は――」
反論しかけたところで、またナウムに唇を塞がれる。
そのまま服のボタンを外し始め、熱を帯びた手を滑り込ませてきた。
「んっ……」
思わず声が出そうになり、どうにか押し殺す。
けれど息が苦しくて吸い込もうとすると、小さな声が口から零れてしまう。
悔しくて、情けなくて、恥ずかしくて。
死んでも泣きたくないのに、目から涙が溢れてきた。
頬に伝った一滴を、ナウムが舌で受け止めた。
「死ぬまでオレからは逃げられない。意地を張ってオレを受け入れまいとするほど、苦しくなるだけだぞ?」
子供へ言い聞かせるような柔らかな声でそう言うと、みなもの耳元で囁いた。
「ずっと悩みに悩んで、辛かっただろうなあ。だが……もうお前は何も考えなくてもいいんだ。ただ、オレの言うことを聞いて、オレだけを感じていればいい」
一言、一言、耳に入っていく度に、思考が麻痺していく。
ナウムに屈したくないと憤る心が消えていく。
このまま彼を受け入れたくないと、拒む気持ちも霧散する。
彼に触られた所から、自分が死んでいく感覚。
せめてレオニードのことを想う気持ちは無くしたくなかった。
けれど、服を脱がされて体の至る所まで手で愛撫され、口づけられて。
その想いすら闇へと沈み、無と化してしまった。