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黒き薬師と久遠の花  作者: 天岸あおい
五章
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    動かぬ体

 こちらの譲らない眼差しから、いずみが目を逸らす。

 そして心細くて誰かに助けを求めるような表情を浮かべた。


「ごめんなさい……みなものお願いは聞けないわ。この国のためにも、イヴァン様のためにも」


 少しだけ願いを聞いてくれることを期待していたが、拒まれることは覚悟の上だった。

 覚悟していたが、いざ現実を突き付けられると、みなもの胸が痛くなる。


 ここで目的を果たせなければ、もういずみは自分と二人きりで会おうとはしてくれない。

 だから、今を逃す訳にはいかなかった。


 みなもは立ち上がり、いずみへ近づこうとする。


「エレーナ様に近づくな!」


 次の瞬間、部屋の壁から数人の男たちが現れ、周りを取り囲んでくる。

 しかし、みなもは驚かず、冷静に彼らを見渡す。


(護衛に誰かを潜ませているとは思ったけど、こんなに隠れていたのか)


 一人の男がいずみの側へ寄り、ソファーから立ち上がらせると、こちらを伺いながら距離を取っていく。


 みなもが一歩前に進もうとした時、彼らは腰の短剣を抜き、鋭い切っ先を向けてきた。


「動かないでもらおうか。いくらナウム様に気に入られているとしても、エレーナ様を傷つけるような真似は許さない」


「……分かった。貴方に従うよ」


 自分が無抵抗だと示すように、みなもは両手を耳元まで上げる。

 袖が下へずれ、手首があらわになる。


 右の手首には琥珀色の、左の手首には漆黒の小石を連ねた腕輪があった。


 漆黒の小石を一粒だけ歯で咥えて取り外すと、そのまま噛み潰す。


 それを見た途端、いずみが血相を変えた。


「みんな、みなもから離れて! そうしないと――」


「もう遅いよ、姉さん」


 いずみの声に遅れて、みなもの体から甘い香気が漂う。


 匂いに気づいた男たちが、怪訝そうな表情を浮かべる。

 だが、次第に彼らの顔に脂汗が滲み始めた。


「な、何だ、この体の痺れは? まさか……」


「安心して。単に痺れて動けないだけで、死ぬことはないから」


 みなもが再び一歩踏み出そうとした時、男たちの体が前に出ようとする。

 しかし動いた瞬間に彼らの体は大きく揺れ、床に崩れ落ちた。


 腕輪の石は、麻痺の毒を固形物にした物。

 これを守り葉が口にすれば体の血が反応して、体中から毒が放散される。


 男たちが倒れ、どうにか動こうと体を震わす中。

 いずみだけは自分の足で立ち、こちらを見据えていた。


 みなもは薄い苦笑を浮かべ、いずみへ足を向けた。


「やっぱり姉さんは久遠の花だから、耐性はあるんだね。でも、少しは効いているんじゃないかな」


 一歩近づくと、いずみが重い足取りで一歩下がる。


「ダメ……私から力を奪わないで」


「ごめん、姉さん。俺はこのまま見て見ぬふりはできない」


 早くやらなければ、新たな護衛やナウムが現れてしまう。

 みなもは間を縮めようと、駆け出そうとする。


 しかし、どうにか立ち上がった護衛たちが、みなもの前に立ちはだかる。

 命をかけて姉を守ろうとしてくれているのは嬉しいが、今は単なる厄介なものでしかなかった。


 一つ、二つと、鈍い動きで短剣が振り下ろされる。


 みなもは目を細め、冷ややかな表情を見せる。


「邪魔だ。そこで寝ていてくれ」


 刃の間を縫って、みなもは相手の懐に素早く飛び込む。

 と、彼らの手を叩き、短剣を床へ落とす。


 それでも諦めず、体を張ってこちらにしがみつこうとした男を、みなもは容赦なく蹴り倒した。


 あと残っているのは、いずみだけ。

 倒れた男たちをまたぐと、みなもは青ざめた顔をしたいずみの元へ向かおうとした。


「おーおー、それがお前の本性か」


 背後の声に、みなもはゆっくりと振り向く。


 もっと大勢を引き連れて来ると思っていたが、予想に反して現れたのは一人だけだった。

 何人もの人が倒れ、酷い惨状になった部屋を見ても、彼の顔色は変わっていなかった。


「驚かないんだなナウム。お前の中では、俺がこうすることぐらいお見通しだったってことか」


「まあ予測の範囲内ではあるな。ただ、オレが考えていた中で、一番最悪の展開だな」


 クッ、と押し殺した笑いを漏らしてから、ナウムはいずみに目を向け、背筋を伸ばして一礼した。


「エレーナ様、すぐに終わらせますから、ご安心下さい」


 腰に剣は挿しているが、抜かずにそのままナウムが歩いてくる。


 以前ザガットの宿屋で、彼の身軽な動きは見ている。

 それだけ侮られているのかと思うと、頭に血が上りそうになった。


(ずっと嫌な思いをさせられたんだ、コイツにだけは容赦しない)


 今なら麻痺の毒でナウムも弱まるハズ。叩きのめすには絶好の機会だった。


 ナウムに対峙しようと、みなもは体の向きを変えようとする。

 だが――。


「みなも、そこから動くな」


 低く鋭い声が耳に届いた直後、みなもの足は動きを止める。

 ここで止まる気はないのに、体が言うことを聞かなかった。


 何をした、と言おうとしても口は動かず、ただナウムを見ることしかできなかった。


(どうなっているんだ?! ナウムのヤツ、俺に何をしたんだ!)


 どうにかして動こうとするが、身じろぎ一つできない。

 そんなみなもの焦りをあざ笑うかのように、悠々とした足取りでナウムが近づいてきた。


 毒の香りが届く所まで来た時、やれやれと言わんばかりにナウムは肩をすくめた。


「麻痺の毒か……このまま部屋に垂れ流されるのは困るぜ。早く止めてくれ」


 体が動かないのに、毒を抑えられる訳がないだろ!


 心の中でみなもが叫んでいると、勝手に右手が上がり、腕輪の琥珀色の石を咥え、噛み砕いてしまう。


 スウゥゥゥ、と体から匂いが消えていくのが分かる。

 それと同時に、みなもの全身から血の気が引いた。


 ナウムがみなもに近づき、不敵に笑う。


「良い子だ、みなも。そのまま待っていろ」


 手を伸ばしてこちらの頭を撫でると、ナウムはいずみの元へと歩いていく。

 まだ痺れが残っているのか、それとも怖い思いをしたせいか、彼女の肩が小刻みに震えていた。


 落ち着かせるように、ナウムはいずみの肩に手を置いた。


「申し訳ありません、エレーナ様。私の考えが甘かったせいで、こんな事態に――」


「私もみなもと二人で会いたいと願っていたの。ナウムの責任ではないわ」


 青ざめた顔のまま、いずみはナウムを見上げた。


「お願い……みなもを殺さないで。こんなことになっても、私の大切な妹なの」


 いずみの頬を、大粒の涙が流れていく。

 彼女を安心させるように、ナウムは優しく微笑んだ。


「もちろんですよエレーナ様。私にとっても、みなもは大切な人……これから時間をかけてじっくり説得しますから、私を信じてお待ち下さい」


「……ありがとう。貴方を信じて待っているわ、ナウム」


 動けず呆然となるみなもの前で、互いの意思を確かめるように二人は見つめ合う。

 それからおもむろに、いずみが視線をこちらへ送る。


 今にも泣き出しそうな、申し訳なさそうな目。

 後ろめたさを感じながらも、こちらを拒んでいるように見えた。


 何か言いたそうに口をまごつかせたが、いずみはうつむき、付き添いの侍女に促されて部屋を出て行った。



 バタン、と扉が閉まり、いずみの目から完全に見えなくなる。

 麻痺の毒に苦しむ男たちへ見向きもせず、ナウムがみなもに近づいてきた。


 その顔は憤りではなく、むしろ嬉々とした表情を浮かべていた。

 見た瞬間、みなもの全身が凍りついた。


「さて、みなも……オレの屋敷でこんな真似をして、ただで済むとは思っていないよな? これからお前の部屋で、じっくりお仕置きしてやるよ」


 ナウムがみなもの顎を持ち上げ、顔を近づけながら囁く。


 目を逸らしたいのに、色めき立った暗紅の瞳から目を離すことはできなかった。


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